修飾電極を用いた電気化学的な光学異性体分離に関する研究
氏名 中村 優子
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第72号
学位授与の日付 平成8年3月25日
学位論文の題目 修飾電極を用いた電気化学的な光学異性体分離に関する研究
論文審査委員
主査 教授 山田 明文
副査 教授 赤羽 正志
副査 助教授 小林 迪夫
副査 講師 斎藤 秀俊
副査 山形大学 教授 加藤 良清
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目次
第1章 緒論 p.1
参考文献 p.6
第2章 ギ酸の接触分解に関する研究
2.1 緒論 p.7
2.2 実験 p.9
2.2.1 電極 p.9
2.2.2 電解液 p.10
2.2.2.1 接触分解に伴う水素吸蔵用溶液 p.10
2.2.2.2 水素吸蔵およびボルタモグラム測定用電解液 p.10
2.2.3 接触分解反応に伴う水素吸蔵過程 p.10
2.2.4 接触分解に伴う水素量測定 p.10
2.2.5 接触分解後の試料のボルタモグラム p.11
2.3 結果および考察 p.11
2.3.1 貴金属黒触媒能の検討 p.11
2.3.2 表面吸着種の検討 p.13
2.4 結論 p.23
参考文献 p.28
第3章 分散電極を用いた桂皮酸類の水素化
3.1 緒論 p.29
3.2 実験 p.30
3.2.1 桂皮酸の水素化 p.30
3.2.1.1 試薬 p.30
3.2.1.2 金属-活性炭分散電極の製法 p.31
3.2.1.3 電解条件 p.31
3.2.2 水素過電圧の測定 p.33
3.2.2.1 電解液 p.33
3.2.2.2 電解セル p.33
3.3 結果および考察 p.36
3.4 結論 p.45
参考文献 p.46
第4章 アセトアミド桂皮酸の電解水素化
4.1 緒論 p.47
4.2 実験 p.48
4.2.1 電極 p.48
4.2.2 電解液 p.49
4.2.3 水素化実験およびサイクリックボルタモグラム測定 p.49
4.2.4 水素化転換率の測定 p.49
4.3 結果及び考察 p.51
4.4 結論 p.67
参考文献 p.70
第5章 LB法を用いた有機薄膜
5.1 緒論 p.71
5.2 実験 p.74
5.2.1 ステアリン酸LB膜 p.74
5.2.1.1 試料 p.74
5.2.1.2 ステアリン酸単分子膜および累積および累積膜作成 p.74
5.2.1.3 累積膜評価 p.75
5.2.2 o-TCNQ単分子膜および累積膜 p.75
5.2.2.1 試料 p.75
5.2.2.2 単分子膜および累積膜作成 p.75
5.3 結果および考察 p.78
5.3.1 ステアリン酸LB膜 p.78
5.3.2 金属o-TCNQ錯体LB膜 p.89
5.4 結論 p.102
参考文献 p.104
第6章 錫触媒存在下でのエポキシ化反応のアニオン効果
6.1 緒論 p.106
6.2 実験 p.107
6.2.1 試料 p.107
6.2.2 実験操作 p.108
6.3 結果及び考察 p.109
6.3.1 スチレンのエポキシ化に対する塩類効果 p.109
6.3.2 スチレン誘導体のエポキシ化に対する塩類効果 p.114
6.3.3 スチレンのエポキシ化における溶媒効果 p.117
6.4 結論 p.122
参考文献 p.124
第7章 修飾電極を用いたアミノ酸の酸化
7.1 緒論 p.125
7.2 実験 p.127
7.2.1 試料 p.127
7.2.2 LB膜修飾電極の作製 p.128
7.2.3 LB膜修飾電極の電気化学的特性評価 p.128
7.2.4 電解液中の生成物およびD、Lメチオニンの分析 p.130
7.3 結果および考察 p.130
7.3.1 ステアリン酸修飾電極の電気化学特性および選択性 p.130
7.3.2 N-ステアロイル-L-バリン修飾電極の電気化学特性および選択性 p.136
7.4 結論 p.140
参考文献 p.142
第8章 総括 p.143
8.1 ギ酸の接触分解 p.143
8.2 分散電極を用いた桂皮酸類の水素化 p.144
8.3 アセトミアド桂皮酸の電解水素化 p.144
8.4 LB法を用いた有機薄膜 p.145
8.5 錫触媒存在下でのエポキシ化反応のアニオン効果 p.145
8.6 修飾電極を用いたアミノ酸の酸化 p.146
論文目録 p.148
謝辞 p.150
人体の基本的構成物質であるアミノ酸などはキラルでDとL体の光学異性体が存在する。生物には光学異性体の一方だけが必要でありもう一方の存在は極めて有害となる場合が多い。一方、このようなキラル分子は医薬品や農薬などの生化学の分野や、エレクトロニクス関連の新素材の分野でもその利用が注目されている。
光学異性体分離技術の確立は、医薬品として利用するとき特に重要となる。これらの光学活物質を化学的に合成した場合、生成物はラセミ体(等量の光学異性体混合物)となる。光学異性体の関係にある物質は互いに偏光面の回転方向だけが反対で物理・化学的性質がほとんど同じであるため、通常の方法では両者の分離は難しい。そこで一方の光学活性な化合物だけをとりだす光学分割の開発研究は、選択性を持つ化学反応として現代化学の重要なテーマの一つとなっている。このような分割が行われるためには、反応基質表面は、まず"分子認識する場"であり、次いで、"化学反応する場"である必要がある。この分子認識の場に触媒反応を応用した例は少なく、実用的な手法としては微生物や酵素などを用いる方法があるが、それによる光学分割はコスト高となる。反応場に電気化学的な方法を持ち込み、触媒などを電極界面に"イオンや分子の吸着場"あるいは反応制御場として構築できれば、本来の電極表面機能に加えて、新たな界面での選択的反応が可能となる。換言すれば、電極表面へ意図的に導入した化合物の立体化学的、電気化学的特徴を反映させることによって新たな反応性や選択性を期待できる。
本研究では、電気化学的不斉合成を可能にするためには電極系にどのようにして不斉誘導試薬を導入し機能させるかが方法論的要素となるので、まず、最も単純な反応系(立体反応制御場)として白金、金などVIII金属電極で、ついでこの反応を効率よく進めるための触媒や不斉合成を目的とした修飾電極で、さらにキラルな立体配置を持つ"機能性物質"の修飾電極上で、分子の形を認識できる化学反応制御場の構築を試みた。"機能性物質"を電極に固定するために浸漬法とLB法を採用し、作成した修飾電極の酸化、還元反応の電気化学的挙動や反応選択性をアセトアミド桂皮酸やメチオニンなどを原料に用いて検討した結果をまとめたもので、第1章の緒論に始まり、第8章の総括までの内容で構成されている。
第2章ではギ酸を燃料としパラジウムを負極とする燃料電池の可能性を追及した。白金を修飾したパラジウム電極を用いて、ギ酸と30%アルカリとの混合溶液中で接触分解で生じた水素を基板に吸蔵させ、ギ酸の分解反応過程で起こる電極上の吸着現象について考察した。その結果、ギ酸の低濃度側では水素吸蔵が起きるが、高濃度側では吸着被毒が生じるため吸蔵されにくいことを明らかにした。また、中性もしくは中性付近のアルカリ溶液組成でギ酸を燃料とした燃料電池の負極に用いたとき、電極内に吸蔵した水素によって小さな負荷変動に耐える電池として、充分利用できることが明らかとなった。
第3章では接触分解反応についての前章の結果をもとに、パラジウムを水素化触媒として活性炭に修飾した分散電極系で不飽和化合物の水素化を行い、アセトアミド桂皮酸の電解還元が可能であることを明らかにした。またパラジウム以外の固体金属をグラファイト微粉体上に修飾した分散電極についてもアセトアミド桂皮酸の還元水素化を行い、種々の金属触媒の活性についても検討した。
第4章では固体金属電極でのアセトアミド桂皮酸の電気化学的陰極挙動を明らかにするとともに、従来全く報告例のないアセトアミド桂皮酸の不斉水素化が浸漬法で作成したキラルなロジウム金属錯体修飾電極で可能となることを示した。
第5章では修飾物質の立体配置が電極反応の選択性に大きく寄与するので、分子レベルで配向性を制御できるLangmuir-Blogget(LB)法で修飾電極を作成した。膜物質にステアリン酸を用いた場合について、その累積膜の配向性や結晶構造をX線回折、赤外分光法、走査型トンネル顕微鏡などを用いて精査した。次いで、導電性を有するオクタデシルTCNQ金属錯体のLB法による新合成法を考案し、簡便な超薄膜錯体の作成法と、その累積膜の配向性について述べた。
第6章では電気化学的還元による水素化に加えて酸化反応も検討するため、化学反応として過酸化水素によるスチレンのエポキシ化について述べた。
第7章では第5章で記述した配向性の明らかなステアリン酸およびキラルなアミノ酸のLB膜修飾電極の電気化学的挙動を明らかにした。ステアリン酸累積膜電極では無機イオン反応に関与せず、有機物質のみが電極反応に関与し、LB膜により選択的反応が起きることを明らかにした。また、キラルなアミノ酸の修飾電極によるメチオニンのメチオニンスルフォキシドへの酸化を試みた結果、ラセミ体メチオニンの電解後の残量に光学異性体過剰が認められ電気化学的な光学分割の可能性を見いだした。
第8章では以上に述べてきたことを総括した。