適応ディジタルフィルタの収束特性改善に関する研究
氏名 金城 繁徳
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第66号
学位授与の日付 平成7年9月20日
学位論文の題目 適応ディジタルフィルタの収束特性改善に関する研究
論文審査委員
主査 教授 神林 紀嘉
副査 教授 島田 正治
副査 教授 荻原 春生
副査 教授 吉川 敏則
副査 助教授 中川 健治
副査 東京工業大学 助教授 西原 明法
[平成7(1995)年度博士論文題名一覧] [博士論文題名一覧]に戻る.
目次
1.序論 p.4
1.1 本研究の背景と目的 p.4
1.2 本研究の概要 p.7
2.共役勾配法に基づくFIR形適応フィルタ p.9
2.1 まえがき p.9
2.2 共役勾配法 p.10
2.2.1 共役勾配法 p.10
2.2.2 共役勾配法の性質 p.12
2.3 新しいブロック適応フィルタ p.12
2.3.1 定義 p.13
2.3.2 評価関数 p.13
2.3.3 構成 p.14
2.4 ブロック共役勾配法 p.16
2.4.1 共役勾配法の修正 p.16
2.4.2 変遷誤差ベクトルの再帰式 p.17
2.4.3 ブロック共役勾配法 p.18
2.5 高速たたみ込みの適用 p.19
2.6 シミュレーション結果 p.20
2.6.1 構成 p.20
2.6.2 シミュレーション1 p.20
2.6.3 シミュレーション2 p.21
2.7 まとめ p.24
3.DCT基底を用いた高速なFIR形適応フィルタ p.25
3.1 まえがき p.25
3.2 適応アルゴリズム p.26
3.2.1 評価関数と主軸問題 p.26
3.2.2 DCT基底とトプリッツ行列 p.28
3.2.3 適応アルゴリズムの導出 p.29
3.3 計算量の低減 p.31
3.3.1 Rss,Pssの行列表現 p.31
3.3.2 最適ステップサイズの修正 p.33
3.3.3 高速たたみ込みの適用 p.33
3.3.4 演算量の考察 p.35
3.4 シミュレーション結果 p.35
3.4.1 概要 p.35
3.4.2 シミュレーション1 p.36
3.4.3 シミュレーション2 p.37
3.4.4 シミュレーション3 p.37
3.4.5 結果の考察 p.37
3.5 まとめ p.41
4.外乱を伴うFIR形適応フィルタの収束特性改善 p.42
4.1 まえがき p.42
4.2 適応システム同定における外乱の影響 p.43
4.2.1 ブロック適応フィルタ p.43
4.2.2 外乱の影響 p.44
4.3 提案するブロック適応フィルタ p.45
4.3.1 適応係数の期待値処理 p.45
4.3.2 提案するブロック適応フィルタ p.45
4.3.3 係数推定誤差の分散 p.46
4.3.4 シミュレーション p.47
4.4 収束速度の改善 p.50
4.4.1 係数推定誤差分散の検討 p.50
4.4.2 収束速度の高速化 p.51
4.4.3 シミュレーション p.52
4.5 まとめ p.55
5.周波数領域適応フィルタの収束特性改善 p.59
5.1 まえがき p.59
5.2 適応システム同定を可能にする十分条件 p.60
5.2.1 時間領域表現 p.61
5.2.2 正確な適応システム同定のための十分条件 p.63
5.2.3 シミュレーション p.64
5.3 適応システム同定のための新しい評価関数 p.66
5.3.1 周波数サンプリングフィルタバンクとDFT p.66
5.3.2 適応システム同定のための新しい評価関数 p.69
5.3.3 評価関数の最小化 p.71
5.4 新しい周波数領域適応フィルタ p.71
5.4.1 周波数領域サンプリング定理 p.71
5.4.2 線形たたみ込みの実現 p.71
5.4.3 適応アルゴリズムの導出 p.72
5.5 シミュレーション結果 p.76
5.5.1 出力誤差収束特性 p.76
5.5.2 有色信号入力における同定誤差収束特性 p.77
5.6 まとめ p.78
6.IIR形適応ノッチフィルタの収束特性改善 p.79
6.1 まえがき p.79
6.2 IIR形適応ノッチフィルタ p.80
6.2.1 IIR形適応ノッチフィルタ p.80
6.2.2 確率勾配法 p.81
6.2.3 確率勾配法を用いたIIR形適応ノッチフィルタの性質 p.82
6.2.4 適応過程における問題点 p.83
6.3 適応後の勾配雑音の検討 p.83
6.3.1 分散の導出 p.84
6.3.2 適応後の係数変動の主な原因 p.85
6.4 確率勾配切り換えアルゴリズム p.85
6.4.1 準備 p.86
6.4.2 構成とアルゴリズム p.88
6.4.3 しきい値の設定 p.88
6.4.4 アルゴリズムの演算量 p.90
6.5 シミュレーション結果 p.90
6.6 まとめ p.93
7.あとがき p.98
近年、信号処理用VLSIが比較的容易に実現可能となり、それに伴い、エコーキャンセラやノイズキャンセラ、適応等化器、さらに雑音中の正弦波を検出する適応ラインエンハンサ等の様々な応用例を持つ適応ディジタルフィルタ(ADF)の実用化が進められている。
これらの応用例におけるADFの主な働きは、適応アルゴリズムを用いて、未知信号の推定や検出を行うことである。その働きを応用することで、エコーキャンセラや適応等化器が構成されている。
一方、ADFの構造に着目すると、主に以下の三つのタイプに分けることができる。
1)FIR形ADF
FIR形ADFし、FIR形ディジタルフィルタを用いて実現されるADFであり、構造上常に安定である。LMS法の適用により最適係数が唯一定まる特長を持つ。
2)周波数領域ADF
周波数領域ADFは、入力信号をDFTにより周波数領域に変換し、周波数領域において適応処理を行うADFである。FFTを用いることにより、タップ数の多いFIR形ADFのたたみ込みに必要な演算量を大幅に低減することができる。
3)IIR形ADF
IIR形ディジタルフイルタを用いて構成されるIIR形ADF形は、FIR形に比べて少ない次数で長いインパルス応答を実現できる利点がある。しかし、一般的にフィルタの安定性が保証されず、さらにADFの最適係数が唯一定まるとは限らない。その中で、IIR形適応ノッチフィルタは、安定保証が容易な2次IIR形フィルタの縦続接続により、未知の正弦波を検出することができる特長を持つ。従って、IIR形ディジタルフィルタを用いて実現可能なADFとして数多く研究されている。
ADFは、どのタイプにおいても高速な収束速度で未知の信号やパラメータを高精度に推定する必要があるが、ADFの収束特性は、ADFの構造(IIR形、FIR形)や信号の有色性、外乱により劣化する。従って、この様な状況下においても優れた収束特性を示すADFを開発する必要がある。そこで本論文では、前述の異なる構造を持つ三つの代表的なADFの収束特性改善に関する研究成果を報告する。
本論文では、最初に数多くの応用例を持つFIR形ADFの収束特性改善について述べている。まず、FIR形ADFの収束速度改善に着目した2つの新しいアルゴリズムを提案している。1つ目は、共役勾配法をFIR型ブロックADFに適用したブロック共役勾配法(BCGM)である。BCGMは、収束速度が入力信号の有色性に依存しない特長を持ち。2つ目は、FIR形ADFの係数更新ベクトルとして、離散コサイン変換(DCT)の基底ベクトルを使用した適応アルゴリズムである。提案算法は、ブロック共役勾配法と同様、原理的にN回の反復でADFの係数を収束させることができる。特に、自己相関行列の固有ベクトルがDCTの基底ベクトルに極めて近い1次AR過程のような入力信号の場合に大変有効である。続いて、外乱が存在する場合のFIR形適応フィルタのパラメータの推定精度の改善方法に提案している。提案する手法は、高速収束なブロック適応フィルタの係数を連続するブロック間で加算平均する単純な方法であり、先に提案しているブロック共役勾配法のような高速なブロック適応アルゴリズムを併用することにより、入力信号の有色性に関係なく適応システム同定の精度が向上する。さらに、その精度はブロック長が十分長いという条件下で、近似的に付加雑音の有色性にも依存しない特長を持つ。
次に、円状たたみ込みに基づく周波数領域適応フィルタの収束特性の改善方法を提案している。まず、時間領域の適応システム同定時間に、円状たたみ込みに基づく周波数領域ADFを適用する場合、入力信号が周期信号でないことを理由にADFは推定誤差を持つ(問題点A)ことを示している。本論文では、DFTをサンプリングフィルタバンクを見なすこと、正確な適応システム同定を可能にし、問題点Aを克服する。また、入出力関係が円状たたみ込みであるという問題点Bに対して、オーバーラップセーブ法を適用することで克服している。
最後に、本論文では、確率勾配法を用いたIIR形適応ノッチフィルタの特性検討と、改良型アルゴリズムを提案している。まず、ノッチフィルタのノッチ特性の向上とともに、収束特性が劣化することに加えて、適応後の係数変動が増加することを指摘する。収束特性の改善とともに、適応後の係数変動を抑えた確率勾配切り換えアルゴリズムを提案している。