衣服の着用快適性の評価法に関する研究
氏名 菅井清美
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第119号
学位授与の日付 平成10年7月15日
学位論文の題目 衣服の着用快適性の評価法に関する研究
論文審査委員
主査 教授 松田 甚一
副査 教授 青木 和夫
副査 教授 三宅 仁
副査 助教授 中川 匡弘
副査 東京大学 国際・産学共同研究センター 教授 満渕 邦彦
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第1章
1.1 研究の背景 p.1
1.1.1 繊維の改質
1.1.2 衣服気候の測定
1.1.3 シミュレーションによる衣服気候の研究
1.1.4 熱平衡式の因子としての衣服
1.1.5 総合的評価の必要性
1.2 本研究の目的 p.9
1.3 本論文の概要 p.10
文献
第2章 環境湿度変化刺激による着用衣服素材の一対比較
2.1 はじめに p.15
2.2 背部皮膚温の左右一対比較 p.16
一赤外線サーモグラフィによる皮膚温分布一
2.2.1 実験方法
2.2.2 背部左右の皮膚温の比較
2.3 身体左右での一対比較による着用衣服素材の影響 p.22
--綿、ポリエステル、改質ポリエステルの比較一
2.3.1 衣服を通しての熱・水分移動に関する基本的概念
2.3.2 着用衣服の布特性と形態
2.3.3 被験者
2.3.4 衣服の着用実験
2.3.5 結果
2.3.6 考察
2.4 まとめ p.46
文献
第3章 運動負荷刺激による着用衣服素材の一対比較
3.1 はじめに p.49
3.2 運動負荷強度の決定 p.49
3.3 衣服の着用実験 p.51
3.3.1 衣服条件
3.3.2 被験者
3.3.3 実験方法
3.4 結果 p.54
3.4.1 口腔温の変動
3.4.2 皮膚温の変動
3.4.3 発汗量の変動
3.4.4 左右同一素材の衣服着用による左右差
3.4.5 左右異素材の衣服着用による左右差
3.5 考察 p.63
3.5.1 二層構造布の肌側素材の影響
3.5.2 左右差による検討
3.6 まとめ p.70
文献
第4章 皮膚温ゆらぎによる着用衣服素材効果の検討
4.1 はじめに p.72
4.2 衣服の着用実験 p.74
4.2.1 衣服条件
4.2.2 被験者
4.2.3 実験方法
4.3 結果 p.78
4.3.1 環境温度変化とパワースペクトル密度
4.3.2 1/fβゆらぎのβ
4.4 考察 p.90
4.5 まとめ p.92
文献
第5章 衣服着用時の温熱環境の主観的評価
5.1 はじめに p.94
5.2 温熱環境の評価指標 p.95
5.3 衣服気候の変化と主観的評価との対応 p.97
5.3.1 実験方法
5.3.2 結果と考察
5.4 主観的評価と影響諸因子の変化量、変化率との関係 p.103
5.4.1 実験方法
5.4.2 結果と考察
5.5 加齢にともなう主観的評価の変動 p.113
5.5.1 実験方法
5.5.2 結果と考察
5.6 まとめ p.121
文献
第6章 ニューラルネットワークを利用した衣服の着用快適性の評価
6.1 はじめに p.123
6.2 ニューラルネットワークによる情報処理 p.125
6.2.1 階層型ニューラルネットワーク
6.2.2 誤差逆伝搬アルゴリズム
6.3 衣服の着用実験 p.130
6.3.1 衣服条件と被験者
6.3.2 着用実験
6.4 ニューラルネットワークによる学習 p.133
6.4.1 入力因子の選定とデータの正規化
6.4.2 中間層ユニット数
6.4.3 学習のパラメータ
6.4.4 ニューラルネットワークによる学習
6.5 結果
6.5.1 衣服の着用快適性の予測
6.5.2 着用快適性への影響因子の強度
6.6 考察
6.6.1 ニューラルネットワークを利用した着用快適性予測の
6.6.2 着用快適性への影響因子の強度
6.6.3 疎水性繊維と親水性繊維
6.7 まとめ
文献
第7章 結論
本研究に関する主な発表論文
謝辞
本研究は、衣服着用時の快適性に関する評価実験から、着用快適性をより正確に定量評価するためには、衣服の物理的諸因子のみならず、人体生理、着用感覚に関する諸因子をも併せて考慮する必要があること、そして、これら諸因子と快適性との内在関係をニューラルネットワークを利用して評価できることを明らかにしている。
具体的には、快適性を評価する際に、体温の日内変動や性周期、また繰り返し実験による衣服気候や着用感覚への変動効果を避けるために、新たに、衣服の一対着用比較法を提案し、衣服内気候の温度、湿度、皮膚温、体重減少量など9因子、さらに、主観的因子である温冷感覚など3因子を含めた諸因子と着用快適性との間には、高い相関関係が存在することを実験的に示した。次に、ニューラルネットの汎化能力を利用した快適性評価から、主観的因子を導入することにより、快適性の予測精度を約2倍向上できること、さらに、重み係数から・各因子が快適性に及ぼす影響を定量的に評価可能なこと、また、衣服素材の親水性・疎水性の差なども評価可能なことを明らかにした。
本研究の章立てごとにその内容を示すと、第2章では、被験者の身体左右に同時に異なる素材の衣服を着用させて、衣服気候、温熱生理反応におよぼす衣服素材の影響を一対比較により評価した。環境湿度上昇時には綿とポリエステルの素材差が衣服内温度や湿度変化において観察され、衣服の熱的緩衝効果を着用実験で確認することができた。環境湿度を高湿度から低湿度に変化させる実験により、ポリエステルと改質ポリエステルの素材差が衣服内温度低下速度の差として捉えられ、身体左右での一対比較により素材の改質効果も評価できることを明らかにした。また、食物摂取や睡眠を含めた個人差や性周期の影響などを考慮にいれて実験条件を設定しなくても、衣服素材の衣服内気候に及ぼす影響を検討できることがわかり、本手法の有効性が確認できた。
第3章では、身体左右に同時に異なる素材の衣服を着用し、運動負荷刺激実験によって、衣服気候、温熱生理反応に及ぼす衣服素材の影響を検討した。その結果、素材の親水特性を反映した身体左右の衣服内水蒸気圧差の変動が明確に捉えられた。第2章の安静実験とは刺激に対応した血管系の温度制御が異なる運動負荷実験によっても衣服素材の水分特性に呼応した影響結果が得られ、その影響を評価できることがわかった。
第4章では、中高年と青年の皮膚温変動におよぼす衣服素材、加齢の影響を、皮膚温度の時系列データの周波数解析から検討し、衣服の着用快適性の新たな評価法としての可能性を探った環境温度変化条件下で測定した皮膚温変動に、1/fβゆらぎが認められた。このβの値は身体末梢部位にいく程、また、環境温度を低下させた場合に増大した。低環境温度条件下では、綿とポリエステルの二層構造トリコット布のポリエステル側を肌側に着用した場合の方が綿の場合に比べβが大きくなり、衣服素材によってβが変化することを示した。また、加齢の影響がβに現れることもわかった。特に低環境温度条件下でのβの増大は様々な調節機構の働きで安静状態にあった血管系に体温調節のための収縮機能が強く現れた結果と考えられるが、これら諸因子間の量的関係は明らかにすることはできなかった。しかしながら、これらβの変化と衣服の着用快適性の主観的評価との間にも相関があり、生体リズムゆらぎの解析は、衣服の着用快適性への生理的、心理的影響評価のための無侵襲的な一手法として、今後期待できると思われる。
第5章では、衣服の着用実験における主観的評価の重要性について示した。環境湿度変化刺激実験においては、衣服内水蒸気圧変化が快適性評価の重要な影響因子であることが明らかとなり、衣服内気候中の水分を制御する着用衣副素材の役割が大きいことが再確認された。また、主観的評価と影響因子との関係においてみられるヒステリシスループの動態が、着用衣服の影響を反映していることが判明し、ヒステリシスループの動態評価も衣服の着用快適性評価の一手法となりうることを見い出した。運動負荷刺激実験においては、諸感覚は衣服内気候の変化率との間に強い相関があり、これらのことから非定常状態における快適性感覚評価には、各因子の変化率に注目した検討の必要性が示唆された。また、着用快適性に及ぼす加齢評価実験では、環境温度低下時に中高年と青年の体温調節機能の差が皮膚温や口腔温で観察され、主観的評価においても加齢の影響が見い出されたことから、総合的な衣服の着用快適性の評価には主観的因子の導入が重要であることが確認された。
第6章では、衣服の着用実験で得られたデータを3層構造のニューラルネットワークに適用し、衣服の着用快適性の総合的評価を行った。その結果、ニューラルネットの汎化能力を利用した快適性評価から、主観的因子を導入することにより、快適性の予測精度を約2倍向上できることを見い出した。二次の曲線回帰式による着用快適性の推定においても主観的因子の導入による評価では、ニューラルネットワークによる評価と同程度の誤差となった。しかし、多変量解析では適切なモデルを構築する指針がなく、それに対しニューラルネットワークは非常にフレキシブルであり、衣服の着用実験のようにモデル化が困難な予測に対しても非常に有用な手法であるといえる。さらに、重み係数から、各因子が快適性に及ぼす影響を定量的に評価可能なこと、また、衣服素材の親水性、疎水性の差なども評価可能なことを明らかにした。以上のことから、これら衣服の着用実験の最終的な目的である衣服の着用快適性と衣服の素材物性、着用時の動的生理変化、衣服気候変化、衣服の熱・水分移動、着用時の様々な主観的評価との問に内在する関係を、ニューラルネットワークを用いて総合的に検討できることが明らかとなり、これら影響因子の検討結果を新規の衣服設計に応用でき、さらに着用快適感覚の予測もたてられることがわかった。