PTCRセラミックス線材上に出現するホットスポットに関する研究
氏名 栗原 祥晃
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第185号
学位授与の日付 平成11年3月25日
学位論文の題目 PTCRセラミックス線材上に出現するホットスポットに関する研究
論文審査委員
主査 教授 高田 雅介
副査 教授 濱崎 勝義
副査 教授 小松 高行
副査 助教授 河合 晃
副査 助教授 斎藤 秀俊
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目次
第1章 諸言 p.1
1-1 はじめに p.1
1-2 RBa2Cu3O7-δセラミックス p.2
1-2-1 結晶構造 p.2
1-2-2 酸素欠陥と電気的特性 p.4
1-3 ホットスポット現象 p.5
1-3-1 概要 p.5
1-3-2 ホットスポットの出現 p.8
1-3-3 電流値の安定(熱伝導方程式) p.10
1-3-4 ホットスポットの移動 p.12
1-4 本研究の目的と構成 p.14
第2章 ホットスポットの電流-電圧特性 p.16
2-1 はじめに p.16
2-2 I-Vヒステリシス p.17
2-2-1 実験方法 p.17
2-2-1-1 試料の作製 p.17
2-2-1-2 I-V測定 p.19
2-2-2 結果と考察 p.21
2-3 I-V特性の雰囲気温度依存性 p.27
2-3-1 実験方法 p.27
2-3-2 結果と考察 p.27
2-4 I-V特性の試料比表面積依存性 p.31
2-4-1 実験方法 p.31
2-4-2 結果と考察 p.32
2-5 まとめ p.39
第3章 ホットスポットの移動現象 p.40
3-1 はじめに p.40
3-2 ホットスポットの温度分布と移動現象 p.41
3-2-1 実験方法 p.41
3-2-1-1 放射率の測定 p.41
3-2-1-2 温度分布の測定 p.43
3-2-2 結果と考察 p.44
3-3 長さ方向に断面積を変化させた試料における移動現象 p.51
3-3-1 実験方法 p.51
3-3-2 結果と考察 p.53
3-4 交流電場下における移動現象 p.58
3-4-1 実験方法 p.58
3-4-2 結果と考察 p.59
3-5 まとめ p.65
第4章 ホットスポットを用いた熱処理効果 p.67
4-1 はじめに p.67
4-2 試料の均質化 p.68
4-2-1 実験方法 p.68
4-2-2 結果と考察 p.69
4-3 超伝導臨界電流密度の向上 p.75
4-3-1 実験方法 p.75
4-3-2 結果と考察 p.76
4-4 まとめ p.79
第5章 結言 p.80
参考文献 p.83
業績一覧 p.87
謝辞 p.92
高温超伝導体であるRBa2Cu3O7-δ(R=希土類元素)は典型的な酸素欠損型化合物であり、その電気的特性はその欠陥の量に大きく影響される。400℃以上において高温になるほどδは大きくなり、ほぼ0~1の範囲で変化することが知られている。これに伴い、抵抗率は400℃以上で急激に増加する。また、300℃以上において酸化物イオン伝導性が報告されている。
上記の欠陥構造に起因すると考えられる新しい現象が、本研究室の岡元らにより見出された。即ち、GdBa2Cu3O7-δのセラミックス線材に、ある閾値以上の直流電圧を室温で印加すると、線材上に局部的に赤く光る赤熱領域(ホットスポット)が発生し、そのホットスポットが負極に向かい毎分数mmの速度で移動するという現象である。
ホットスポットの発生機構は以下のように説明されている。線材に電圧を印加すると、ジュ-ル熱により全体の温度が上昇する。不均質性により温度がいち早く400℃に到達した部分では、試料の有する抵抗正温度特性のため電圧が集中し温度は更に上昇し、最終的に視覚的に確認できるホットスポットとなる。
また、ホットスポットの移動機構に関しては以下のように説明されている。高温となっているホットスポットの内部では酸化物イオンは容易に移動することができ、正極に向かって移動する。従って、ホットスポット部分において、正極側では酸素欠損量が減少して抵抗率が減少し、負極側では酸素欠損量が増加して抵抗率が増加する。これに伴い発熱量は負極側で増加し、ホットスポットは負極に向かい移動する。この移動速度は酸素分圧の増加に伴い増加する。これは酸素分圧が増加すると赤熱点の温度が上昇し、従ってホットスポット内部での酸化物イオン伝導性が向上したためである。
本論文はホットスポット挙動のメカニズムについて詳細に調査するとともに、ホットスポットを利用した熱処理が試料の微細構造及び電気的特性に与える影響について明らかにすることを目的とし、次の五つの章より構成されている。
第一章「緒言」では、GdBa2Cu3O7-δの欠陥構造と電気的特性の概要についてまとめた。次に本研究で扱うGdBa2Cu3O7-δセラミックス線材におけるホットスポットについて説明し、その発生及び移動機構の解明の必要性を述べた。最後に本論文の目的と構成について述べた。
第二章「ホットスポットの電流一電圧特性」では、ホットスポット現象の示す特有な電流一電圧特性について、詳細に調査し検討した。
まず、ホットスポット出現後、印加電圧を減少させることによるホットスポット消滅時の電流一電圧特性を観察した。その結果、ヒステリシスが存在することを発見した。詳細な調査によって、このヒステリシスは、ホットスポットの出現機構と消滅機構の違いに起因していることがわかった。
次に、熱伝導方程式の因子の一つである雰囲気温度を変化させた。雰囲気温度を高めるとホットスポットを流れる電流値が減り、試料断線電圧が減少した。これらは、試料から雰囲気への放熱量が減ったことに起因している現象であった。またこのことによってスポットサイズを大きくすることができた。
さらに、試料の断面積を変えることにより、熱伝導方程式のもう一つの因子である比表面積を変化させた試料について調査した。比表面積の減少に伴い、ホットスポット出現電圧の低下、電流密度の減少、試料断線電圧の低下を観察した。これらは試料からの発熱量及び放熱量について検討した結果とよい一致を示した。
第三章「ホットスポットの移動現象」では、その発現起源である酸化物イオンの移動、ホットスポット内部における抵抗率及び温度分布の勾配に着目し、詳細に調査し検討した。
まず、ホットスポットの出現過程及び移動過程における試料の温度分布を測定した。その結果、移動中のホットスポット内部には温度勾配が存在することを発見した。これは、ホットスポット移動機構が、ホットスポット内部における酸化物イオンの伝導に起因しているという証拠である。また、スポットサイズが小さいときには、ホットスポットの温度は熱的に平衡する温度より低いことがわかった。
長さ方向に断面積を変化させた試料において移動遠度を測定した結果、断面積が小さくなる方向への移動速度の方が、逆よりも明らかに速かった。このことは、ホットスポットは放熱量に対する発熱量に比が大きくなる方向へ移動しやすいという考察と一致した。
さらに、酸化物イオンが移動しないためにホットスポットも移動しないと予測した交流電場下においても、その移動が観察された。更に、ホットスポットは電極に近付くと、自動的にその移動方向を反転し、また、その移動速度は酸素分圧の増加に伴って増加し、直流電圧印加時と同程度であった。この結果は、電界による酸化物イオンの移動の他にも、ホットスポットの移動機構としての要因があることを示唆している。
第四章「ホットスポットを用いた熱処理効果」では、ホットスポットの温度が試料の焼結温度と同程度であることに着目し、ホットスポットによる熱処理が試料の電気的特性に及ぼす影響について検討した。
まず、ホットスポットの特性である抵抗の最も高い部分に出現すること、熱処理によって抵抗が低くなることに着目し、同一試料上にホットスポットを繰り返し出現させた。この時のホットスポットの出現場所及び試料の全抵抗変化を測定した結果、ホットスポットを用いた熱処理によって試料を均質化、低抵抗化できるという工業上有用な知見を得た。
岡元らによりホットスポット通過後の試料において超伝導臨界電流密度の向上が既に確認されている。本研究では、第2章で得られた高い雰囲気温度による大きなスポットサイズを利用することで、より容易に試料の超伝導臨界電流密度を向上させることができた。
第五章「結言」では、以上の各章で得た結果を総括し、本論文の結論とした。