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薄膜磁気ディスクにおける潤滑膜の吸着およびマイクロ摩耗に 関する研究

氏名 安藤 康子
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第121号
学位授与の日付 平成10年9月16日
学位論文の題目 薄膜磁気ディスクにおける潤滑膜の吸着およびマイクロ摩耗に関する研究
論文審査委員
 主査 教授 田中 紘一
 副査 教授 井上 泰宣
 副査 教授 柳 和久
 副査 和歌山大学 教授 金子 礼三
 副査 岩手大学 教授 森 誠之

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第1章 序論 p.1
はじめに p.1
1.2 研究の背景 p.2
1.2.1 磁気ディスク装置 p.2
1.2.2 磁気記録のトライボロジー p.4
1.3 本研究の目的 p.7
1.4 本論文の構成 p.9
参考文献(第1章 ) p.13

第2章 固体表面の吸着現象 p.15
2.1 緒言 p.15
2.2 固体表面に吸着した空気中の水 p.17
2.2.1 供試基板表面と吸着物の分析 p.17
2.2.2 測定方法 p.19
2.2.3 測定結果および考察 p.21
2.3. 吸着水クラスター観察 p.24
2.3.1 観察方法 p.24
2.3.2 観察結果 p.25
2.4 まとめ p.40
参考文献(第2章 ) p.42

第3国体表面のマイクロ摩耗 p.45
3.1 緒言 p.45
3.2 AFMによる摩耗試験方法 p.46
3.3 探針の接触応力 p.48
3.4 試験結果 p.49
3.4.1 種々の基板材料のマイクロ摩耗 p.49
3.4.2 シリコンの摩耗現象 p.60
3.5 まとめ p.63
参考文献(第3章 ) p.65

第4章 薄膜磁気ディスク表面への潤滑膜の安定性と吸着性 p.67
4.1 緒言 p.67
4.2 薄膜磁気ディスク p.67
4.2.1 供試薄膜磁気ディスクとその表面構造分析 p.67
4.2.2 薄膜磁気ディスク表面の吸着物 p.70
4.3 薄膜磁気ディスク表面に形成した潤滑膜 p.73
4.3.1 液体潤滑剤 p.73
4.3.2 試料作成方法 p.73
4.3.3 潤滑膜の形成と観察方法 p.76
4.4 観察測定結果 p.77
4.4.1 潤滑膜表面と潤滑膜厚の経時変化 p.77
4.4.2 カーボン膜表面に対する潤滑剤の接触角 p.83
4.5 考察 p.85
4.6 まとめ p.86
参考文献(第4章 ) p.88

第5章 潤滑膜の吸着メカニズム p.91
5.1 緒言 p.91
5.2 実験方法 p.91
5.2.1 供試潤滑剤と潤滑膜形成方法 p.91
5.2.2 STM観察方法 p.92
5.3 実験結果 p.94
5.3.1 グラファイト表面への潤滑膜のアンカー効果 p.94
5.3.2 MoS2表面への潤滑膜のアンカー効果 p.100
5.3.3 カーボン膜表面への潤滑膜のアンカー効果 p.103
5.4 まとめ p.109
参考文献(第5章 ) p.117

第6章 潤滑膜を形成した薄膜磁気ディスクの耐摩耗性 p.119
6.1 緒言 p.119
6.2 実験方法 p.119
6.2.1 供試潤滑剤と潤滑膜形成方法 p.119
6.2.2 摩耗試験方法 p.121
6.3 実験結果 p.121
6.4 まとめ p.125
参考文献(第6章 ) p.12

第7章 総括 p.12
謝辞 p.13
本研究に関する発表論文 p.13

 本論文は、薄膜磁気ディスク表面の微小領域のトライボロジー現象の解明を目的として、まず、表面状態が分かっている固体表面を用いて、表面の吸着物質、潤滑剤の吸着状態、ナノメートルオーダーの摩耗現象(マイクロ摩耗)を調べ、これらの評価結果をもとに、薄膜磁気ディスクのカーボン保護膜表面における潤滑剤の吸着メカニズムとマイクロ摩耗過程について検討した。
 第1章では、本研究の背景となる磁気ディスク装置の発展とそれが産業や社会に与える影響、現状の磁気記録のトライボロジーの概要・問題点を概説した。さらに、磁気ディスク装置の高記録密度化の実現に必要な技術について概説し、それらの技術に伴うトライボロジーの問題点を明かにした。
 第2章では、固体表面への空気中の水の吸着状態及び水分子の吸着過程について検討した。表面状態が分かっているグラファイト、二硫化モリブデン(MoS2)、およびシリコン基板表面に成膜した金(Au)膜を用いて、それらの基板表面に吸着した空気中の水の膜厚および接触角測定、吸着水クラスターのSTM(Scanning Tunneling Microscope)観察を行い、空気中の水の吸着状態に対する基板材料の影響ついて調べた。また、MoS2、表面に対し、雰囲気を変えて吸着水クラスター形状のSTM観察を行い、空気中の水分子の吸着過程を調べた。その結果、放置時間に対する基板表面上の吸着水膜厚は基板材料によって異なり、接触角測定による基板表面の水の濡れ性は、短時間(30分以内)の放置では基板材料によって異なるが、長時間の放置になると3基板ともにほぼ同じ濡れ性を示すことが分かった。STMで観察した基板表面の吸着水クラスターは、MoS2表面とAu膜表面では、相対湿度が高くなるに従って吸着水クラスターの体積が増加した。グラファイト表面では水の吸着力が他の基板表面に比べて弱く、STM測定中に水は表面上を移動するため吸着水クラスターは観察できなかった。MoS2表面への空気中の水分子の吸着過程は、MoS2表面に存在する欠陥の内部または、縁部にまず吸着する。そして吸着水クラスターは、まず欠陥部に吸着した数個の水分子が核となり、他の水分子が凝集と離脱を繰り返しながら成長することが分かった。また、吸着水クラスターの成長過程では、低エネルギーで結合できる形態をとるため、MoS2表面の欠陥構造が同じ場合には、クラスターは同様な形状になることを考察した。
 第3章では、薄膜磁気ディスク表面の微小領域における初期段階での摩耗の制御および摩耗メカニズム解明を意図として、AFM(Atomic Probe Microscope)を用いて、種々のディスク基板材料、シリコン(Si〕、ガラス、そしてSiと同様に結晶橘造をとっているガリウムヒ素(GaAs)の表面、及び薄膜磁気ディスクの保護膜であるカーボン膜表面の面引っかき試験を大気中で行い、それらのマイクロ摩耗過程を調べた。また、Si表面に対しては雰囲気を変化させて同様試験を行い、その初期摩耗時におけるトライボケミカル反応についても調べた。その結果、供試基板材料のマイクロ摩耗過程には2種類あることが分かった。1つはGaAs表面、ガラス表面、そしてカーボン膜表面のように、摩耗によるくほみのみが起こる場合、もう1つはSi表面のように摩耗の前段階としての隆起が起こる場合である。Siの極表面の摩耗進行過程は、まず第1段階として引っかき面に隆起が発生、第2段階でその隆起面に凹凸が生じ、第3段階として摩耗によるくほみが発生する。S1の引っかき面の隆起の発生原因は而引っかきによって活性化した表面と大気中の物質(吸着水、酸素など)とのトライボケミカル反応によって起こることが明かになった。
 第4章では、薄膜磁気ディスクのカーボン膜表面における空気中からの吸着物が薄潤滑膜安定性や吸着性能に及ぼす影響を検討した。まず、カーボン膜表面の吸着物の吸着状態をSTMにより調べ、次に吸着物付着面及び加熱処理による吸着物除去面に、異なるベンゼン環をもつ5種類の液体潤滑剤(PFPE)の膜を形成し、それらの光学顕微鏡観察、エリプソメータによる膜厚測定、接触角測定を行い、カーボン膜表面に形成した潤滑膜の安定性を調べた。その結果、潤滑膜安定性は、カーボン膜表面の加熱処理の有無にかかわらず安定、加熱処理を行わないカーボン膜表面(吸着物付着面)において安定、加熱処理の有無にかかわらず不安定の3種類に分類できた。カーボン膜表面で潤滑膜が安定なPFPEは、PFPEの滴の前進後退による接触角測定でカーボン膜表面にPFPEの「濡れ」が認められた。「濡れ」はPFPEのカーボン膜表面への吸着力が強いことを示す。
 第5章では、PFPEの固体表面への付着性(アンカー効果)とその吸着メカニズムを検討した。原子レベルで平坦なグラファイト表面とMoS2表面、そして薄膜磁気ディスクのカーボン膜表面に第4章で用いた潤滑剤と同様のPFPEの膜を形成し、それらの潤滑膜表面をSTMで観察した。そして潤滑剤分子に含まれているベンゼン環やそれにつながっている直鎖部分などの吸着形態を調べた。その結果、潤滑膜表面のSTM観察により、潤滑剤分子が観察でき、PFPEの分子構造と一致することが確認できた。そして、STMの連続走査による潤滑剤分子の移動状態から調べた吸着形態は、グラファイト表面ではPFPEのベンゼン環部分でグラファイト表面に平行に付着するベンゼン環がアンカー効果を示した。また、グラファイト表面に傾いて付着しているベンゼン環や直鎖部分の分子はアンカー効果がなく表面を滑る。MoS2表面ではPFPEが有する2個のベンゼン環をつないでいるスルホン部分でアンカー効果を示した。カーボン膜表面ではグラファイト表面と同様にカーボン膜表面に平行に付着するベンゼン環のアンカー効果とPFPEのスルホン部分でのアンカー効果があることが分かった。カーボン膜表面へのスルホン部分のアンカー効果はグラファイト表面では認められなかったアンカー効果であり、カーボン膜表面に吸着していた吸着水が関与している可能性があることが分かった。
 第6章では、潤滑膜の薄膜磁気ディスクのカーボン膜表面への付着強度と潤滑膜のアンカー効果との関係を検討した。カーボン膜表面でアンカー効果を有する潤滑膜と有しない潤滑膜を薄膜磁気ディスク表面に形成し、AFMを用いた面引っかき試験及ぴ磁気ヘッドによる摺動試験を行い、薄膜磁気ディスク表面の摩耗状態を調べた。その結果、潤滑膜剥離の起こらない低荷重下での繰り返し面引っかき試験により調べたマイクロ摩耗と、摺動試験による動摩擦力の変化から調べた耐摩耗牲とは相関があり、薄膜磁気ディスクのカーボン膜表面でアンカー効果を持つ潤滑膜ほど高い耐摩耗牲を示すこと、また、アンカー効果を持つ潤滑膜でもそのアンカー力が弱いと耐摩耗性は低くなることが明かになった。
 第7章では、本研究の総括を述べた。

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