超伝導メソスコピックデバイスの電流輸送機構及びノイズ特性に関する研究
氏名 斉藤 敦
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第191号
学位授与の日付 平成11年3月25日
学位論文の題目 超伝導メソスコピックデバイスの電流輸送機構及びノイズ特性に関する研究
論文審査委員
主査 教授 濱崎 勝義
副査 教授 入澤 寿逸
副査 教授 赤羽 正志
副査 助教授 石黒 孝
副査 助教授 河合 晃
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第1章 序論
1.1 トンネル型デバイスの準粒子電流特性、及びノイズ特性の研究背景
(1) 準粒子及び超伝導電流特性 p.1
(2) ノイズ特性 p.7
1.2 非トンネル型デバイスの準粒子電流特性、及びノイズ特性の研究背景
(1) 電流輸送機構 p.10
(2) ノイズ特性 p.14
1.3 非トンネル型デバイスの研究課題 p.16
1.4 本研究の目的と本論文の構成 p.18
1.5 第1章の参考文献 p.20
第2章 非トンネル型 ScS デバイスの作製法、及び準粒子電流特性
2.1 三層連続成膜、及び選択性 Nb 陽極酸化法による作製プロセス p.22
2.2 N2プラズマクリーニング法、及び連続成膜法による作製した ScS デバイスの準粒子電流特性の比較 p.28
2.3 陽極酸化プロファイルに関する検討 p.34
2.4 第2章のまとめ p.43
2.5 第2章の参考文献 p.44
第3章 非トンネル型 ScS の準粒子電流特性
3.1 デバイス品質パラメータ Q の定義 p.45
3.2 Above Gap Structures(AGS) に関する考察 p.53
(1) 電界蒸発過程におけるデバイス品質パラメータ Q の変化に対する AGS の変化 p.54
(2) AGS のヒートサイクル実験 p.58
(3) 一次元量子細線効果 p.66
3.3 Subharmonic-energy Gap Structures(SGS) に関する考察 p.70
3.3.1 SGS の発現機構のモデル p.70
(1) K?mmel,Gunsenheimer and Nicolsky(KGN) 理論 p.71
(2) Octavio,Tinkham,Blonder and Klapwijk(OTBK) 理論 p.72
3.3.2 トンネル型デバイスにおける SGS の報告例 p.76
(1) Nb/AlOx/Nb トンネル接合における SGS p.76
(2) Nb-Nb point contact におけるSGS p.77
(3) SINIS 素子における SGS p.78
(4) InAs2次元電子ガスを用いた系における SGS p.79
(5) multiple-Andreev 反射による余剰ショットノイズ p.80
3.3.3 OTBK 理論の検証実験 p.83
3.4 第3章のまとめ p.95
3.5 第3章の参考文献 p.97
第4章 非トンネル型デバイスのノイズ特性
4.1 非トンネル型デバイスのショットノイズ特性 p.99
4.1.1 multiple-Andreev 反射による余剰ショットノイズ p.99
4.1.2 Liu and Yamamoto 理論による非トンネル型 ScS のショットノイズ特性の解析 p.104
4.1.3 現象論的なショットノイズの表式による解析 p.110
4.1.4 熱・ショットノイズのクロスオーバー電圧 Vc の評価 p.116
(1) クロスオーバー電圧 Vc に関する理論報告 p.116
(2) クロスオーバー電圧 Vc の定義、及び温度依存性 p.120
(3) クロスオーバー電圧 Vc の絶縁層厚d依存性 p.121
4.2 1/fノイズ特性
4.2.1 トンネル型デバイスにおける接合品質パラメータ(Q値)と1/fノイズとの関係 p.123
4.2.2 非トンネル型デバイスにおける接合品質パラメータ(Q値)と1/fノイズとの関係 p.124
4.2.3 η-1/Q特性 p.125
(1) N2プラズマクリーニング法による非トンネル型デバイスのη-1/Q特性 p.125
(2) ScS(S') 系とNcN(S') 系のη-1/Q 特性 p.127
(3) 連続成膜法により作製した ScS のη-1/Q 特性 p.128
4.2.4 Rogers and Buhrman の 1/fノイズ理論 p.129
4.2.5 1/fノイズの絶縁層厚依存性 p.131
(1) 絶縁層膜厚とトンネル抵抗の評価 p.132
(2) 準粒子電流特性の絶縁層厚 d 依存性 p.133
(3) 1/fノイズの絶縁層厚 d 依存性 p.134
4.2.6 量子力学的チャネル揺らぎモデル p.136
4.3 第4章のまとめ p.141
4.4 第4章の参考文献 p.144
第5章 非トンネル型 ScS デバイスの電磁波応答特性
5.1 準粒子電流の電磁波応答特性 p.145
(1) 準粒子電流の電磁波応答特性理論 p.145
(2) Tukker-BTK 理論による準粒子電流の電磁波応答特性の解析 p.147
5.2 非シャピロステップ(non-Shapiro steps:NSS) に関する考察
5.2.1 NSS の電圧位置及び電圧間隔の照射電力、温度、マイクロ波周波数、デバイス品質依存性 p.152
(1) 電磁波照射電力 (Prf) 依存性 p.152
(2) 温度依存性 p.158
(3) 周波数依存性 p.160
(4) デバイス品質 1/Q 依存性 p.161
5.2.2 LC 共振モデル及び他の実験報告例との比較 p.162
(1) NSS の特徴のまとめ p.162
(2) 既存の理論モデル、及び実験報告例との比較検討 p.162
(3) NSS へのストリップライン共振器の影響 p.165
5.2.3 現象論的な表式を用いた NSS の解析 p.167
5.3 第5章のまとめ p.169
5.4 第5章の参考文献 p.171
第6章 総括 p.172
付録1 Likharev の条件による一価の I(φ) をもつ非トンネル型デバイス p.180
付録2 BTK 理論に基づいた超伝導メソスコピック系の微分コンダクタンスの導出 p.182
付録3 Multi-Particle Tunneling p.184
付録4 Josephson Self Coupling p.186
付録の参考文献 p.187
本研究に関する論文発表 p.188
謝辞
電子波の位相コヒーレンス長よりも短い常伝導体を2つの超伝導体で挟んだ超伝導メゾスコピック系では、常伝導体の1電子の位相と超伝導体のマクロな位相の2つの位相コヒーレンスがある。この2つの位相の伸介をするのが電子/ホールの位相共役反射、いわゆるアンドレーエフ反射であり、超伝導メゾスコピックデバイスに種々の興味深い特性をもたらす。しかし、その理論、及び実験研究は比較的最近始まったばかりで、まだほとんどわかっていない。また、電子波デバイスとしての応用研究も緒についたばかりである。
本論文は、径が10 nm 程度の準一次元超伝導細線をもつ非トンネル型超伝導体-constrictions-超伝導体 (ScS) メゾスコピックデバイスの準粒子電流特性、低周波ノイズ特性、及びマイクロ波応答特性について詳細に調べており、これらの特性とアンドレーエフ反射電流との関係について考察している。
第1章の序論では、トンネル型と非トンネル型超伝導デバイスの準粒子電流特性、及びノイズ特性に関してこれまで提唱されている主な理論・実験結果について概説するとともに実験と理論との一致点、不一致点について纏め、本論文で取り扱う研究テーマの研究意義を明らかにしている。
第2章では、接合界面近傍の不純物や格子欠陥がデバイスの準粒子電流特性、及び低周波ノイズ特性に及ぼす影響を調べるため、従来用いてきた窒素プラズマクリーニングプロセスでの問題点、すなわち超伝導薄膜表面のダメージ層の問題を改善する方法として、Nb/絶縁層/Nb 三層薄膜を同一真空内で連続成膜し、選択性 Nb 陽極酸化法でパターニングする方法について述べている。また、 Nb/Al+AlOx/Nb 多層膜を陽極酸化する場合、陽極酸化電圧の時間微分プロファイルが下層膜にいくほどブロード化する現象が知られており、選択性 Nb 陽極酸化法における未解決の問題であった。本研究では、酸素イオンの時間・空間的な確率分布モデルでこのプロファイルのブロード化が説明可能であることを初めて示した。
第3章では、微分抵抗特性上に観測される異常ピーク構造の発現機構を明らかにするため新たにデバイス晶質パラメータ (Q値) を定義するとともに、超伝導ギャップ電圧以上と以下の二つの電圧領域に分けてそれぞれの微分抵抗ピーク高さ及び電圧間隔の 1/Q依存性を調べている。超伝導ギャップ電圧直上での微分抵抗ピークの 1/Q 依存性を調べた結果。このピーク構造は、準一次元超伝導細線内を伝搬する電子波の透過率が 1 の素子でのみ観測された。また、不純物と異常ピークとの関係を調べるためアニーリング実験を行った結果、窒素プラズマクリーニングプロセスを用いて作製した素子の微分抵抗ピークは400 K, 30分のアニーリングによりほぼ消滅し、2 V/nm 程度の電界印加により再び出現したが、三層連続成膜法で作製した素子ではその変化は小さかった。ピークの電圧周期は約1 mV 程度であり、4.2-8.0 K の温度範囲ではほぼ一定であった。このことから、この異常ピーク構造が超伝導細線の電気的クリーンさに関係すること、及び量子細線効果によるアンドレーエフ反射電流の変調によるものであるという知見を得た。一方、サブハーモニックギャップ構造の発現機構は多重アンドレーエフ反射によるものとされているが、この基礎となっている OTBK 理論による解析と実験結果との矛盾点について検討した。まず、多重アンドレーエフ反射が生じない条件、すなわち constriction 長が電子の平均自由行程より大きい素子における微分抵抗特性のポテンシャルバリア高さ依存性を測定した結果、理論の予想通りサブハーモニックギャップ構造は観測されなかった。次に、多重アンドレーエフ反射が生じ得る系、すなわち constriction 長が電子の平均自由行程より短い系においては、理論の予想通りポテンシャルバリア高さの大きいトンネル特性ではサブハーモニックギャップ構造が観測されたが、クリーンメタリック特性の素子では理論予想に反して消滅した。このサブハーモニックギャップ構造の発生から消滅までの一連の実験は本研究で初めて明らかにされたものであり、これまでのサブハーモニックギャップに関する実験結果とその解釈が不充分であることを示している。
第4章では、ScS デバイスの 1/fノイズレベルの 1/Q 依存性を調べ、1/fノイズレベルが 1/Q の増加、すなわちポテンシャルバリア高さの減少とともに指数関数的に減少し、 1/Q>2 の領域では飽和することを見出した。この結果は、1/Q>2 の領域では電子波に対する散乱ポテンシャルのないクリーンな超伝導細線が形成されていることを示している。また、量子力学的チャネル揺らぎを考慮した 1/f揺らぎモデルを提唱し、実験との比較を行った結果、constriction 形成過程でのデバイス抵抗に対する 1/fノイズレベルの変化を定性的に説明できた。さらに、熱・ショットノイズのバイアス電圧依存性を最近提唱されたメソスコピック系のノイズ理論を用いて解析した結果、熱ノイズとショットノイズのクロスオーバー電圧の温度依存性、及び constriction 長依存性を良く説明できた。
第5章では、ScS デバイスにマイクロ波を照射したとき、その微分コンダクタンス特性上に見出された新しい電磁波誘起ピークの実験結果を示している。この発現機構を明らかにするため、ピークの電圧間隔のマイクロ波照射電力依存性、温度依存性、周波数依存性、及びストリップライン共振器の影響を調べた結果、これが従来のトンネル型デバイスには見られない準一次元超伝導細線型デバイスに特有のマイクロ波応答特性であり、アンドレーエフ反射電流と外部マイクロ波電流との相互作用による新しい現象であることがわかった。この現象の解明にはさらなる実験研究と理論の構築が必要であるが、その強い非線形性は高周波デバイス応用上有用である。
以上の研究により、これまで理論的取り扱いの難しさ、デバイス作製の困難さから研究が遅れていた超伝導メソスコピック系の電流輸送機構、及びノイズ特性について多くの有用な知見が得られ、ミクサ等高周波デバイスヘの応用の可能性が示された。