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Trichoderma reesei 由来セルラーゼの網羅的性質解明および進化分子工学的改変

氏名 中澤 光

学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第491号
学位授与の日付 平成21年3月25日
学位論文題目 Trichoderma reesei 由来セルラーゼの網羅的性質解明および進化分子工学的改変
論文審査委員
 主査 教授 森川 康
 副査 准教授 岡田 宏文
 副査 教授 福田 雅夫
 副査 准教授 城所 俊一
 副査 産学融合特任准教授 小笠原 渉

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目次
第1章 序論 p.1
 1.1 セルロース系バイオマスの構造および利用 p.2
 1.2 セルラーゼ p.7
 1.3 Trichoderma reesei由来セルラーゼ p.12
 1.4 T.reesei セルラーゼ p.22
 1.5 目的 p.24
第2章 T.reesei 由来8種エンドグルカナーゼの性質 p.25
 2.1 背景 p.26
 2.2 実験操作 p.29
 2.2.1 DNA 操作 p.29
 2.2.2 Full-length egl5, egl6, egl7,およびegl8のクローニングと発現ベクター構築 p.29
 2.2.3 cbh1cd, cbh2cd, egl1-cd, egl2-cdおよびegl3のE.coli発現ベクターの構築 p.30
 2.2.4 E..coli, S.pombe および A.oryaeの形質転換 p.31
 2.2.5 各祖換えEGの精製 p.31
 2.2.6 糖質加水分解活性の測定法 p.33
 2.3 結果および考察 p.35
 2.3.1 egl5,egl6.egl7およびegl8のクローニングと異種宿主発現 p.35
 2.3.2 改変にむけた5種のセルラーゼのCD領域でのE.Coli 発現 p.37
 2.3.3 大腸菌からのEGI-CD,EGII-CDおよびEGIIIの簡易精製 p.41
 2.3.4 各祖換えEGの酵素学的性質 p.43
 2.3.5 各EG推定植物細胞壁分解モデル p.46
 2.4 総括 p.48
第3章 セルラーゼの進化分子工学的改変 p.49
 3.1 背景 p.50
 3.2 実験操作 p.51
 3.2.1 使用した菌株、プラスミドおよび基質 p.51
 3.2.2 ランダム変異と変異ライブラリーの構築 p.51
 3.2.3 Frist round evolution で得られた変異の組み合わせ p.52
 3.2.4 DNA 塩基配列の決定 p.53
 3.2.5 酵素生産と精製 p.53
 3.2.6 酵素活性測定法および動力学的パラメーター決定 p.53
 3.3 結果および考察 p.54
 3.3.1 改変のための宿主の選択 p.54
 3.3.2 ランダム変異条件の決定および変異egl3発現プラスミドライブラリーの構築 p.55
 3.3.3 スクリーニング法の検討 p.56
 3.3.4 Frist round evolution p.58
 3.3.5 Frist round evolution で得られた変異の組み合わせによる最適化 p.61
 3.3.6 Second round evolution p.62
 3.4 総括 p.65
第4章 3種b‐グルコシダ―ぜの性質 p.67
 4.1 背景 p.68
 4.2 実験操作 p.69
 4.2.1 使用菌株および培地 p.69
 4.2.2 blg1,bgl2およびcel3bcDNAのクローニングおよび異種宿主発現 p.69
 4.2.3 BGL IおよびBGL IIの精製 p.70
 4.2.4 各BGLの活性測定とタンパク質定量 p.71
 4.2.5 動力学的性質 p.71
 4.3 結果および考察 p.72
 4.3.1 クローニングしたcDNAの解析 p.72
 4.3.2 bgl1およびbgl2の大腸菌発現 p.73
 4.3.3 祖換えBGLIおよびBGLIIの性質 p.75
 4.3.4 T.reeseiゲノムからの高活性BGLの探索 p.78
 4.3.5 cel3bのE..coliにおける発現 p.80
 4.3.6 cel3bのS.cerevisiaeにおける発現 p.81
 4.4 総括 p.84
第5章 総括 p.85
参考文献 p.87
公表論文 p.96
謝辞 p.97

糸状菌 Trichoderma reesei は、セルロースの完全糖化に必要な一連のセルラーゼを有しており、それらを大量に分泌することから、セルロース系バイオマスの酵素糖化の実用化に向けたセルラーゼ生産源として最も有望な菌株である。しかしながら、結晶性をもつ堅固なセルロースを効率よく糖化するためには、T. reesei セルラーゼの分解能力は不足している。この問題を解決するためには、セルラーゼによるセルロース分解機構の詳細な理解および各セルラーゼの高活性化が必要となる。T. reesei は、複数のセルラーゼ(2種のセロビオハイドロラーゼ(CBH)と8種のエンドグルカナーゼ(EG)および2種の β-グルコシダーゼ(BGL))を生産することが以前から知られていたが、2005年に公開された T. reesei QM6a ゲノム配列から、さらに3種の推定 EG 遺伝子および8種のBGL遺伝子を持つことが明らかとなっている。CBH I はセルロース鎖の還元末端から、CBH II は非還元末端から特異的に作用し、どちらの酵素もセルロースの結晶領域を切断可能であることから、セルロース分解における役割が比較的容易に推定できる。それに対してEG および BGL はそれぞれ複数存在するが、切断様式に関する明確な違いは見出されておらず、性質が調べられていないものも多いため、それぞれの役割は不明である。本研究では、これらEG および BGL の役割を明らかにするために、セルラーゼを生産しない宿主で発現させ、酵素学的性質を調べることとした。さらに、今後、酵素糖化の効率化のためには、個々のセルラーゼの比活性を向上する必要があることから、これまで僅かしか報告されていないセルラーゼの進化分子工学的改変法の構築を試みた。
 第1章において、上記で述べたように、T. reesei セルラーゼに関するこれまでの知見をまとめ、本研究の目的を明らかにした。
 第2章では、セルロースを炭素源とした培養で、その遺伝子が発現している T. reesei 由来8種EGについて、セルラーゼを生産しない宿主である Escherichia coliおよび酵母 Schizosaccharomyces pombe、あるいはセルラーゼの発現を抑制できる糸状菌 Aspergillus oryzae で発現させ、EG VII を除く7種について成功したことを報告した。発現産物について10種の基質に対する特異性を調べたところ、特に、EG I は最も高い比活性と最も広い基質特異性を有したことから、バイオマス分解に特に重要であると判断された。また、各EGはキシログルカナーゼ活性、キシラナーゼ活性、ラミナリナーゼ活性に明確な違いがあることが判明した。キシログルカナーゼ活性の存在は T. reesei 由来セルラーゼが植物の主要な成分ではない1次細胞壁成分にも対応していることを示唆している。各 EG について pH および温度特性を調べたところ、7種間に大きな違いは見られなかった。
 さらにセルラーゼの改変を考慮にいれ、これまで成功例のなかったT. reeseiセルラーゼの大腸菌発現を行い、4種のセルラーゼの触媒ドメイン(CBH I-CD、CBH II-CD、EG I-CD および EG II-CD)をすべて活性型で発現させることに成功した。さらに、pH 4.0 の等電点沈殿を行うことによって、組換えEG I-CD、EG II-CD およびEG IIIを簡単にSDS-PAGE 上でほぼ単一タンパク質バンドになるまで精製できることを見出した。セルラーゼの改変には比活性を指標にしたスクリーニングが必要となるため、多検体に適用できる簡便な精製法はセルラーゼの比活性向上変異体を得るための重要な手段となると考えられる。精製組換えEG I-CD、EG II-CD および EG III を A. oryzae や S. pombe で発現させた Full-length EG と比較したところ、ほぼ同じ基質特異性を示したため、発現産物に性質の変化は少なく、大腸菌発現系が充分進化分子工学的改変に利用可能と判断した。
 第3章では、進化分子工学的改変法を用いて EG III の比活性向上株取得を試みた。Error-prone PCR によるランダム変異とプレートアッセイによる活性スクリーニングを行うことで安定性と発現量が大きく向上した改良酵素 2R4 を獲得した。この酵素の比活性の増加(Wild に対して1.2倍)は僅かであったことから、さらなるスクリーニング系の改良が必要であるが、本章の成果により、他のT. reesei 由来 EG の改変にも適用できることを明らかにした。
 第4章では、T. reesei セルラーゼ系の欠点である低いBGL活性を増強するための知見を得るために、セルロース培養時に発現している BGL I および BGL II を E. coliを宿主として発現させ、酵素学的性質を調べた。その結果、組換え BGL II は BGL Iに対して、2.8倍高いセロビオース分解比活性を示すことを明らかにしたが、BGL IIは安定性が低いため糖化には利用できないと判断された。T. reesei BGL Iと高活性BGLとして知られるAspergillus aculeatus BGL I の性質を比較したところ、T. reesei BGL Iの触媒効率(kcat/Km)は A. aculeatus BGL と比較して6-7倍低く、セロビオース分解活性では約17倍も低いことが判明した。高活性 Aspergillus属BGL とアミノ酸配列相同性の高い(55%)Cel3B 遺伝子を単離し、S. cerevisiaeを宿主として活性型で発現することに成功した。今後、組換え Cel3B を精製し、性質を調べて高活性 BGL であれば、T. reeseiで高発現させることにより、BGL活性の大幅な増強が可能となる。
 第5章では、本研究の成果と今後の展望をまとめた。

本論文は、セルロース系バイオマスの効率的な酵素糖化のために必須であるセルラーゼ高生産菌Trichoderma reeseiのセルラーゼ系の改良のための知見を得ることを目指して行われた。
 本論文は5章で構成されており、第1章ではこれまでに報告されているセルラーゼに関する知見をまとめ、研究の目的を明らかにしている。
 第2章では、T. reeseiがセルロースを炭素源とした培養で発現している8種エンドグルカナーゼのうち、EG VIIを除く7種についてセルラーゼを生産しない宿主で発現させ、10種の基質に対する特異性を調べ、特にEG Iが最も活性が高く、基質特異性が広いことから、セルロース分解に重要な酵素であることを明らかにしている。また、各EG間でキシログルカナーゼ活性、キシラナーゼ活性、ラミナリナーゼ活性について明確な差異があることを明らかにした。さらに、セルラーゼの改変を考慮にいれ、これまで成功例のなかったT. reeseiセルラーゼの大腸菌発現を行い、4種のセルラーゼの触媒ドメイン(CBH I-CD、CBH II-CD、EG I-CD および EG II-CD)をすべて活性型で発現させることに成功している。さらに、pH4.0の等電点沈殿を行うことによって組換えセルラーゼを簡単にSDS-PAGE 上でほぼ単一タンパク質バンドになるまで精製できることを見出している。多検体に適用できる簡便な精製法はセルラーゼ改変において、比活性の向上を調べるための重要な手段となる。
 第3章では、個々のセルラーゼの比活性を向上するために、これまで僅かしか報告されていないセルラーゼの進化分子工学的改変法の構築を試みている。EG III の比活性向上株取得を試み、安定性と発現量が大きく向上した改良酵素 2R4 を獲得した。この酵素の比活性の増加(Wild に対して1.2倍)は僅かであったことから、さらなるスクリーニング系の改良が必要であるが、この成果により、他のT. reesei 由来EGの改変にも適用できることが明らかとなっている。
 第4章では、T. reesei セルラーゼ系の欠点である低いβ-グルコシダーゼ(BGL)活性を増強するための知見を得るために、セルロースの培養で発現しているBGL I および BGL II の酵素学的性質を調べ、T. reeseiのBGL活性が低い原因を明らかにした。さらに高活性 Aspergillus属BGL とアミノ酸配列相同性の高い(55%)Cel3B 遺伝子を単離し、S. cerevisiaeを宿主として活性型で発現させることに成功している。組換え Cel3Bが高活性 BGL であれば、T. reeseiで高発現させることにより、BGL活性を増強できる可能性があることを示唆している。
 第5章では、本研究の成果と今後の展望をまとめている。
本論文で得られた知見および結論は、T. reeseiにおけるセルラーゼ系を改良するために大いに役立つものであり、学術的にも工学的にも貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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