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コイのアセチルコリンエステラーゼに関する研究

氏名 佐藤 了平
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第507号
学位授与の日付 平成21年3月25日
学位論文題目 コイのアセチルコリンエステラーゼに関する研究
論文審査委員
 主査 教授 解良 芳夫
 副査 教授 森川 康
 副査 教授 渡邉 和忠
 副査 准教授 高橋 祥司
 副査 本学名誉教授 山田 良平

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目次
序章 p.1
第1章 コイ筋組織からのアセチルコリンエステラーゼの精製と特徴解析 p.6
 1-1 緒言 p.6
 1-2 材料と方法 p.6
 1-2-1 試薬 p.6
 1-2-2 材料 p.7
 1-2-3 酵素活性測定 p.8
 1-2-4 タンパク質定量 p.8
 1-2-5 組織ホモジネートの調製 p.8
 1-2-6 エドロフォニウムSepharoseカラムの作製 p.9
 1-2-7 筋組織からのAChEの抽出と精製 p.9
 1-2-8 SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動 p.10
 1-2-9 至適温度と至適pH, キネティックパラメーター p.10
 1-2-10 酵素活性に及ぼす阻害剤の影響 p.11
 1-2-11 酵素活性に及ぼす殺虫剤の影響 p.12
 1-3 結果 p.13
 1-3-1 AChEの組織分布 p.13
 1-3-2 コイ筋組織からのAChEの精製 p.14
 1-3-3 至適温度と至適pH p.17
 1-3-4 キネティックパラメーター p.18
 1-3-5 酵素活性に及ぼす阻害剤の影響 p.21
 1-3-6 酵素活性に及ぼす殺虫剤の影響 p.24
 1-4 考察 p.29
第2章 コイ筋組織からのアセチルコリンエステラーゼ遺伝子のクローニングとPichia pastorisにおける発現および組換えコイアセチルコリンエステラーゼの特徴解析 p.33
 2-1 緒言 p.33
 2-2 材料と方法 p.34
 2-2-1 材料 p.34
 2-2-2 試薬 p.34
 2-2-3 菌株, プラスミド, 培地 p.34
 2-2-4 コイAChE遺伝子のcDNA単離 p.35
 2-2-5 コイAChE遺伝子の酵母発現ベクターの構築 p.36
 2-2-6 酵母形質転換体におけるコイAChE遺伝子のコピー数決定 p.37
 2-2-7 P.pastorisにおける組換えコイAChEの発現 p.38
 2-2-8 組換えコイAChEの精製 p.38
 2-2-9 酵素活性測定 p.40
 2-2-10 タンパク質定量 p.40
 2-2-11 SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動 p.41
 2-2-12 その他の分析方法 p.41
 2-3 結果 p.42
 2-3-1 コイAChE遺伝子のcDNA単離 p.42
 2-3-2 酵母における組換えコイAChEの発現 p.47
 2-3-3 NAEdTの精製 p.51
 2-3-4 NAEdTの特徴解析 p.55
 2-4 考察 p.63
第3章 大腸菌における組換えコイアセチルコリンエステラーゼの発現とウサギ抗コイアセチルコリンエステラーゼ抗体の作製 p.66
 3-1 緒言 p.66
 3-2 材料と方法 p.66
 3-2-1 材料 p.66
 3-2-2 試薬 p.66
 3-2-3 菌株, プラスミド, 培地 p.67
 3-2-4 コイAChE遺伝子の大腸菌発現ベクターの構築 p.67
 3-2-5 大腸菌における組換えコイAChEの発現 p.68
 3-2-6 大腸菌菌体の超音波破砕 p.68
 3-2-7 封入体コイAChEの可溶化 p.69
 3-2-8 組換えコイのAChEの精製 p.69
 3-2-9 AChEWTに対するウサギポリクローナル抗体の作製 p.70
 3-2-10 ウサギ抗AChEWT抗血清からのIgG p.71
 3-2-11 タンパク質定量 p.71
 3-2-12 SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動 p.71
 3-2-13 二重免疫拡散法 p.71
 3-2-14 ウエスタンブロット解析 p.72
 3-2-15 筋組織ホモジネートの調製 p.72
 3-2-16 その他の分析方法 p.72
 3-3 緒言 p.74
 3-3-1 大腸菌Rosetta(DE3)/pEAEにおけるHis-AChEの発現 p.74
 3-3-2 大腸菌BL21(DE3)/pAECTにおけるAChEWTの発現 p.74
 3-3-3 ウサギ抗組換えコイAChE抗体の特異性評価 p.78
 3-4 考察 p.82
総括 p.84
謝辞 p.87
参考文献 p.88
公表論文 p.96

 アセチルコリンエステラーゼ (AChE) は,殺虫剤の主成分である有機リン系殺虫剤やカルバメート系殺虫剤などにより不可逆的に阻害されることから,種々の動物組織におけるAChE活性レベルは,これら殺虫剤に対する曝露の有無を判定するバイオマーカーとして用いられている。これまで,淡水域の環境モニタリングに際しても,コイを含む様々な魚類組織のAChE活性レベルが調べられてきた。これらの研究では,組織ホモジネートや,その遠心上清などを主な酵素源として用いており,組織重量あたりの,または,組織タンパク質量あたりの本酵素活性の比で表し,それらの値の変化から,曝露影響の有無を評価している。しかし,組織の本酵素活性レベルだけでは,典型的な急性毒性症状を示さない程度の曝露の場合には,野生動物の大きな個体差などに影響され,曝露の有無さえ判定することが難しいと考えられる。この問題点は,免疫学的比活性(AChEに特異的な抗体を用いて測定したAChEタンパク質量あたりの本酵素活性の比) を用いることにより克服できると考えられる。本研究では,世界の淡水域に広く生息し,野外調査に良く用いられているコイを実験魚種に選び,コイAChEの免疫学的比活性を指標として用いる新規評価法開発の基礎を築くことを目的とした。
 第1章に述べた研究では,最初に,コイの様々な組織において,AChE活性と,AChEと酵素学的特徴がよく似ているブチリルコリンエステラーゼ (BtChE) 活性の分布を調べた。その結果,AChE/BtChE活性比は組織により大きく異なるが,2つのグループに大別できることを魚類組織で初めて明確に示した。次に,AChE/BtChE活性比が高く,組織量も多い筋組織から,膜結合型AChEの1つとして知られているコラーゲンテイル型AChEを精製し,その特徴を解析した。その結果,コイ精製酵素標品は,高い基質濃度範囲で基質阻害を受けること,調べた基質の中でアセチルチオコリンに対して顕著に高いVmax/Km値と低いKi値を示すこと,AChE特異的阻害剤により著しい阻害を受けることなど,これまで報告されている典型的なAChEと共通の特徴を有することを明らかにした。さらに,精製酵素標品の酵素活性に及ぼす各種殺虫剤とその類似化合物のin vitroにおける影響を比較検討した。その結果,コイAChE精製標品を用いたin vitroアッセイ系が,組織ホモジネートなどをAChE粗酵素源として用いた従来の魚類in vitroアッセイ系と比べて,最も感受性の高いアッセイ系の1つであることを示した。さらに,2種類の異なる殺虫剤を混合した場合には相加的な阻害効果を示すことを明らかにした。
 第2章に述べた研究では,コイ筋組織からAChE遺伝子のcDNAをクローニングし,その塩基配列を初めて明らかにした。コイAChEの推定アミノ酸配列は,魚類AChEのアミノ酸配列と有意な相同性を示しただけではなく,いくつかの共通の特徴を有していることを明らかにした。組換えコイAChEを効率的に得るために,3種類の酵母発現ベクターを構築し,メタノール資化性酵母Pichia pastorisに導入した。各酵母形質転換体を用いてコイAChEを分泌生産させたところ, Tペプチドを欠失した本酵素が最も高い酵素活性を示した。AChEの分泌生産に際して,30°Cから15°Cへ培養温度を低下させると,培地中の酵素活性値が増加したことから,培養温度の低下は生産された酵素の安定性に寄与することが示された。また,酵母α-ファクタープレプロシグナル配列はP. pastorisによる様々な異種タンパク質の大量生産に良く機能したという報告があるが,コイAChEの生産には効果がないことが示された。Tペプチドを欠失させた組換えコイAChEを酵母培養液上清から精製した。組換え酵素は,N結合型糖鎖付加を受けていただけではなく,その一部がプロテアーゼによる切断を受けていることが示された。組換えコイAChEは,高い基質濃度範囲で基質阻害を受けることや至適pH,至適温度,基質特異性と阻害剤(殺虫剤を含む) に対する感受性などは,天然本酵素とほぼ同じであったが,各基質に対するキネティックパラメーターは大きく異なっていることが明らかとなった。
 第3章に述べた研究では,免疫学的測定系の開発に必要な十分量のAChEタンパク質量を得るために,大腸菌を用いて,コイAChEを生産した。封入体から単離・精製した組換えコイAChE標品をウサギに免疫して抗体を作製した。得られた抗体は大腸菌で生産させた組換えコイAChEだけではなく,天然コイ本酵素と,酵母で生産させた組換えコイ本酵素も認識し,AChEの免疫学的検出に使用可能であることが示された。さらに,筋組織ホモジネートから調製したAChE粗抽出画分を試料とすることで,AChEに由来すると考えられるタンパク質をより特異的に検出できることが示された。

 本論文は、「コイのアセチルコリンエステラーゼに関する研究」と題し、「序章」と3章及び「総括」より構成されている。
「序章」では、本研究の背景となる魚類のアセチルコリンエステラーゼ(AChE)と、この魚類組織におけるAChE活性レベルをバイオマーカーに用いて殺虫剤等の暴露影響を調べた研究について、これまでの知見の概要と課題を示すと共に、本研究の目的及び得られた結果とその意義を述べている。
 第1章では、最初に、コイの様々な組織においてAChE活性とブチリルコリンエステラーゼ(BtChE)活性の分布を調べ、AChE/BtChE活性比は組織により大きく異なるが、2つのグループに大別できることを魚類組織で初めて明確に示した。また、コイ筋組織から単離・精製したコラーゲンテイル型のAChE標品の酵素学的特徴を初めて明らかにした。更に、精製AChE標品の酵素活性に及ぼす各種殺虫剤とその類似化合物のin vitroにおける影響や、2種類の異なる殺虫剤を混合した場合の影響について明らかにした。これらの結果は、学術的に重要な知見であると考えられる。
 第2章では、コイ筋組織からAChE遺伝子のcDNAをクローニングし、その塩基配列を初めて明らかにすると共に、構築した3種類の発現ベクターをメタノール資化性酵母Pichia pastorisに導入し、組換えコイAChE分泌生産の最適条件を明らかにした。また、酵母培養液上清から単離・精製した組換えコイAChE標品の酵素学的特徴や殺虫剤などの影響を明らかにした。以上の結果は学術的・工学的に重要な知見であると考えられる。
 第3章では、免疫学的測定系の開発に必要な十分量のAChEタンパク質量を得るために、大腸菌を用いてコイAChEを生産した。封入体から単離・精製した組換えコイAChE標品をウサギに免疫して抗体を作製した。得られた抗体は、大腸菌で生産させた組換えコイAChEだけではなく、天然コイ本酵素と、酵母で生産させた組換えコイ本酵素も認識し、AChEの免疫学的検出に使用可能であることが示された。
 「総括」においては、研究の背景の概略と目的、各章に述べた研究の成果をまとめている。
 本研究は、野外調査でよく用いられるコイのAChEの免疫学的比活性をバイオマーカーとして用いる新規評価法開発の基礎を築いたばかりでなく、学術的にもAChEに関する研究の発展に大きく貢献するものであると考えられる。
 よって、本論文は学術的にも工学的にも貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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