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非平衡プロセスにより金属元素を固溶させた酸窒化クロム高硬度薄膜の創製

氏名 浅見 廣樹
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第498号
学位授与の日付 平成21年3月25日
学位論文題目 非平衡プロセスにより金属元素を固溶させた酸窒化クロム高硬度薄膜の創製
論文審査委員
 主査 教授 末松 久幸
 副査 教授 濱崎 勝義
 副査 教授 原田 信弘
 副査 准教授 中山 忠親
 副査 特任教授 新原 晧一
 副査 物質・材料研究機構ナノ計測センター先端電子顕微鏡グループリーダー 松井良夫

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目次
第1章 序論 p.1
 1.1 はじめに p.1
 1.2 切削工具用コーティング材料の開発動向 p.4
 1.3 窒化クロム薄膜 p.7
 1.4 酸窒化クロム薄膜 p.8
 1.5 第一遷移系列の遷移金属モノオキサイド p.10
 1.6 酸窒化クロム薄膜への第二金属元素添加 p.13
 1.7 パルスレーザー堆積法によるCr-M-N-O薄膜の作成 p.15
 1.8 研究目的 p.16
 1.9 本論文の構成 p.17
 参考文献 p.18
第2章 実験装置および評価装置 p.22
 2.1 はじめに p.22
 2.2 実験装置 p.23
 2.3 薄膜評価方法 p.26
 2.3.1 組成分析 p.26
 2.3.2 結晶相同定 p.26
 2.3.3 硬度測定 p.27
 2.3.4 内部応力評価 p.27
 2.3.6 微構造観察 p.28
 2.3.7 弾性率評価 p.28
 2.3.8 電子状態観察 p.30
 2.3.9 酸化試験 p.30
 参考文献 p.31
第3章 銅を添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価 p.32
 3.1 はじめに p.32
 3.2 成膜条件 p.33
 3.3 実験結果 p.34
 3.3.1 組成分析 p.34
 3.3.2 結晶相同定 p.37
 3.3.3 断面組織観察 p.40
 3.3.4 硬度測定結果 p.40
 3.4 まとめ p.42
 参考文献 p.43
第4章 ニッケルを添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価 p.44
 4.1 はじめに p.44
 4.2 Niターゲットを使用したCr-M-N-O薄膜の作製 p.44
 4.2.1 実験条件 p.45
 4.2.2 実験結果 p.45
 4.2.2.1 組成分析 p.45
 4.2.2.2 結晶相同定 p.48
 4.2.2.3 断面組織観察 p.52
 4.2.2.4 硬度測定結果 p.53
 4.3 NiOターゲットを使用したCr-M-N-O薄膜の作製 p.54
 4.3.1 実験条件 p.54
 4.3.2 実験結果 p.55
 4.3.2.1 組成分析 p.55
 4.3.2.2 結晶相同定 p.57
 4.3.2.3 断面組織観察 p.59
 4.3.2.4 硬度測定結果 p.60
 4.4 まとめ p.61
 参考文献 p.62
第5章 マンガンを添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価 p.63
 5.1 はじめに p.63
 5.2 実験条件 p.64
 5.3 実験結果 p.65
 5.3.1 組成分析 p.65
 5.3.2 結晶相同定 p.66
 5.3.3 断面組織観察 p.70
 5.3.4 硬度測定結果 p.71
 5.4 まとめ p.72
 参考文献 p.73
第6章 マグネシウムを添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価 p.74
 6.1 はじめに p.75
 6.2 実験条件 p.75
 6.3 実験結果 p.75
 6.3.1 組成分析 p.75
 6.3.2 結晶相同定 p.78
 6.3.3 断面組織観察 p.82
 6.3.4 硬度測定結果 p.83
 6.4 まとめ p.84
 参考文献 p.85
第7章 マグネシウムを添加させた酸窒化クロム薄膜の硬度評価機構解明 p.86
 7.1 はじめに p.86
 7.2 内部応力評価 p.86
 7.2.1 薄膜硬度と内部応力 p.86
 7.2.2 (Cr,Mg)(N,O)薄膜の内部応力評価 p.87
 7.3 微構造評価 p.88
 7.3.1 微構造と薄膜硬度の関係 p.88
 7.3.2 TEMによる薄膜の微構造観察 p.88
 7.3.3 局所組成分析 p.90
 7.4 弾性率評価 p.95
 7.4.1 薄膜硬度と弾性率の関係 p.95
 7.4.2 ナノインデンテーション用薄膜材料の作製 p.97
 7.4.2.1 成膜条件 p.97
 7.4.2.2 組成分析 p.98
 7.4.2.3 結晶相同定 p.99
 7.4.2.4 断面組織観察 p.102
 7.4.2.5 弾性率測定 p.102
 7.5 電子状態観察 p.105
 7.5.1 EELSによる電子状態観察 p.105
 7.5.2 Mgの添加に伴う Cr(N,O) 薄膜の電子状態変化予測 p.106
 7.5.4 CrN の化学結合 p.107
 7.5.3 PLD法により作製した (CR,Mg)(N,O) 薄膜の電子状態観察 p.109
 7.6 まとめ p.114
 参考文献 p.115
第8章 マグネシウムを添加させた酸窒化クロム薄膜の酸化挙動評価 p.117
 8.1 はじめに p.117
 8.2 実験条件 p.117
 8.3 実験結果 p.118
 8.3.1 組成分析 p.118
 8.3.2 結晶構造解析 p.122
 8.3.3 硬度測定結果 p.126
 8.4 酸化試験 p.127
 8.4.1 実験方法 p.127
 8.4.2 結晶相同定 p.127
 8.4.3 断面組織観察 p.130
 8.4.4 硬度測定結果 p.130
 8.5 まとめ p.132
 参考文献 p.133
第9章 新規材料設計指針の提案 p.134
 9.1 はじめに p.134
 9.2 各元素の固溶度と固溶硬化について p.134
 9.3 新規材料設計指針の提案 p.137
 参考文献 p.141
第10章 総括 p.142
研究業績 p.144
謝辞 p.148

 近年、機械加工における更なる切削速度の向上やドライ加工化といった要求を満たすために、既存の窒化チタン(TiN)や窒化クロム(CrN)などのコーティング材料よりも硬度、耐酸化性等の特性に優れた薄膜材料の開発が望まれている。このような薄膜材料の開発として、かつては元素の固溶添加による特性改善が目指されてきたが、近年は元素の固溶ではなくナノコンポジット化やナノ多層膜化などの組織制御による特性改善が主流として研究されている。しかし、さらなる薄膜材料の特性改善を目指すためには、今一度組織制御に因らない母材料自身の特性改善に主眼を向けて開発を行う必要があると考える。
本研究では、高硬度で耐酸化性に優れた酸窒化クロム(Cr(N,O))薄膜に第二金属元素を添加することで、より高硬度な薄膜を作製可能であると考えた。本論文は、Cr(N,O)薄膜に第二金属元素MとしてCu、Ni、Mn、Mgを添加した薄膜を作製し、その諸特性について評価するとともに、(Cr,M)(N,O)系新高硬度薄膜材料創製のための材料設計指針について提案したものであり、全10章から構成されている。
 第1章「序論」では、切削工具、切削工具用コーティング材料開発の歴史と既存の高硬度薄膜材料の種類および特徴について述べるとともに、Cr(N,O)という材料の特異性について記述した。さらに、(Cr,M)(N,O )層の合成による超高硬度薄膜材料開発における材料設計指針について説明し、本研究の重要性、目的および本論文の構成を示した。
 第2章「実験装置および評価装置」では、成膜に用いた パルスレーザー堆積法(PLD法)の原理、PLD装置の構成および薄膜作製手順について述べた。また、薄膜の諸特性を評価した種々の装置について記述した。
 第3章「銅を添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価」、第4章「ニッケルを添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価」、第5章「マンガンを添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価」、第6章「マグネシウムを添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価」では、Cr(N,O)に第二金属元素M = Cu、Ni、Mn、Mgを添加させた薄膜の作製と硬度評価の結果について述べた。作製した薄膜の組成、結晶構造、断面組織について評価を行った結果、各金属元素を添加するためのターゲット面積比を変化させることで、金属元素中のM組成(x)を変化させたCr-M-N-O薄膜の作製に成功していることを確認した。また、各薄膜の主相はCrNの岩塩型(NaCl型)結晶構造に起因する結晶相であり、固溶量に差はあるものの各金属元素はCr(N,O)中に固溶すると結論付けた。また、作製した薄膜の硬度は各金属元素の固溶により向上すると考えられ、最も優れた硬度を示した(Cr,Mg)(N,O )薄膜では、最大硬度はビッカース硬度でHV4300程度であることを示した。
 第7章「マグネシウムを添加させた酸窒化クロム薄膜の結晶構造解析」では、第6章で作製した(Cr,Mg)(N,O )薄膜の高硬度化機構について、内部応力の上昇、微構造変化、弾性率の上昇について検討を行った結果について述べた。薄膜の内部応力の算出と透過型電子顕微鏡(TEM)による微構造観察の結果、これらは薄膜の高硬度化に寄与していないと結論付けた。本章では、TEM観察と合わせて電子エネルギー損失分光法(EELS)により、薄膜中酸窒素量の定量と電子状態観察を行った結果についても述べた。EELS分析により、xの増加に伴い薄膜中の窒素量が減少し酸素量が増加することが明らかになった。また、Cr-L吸収端スペクトルには酸素量の増加によりCrのイオン性増加に伴うシフトが確認され、さらにO-K吸収端スペクトルにはxの増加に伴いMg-Oの結合に起因すると考えられるピークが観察されるようになった。ナノインデンテーション試験によりヤング率を測定した結果、薄膜のヤング率と硬度はxの増加に伴い増加することが確認された。以上のことから、(Cr,Mg)(N,O )薄膜における高硬度化は、Mgの固溶による固溶硬化、Mgの添加に伴う酸素量増加によるOの固溶硬化、Mg、Oの固溶に伴う弾性率の上昇、に因ると結論付けた。
 第8章「マグネシウムを添加させた酸窒化クロム薄膜の酸化挙動評価」では、(Cr,Mg)(N,O )薄膜の酸化挙動を評価した結果について述べた。本実験では、Cr(N,O)薄膜と(Cr,Mg)(N,O )薄膜について酸化試験を行い酸化挙動を調べることで、Mgの添加に伴う酸化挙動の変化を明らかにした。その結果、(Cr,Mg)(N,O)薄膜は高温においてMgCr2O4相を形成するが、Cr(N,O)薄膜と同程度の高温までNaCl型結晶構造を維持できることが分かった。また、酸化試験後の薄膜硬度を評価した結果についても述べた。
 第9章「新規材料設計指針の提案」では、第3章から第6章において得られた各金属元素の固溶度と高硬度化の度合いについて、「CrNとMOの単位格子体積の差」とMO形成のための標準生成自由エネルギー」から考察を述べた。また、(Cr, M)(N,O)相合成による新規超硬質薄膜材料開発のための第二金属元素選択の指針について提案を行った。最後に、添加により今後薄膜硬度の改善が期待できる金属元素について述べた。
 第10章「総括」では、本研究で得られた結果をまとめるとともに、(Cr, M )(N,O)相合成による薄膜材料の開発が、今後優れた特性を有する薄膜材料を作製する上で有用な手法であることを示した。

 本論文は、「非平衡プロセスにより金属元素を固溶させた酸窒化クロム高硬度薄膜の創製」と題し、全10章から構成されている。
第1章「序論」では、切削工具材料の歴史と硬質薄膜材料の開発動向について述べるとともに、組織制御に依らない薄膜特性の改善に目を向けた研究の必要性について説明し、本研究の重要性、目的および本論文の構成を示している。
第2章「成膜装置および評価装置」では、成膜に用いたPLD法の原理、装置の構成および薄膜作製手順について述べるとともに、薄膜の諸特性を評価した種々の装置について記述している。
第3章「銅を添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価」、第4章「ニッケルを添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価」、第5章「マンガンを添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価」、第6章「マグネシウムを添加させた酸窒化クロム薄膜の作製と硬度評価」では、Cr(N,O)に第二金属元素MとしてCu、Ni、Mn、Mgを添加させたCr-M-N-O薄膜を作製し、組成、結晶構造、断面組織、ビッカース硬度について評価した結果、B1-(Cr,M)(N,O)相が実際に合成可能であり、薄膜硬度が各金属元素の固溶により薄膜の硬度が向上することを明らかにしている。また、この中において(Cr,Mg)(N,O) 薄膜がHV4000以上という非常に優れた硬度を有することを示している。
第 7 章「マグネシウムを添加させた酸窒化クロム薄膜の高硬度化機構解明」では、(Cr,Mg)(N,O) 薄膜の高硬度化機構について、内部応力の上昇、微構造変化、弾性率の上昇、電子状態の変化について検討を行った結果、薄膜の高硬度化が内部応力上昇や微構造変化などによるものではなく、MgとOの固溶に伴う弾性率の上昇と固溶効果によるものであることを述べている。またこの結果の中で、電子エネルギー損失分光法(EELS)による組成分析の結果、Mg含有量の増加に伴い薄膜中のN量が減少するとともにO量が増加することと、CrとOの化学結合状態が変化していることを明らかにしている。
第8章「マグネシウムを添加させた酸窒化クロム薄膜の酸化挙動評価」では、Cr(N,O)薄膜と(Cr,Mg)(N,O)薄膜について酸化試験を行い、酸化挙動を評価した結果について述べている。この中で、(Cr,Mg)(N,O)薄膜は主酸化物相としてMgCr2O4相を形成するが、Cr(N,O)薄膜と同程度の高温までNaCl型結晶構造を維持できることを明らかにしている。
第9章「新規材料設計指針の提案」では、第3章から第6章において得られた各金属元素の固溶度と高硬度化の度合いについての考察と、(Cr,M)(N,O)相合成による新規硬質薄膜材料開発のための第二金属元素の選択指針について提案を行っている。また、これと同時にCr(N,O)中への添加により今後薄膜硬度の改善が期待できる金属元素について述べている。
第10章「総括」では、本研究で得られた結果についてまとめるとともに、(Cr,M)(N,O)相の合成が今後優れた硬質薄膜材料を開発していく上で有用な手法であることを示し、総括としている。
以上のように本論文は、(Cr,M)(N,O)相が組織制御に因らずに優れた硬質薄膜材料を作製する上で有用な物質の一つであることを示している。また、本論文で得られた知見は、コーティング分野のみならず遷移金属酸窒化物のバンド構造エンジニアリングの学問分野構築に寄与するものである。よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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