ビスマス酸塩ガラスの諸物性 -低融点ガラスの開発-
氏名 川中 裕次
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第501号
学位授与の日付 平成21年3月25日
学位論文題目 ビスマス酸塩ガラスの諸物性 -低融点ガラスの開発-
論文審査委員
主査 教授 松下 和正
副査 教授 小松 高行
副査 教授 佐藤一則
副査 東北大学工学研究科教授 藤原 巧
副査 長岡工業高等専門学校准教授 小出 学
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目次
第1章 諸言
1.1 環境に対する規制の強化と鉛、鉛化合物の問題 p.2
1.2 低融点ガラスと酸化鉛 p.3
1.3 酸化鉛を含まない低融点ガラス p.5
1.4 酸化ビスマス系ガラス p.5
1.5 本研究の目的 p.8
1.6 本論文の構成 p.9
参考文献 p.11
第2章 酸化ビスマスガラス作製方法の検討
2.1 諸言 p.14
2.2 ガラス組成の検討 p.14
2.3 スチールプレスにより作製されるガラスの観察 p.18
2.4 バルク状ガラスの作製 p.21
2.5 溶融るつぼの検討 p.23
2.6 溶融温度と色調の関係 p.27
2.7 まとめ p.36
参考文献 p.37
第3章 酸化ビスマスガラスの諸物性と応用
3.1 諸言 p.40
3.2 熱物性 p.40
3.3 耐水性 p.48
3.4 濡れ性 p.52
3.5 まとめ p.58
3.6 実製品への使用 p.60
参考文献 p.61
第4章 酸化ビスマスのガラス中での挙動
4.1 諸言 p.64
4.2 Bi2O3-BaO-B2O3ガラスのTgと結合強度との関係 p.64
4.3 データベースとの比較 p.72
4.4 まとめ p.83
参考文献 p.85
第5章 総括
5.1 総括 p.88
5.2 本研究の展望 p.89
本研究に関する発表論文 p.91
本研究に関する学会発表 p.92
本研究に関する受賞 p.94
共同研究 p.95
謝辞 p.96
近年の環境に対する意識の高まりとともに、鉛および鉛化合物は有害物質とみなされるようになった。RoHSを初めとして、全世界規模で鉛、および鉛化合物の使用規制が始まっている。
低融点ガラスは別名ハンダガラスとも呼ばれ、低温で軟化溶融するガラスである。しかし、これまでに用いられてきた低融点ガラスのほとんどは酸化鉛を大量に含有している。そのため、酸化鉛を含まない新しい低融点ガラスが求められている。これまで、酸化鉛を含まない新しい低融点ガラスとして、様々なリン酸塩などのガラスが提案されてきた。しかし、これらのガラスはリン酸塩ガラス由来による耐水性の問題や、雰囲気制御を必要とするなどの問題を残しており、これまでの酸化鉛系低融点ガラスが担ってきた広い範囲の要望を全てカバーすることは難しいと考えられる。
一方で、周期律表において鉛に隣接する元素であるビスマスは、種々の性質において鉛に類似していると考えられる。また、酸化ビスマスの毒性は重金属元素の中では比較的低く、酸化ビスマス(Bi2O3)を含むガラスはユニークな特性を持つことから、様々なガラス分野において多くの研究が行われてきた。この酸化ビスマス系ガラスの研究の過程において、これらのガラスが低いガラス転移温度を持つことや、一般的なガラスと同程度の熱膨張係数を有していることも報告されてきた。しかしながら、酸化ビスマスを低融点ガラスとして用いた特許は多数あるものの、研究報告は非常に少なく、酸化ビスマスが低融点ガラスとしてどのような働きをしているかについての理解はほとんど進展していない。
本研究では、実際の製品として用いることを考慮した参加ビスマス系低融点ガラスの開発と、酸化ビスマスのガラス中での挙動について明らかにすることを目的とした。
結果について、実用化を視野に入れたガラス作製方法の検討を行った。これまでの酸化ビスマス系ガラスは、鋳込みの際に急冷を行うことが通例であったが、冷却過程のガラス試料の観察により、熱ひずみによるガラスの破砕を確認した。この問題に対して、冷却速度を緩和させることで対応した。その結果、安定で大型のバルクガラスも作製可能な条件を見出した。
また、ビスマス系ガラスの色調の変化について、鋳込み時の融液温度が密接に関係していることを明らかとし、これらを統合したガラス作製方法を決定した。得られたガラスについて、ガラス転移温度、結晶化温度、熱膨張係数をDifferential Thermo Analysis(DTA)およびThermo-mechanical Analysis(TMA)で分析した。その結果、Bi2O3-BaO-B2O3ガラスが従来に酸化鉛含有低融点ガラスと同程度の熱物性を有していることが明らかとなった。さらに、耐水性については従来の酸化鉛含有低融点ガラスを凌駕し、一般的に使用されている窓ガラスと同程度の耐水性を有していることが明らかとなった。さらに、耐水性試験に用いた浸液の成分を分析した結果、溶出した成分のほとんどはBaとBであったことから、Bi2O3が水に対して非常に強いガラス構造を有していることが明らかとなった。また、封着用低融点ガラスとして重要な要素である種々基盤との濡れ性について、ITO膜への接着を試みた。その結果、ガラスはITOの導電性を保持したまま基板上に融着し、十分な接合力を示した。このガラスは他に提案されているさまざまな非鉛低融点ガラスと同程度、あるいはそれ以上の種々物性を有しており、新しい低融点ガラスの一つとして非常に有用であることを見出した。
酸化ビスマスのガラス中での役割について、組成によるガラス転移温度の変化と平均結合強度の変化の間に相関関係があることを見出した。この関係は本研究で扱ったホウ酸塩系ガラスにおいては、ホウ酸‐酸化鉛系とホウ酸‐ビスマス酸塩系にのみ共通する傾向であることから、酸化ビスマスのガラス中での挙動は酸化鉛に非常に類似していることが明らかとなった。さらに、様々なケイ酸塩系ガラス、ホウ酸塩系ガラスのガラス転移温度と平均結合強度の関係を調べたところ、酸化鉛系ガラスと酸化ビスマス系ガラスには結合強度の低下がガラス転移温度を低下させる主要な要因であることを明らかとした。さらに、酸化ビスマスが従来提言されてきたガラス網目構造に対する役割に反し、分類上では修飾酸化物でありながら、中間酸化物のように機能していることを示唆した。
本研究の結果より、酸化ビスマス系ガラスは酸化鉛を含まない新しい低融点ガラスとして非常に有用な材料であること、酸化ビスマスはガラス中において酸化鉛と類似した働きをし、様々な機能をガラスに付与することを明らかとした。
本論文は、「ビスマス酸塩ガラスの諸物性‐低融点ガラスの開発‐」と題し、5章より構成されている。
第1章「緒言」では、近年の鉛、鉛化合物に対する規制によるガラス中の酸化鉛の問題を示し、非鉛低融点ガラスについて述べた。新しい低融点ガラスとして酸化ビスマスを主成分とする系に着目し、このガラス系の研究の進歩と問題点を明らかとした。研究の目的として、実用化を視野に入れたガラス組成の検討と酸化ビスマスのガラス中での役割を明らかにすることを述べている。
第2章「酸化ビスマスガラス作製方法の検討」では、従来の酸化ビスマス系ガラスの作製方法について検証を行い、安定で均質なガラスの作製方法を決定した。また、酸化ビスマス系ガラスの容易な色調変化について、その原因を特定した。
第3章「酸化ビスマスガラスの諸物性と応用」では、前章で構築した作製方法によってガラスを作製し、低融点ガラスとしての性能を熱物性、耐水性、基板等への漏れ性より評価し、本系のガラスが新しい低融点ガラスのひとつとして非常に優れていることを明らかにした。
第4章「酸化ビスマスのガラス中での挙動」では、酸化ビスマスがガラスを低融点化させるメカニズムについて、結合強度とガラス転移温度に相関関係があり、ガラスの平均結合強度がガラス転移温度を支配的に決定していることを明らかとした。また珪酸塩、ホウ酸塩など種々のガラスについても検証し、特に酸化鉛と酸化ビスマスを含むガラスではガラス転移温度を決定する主要な因子は平均結合強度であることを明らかにした。
第5章「総括」では、本論文で得られた結論を要約している。すなわち、安定した酸化ビスマス系ガラス作製方法の構築、酸化ビスマス系ガラスが非鉛低融点ガラスとして非常に有効であること、および酸化ビスマスがガラス転移温度を支配的に決定していることを述べ、また、本研究がガラス科学およびガラス工学それぞれに展開することができることを述べている。
よって、本論文はガラス工学およびガラス科学に貢献する所が大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。