スピン注入駆動による磁気光学型光変調素子の研究
氏名 青島 賢一
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第269号
学位授与の日付 平成21年3月25日
学位論文題目 スピン注入駆動による磁気光学型光変調素子の研究
論文審査委員
主査 教授 小松 高行
副査 准教授 内富 直隆
副査 准教授 松原 浩
副査 准教授 石橋 隆幸
副査 独立行政法人科学技術振興機構さきがけ研究総括 佐藤 勝昭
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目次
第1章 序論
1-1 背景 p.1
1-2 これまでに提案されたSLM p.3
1-3 スピン注入磁化反転駆動を用いた磁気光学光変調器(スピン注入MOSLM)の提案 p.5
1-4 本研究の目的と論文の構成 p.8
第2章 スピン注入MOSLMの要素技術とその物理的背景 p.9
2-1 スピントロニクスについて p.9
2-1-1 巨大磁気抵抗(GMR; Giant Magneto-Resistance)効果 p.10
2-1-2 電流面内型(CIP; Current in plane)および電流面直型(CPP; Current Perpendicular to Plane) GMR p.13
2-1-3 トンネル磁気抵抗 p.15
2-1-4 ハーフメタル p.17
2-2 スピン注入磁化反転 p.19
2-2-1 スピン注入磁化反転の進展 p.19
2-2-2 スピン注入磁化反転の工学応用 p.21
2-3 磁気光学効果 p.23
2-3-1 磁気光学効果の物理背景 p.24
2-3-2 磁気光学材料 p.29
第3章 実験方法 p.31
3-1 製膜方法 p.31
3-2 素子作製方法 p.34
3-3 MR測定 p.36
第4章 実験結果 p.38
4-1 Co75Fe25を用いたCPP-GMRとその作製 p.38
4-1-1 実験方法 p.38
4-1-2 Co75Fe25およびCo90Fe10を用いたCPP-GMRの特性 p.39
4-1-3 CPP-GMR特性の作製方法(エッチング深さ)依存性 p.41
4-1-4 まとめ p.43
4-2 ハーフメタル材料とそれらを用いたトンネル接合およびCPP-GMR素子 p.44
4-2-1 エピタキシャルFe3O4 p.44
4-2-1-1 エピタキシャルFe3O4の作製 p.45
4-2-1-2 磁気特性の下地依存性 p.45
4-2-1-3 X線回折による結晶性とその磁気特性の関係 p.49
4-2-1-4 Fe3O4の磁気異方性の起源について p.53
4-2-1-5 トンネル磁気抵抗特性 p.55
4-2-1-6 エピタキシャルFe3O4のまとめ p.58
4-2-2 Co2FeSiホイスラー合金 p.59
4-2-2-1 ホイスラー合金の作製 p.59
4-2-2-2 X線回折による結晶性評価 p.59
4-2-2-3 Co2FeSiの磁気特性 p.61
4-2-2-4 CPP-GMR特性 p.62
4-2-2-5 複数素子のCPP-GMR p.66
4-2-2-6 スピン注入磁化反転特性 p.68
4-2-2-7 ホイスラー合金まとめ p.70
4-3 ホイスラー合金によるスピン注入磁化反転の磁気光学観察 p.72
4-3-1 透明電極の作製とその特性 p.72
4-3-2 上部電極に透明電極を用いたCPP-GMR素子 p.73
4-3-2-1 CPP-GMR特性 p.73
4-3-2-2 透明電極透明電極でのスピン注入磁化反転特性と複数素子のスピン注入磁化反転 p.75
4-3-2-3 スピン注入磁化反転の磁気光学観察 p.77
4-3-3 スピン注入磁化反転の磁気光学観察まとめ p.80
4-4 垂直磁化膜(Gd-Feフリー層,Tb-Coピンド層)を用いたGMR積層膜の磁気光学効果とCPP-GMR素子におけるスピン注入磁化反転 p.81
4-4-1 GMR膜の作製とカーヒステリシスループ p.81
4-4-2 磁気光学カー効果のGd-Feフリー層膜厚依存性 p.84
4-4-3 CPP-GMR特性 p.86
4-4-4 スピン注入磁化反転特性 p.88
4-4-5 まとめ p.90
第5章 磁気光学光変調素子における現状の課題と今後の展望 p.91
5-1 光変調度の改善 p.91
5-2 スピン注入磁化反転電流の低減と高速磁化反転 p.92
5-3 電極の低抵抗化 p.93
第6章 まとめ p.94
謝辞 p.97
発表論文および学会発表 p.98
Appendix p.104
参考文献 p.i)
立体ホログラフィー表示やホログラム記録への応用を目指して、超高精細・高速なスピン注入駆動型磁気光学光変調素子を提案した。提案した素子は、スピン注入磁化反転および磁気光学効果を組み合わせた新規な光変調素子であり、既存のSLMでは実現が困難であるサブミクロンの超高精細画素と数10nsオーダーの高速性駆動性能をあわせもち、ホログラフィー用のSLMに必要な条件を満たす。本研究ではこの素子実現に必要な要素技術についての基礎検討および素子の動作実験を行った。
スピン注入磁化反転実験を行う素子としてCPP-GMR(Current-Perpendicular-to- plane Giant Magneto-Resistance)に着目し、この作製方法について検討した。GMR素子作製には100×100nm2~100×300nm2程度の大きさのレジストパターンを電子ビーム露光器を用いて形成し、GMR膜をイオンミリングにてエッチングすることでGMRのピラー構造を作製した。ピラー形成時のイオンミリングを反強磁性層まで行なうことでMR比が向上することを示し、高効率なスピン注入の可能性を示した。
スピン注入磁化反転電流低減を目指し、高スピン偏極材料の作製および基礎特性の把握を行ない、これら材料を用いたMR素子を作製した。高スピン偏極材料として、ハーフメタル特性が理論的に予想されているFe3O4およびCo2FeSiホイスラー合金に着目した。Fe3O4を導電率が高く電極として有用なRu下地上にエピタキシャル成長させた。Ru電極下にV膜を設け、Ruの配向を(100)とすることで、角型比の良いFe3O4膜を得ることに成功した。Ru下地とFe3O4の格子のミスマッチから、ひずみが生じていることをX線回折を用いて明らかにした。このひずみによる応力から磁気異方性が生じ、良好な角型比となったことを磁気弾性効果によるモデルを用いて説明した。このFe3O4をピンド層に、CoFeをフリー層に、Al2O3をトンネル障壁に用いてTMR素子を作製し、Fe3O4を用いたTMR素子としては最大級のMR比14%を得た。Co2FeSiホイスラー合金を用いて作製したCPP-GMR素子は、MR比がCo75Fe25-CPP-GMRの3.3%に比べて大きく、5.45%となることを示した。Co2FeSi を用いたCPP-GMR素子のスピン注入磁化反転はCo75Fe25を使った素子に比べて磁化反転電流を1/4に低減できることを示した。高スピン偏極材料を用いることでスピン注入磁化反転の低電流化が図れることがわかった。
透明電極を用いたCPP-GMR素子は高抵抗な透明電極のためにCu電極素子と比べて抵抗は数倍高いものの、磁気抵抗変化はCu電極素子とほぼ同程度であった。このことから透明電極はGMR効果自体には影響しないことがわかった。透明電極を用いたCPP-GMR素子におけるスピン注入磁化反転はCu電極を用いた素子とほぼ同程度の電流密度で磁化反転を起こし、透明電極は磁化反転特性には影響しないことがわかった。磁気光学顕微鏡を用いて磁気光学変化を観察しながらスピン注入磁化反転を行う測定系を用いて、スピン注入によるフリー層磁化反転の様子を磁気光学的に観測することに成功した。観測した磁気光学効果は大変小さいために光変調度は小さいものであったが、磁気光学効果の大きな材料系を用いることで、光変調器として動作させることが可能であると考えており、スピン注入磁化反転を用いた磁気光学光変調素子としての基礎動作の確認ができたと考えている。
光の変調度改善を目指して、磁気光学効果の大きい垂直異方性材料の検討を行った。MO記録において実績のある、希土類・遷移金属合金であるGdFeをフリー層、TbFeCoをピンド層を用いたGMRを検討した。GdFe10nmを用いたGMR膜ではフリー層の反転に伴うカー回転角は0.12度とCo2FeSi6nmに比べてカー回転角は30倍となった。TbFeCo20nmをピンド層に、GdFe10nmをフリー層に用いたCPP-GMR素子は、MR比0.05%を示した。MR比は小さいものの、スピン注入磁化反転を示し、反転電流密度は3.8×107A/cm2とCo2FeS6nmの2.7×107A/cm2より若干大きい程度あり、大幅な反転電流密度の増加はなかった。GdFe垂直磁化膜をスピン注入にて磁化反転できたことから、光変調度は従来のCo2FeSiを使ったものに比べて大幅に改善される見通しが得られた。
従来のデバイスでは実現が困難であったサブミクロンサイズの高精細・高速な磁気光学光変調デバイスの基礎的な動作確認ができ、この光変調デバイス実現にむけた第一歩を踏み出すことができた。今後、磁気光学効果のさらなる向上、光変調素子のアレイ化、スピン注入効率向上による省電力化に注力し、高精細・高速な空間光変調素子の早期実現を目指す。
本論文は、「スピン注入駆動による磁気光学型光変調素子の研究」と題し、6章より構成されている。第1章「序論」では、空間光変調器に関する従来の研究の概要を示すとともに、本研究で提案するスピン注入磁化反転駆動を用いた磁気光学光変調器について述べている。 第2章「スピン注入MOSLMの要素技術とその物理的背景」では、本論文で提案しているスピン注入駆動による磁気光学型光変調素子の要素技術の背景にあるスピンエレクトロニクス技術および磁気光学効果について説明している。
第3章「実験方法」では、スピン注入駆動による磁気光学型光変調素子の作製技術として用いた各種成膜技術、素子作製技術、評価技術について述べている。
第4章「実験結果」は34節からなり、4-1「Co75Fe25を用いたCPP-GMRとその作製」では、素子作製技術の最適化を行い、ピラー形成時のイオンミリングを反強磁性層まで行なうことでMR比が向上することを明らかにし、高効率なスピン注入の可能性を示した。4-2「ハーフメタル材料とそれらを用いたトンネル接合およびCPP-GMR素子」では、高スピン偏極材料としてハーフメタル特性が理論的に予想されているFe3O4およびCo2FeSiホイスラー合金に着目している。Fe3O4を導電率が高く電極として有用なRu下地上にエピタキシャル成長させ、Fe3O4をピンド層に、CoFeをフリー層に、Al2O3をトンネル障壁に用いてTMR素子を作製し、Fe3O4を用いたTMR素子としては最大級のMR比14%を得た。Co2FeSiホイスラー合金を用いて作製したCPP-GMR素子では、MR比がCo75Fe25-CPP-GMRの3.3%に比べて大きく、5.45%となることを示した。さらに、Co2FeSi を用いたCPP-GMR素子のスピン注入磁化反転はCo75Fe25を使った素子に比べて磁化反転電流を1/4に低減できることを示し、高スピン偏極材料を用いることでスピン注入磁化反転の低電流化が図れることを明らかにした。4-3「ホイスラー合金によるスピン注入磁化反転の磁気光学観察」では、ホイスラー合金を用いたCPP-GMR素子に透明電極を適用し、スピン注入磁化反転がCu電極を用いた素子とほぼ同程度の電流密度で磁化反転を起こし、透明電極は磁化反転特性には影響しないことを明らかにした。また、磁気光学顕微鏡を用いて磁気光学変化を観察しながらスピン注入磁化反転を行う測定系を用いて、スピン注入によるフリー層磁化反転の様子を磁気光学的に観測することが可能であることを示した。この結果から、スピン注入磁化反転を用いた磁気光学光変調素子としての基礎動作の確認ができたと考えている。4-4「垂直磁化膜を用いたGMR積層膜の磁気光学効果とCPP-GMR素子におけるスピン注入磁化反転」では、磁気光学効果が大きい垂直磁化膜とCu電極を用いたCPP-GMR素子においてスピン注入磁化反転を実現し、光変調度の改善の可能性を示した。
第5章では、各章の結論を総括している。
以上のように、本論文は、磁気と光を用いたこれまでにない新しい素子の提案と基礎的な実証を行っており、工学上および工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。