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ファージディスプレイペプチドリガンドを利用した未培養微生物群の新規分離支援技術の開発

氏名 井口 晃徳
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第499号
学位授与の日付 平成21年3月25日
学位論文題目 ファージディスプレイペプチドリガンドを利用した未培養微生物群の新規分離支援技術の開発
論文審査委員
 主査 准教授 小松 俊哉
 副査 准教授 山口 隆司
 副査 准教授 高橋 祥司
 副査 独立行政法人産業技術総合研究所ゲノムファクトリー研究部門研究部門長(本学客員教授) 鎌形 洋一
 副査 独立行政法人産業技術総合研究所生物機能工業研究部門グループリーダー(本学客員准教授) 関口 勇地

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目次
第一章 序論 p.4
 第一節 研究目的 p.5
 第二節 研究背景 p.7
 1. 微生物生態学研究における問題点 ‐未培養微生物群の存在‐ p.7
 2. ファージディスプレイ法 p.9
 3. ファージディスプレイ法の微生物細胞への適用 p.12
 4. 本提案技術の説明 ‐ファージディスプレイ法を利用した未培養微生物群の新規分離技術‐ p.18
 第三節 研究の構成 p.19
 参考文献 p.21
第二章 嫌気性廃水処理プロセスにおいて高頻度に検出される未培養微生物群の解析[1] ‐Nitrospirae門の未培養グループに属する未培養微生物群‐ p.29
 第一節 はじめに p.30
 第二節 実験方法 p.31
 1. サンプリング p.31
 2. 分子系統解析とプローブ設計 p.31
 3. リアルタイムPCR法による定量 p.31
 4. 塩基配列の決定 p.32
 5. Fluorescence in situ hybridization (FISH)解析 p.33
 6. 塩基配列のアクセッションナンバー p.33
 第三節 実験結果と考察 p.33
 1. “Anaerobic sludge group”に属する未培養Nitrospirae phylotypeの系統 p.33
 2. リアルタイムPCR法による定量 p.35
 3. UASBグラニュール内に存在する未培養Nitrospirae phylotypeのin situでの検出 p.36
 4. “Anaerobic sludge group”の環境中における生態 p.38
 第四節 本章の概要 p.39
 参考文献 p.40
第三章 嫌気性廃水処理プロセスにおいて高頻度に検出される未培養微生物群の解析[2] ‐Synergistetes門の未培養グループに属する未培養微生物群‐ p.45
 第一節 はじめに p.46
 第二節 実験方法 p.47
 1. サンプリング p.47
 2. 分子系統解析とプローブ設計 p.47
 3. リアルタイムPCR法による定量 p.48
 4. 塩基配列の決定 p.49
 5. Fluorescence in situ hybridization (FISH)解析 p.49
 6. 塩基配列のアクセッションナンバー p.49
 第三節 実験結果と考察 p.49
 1. Synergistetes門のG3,G8,G10に属する未培養phylotypeの系統 p.49
 2. リアルタイムPCR法による定量 p.52
 3. UASBグラニュール内に存在するSynergistetesグループのin situでの検出 p.53
 4. Synergistetes-G3,-G8,-G10の環境中における生態 p.58
 第四節 本章の概要 p.59
 参考文献 p.59
第四章 本提案技術の実現可能性の検証 p.64
 第一節 はじめに p.65
 第二節 実験方法 p.66
 1. 実験に使用した微生物菌体とその培養法 p.66
 2. 使用した環境試料(活性汚泥) p.66
 3. 微生物試料の固定、FISH法 p.66
 4. 菌体からのDNA抽出とPCR p.67
 5. ファージディスプレイペプチドライブラリとバイオパンニング p.67
 6. 宿主大腸菌の培養、およびM13ファージの増殖と精製 p.68
 7. M13ファージのクローン化とクローンファージの増殖 p.68
 8. ファージのDNA抽出 p.68
 9. 塩基配列の決定、および標的菌体特異的ペプチド配列の決定 p.69
 10. ペプチドの合成 p.69
 11. チラミドシグナル増幅(TSA)法(ファージベース法) p.69
 12. チラミドシグナル増幅(TSA)法(ペプチドベース法) p.69
 13. 磁気ビーズとビオチン化ペプチドの結合 p.70
 14. 磁気ビーズを利用した標的菌体の回収 p.70
 15. 回収菌体の観察と計測 p.71
 16. 回収菌体の培養 p.71
 第三節 実験結果 p.71
 1. ファージディスプレイ法による標的菌体特異的ペプチドの選別 p.71
 2. TSA法を利用した選別ペプチドの特異性確認 p.72
 3. 選別ペプチドと磁気ビーズを利用した標的微生物菌体の特異的回収 p.76
 4. 複合微生物試料からのG. aurantiaca菌体の特異的回収と培養 p.78
 5. 複合微生物試料からのG. aurantiaca菌体を混合した複合微生物系からの特異的回収 p.80
 第四節 考察 p.80
 参考文献 p.81
第五章 総括 p.83
本論文の基礎となる学術論文&参考論文 p.86
謝辞 p.87

 本研究は環境中に多様に存在する未培養微生物群の分離培養を目指し、(1) 多様な食品工場廃水を処理する UASB (Up-flow anaerobic sludge blanket) 反応槽で形成されたグラニュール汚泥内の微生物群集構造を16S rRNA遺伝子に基づく分子遺伝学的手法により明らかにし、(2) これらのプロセスにおいて高頻度に検出される未培養微生物群の存在量と形態を明らかにした。(3) さらに16S rRNAを標的としたFluorescence in situ hybridization (FISH) 法と、ファージディスプレイ法を組み合わせた未培養生物群の新規分離培養支援技術の開発を行った。
 嫌気性廃水処理プロセスは、未培養微生物群を含む多様な嫌気性微生物を活用し、高効率に廃水・廃棄物中の有機物を無機化・減量化あるいは有用資源の回収を行うプロセスである。現在までに様々な種類の嫌気性廃水処理技術が開発されてきたが、中でもUASB 法は単純かつ巧妙な原理に基づく高効率型嫌気性廃水処理プロセスであり、高濃度有機性廃水処理分野における中核的な技術である。これら嫌気性廃水処理プロセスにおいて形成される微生物群は、高活性・高濃度の微生物複合体であり、分子遺伝学的手法を適用しやすい、未培養微生物群を分離できる可能性が高いといった利点を有する。
 本研究では、はじめに16S rRNA遺伝子に基づくクローン解析により、12種類の多様な食品工場廃水を処理する実規模UASB反応槽で形成されたグラニュール汚泥内の微生物群集構造を明らかにした。総計1,282クローンの細菌由来の16S rRNA遺伝子と、722クローンの古細菌由来の16S rRNA遺伝子について解析を行い、これらの系統的な位置関係を明らかにした。多様な原核生物由来の16S rRNA遺伝子が検出された中でも、特に未培養微生物群に着目した場合、Nitrospirae門の未培養グループに属するrRNA遺伝子クローンが高頻度で検出されており、その検出頻度の高さから、これらの未培養微生物群はUASBプロセスにおいて重要な機能を担っていることが推定された。
 次に本研究では、これら未培養微生物群の実体と存在量、および汚泥内の分布を明らかにすることを目的に、上記未培養グループの16S rRNA 遺伝子を標的とした定量PCR法を確立し、本手法による上記UASBプロセスから採取した汚泥や消化汚泥における対象未培養グループの存在量を調査した。また、rRNAを標的としたFISH法を汚泥試料に適用し、標的微生物群を視覚化することでその実体の解明に迫った。
 Nitrospirae門の未培養グループに特異的なプライマーセットを設計し、各汚泥から抽出したDNA試料に対して定量PCR法を適用した結果、解析したすべてのUASBグラニュール汚泥においてPCR産物の増幅が確認され、全16S rRNA遺伝子コピー数の0.1%-10.9%程度が標的微生物由来であることが判明した。標的遺伝子は、特に異性化製糖工場廃水を処理するUASB汚泥において高い割合で検出されていた。対象未培養グループが検出された汚泥に対し、標的グループを検出するDNAプローブを利用したFISH法を適用したところ、球状の細胞が多数検出された。グラニュール汚泥内での分布を調査した結果、検出された細胞はグラニュール汚泥の中間層においてマイクロコロニーを形成していることが判明した。
 さらに本研究では、未培養微生物群の分離培養を目指し、16S rRNAを標的とするFISH法とファージディスプレイ法を組み合わせた未培養微生物群の分離培養支援技術の開発を行った。
 本提案技術の実現可能性を検証するため、門レベルで難培養な微生物Gemmatimonas aurantiaca菌体に対し、本提案技術を適用した。多様なペプチド配列を有するファージディスプレイペプチドライブラリからG. aurantiaca菌体と特異的に結合するペプチドの選別を行ったところ、菌体と結合可能と思われる24種のペプチドが選別された。これらの選別ペプチドの特異性を検証するため、Tyramide signal amplification (TSA法) によりペプチドと標的菌体の結合を蛍光シグナルとして検出し、その特異性を評価した。結果、これらのペプチドの中から最も特異性を有すると思われる3種のペプチドを選び出した。次にこれら3種のペプチドを利用した磁気ビーズ法により、複合微生物試料中から標的微生物菌体の特異的回収を試みた。結果、G. aurantiaca菌体の存在率が菌数ベースで1%の活性汚泥から、CFUベースで91倍まで濃縮することが可能であった。
 本研究で調査の対象とした未培養微生物群に対して本提案技術を適用し、高濃度に目的未培養微生物菌体を回収後、対象未培養微生物群の処理槽内における存在量、実体、汚泥内空間分布の把握に加え、廃水の物理化学的性質、廃水処理槽の運転条件などの情報から対象微生物群の機能を推定し、培養の手がかりとすることで、標的未培養微生物菌体の分離培養が可能になると考えられる。

 本論文は、「ファージディスプレイペプチドリガンドを利用した未培養微生物群の新規分離支援技術の開発」と題し、5章より構成されている。
 第1章「研究背景と目的」では、本研究の背景と目的、ファージディスプレイ法の微生物細胞への適用報告例、本提案技術の概念について述べ、最後に論文の構成について記述している。
 第2章は、「嫌気性廃水処理プロセスにおいて高頻度に検出される未培養微生物群の解析 -Nitrospirae門に属する未培養微生物群-」と題して、多様な食品工場廃水を処理する12種類の実規模UASBリアクターから採取した汚泥について16S rRNA遺伝子を標的としたクローン解析を行い、最も高頻度に検出されたNitrospirae門に属する未培養微生物群 (クローンクラスタ) を対象に、このグループの16S rRNA遺伝子を基とした分子系統解析、本未培養グループの16S rRNA遺伝子の定量、FISH法による検出・汚泥内空間分布の把握を行っている。結果、本未培養グループの多様性、嫌気性汚泥における存在率、微生物形態、グラニュール汚泥内における空間分布を明らかにした。
 第3章は、「嫌気性廃水処理プロセスにおいて高頻度に検出される未培養微生物群の解析-Synergistetes門に属する未培養微生物群-」と題して、嫌気性廃水処理プロセスにおいて高頻度に検出される未培養微生物群のひとつであるSynergistetes門に属する3つの未培養グループ(G3, G8, G10) に着目し、本未培養グループの16S rRNA遺伝子を基とした分子系統解析、本未培養グループの16S rRNA遺伝子定量、FISH法による検出・汚泥内空間分布を調査している。その結果、これら3つの未培養グループの多様性、汚泥内における存在量、微生物形態、グラニュール汚泥内における空間分布を明らかにした。
 第4章は、第2章・第3章で明らかとされた未培養微生物群を含め、環境中に多様に存在する未培養微生物群の分離培養を目的とし、FISH法とファージディスプレイ法を組み合わせた未培養微生物群の新規な分離支援技術の開発を行った。本提案技術は、FISH法とファージディスプレイ法を組み合わせることで、目的とする微生物群を分子系統学的に物理的に回収することが可能となる。本提案技術の実現可能性の検証として、モデル微生物であるGemmatimonas aurantiaca菌体を標的として本技術の適用を行ったところ、本提案技術を適用することで、標的微生物菌体を高濃度に回収・培養することが可能であった。
 第5章では、本論文で得られた結果と考察を要約し、今後の研究への提案を行った。 以上のように本論文は、環境中に存在する未培養微生物群の分離培養を最終目的とし、嫌気性廃水処理プロセスにおいて高頻度に検出される未培養微生物群の解析と、ファージディスプレイ法による未培養微生物群の新規分離支援技術の開発についてまとめたものである。
本論文は、環境中に多様に存在する未培養微生物群の分離・培養において非常に有用な技術を提案しており、工学上および工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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