自動車用アルミニウム合金のフレッティング疲労と摩耗に関する研究
氏名 水谷 淳之介
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第268号
学位授与の日付 平成21年3月25日
学位論文題目 自動車用アルミニウム合金のフレッティング疲労と摩耗に関する研究
論文審査委員
主査 教授 武藤 睦治
副査 教授 岡崎 正和
副査 准教授 宮下 幸雄
副査 実務家教授 永田晃則
副査 沼津工業高等専門学校教授 西田友久
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目次
第1章 序論p.1
第2章 鋳造用アルミニウム合金AC4CH-T6および鍛造用アルミニウム合金6061-T6のフレッティング疲労特性 p.13
2.1 緒言 p.13
2.2 実験方法 p.14
2.2.1 供試材 p.14
2.2.2 繰返し応力-ひずみ特性試験 p.16
2.2.3 通常疲労試験およびフッレッティング疲労試験 p.16
2.2.4 疲労き裂伝ぱ試験 p.16
2.3 実験結果および考察 p.18
2.3.1 繰返し応力ひずみ特性試験結果 p.18
2.3.2 通常疲労特性 p.20
2.3.3 フレッティング疲労特性 p.20
2.3.3.1 p.20
2.3.3.2 接線力係数 p.22
2.3.3.3 表面あらさ p.25
2.3.3.4 2段階試験 p.25
2.3.4 疲労き裂伝ぱ特性 p.27
2.3.5 鍛造用アルミニウム合金における通常疲労寿命の推定 p.27
2.3.6 フレッティング疲労寿命の推定 p.29
2.4 結言 p.30
参考文献 p.31
第3章 鍛造用アルミニウム合金6063-T5のフレッティング疲労特性に及ぼす陽極酸化処理の影響 p.33
3.1 緒言 p.33
3.2 実験方法 p.34
3.2.1 供試材 p.34
3.2.2 摩耗試験およびスクラッチ試験 p.36
3.2.3 皮膜の残留応力 p.36
3.2.4 通常疲労試験およびフレッティング疲労試験 p.37
3.2.5 フレッティング疲労き裂のその場・連続観察 p.37
3.3 実験結果および考察 p.40
3.3.1 陽極酸化被膜および潤滑アルマイト皮膜の基本特性 p.40
3.3.2 皮膜の残留応力 p.40
3.3.3 通常疲労試験結果 p.45
3.3.4 フレッティング疲労試験結果 p.47
3.3.4.1 フレッティング疲労強度 p.47
3.3.4.2 接線力係数 p.47
3.3.4.3 表面あらさ p.49
3.3.4.4 フレッティング部の顕微鏡観察 p.49
3.3.4.5 フレッティング疲労き裂のその場・連続観察結果 p.49
3.4 結言 p.53
参考文献 p.55
第4章 鍛造用アルミニウム合金7N01-T6のフレッティング疲労特性に及ぼす固体潤滑皮膜の影響 p.57
4.1 緒言 p.57
4.2 実験方法 p.58
4.2.1 供試材 p.58
4.2.2 表面処理方法 p.58
4.2.3 往復摺動摩耗試験 p.61
4.2.4 通常疲労試験 p.61
4.2.5 フレッティング疲労試験 p.63
4.3 実験結果および考察 p.63
4.3.1 往復摺動摩耗試験結果 p.63
4.3.2 通常疲労試験結果 p.69
4.3.3 フレッティング疲労試験結果 p.69
4.3.3.1 フレッティング疲労強度 p.69
4.3.3.2 接線力係数 p.73
4.4 結言 p.76
参考文献 p.78
第5章 ゴムと接する鍛造用アルミニウム合金6061-T6のおよび鍛造用アルミニウム合金AC4C-T6のフレッティング摩耗挙動 p.80
5.1 緒言 p.80
5.2 実験方法 p.84
5.2.1 供試材 p.84
5.2.2 摩耗試験 p.84
5.3 実験結果および考察 p.87
5.3.1 鍛造用アルミニウム合金の摩耗試験結果 p.87
(1) 大気中およびおよび水道水中の摩耗試験結果 p.87
(2) 10% CaCl2溶液中の摩耗試験結果 p.87
(3) 摩耗挙動に及ぼす接触荷重の影響 p.89
(4) 摩耗挙動に及ぼす温度の影響 p.89
5.3.2 合金元素の影響 p.92
(1) 浸漬試験結果 p.92
(2) 成分調整材の腐食摩耗試験結果 p.94
5.3.3 腐食摩耗の発生過程 p.97
5.4 結言 p.99
参考文献 p.100
第6章 結論 p.102
謝辞 p.105
近年,省資源や地球環境の観点から機器・構造物の軽量化,リサイクル化などが強く要求され,アルミニウム合金の使用が拡大している.具体的な用途としては自動車・オートバイの部品から航空・宇宙関連に至るまで広い範囲にわたっており,エンジンなどにも用いられるようになってきた.一方,機器・構造物の高性能化に伴って材料の使用環境が過酷化しており,構成する材料の機械的・化学的性質の対応が求められている.アルミニウム合金は軟質で耐食性に欠ける部分があるために表面損傷を受けやすいという点があり,機械構造部材として他の部材と接触して適用する場合は接触による影響を考慮する必要がある.例えば,オートバイのリアアーム端部の締結部に発生するフレッティング疲労破壊や,トラックのアルミホイールのリムフランジ部に発生する顕著な摩耗現象など,他の材料との接触に起因した損傷事例は多数ある.このように,アルミニウム合金は用途が多様化し,乗り物などの人命に関わる重要な部材にも使用が拡大しているにもかかわらず,この用途の材料が他部材と接触しながら繰返し荷重を受けた際の損傷挙動については,未解明の部分が多く,十分に検討しておく必要がある.
そこで,本研究は,自動車用アルミニウム合金を対象として,同材料のフレッティング疲労特性を明らかにするとともに,フレッティング疲労破壊を防止するための表面処理の効果,また,腐食環境中での微小すべり振幅による摩耗損傷の特性を明かにし,他の材料との接触によるアルミニウム合金の損傷防止の指針を示すことを目指した.
第1章では,アルミニウム合金の特徴および本研究の目的と意義を示した.
第2章では,鋳造用アルミニウム合金(AC4CH-T6)の通常疲労およびフレッティング疲労試験を行い,微小き裂の発生や伝ぱ挙動を明らかにするとともに,フレッティング疲労特性を調べた.さらに鍛造用アルミニウム合金(6061-T6)の結果と比較検討した.その結果,鋳造用アルミニウムの通常疲労強度は,鋳造欠陥が疲労破壊の起点となるため,鍛造用アルミニウムより低くなるが,フレッティング疲労強度は同程度であることなどを明らかにした.
第3章では,一般に鍛造用アルミニウム合金の表面処理に用いられている通常のアルマイト皮膜およびアルマイト多孔質層にモリブデン硫化物を析出させた潤滑アルマイトを鍛造用アルミニウム合金(6063-T5)に施し,それらがフレッティング疲労強度に及ぼす影響について検討した.また,フレッティング疲労き裂の発生・進展状況を,走査型電子顕微鏡付き疲労試験機を用いてその場・連続観察を行なった.その結果,通常のアルマイト皮膜は脆性的で引張残留応力も高いため,疲労試験の早期に割れが生じ,これが疲労き裂の起点となり未処理材の通常疲労強度より低下すること,フレッティング疲労強度はアルマイト処理により未処理材より向上し,潤滑アルマイト材は通常のアルマイト材よりさらに向上すること,これは潤滑アルマイト皮膜が通常のアルマイト皮膜に比べ割れにくく,摩擦係数が通常のアルマイト皮膜より低いことによることなどを明らかにした.
第4章では,フレッティング疲労損傷の防止策として,接触部の摩擦抵抗を減少させるために固体潤滑被膜処理を接触片に施し,鍛造用アルミニウム合金(7N01-T6)のフレッティング疲労強度に及ぼす影響について検討した.その結果,グラファイトを含有する固体潤滑剤被膜が摩擦係数と耐久性の点で最もすぐれており,それを施した場合のフレッティング疲労強度は,フレッティング接触のない通常疲労強度に匹敵する強度までに改善すること,これは主として被膜による低い接線力係数によるものであり,被膜摩耗粉のフレッティングき裂内への混入も寄与しているものと考えられることなどを明らかにした.
第5章では,鍛造用アルミニウム合金製のトラック用ホイールのリムフランジ部で発生する顕著な摩耗現象の挙動を調べるために,想定される環境下で実物から切り出したタイヤのゴムとアルミホイール材の微動摩耗試験を行った.鍛造アルミニウム合金よりも強度の低い鋳造アルミニウム合金製のホイールではこの摩耗現象が発生しないことから,アルミニウム合金の成分を独立に変化させた材料を作成し,含有成分の影響を検討した.その結果,融雪剤として道路に散布されるCaCl2の10%溶液中では,鍛造アルミニウム合金に顕著な腐食摩耗が発生すること,それはCu成分が多く析出している粒界の選択的な腐食と,ゴムによる摩擦運動の組み合わせにより摩耗が促進されたものであり,含有成分の調整により防止できると考えられることなどを明らかにした.
第6章では,以上の結果を要約するとともに,アルミニウム合金のフレッティング疲労強度改善方策に関する提言を行った.
本論文は、「自動車用アルミニウム合金のフレッティング疲労と摩耗に関する研究」と題し、6章より構成されている。
第1章「序論」では、自動車用アルミニウム合金の特徴とフレッティング疲労研究の現状を概観するとともに、本研究の意義と目的を述べている。
第2章「鋳造用アルミニウム合金AC4H-T6および鍛造用アルミニウム合金6061-T6のフレッティング疲労特性」では、鍛造用及び鋳造用アルミニウム合金のフレッティング疲労の基本的特性を明らかにするため、両材料のフレッティング疲労と通常疲労試験を行い、鋳造材の通常疲労強度は鋳造欠陥のため鍛造材より低いが、フレッティング疲労の場合、欠陥よりも接触端部の応力集中が支配的となるため、鋳造材と鍛造材のフレッティング疲労強度は同程度となることなどを明らかにしている。
第3章「鍛造用アルミニウム合金6063-T5のフレッティング疲労特性に及ぼす陽極酸化処理の影響」では、従来アルミニウム合金に施される陽極酸化処理、および強度改善策としてモリブデン含有させた潤滑陽極酸化処理がフレッティング疲労強度に及ぼす影響を調べ、陽極酸化膜はフレッティング疲労においては通常疲労のような疲労強度の低下はないこと、潤滑陽極酸化処理により、さらに顕著なフレッティング疲労強度の改善があることなどを明らかにしている。
第4章「鍛造用アルミニウム合金7N01-T6のフレッティング疲労強度に及ぼす固体潤滑被膜の影響」では、各種固体潤滑被膜の効果を調べ、グラファイトを含有する固体潤滑被膜が最もすぐれており、この場合のフレッティング疲労強度の改善は顕著であり、フレッティング接触のない通常疲労強度に匹敵する強度まで改善できることなどを明らかにしている。
第5章「ゴムと接触する鍛造用アルミニウム合金6061-T6および鋳造用アルミニウムAC4C-T6のフレッティング摩耗挙動」では、ホイールとタイヤの間で生じるホイールのフレッティング摩耗挙動解明を目指し、融雪剤(CaCl2)溶液滴下の条件で、アルミニウム合金とゴムとの間のフレッティング摩耗試験を行い、鋳造材では顕著ではないが、鍛造材では顕著な摩耗を生じること、鍛造材で顕著な摩耗が生じるのは、鋳造材に比べてCu含有量が高くこれが粒界に偏析していることによることなどを明らかにしている。
第6章「結論」では、以上の結果を総括して示すとともに、アルミニウム合金のフレッティング疲労強度改善に対する提言を行っている。
よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。