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痛みの定量化を目指したレーザ熱痛計の基礎研究

氏名 佐藤 隆幸
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第154号
学位授与の日付 平成9年12月31日
学位論文の題目 痛みの定量化を目指したレーザ熱痛計の基礎研究
論文審査委員
 主査 教授 福本 一朗
 副査 教授 山元 皓二
 副査 教授 松野 孝一郎
 副査 教授 松田 甚一
 副査 教授 山田 良平

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第1章 緒言 p.1
1-1 痛みの研究の概要 p.1
1-1-1 痛覚測定の需要 p.1
1-1-2 現在の画像診断技術を用いた痛みの定量化の可能性について p.1
1-1-3 閾値測定法 p.2
1-1-4 痛みの適刺激 p.2
1-2 従来型熱痛計 p.3
1-2-1 Hardyの熱痛計 p.3
1-2-2 輻射熱刺激熱痛計 p.4
1-2-3 改良型熱痛計 p.6
1-2-4 各種の熱痛計の比較とそれらの問題点 p.6
1-3 レーザ熱痛計の提案 p.8
1-4 論文の構成 p.10

第2章 改良型熱痛計を用いた温熱環境の計測 p.12
2-1 まえがき p.12
2-2 実験方法 p.12
2-2-1 温熱環境 p.12
2-2-2 音環境 p.13
2-2-3 被験者 p.13
2-2-4 測定パラメータ p.15
2-3 結果 p.17
2-3-1 熱痛閾値 p.17
2-3-2 皮膚電位反射 p.17
2-3-3 主観量 p.17
2-4 考察 p.17
2-4-1 温熱環境が及ぼす熱痛閾値への影響について p.17
2-4-2 SPRの出現傾向と温度による変化について p.18
2-4-3 環境に対する主観量評価について p.18
2-5 まとめ p.20

第3章 熱痛閾値計測における機械的刺激の影響 p.21
3-1 まえがき p.21
3-2 方法 p.21
3-2-1 熱痛閾値の定義 p.21
3-2-2 被験者 p.22
3-2-3 測定方法 p.22
3-2-4 主観評価 p.22
3-3 結果および考察 p.24
3-3-1 プローブの皮膚への接触面積と圧力 p.24
3-3-2 プローブ荷重による熱痛閾値変化 p.26
3-3-3 閾値時間-閾値温度 p.28
3-3-4 主観評価 p.28
3-4 まとめ p.30

第4章 計算機熱伝達シミュレーションを用いたレーザ熱痛計適刺激光源選定 p.31
4-1 まえがき p.31
4-2 熱伝達シミュレーション p.31
4-2-1 生体熱伝達方程式 p.31
4-2-2 光強度分布モデル p.33
4-2-3 皮膚熱伝達モデル p.34
4-2-4 2次元熱伝達シミュレーション実行条件 p.36
4-3 結果および考察 p.38
4-3-1 初期皮膚温度分布推定 p.38
4-3-2 レーザ照射時の2次元皮膚温度分布 p.38
4-3-3 適刺激光源の検討 p.44
4-3-4 所要照射出力に対する周囲気温の影響 p.45
4-4 まとめ p.47

第5章 レーザ熱痛計システムの構成および評価 p.48
5-1 まえがき p.48
5-2 方法 p.48
5-2-1 熱痛閾値温度測定実験 p.48
5-2-2 非接触熱痛閾値測定システム p.50
5-3 結果および考察 p.50
5-3-1 熱痛閾値温度測定結果 p.50
5-3-2 レーザ熱痛計システムの評価 p.53
5-3-3 Arレーザ照射による痛覚誘導に関する安全性の検討 p.54
5-4 まとめ p.54

第6章 計算機を用いた熱伝達シミュレーションによる痛覚発生予測・制御の可能性の検討 p.56
6-1 まえがき p.56
6-2 方法 p.56
6-2-1 血流の測定 p.56
6-2-2 皮膚熱伝達シミュレーション p.58
6-3 結果および考察 p.58
6-3-1 血流計測の結果およびそれを用いた熱伝達シミュレーションの結果 p.58
6-3-2 皮膚表面温度の時系列変化 p.60
6-3-3 熱痛閾値発生の予測 p.62
6-3-4 レーザ照射時の皮膚内部温度推定 p.62
6-4 まとめ p.63

第7章 熱伝達シミュレーション結果に対する皮膚血流の設定および3次元化の影響 p.64
7-1 まえがき p.64
7-2 方法 p.64
7-2-1 血流値に実測値と文献値を用いた場合の温度分布の差異の評価 p.64
7-2-2 血流量の温度依存特性考慮の有無による温度分布の差異の評価 p.65
7-2-3 2次元及び3次元熱伝達シミュレーションによる計算結果の差異の評価 p.65
7-3 結果及び考察 p.67
7-3-1 血流値の差異が温度分布に与える影響 p.67
7-3-2 血流量の温度依存特性考慮の有無の影響 p.70
7-3-3 熱伝達シミュレーションの3次元化が与える計算結果への影響 p.72
7-4 まとめ p.76

 本研究は痛覚の定量化を最終的な自標とし、その第一段階とも言える痛覚閾値の測定に関して、より再現性の高い測定システムの使用と熱伝達シミュレーションによる定量的な予測に基づく熱痛閾値計測法の確立を図るものである。そのためにまずこれまでの熱痛計に関して問題点を明確にし、新たなシステムを構築した。そして計算機を用いたシミュレーションを開発することにより、熱痛発生温度の予測についての評価、および従来法、特に改良型熱痛計とレーザ熱痛計との比較・検討を行った。本論文の研究成果は以下のようにまとめられる。第1章では、まず痛覚の客観的定量化の必要性について述べ、痛覚閾値計測方法やこれまで開発されてきた熱痛計について詳述した。その上でHardyの熱痛計および改良型熱痛計に代表される熱痛計に関して改善が望まれる点を指摘し、新たな熱刺激方法による熱痛計の開発の必要性について述べた。
 第2章では、改良型熱痛計によって測定される熱痛閾値がどのような因子により影響を受けるかを調査するために、健常人被験者に対して温熱環境および音環境を変化させて熱痛閾値、SPRおよび主観量を測定した。改良型熱痛計は刺激時間を熱痛閾値として測定しており、環境温度の影響を直接受けた結果が得られた。SPRについても温度条件を強く反映した結果が得られ、快適感評価の指標として用いる際には温度条件を一定とする補正操作が必要と考えられた。快適性に関する被験者の主観評価の調査によって室温23℃、湿度45%の温熱環境が最も快適と感じられるという結果が得られた。音環境の違いによる熱痛閾値、SPRおよび主観量の3つの測定パラメータの差異はほとんど見られなかった。
 第3章では、改良型熱痛計を用いた熱痛閾値計測に必然的に伴う機械的刺激の影響を評価するために、押し付け荷重値を0.5~2.5kgfとしたときの閾値温度の変化を測定した。被験者は荷重値の増加により閾値が上昇するか否かによって2つのグループに分けられたが、どちらのグループにおいても0.5~1.0kgfの小さい荷重値を加えた場合と2.0~2.5kgfの大きい荷重値を加えた場合との間で熱痛閾値に有意差が得られるという結果となった。機械的刺激の増加により熱痛閾値に変化が生ずることから、熱痛閾値計測は非接触によって行うことがより望ましいとの示唆が得られた。また侵害的感覚を生ずる2.0kgf以上の荷重値は改良型熱痛計使用時の押し付け荷重の安全限界値と考えられた。
 第4章では、レーザ熱痛計にとって最適な波長および出力の光源レーザの選定を行うため、計算機による2次元熱伝達シミュレーションを開発した。有限要素法に基づいた本熱伝達シミュレーションは血流による熱流出や皮膚の層状構造を考慮したものである。皮膚組織に関する光学的・熱的諸係数は文献より求めて熱伝達シミュレーションを実行した。調査対象はAr、He-Ne、Nd:YAGおよびCO2レーザとした。皮膚を低出力で効率良く加熱することが可能であるという点でArまたはCO2レーザが有用であると考えられた。しかし、ANSIの定める最大露光許容量によればArレーザを用いた方が同出力のCO2レーザの場合より障害発生の危険性が少ないことから、熱痛閾値測定用の光源としてはArレーザがより適していると判断された。また、周囲の気温によって皮膚表面温度が異なるが、周囲気温を高くすることによって熱痛閾値温度に至るために必要な照射量を低減できることが定量的に実証できた。
 第5章では、Arレーザとサーモグラフィからなるレーザ熱痛計を構成した。被験者を用いた熱痛覚誘導の臨床実験をこのレーザ熱痛計を用いて行い、80mWのArレーザを照射した際の熱痛閾値到達時間および熱痛閾値温度を求めた。実験の結果、熱痛閾値温度は41.7±1.0℃として得られた。本装置により計測された熱痛閾値データの変動係数は従来型熱痛計の場合の約17分の1であり、高い精度での再現性が得られることがわかった。Arレーザの照射による痛覚発現の安全性について、臨床実験後の観察とANSIの安全基準との比較により検討を行ったが,照射量は安全基準値を下回るものであった。以上の結果より本研究で提案したレーザ熱痛計は、従来型熱痛計の短所を改善する機器として有力であることが示された。
 第6章では、第5章での熱痛閾値測定実験の結果と熱伝達シミュレーション結果との比較・検討を行うため、周囲気温および血流値を実測し、熱伝達シミュレーションに取り込んだ。このうち血流値は文献値の1/67程度であった。臨床実験より得られた皮膚表面温度の時系列データと熱伝達シミュレーション結果との間には1.2℃の最大誤差が存在した。また実測された平均熱痛閾値温度は41.7℃であったが、皮膚温度が刺激開始からこの温度に達すると予測された時間と実測された平均熱痛閾値到達時間との誤差は0.3秒であった。この誤差時間内の温度上昇は0.35℃と予測されたが、安全性確保の上では問題ないものと考えられた。
 第7章では、まず熱伝達シミュレーションにおける血流値として本研究による実測値を用いた場合と文献値を用いた場合でどのように異なるかを調査した。まず文献値を用いた場合の温度分布は実測値を用いた場合の温度分布に対して、表面付近において高い温度となり、周囲気温が低くなるほどこれら2つの場合の温度差は顕著なものとなった。次に、血流の温度依存性を考慮した熱伝達シミュレーションと考慮しない熱伝達シミュレーションについて、得られる温度分布の差異について調査した。80mWのArレーザを5秒間照射した場合、温度依存性を考慮した場合の方が考慮しない場合より表面付近において0.3℃低い温度となった。最後に熱伝達シミュレーションを3次元化した場合と2次元熱伝達シミュレーション時との計算結果の違いについて、評価および検討を行った。光軸上での温度分布の比較では2次元と3次元熱伝達シミュレーションの結果で最大0.6℃の差を深さ0.8mmで生じた。3次元熱伝達シミュレーションはより正確に実際の生体内熱伝達現象をシミュレートすると思われるが、計算に多くの時間を要するため用途に応じて2次元シミュレーションと併用することが望ましいと考えられた。
 第8章では、改良型熱痛計とレーザ熱痛計によって得られた熱痛閾値間の温度差は数℃に及ぶものであったが、これら二方法間での熱痛閾値差は主として温度の検出部位の差に起因するものと考えられた。この章では熱伝達シミュレーションによりこの閾値差の理論的補正を行うことを試みた。その結果改良型熱痛計の場合は加熱開始後7.6秒でプローブ先端と皮膚表面との間の温度差およびプローブ先端と受容器との間の温度差はそれぞれ1.4℃および2.4℃となることが推定された。これにより改良型熱痛計とレーザ熱痛計との間の熱痛閾値差に関して、測定方法に起因する系統的誤差を補正することが可能になったと考えられる。以上本研究を総括して、本研究で提案したレーザ熱痛計は熱痛閾値測定の再現性の向上において優れているものの、装置の大きさや測定の煩雑さに関しては従来型熱痛計に劣っている。臨床応用を目指した場合、現段階で最も改善を必要とする欠点は熱痛閾値をリアルタイムで計測できない点である。本研究ではレーザ熱痛計の評価のために測定データの全記録を残す必要があったが、将来的には画像記録装置は省略し、半導体レーザとサーモグラフィのみで構成される測定装置となることが望ましい。

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