環境調和型Cu2ZnSnS4薄膜の作製と太陽電池への応用
氏名 森谷 克彦
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第450号
学位授与の日付 平成20年3月25日
学位論文題目 環境調和型Cu2ZnSnS4薄膜の作製と太陽電池への応用
論文審査委員
主査 教授 打木 久雄
副査 教授 上林 利生
副査 教授 内富 直隆
副査 准教授 安井 寛治
副査 長岡工業高等専門学校電気電子システム工学科教授 片桐 裕則
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第1章 序論
1.1 はじめに p.1
1.2 太陽電池の現状 p.1
1.3 Cu2ZnSnS4の結晶構造 p.2
1.4 CZTS太陽電池の特徴 p.2
1.5 Cu2ZnSnS4薄膜作製の報告例 p.3
1.6 本研究で用いた作製法 p.3
1.6.1 パルスレーザー堆積法(PLD法) p.4
1.6.2 固相成長法 p.5
1.6.3 光-化学溶液堆積法(PCD法) p.5
1.6.4 熱蒸着堆積法(Thermal Evaporation Deposition) p.6
1.6.4.1 抵抗加熱法(Resistive Heating) p.6
1.6.4.2 電子ビーム蒸着法(Electron Beam Gun Evaporation) p.7
1.6.5 スパッタリング法(Sputtering Deposition) p.8
1.6.5.1 平板二極スパッタリング法(Planer Diode Sputtering Deposition) p.8
1.6.5.2 RFスパッタリング法(RF Sputtering Deposition) p.8
1.6.5.3 マグネトロンスパッタリング法(Magnetron Sputtering) p.8
1.6.6 ゾルーゲル法 p.9
1.7 本研究の目的 p.10
第2章 太陽電池
2.1 はじめに p.11
2.2 太陽電池の特徴 p.11
2.3 太陽電池の種類 p.12
2.4 pn接合 p.13
2.5 太陽電池の発電原理 p.16
2.6 太陽電池のエネルギー変換効率 p.17
2.7 太陽電池の等価回路 p.21
第3章 作製方法と評価方法
3.1 はじめに p.23
3.2 実験系及び作製手順 p.23
3.2.1 PLD法によるCZTSプリカーサ、Al:ZnO薄膜の作製 p.23
3.2.2 ターゲット及び基盤 p.25
3.2.3 RFスパッタ法によるMo、Al:ZnO薄膜の作製 p.28
3.2.4 CBD法によるCds薄膜の成膜 p.29
3.2.5 Al電極の作成 p.30
3.2.6 PCD法によるCZTSプリカーサの作製 p.31
3.2.7 使用薬品 p.33
3.3 アニールによるCZTS薄膜の作製 p.33
3.4 評価方法 p.36
3.4.1 X線回折 p.36
3.4.2 透過・反射スペクトル p.37
3.4.2.1 吸収係数αの算出と直接バンドギャップの決定 p.38
3.4.2.2 吸収係数 p.38
3.4.2.3 直接バンドギャップ p.39
3.4.3 走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope(SEM)) p.41
3.4.4 電子線プローブマイクロアナライザー(EPMA) p.42
3.4.5 抵抗率測定 p.43
3.4.6 太陽電池特性の評価 p.45
3.4.6.1 標準太陽電池 p.45
3.4.6.2 I-V特性 p.46
第4章 PLD法によるCZTS薄膜の作製と太陽電池への応用
4.1 CZTSペレットの作製と評価 p.47
4.1.1 成長前後の変化 p.47
4.1.2 X線回折 p.47
4.1.3 SEM観察 p.48
4.1.4 EPMAによる組成分析 p.49
4.2 エネルギー密度依存性 p.50
4.2.1 SEM観察 p.50
4.2.2 膜厚と堆積率 p.53
4.2.3 EPMAによる組成分析 p.54
4.3 プリカーサの作製 p.54
4.3.1 SEM観察 p.55
4.3.2 X線回折 p.55
4.3.3 EPMAによる組成分析 p.56
4.3.4 吸収スペクトル p.56
4.3.5 電気的特性 p.57
4.4 アニールによる多結晶化 p.58
4.3.5 アニール温度最適化 p.58
4.4.1.1 SEM観察 p.58
4.4.1.2 X線回折 p.59
4.4.1.3 EPMAによる組成分析 p.60
4.4.1.4 吸収スペクトル p.62
4.4.1.5 電気的特性 p.63
4.4.2 硫化による検討 p.64
4.4.2.1 SEM観察 p.64
4.4.2.2 EPMAによる組成分析 p.65
4.4.2.3 X線回折 p.65
4.4.2.4 吸収スペクトル p.66
4.4.2.5 電気的特性 p.67
4.5 太陽電池への応用 p.68
4.5.1 CZTS系薄膜太陽電池の構造 p.68
4.5.2 下部電極Mo薄膜の作製 p.68
4.5.3 光吸収層CZTS薄膜の作製 p.69
4.5.4 界面層CdS薄膜の成膜 p.70
4.5.5 上部窓層Al:ZnOの作製 p.71
4.5.6 上部櫛形電極Alの作製 p.71
4.6 太陽電池の評価 p.72
4.6.1 I-V測定 p.72
4.7 本章のまとめ p.74
第5章 PCD法によるCZTS薄膜の作製と太陽電池への応用
5.1 CZTSプリカーサの試作 p.75
5.2 組成制御 p.75
5.2.1 pH依存 p.76
5.2.2 溶液フィルタの採用 p.79
5.2.3 薬品濃度依存性 p.82
5.3 アニールによるCZTS薄膜の作製 p.85
5.3.1 アニール温度最適化 p.85
5.4 成膜回数の最適化 p.93
5.5 硫化による検討 p.97
5.5.1 硫化による試作 p.97
5.5.2 pH依存性 p.100
5.5.3 硫化温度依存性 p.101
5.6 スピンコータを用いたCZTS薄膜の作製 p.105
5.7 太陽電池への応用 p.106
5.8 CZTS系薄膜太陽電池の構造と作製 p.107
5.8.1 下部電極Mo、窓層Al:ZnO、上部櫛形電極Al p.107
5.8.2 光吸収層CZTS p.107
5.8.3 界面層CdS、ZnO p.107
5.9 CZTS/Mo/SLG構造の各種評価 p.108
5.10 ZnO/CZTS/SLG構造の各種評価 p.112
5.11 CdフリーCZTS薄膜太陽電池の作製 p.116
5.12 CdSを用いたCZTS薄膜太陽電池構造の作製 p.117
5.13 本章のまとめ p.119
第6章 他の作製法との比較
6.1 EB蒸着・気相硫化法によるCZTS薄膜の作製 p.121
6.1.1 EB蒸着装置 p.121
6.1.2 気相硫化装置 p.122
6.1.3 CZTSプリカーサの作製 p.123
6.1.4 気相硫化法によるCZTS薄膜の作製 p.124
6.2 RFスパッタ・気相硫化法によるCZTS薄膜の作製 p.124
6.2.1 プリカーサの作製 p.124
6.2.2 気相硫化法によるCZTS薄膜の作製 p.124
6.3 組成比 p.124
6.4 SEMによる表面・断面像観察 p.124
6.5 X線回折 p.126
6.6 光吸収スペクトル p.128
6.7 I-V特性 p.129
6.8 本章のまとめ p.131
第7章 総括
7.1 本研究のまとめ p.133
7.2 本研究の成果の要約 p.133
謝辞
参考文献
本研究に関する発表論文
本研究に関する学会発表
化石燃料使用による大気汚染、地球温暖化、そして化石燃料の減少は現代の大きな問題の一つである。これらの解決策として、新しいエネルギー源の開発が急務となっている。その候補の一つに太陽電池があげられる。太陽電池はエネルギー源が無尽蔵、発電時に排出物(二酸化炭素等)を出さず環境汚染が無い、機械的駆動部が無く維持が簡単、光発電は廃棄エネルギーの有効利用であると多くの利点がある。
二酸化炭素排出の極めて少ない太陽光発電の一般的普及のために、低コストで製造できる薄膜太陽電池の早期実用化が嘱望されている。現在、薄膜太陽電池光吸収層として研究開発が進んでいる材料は、CIGS(CuIn1-xGaxSe2)やCdTe等である。
現在主流となっている薄膜太陽電池光吸収層材料は、いずれも希少元素や有毒性元素を構成元素としている。従って、将来の大量生産段階、リサイクル時、廃棄時における環境負荷が著しく大きくなることが懸念される。
これらの問題を解決するため、地球上に豊富に存在する元素だけを使用したCu2ZnSnS4(以下CZTS)系薄膜太陽電池を作製する。新型材料CZTSは、CIGSにおける希少元素In, Gaを地殻中に豊富に存在するZn, Snで、さらに有毒性元素SeをSで置換した化合物半導体である。これまでに、CZTSの禁制帯幅が1.4~1.5eVであること、ならびに光吸収係数が104cm-1台とCIGSに匹敵するほど大きな値を持つことが明らかになっている。これらの光学的特性は、CZTSが薄膜太陽電池光吸収層として極めて有望であることを示している。しかも、結晶構造がCIGSのカルコパイライト構造に極めてよく似ていることから、研究開発が進むCIGS系の周辺技術をそのまま転用できる可能性が高い。これは、本材料開発における極めて大きなメリットの一つである。
本研究では、真空プロセスの中では比較的容易に薄膜堆積が可能なパルスレーザー堆積法(PLD法)、非真空プロセスであり低コストで薄膜堆積可能な光化学溶液堆積法(PCD法)により、環境調和型半導体であるCu2ZnSnS4(CZTS)薄膜を作製し、その太陽電池への応用に関する研究を行った。
PLD法においては、レーザーの照射エネルギー密度依存性を調べることにより、最適なプリカーサ作製条件を得た。プリカーサを窒素雰囲気中でアニール処理を行うことにより、CZTS薄膜を作製し各種評価を行った。EPMAによる組成分析、X線回折、SEM観察、吸収スペクトル測定より、最適なアニール温度が500℃であることがわかった。S含有率の低下を抑制するため、N2+H2S(5%)雰囲気中での硫化を行った。その結果、S含有率の低下を抑えることに成功し、その組成比は化学量論比組成に極めて近い値となった。
Al/Al:ZnO/CdS/ZnO/CZTS/Mo-SLG構造のCZTS系薄膜太陽電池を作製しその評価を行った。その結果、N2雰囲気中、500℃でアニールし作製したCZTS薄膜を用いたサンプルにおいて、変換効率1.74%、開放電圧546mV、短絡電流密度6.78mA/cm2、F.F.48.4を得た。これらの値はPLD法で作製したCZTS薄膜太陽電池のトップデータとなる。
PCD法においては、CZTS薄膜の作製法を確立し、超低コスト薄膜太陽電池の可能性を追求することを目的として研究開発を行った。PCD法とは、化学溶液堆積法(以下CBD法)に改良を加えた作製法で、基板上だけではなく溶液全体で反応が進むため、原料が無駄になる、任意の場所に堆積できないというCBD法の欠点を改善した方法である。本研究では、従来のPCD法による作製システムに改良を加え、反応溶液を基板面に流れるようにし、溶液自体にUV光を照射しないようにした。このシステムによりさらに過剰反応を防ぐことが可能である。また、反応溶液を冷却することにより熱による反応も抑え、より過剰反応を防ぐことに成功している。
PCD法においては、溶液フィルタを用い、pH、薬品分量を変化させることにより、組成制御が可能であることがわかった。また、作製した膜の光伝導性を得た。なお、非真空プロセスで作製したCZTS薄膜の光伝導性の報告としては最初の報告となり、非真空プロセスでCZTS系薄膜太陽電池が作製できる可能性を見出した。
両手法により作製したCZTS薄膜およびCZTS系薄膜太陽電池と過去に著者が作製した電子ビーム(EB)蒸着・気相硫化法、RFスパッタ・気相硫化法で作製した膜との比較を行い、その有用性を調査した。
PLD法、PCD法、両手法ともCZTS薄膜の作製において現在主流となっている、スパッタ法、蒸着法に比べると劣っている部分が多い。しかし、今まで真空プロセスが主流であったCZTS薄膜の作製を非真空プロセスで行ったこと、真空プロセスではあるが報告例がなかったPLD法でCZTS薄膜太陽電池を構成し、発電を確認したこと、これらはCZTS薄膜の基礎研究として充分な結果であると考えられる。
本論文は,「環境調和型Cu2ZnSnS4薄膜の作製と太陽電池への応用」と題し,7章より構成されている.
第1章「序論」では,環境調和型半導体であるCu2ZnSnS4(CZTS)の特長を述べ,その有用性,従来の研究の概要を示すとともに,本研究における目的を述べている.
第2章「太陽電池」では,様々な種類の太陽電池を示し,太陽電池の一般的な発電機構とその特性について述べている.
第3章「作製方法と評価方法」では,本研究で用いた作製装置,評価装置の原理,仕様などを述べ,その説明を行っている.
第4章「PLD法によるCZTS薄膜の作製と太陽電池への応用」では,真空プロセスであるパルスレーザー堆積法(PLD法)によりCZTS薄膜を作製し,その太陽電池への応用を述べている.
第5章「PCD法によるCZTS薄膜の作製と太陽電池への応用」では,非真空プロセスである光化学溶液堆積法(PCD法)によりCZTS薄膜を作製し,その太陽電池への応用を述べている.
第6章「他の作製法との比較」では,過去に申請者が電子ビーム(EB)蒸着・気相硫化法やRFスパッタ・気相硫化法で作製したCZTS薄膜とCZTS薄膜太陽電池と,本論文で用いたPLD法とPCD法により作製したCZTS薄膜およびCZTS薄膜太陽電池との比較を行い,その有用性を調査した結果を述べている.
第7章「総括」では,以上の各章から得た研究結果を要約し,本論文の結論と今後の課題について述べている.
本論文では,PLD法およびPCD法によるCZTS薄膜の作製法を確立し,これらの薄膜の光学的・電気的特性を調べ,作製条件との関連を明らかにした.更にこれらの薄膜を光吸収層とする太陽電池を作製し,PLD法およびPCD法により作製したCZTS薄膜を用いた太陽電池では初めて発電を確認した.特にPLD法で作製した太陽電池において,変換効率1.74%,開放電圧546 mV,短絡電流密度6.78 mA/cm2,F.F. 48.4を得た.
PLD法およびPCD法ともCZTS薄膜の特性は現在主流となっているスパッタ法や蒸着法に比べると劣っている部分が多い.しかし,今まで真空プロセスが主流であったCZTS薄膜の作製を非真空プロセスで初めて行ったこと,また,真空プロセスではあるが報告例がなかったPLD法でCZTS薄膜太陽電池を構成し,発電を確認したこと,これらはCZTS薄膜およびCZTS薄膜太陽電池の基礎研究として充分な成果であると考えられる.よって,本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく,博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める.