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糸状菌 Trichoderma reesei におけるセルラーゼ誘導発現機構に関する研究

氏名 志田 洋介
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第471号
学位授与の日付 平成20年3月25日
学位論文題目 糸状菌 Trichoderma reesei におけるセルラーゼ誘導発現機構に関する研究
論文審査委員
 主査 教授 森川 康
 副査 准教授 岡田 宏文
 副査 教授 解良 芳夫
 副査 教授 福田 雅夫
 副査 准教授 政井 英司

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1章 序論
 1.1 背景 p.1
 1.2 セルロースおよびヘミセルロースの酵素的分解 p.2
 1.3 セルロース分解性糸状菌 Trichoderma reesei p.4
 1.3.1 T.reeseiにおけるセルラーゼ・ヘミセルラーゼの生産機構 p.6
 1.3.2 T.reeseiにおけるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の転写調節因子 p.7
 1.3.2.1 Ace1 p.7
 1.3.2.2 Ace2 p.8
 1.3.2.3 XlnR/Xyr1 p.9
 1.3.2.4 Xrp2 p.10
 1.3.2.5 Hap2/3/5 complex p.11
 1.3.2.6 CreA/Cre1 p.12
 1.3.3 セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の上流領域の解析 p.12
 1.3.3.1 cbh1、cbh2の上流領域の解析 p.13
 1.3.3.2 xyn1、xyn2の上流領域の解析 p.16
 1.4 T.reeseiにおけるセルラーゼ、キシラナーゼの誘導 p.19
 1.5 目的 p.20
2章 Trichoderma reesei におけるegl3およびxyn3の上流領域の解析
 2.1 緒言 p.22
 2.2 実験方法および方法 p.24
 2.2.1 Trichoderma reeseiの菌株および培養条件 p.24
 2.2.2 egl3とxyn3の上流領域、下流領域の取得 p.24
 2.2.3 egl3上流領域の削除解析用DNA断片の構築 p.26
 2.2.4 xyn3上流領域の削除解析用DNA断片の取得 p.29
 2.2.5 T.reeseiの形質転換 p.32
 2.2.6 形質転換体のサザン解析 p.32
 2.2.7 形質転換体のGUS活性測定 p.33
 2.2.8 Ace2のDNA結合ドメインの大腸菌における発現および精製 p.33
 2.2.9 Xyr1のDNA結合ドメインの大腸菌における発現および精製 p.35
 2.2.10 ゲルシフトアッセイ p.36
 2.3 結果 p.39
 2.3.1 egl3上流領域の削除解析 p.39
 2.3.2 egl3の転写活性化におけるGGCTAT配列およびXyrl/Ace2モチーフの関与 p.43
 2.3.4 egl3上流領域を用いたゲルシフトアッセイ p.45
 2.3.5 xyn3上流領域の削除解析 p.49
 2.4 考察 p.53
3章 Xyr1に転写活性化されるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の上流領域の解析
 3.1 緒言 p.60
 3.2 実験材料および方法 p.61
 3.2.1 セルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の上流領域の取得および塩基配列の決定 p.61
 3.2.2 Trichoderma reeseiの菌株および培養条件 p.62
 3.2.3 xyr1破壊株の構築 p.63
 3.2.4 定量的リアルタイムPCR p.64
 3.3 結果 p.66
 3.3.1 xyr1破壊株の構築 p.66
 3.3.2 qRT-PCRによるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の発現解析 p.68
 3.3.3 Xyr1を介した転写調節を受けるセミラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の上流領域の配列解析 p.71
 3.4 考察 p.76
4章 総括
参考文献 p.83
本学位論文に含まれる公表論文および著書 p.92
謝辞 p.93

グルコースが直鎖状にβ-1,4結合したセルロースは植物の細胞壁構成成分として地球上で最も大量に存在するバイオマスである。セルロース系バイオマスから得られる糖は、大気中のCO2増加抑制を目指した燃料用エタノールの生産に用いることができるとともに、食料および化学工業原料としての利用価値がある。結晶性であるセルロースの効率的な糖化、特に酵素糖化による糖生産には、セルロースの加水分解酵素であるセルラーゼの高生産糸状菌Trichoderma reeseiの利用が必須である。T. reeseiを産業用のセルラーゼ源とするためには、T. reeseiにおけるセルラーゼの誘導生産メカニズムを明らかにする必要がある。
T. reeseiにおいて、セルラーゼをコードする遺伝子群は誘導条件下にて同調して転写される。それぞれの遺伝子の転写量は大きく異なるものの、その転写量の比は異なる誘導物質を用いても変化しない。本研究は、このセルラーゼ誘導機構について新たな知見を得ることを目的とした。第一章では、本研究を行う意義および目的を明らかにすると共に、現在までに明らかにされているT. reeseiにおけるセルラーゼ誘導生産機構、特にセルラーゼ遺伝子の転写調節因子についてまとめた。
第2章では、セルラーゼ遺伝子の中では転写量の少ないエンドグルカナーゼIII遺伝子(egl3)の上流領域のレポーター遺伝子を用いた削除解析および変異解析を行った。その結果、egl3上流領域の開始コドンから上流-1045 bp ~ -1001 bpの領域が転写活性化に大きく寄与することを特定することができた。また、この領域内に含まれる5'-GGCTAT-3'配列と-979 bpおよび-176 bpに存在する5'-GGCTAA-3'配列の変異解析から、これらの配列がすべてegl3の誘導発現に大きな影響を与えることを明らかにした。さらに、egl3上流領域で離れた位置に存在するこれらの5'-GGCTA(A/T)-3'配列に結合している転写因子同士が何らかの相互作用をしていることも示唆された。
in vitroゲルシフトアッセイでは、T. reeseiにおけるセルラーゼ・キシラナーゼ遺伝子の転写活性化因子であるXyr1がegl3の5'-GGCTA(A/T)-3'配列に特異的に結合することが明らかになった。は5'-GGCTAA-N10-TTAGCC-3'というGGCTAAを逆向き反復配列で2つ含むDNA断片に結合するとされていたが、egl3の上流-1045 bp ~ -1001 bp 間に存在する5'-GGCTAT-3'および5'--に結合できることを明らかにした。また、セルラーゼの誘導物質であるL-ソルボースとソホロースの誘導性の差違が若干ながら観察され、T. reeseiにおいてこれら誘導物質のセルラーゼ遺伝子へのシグナル伝達は一部異なっていることが示唆された。また、第2章ではegl3の上流領域の解析と共に、セルラーゼ遺伝子と同様の発現パターンを示すキシラナーゼIII遺伝子(xyn3)の上流領域の削除解析についても行った。xyn3の誘導発現に寄与する領域は、上流-739 bp ~ -506 bp間である事が明らかになり、この領域内にはXyr1の結合コンセンサス配列である5'-GGCTAA-3'モチーフは見出されないもののそれに類似した5'-GGCTAT-3'、5'-GGCAAA-3'および5'-GGCATT-3'という配列が存在しており、egl3の上流領域の削除解析の結果からもこれらの配列がxyn3の転写活性化に寄与していると考えられた。
第3章では、転写活性化因子であるXyr1をコードする遺伝子xyr1を破壊した株を作成し、これまで報告されてきた遺伝子以外のセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子へのXyr1の影響を定量的リアルタイムPCRを用いて解析した。その結果、ソホロースおよびL-ソルボース誘導条件下において、Xyr1はほとんどのセルラーゼ遺伝子の転写を調節していることが明らかとなった。また、一部の遺伝子は、ソホロースとL-ソルボース誘導における転写量の比が異なったことからも、両者のシグナル伝達経路が一部異なっていることが示唆された。Xyr1に調節されていると考えられる遺伝子の上流領域をT. reeseiの染色体DNAライブラリーおよびゲノムデータベースより取得し、その配列を解析した結果、5'-GGC(A/T)3-3'配列が多く存在することが明らかになった。このモチーフは、配列解析ツールであるモチーフ発見のための多重期待値最大化法プログラム(MEMEプログラム)によっても意味のある共通モチーフであるとして抽出された。このことから、5'-GGC(A/T)3-3'モチーフがT. reeseiにおけるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子の転写調節に重要な役割を果たしている可能性が推察された。

 本論文は、セルロース系バイオマスの効率的な酵素糖化に必須であるセルラーゼ高生産糸状菌Trichoder reeseiのセルラーゼ誘導生産機構の解明を目的として行われた一連の研究をまとめたものである。
 本論文は4章で構成され、以下の通りである。第1章は本研究の背景および現在まで得られているT. reeseiのセルラーゼ・キシラナーゼの誘導発現機構についての知見をまとめ、本研究を行う意義をまとめている。第2章ではエンドグルカナーゼIII遺伝子(eg13)とキシラナーゼIII遺伝子(xyn3)の上流領域の解析について述べている。第3章では転写活性化因子Xyr1に制御されるセルラーゼ・ヘミセルラーゼ遺伝子群の網羅的な解析について述べている。最後に第4章で総括を述べている。
 セルラーゼ遺伝子群の中では転写量の低い遺伝子であるeg13の上流領域の解析では、まずeg13の上流領域をクローニングし、塩基配列を決定している。次にeg13の誘導発現に関与する領域を特定するために、in vivoレポーターアッセイによる上流領域の削除解析を行い、上流-1045 bp ~-1001 bp 間がeg13の誘導発現に重要な領域であることを明らかにしている。また、この領域内に含まれているGGCTAT配列と-979 bpおよび-176 bpに存在するGGCTAA配列への変異解析から、これらのモチーフが全てeg13の誘導発現に関与していることを明らかにしている。Xyr1はGGCTAA-N10-TTAGCCという、GGCTAAモチーフを逆向き反復配列で2つ含むDNA断片に結合するとされていたが、本論文ではそれに加えGGCTAAだけでなくGGCTATというモチーフが1つだけ含まれるDNA断片に対しても結合できることを明らかにしている。また、xyr1破壊株においてeg13の発現が殆ど観測されないことを明らかにし、T. reeseiにおいてeg13の発現はXyr1によって制御されていることを強く示唆している。
 T. reesei PC-3-7株でセルラーゼ遺伝子群と同調して発現し、なおかつ親株であるQM9414株ではまったく発現しないxyn3の上流領域の解析では、まず両株からxyn3の上流領域をクローニングしてその塩基配列を比較し、両者に差がないことを明らかにしている。このことから、xyn3の株間における発現挙動の差異がcis配列ではなくtrans因子によるものであることを示唆している。また、上流領域の削除解析では-739 bp ~ -506 bp間がxyn3の誘導発現に重要であることを明らかにしている。
 本論文で述べられた実験結果からT. reesiにおけるセルラーゼ遺伝子の誘導発現機構について新たな知見が得られた。よって、本論文は博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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