光架橋性高分子液晶を用いた偏光回折格子
氏名 江本 顕雄
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第353号
学位授与の日付 平成18年3月24日
学位論文題目 光架橋性高分子液晶を用いた偏光回折格子
論文審査委員
主査 教授 小野 浩司
副査 教授 赤羽 正志
副査 教授 上林 利生
副査 教授 打木 久雄
副査 助教授 木村 宗弘
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目次
第1章 序論 p.1
1.1 研究背景 p.1
1.2 研究目的 p.2
第2章 理論的背景 p.4
2.1 液晶材料 p.4
2.2 偏光と光学異方性 p.5
2.3 ホログラフィーと回折格子 p.7
2.3.1 ホログラフィー p.7
2.3.2 格子による回折現象 p.9
2.3.3 偏光干渉と偏光ホログラム p.16
2.3.4 異方性回折格子とJones回折 p.21
第3章 実験 p.25
3.1 材料 p.25
3.2 偏光回折格子の作製 p.28
3.2.1 ホログラフィーによる異方性格子形成 p.28
3.2.2 偏光マスク露光法による格子形成 p.32
3.3 評価方法 p.33
第4章 結果と考察 p.34
4.1 1次元格子 p.34
4.1.1 偏光ホログラム p.34
4.1.2 偏光ホログラムと高次回折 p.39
4.1.3 マスク露光法による異方性格子形成 p.43
4.2 2次元格子および多重格子 p.49
4.2.1 クロスグレーテイング p.49
4.2.2 3次束干渉ホログラム p.57
4.2.3 1次元多重ホログラム p.70
第5章 結論 p.74
謝辞 p.76
参考文献 p.77
業績
付録 A Jones行列による偏光ホログラムの記述と偏光変換特性 p.85
A.1 OL-grating p.85
A.2 OC-grating p.89
近年ラビング法に代わる液晶分子配向技術として光配向技術が注目されている。これは配向膜の分子を偏光照射によって配向させ、その界面で液晶配向性を生じるものであり 、光反応基の2量化や異性化を利用している。液晶のような光学異方性材料を空間的に自在に配向させる事ができれば、高い機能性を持った光学素子を形成できる可能性は大きい。特に、多彩な化学修飾が可能な高分子液晶系への期待は大きい。本研究では、光架橋性高分子液晶を用いて種々の異方性回折格子の形成とその回折特性の実験的・理論的調査を行った。側鎖にメソゲンと光反応部を有する高分子液晶において、軸選択的な架橋反応と熱処理による自己組織的な分子の再配列によって、照射紫外光の偏光方向に一致した分子配向を誘起することができる。この光配向技術を用いて異方性回折格子を形成し調査を行った。異方性回折格子は、アゾベンゼンを含む材料中でのその光異性化反応を利用して、偏光ホログラムを中心とした基本的な異方性回折格子について多く研究されてきた。しかしながら、より複雑な異方性分布に関する調査はほとんど報告されていない。これは、アゾベンゼンの光異性化反応が可逆的であり、一般的には格子を安定して保持することが難しい点に起因している。一方で我々が用いた高分子液晶では格子情報は光架橋反応によって保持されているため、非可逆的であるが安定して保持できる。また、軸選択的な反応であることから同一軸上でなければ多重化した架橋構造を形成することができる。本研究では、この光架橋性高分子液晶を用いて厚さ数百ナノメートルのフィルムを作製し、波長325ナノメートルの紫外線レーザーによる格子形成を行い、それらの格子を波長633ナノメートルの赤色レーザーを用いて回折光を観測し、以下の調査を行った。
・ 偏光ホログラム記録とその多重化(クロスグレーティング)
すでに多くの研究者が光誘起異方性材料の調査に用いている偏光ホログラムの記録を行い、照射偏光分布に一致した光学異方性の形成を確認した。また、偏光ホログラムの特徴である回折光の偏光変換特性も同時に観測した。これらの偏光ホログラムを複数回重ねて記録し多重化した。結果として、同時に複数の偏光変換を可能とする多重回折格子を作製することに成功した。
・ 異方性格子の高次回折特性と格子形状に関する調査
偏光ホログラムのような異方性回折格子の高次回折特性を調べるため、正弦波状の格子と矩形状の格子2種類を作製し、回折特性の測定を行った。結果として、高次に及ぶ回折光の偏光変換特性は格子を形成している異方性の向きによって決まり、各回折光の回折効率は格子形状に依存するという結果が得られた。また、これらの結果をジョーンズ法と回折理論を用いた理論解析によって説明することができた。
・ 3光束干渉ホログラムによる2次元異方性回折格子の形成
3光束干渉法による2次元異方性回折格子の形成を行い、結果として、照射光の光強度分布に一致した表面レリーフと照射光の偏光分布に応じた異方性分布が混在する回折格子が得られた。3光束の干渉条件を調整することで、照射した干渉パターンに応じた六方最密状や正方形状および三角形状等の表面レリーフ構造を確認した。それらの格子の回折特性を測定したところ入射光の偏光状態に依存した回折現象が確認された。理論的なモデルを用いて解析した結果、それらの回折特性を概ね説明することができた。しかしながら、一部で照射偏光方向からずれた方向に分子の再配列が誘起さる場合があることがわかった。これは、レリーフ形成時の物質移動が分子の再配列に影響を与えた結果であることがわかった。
以上より、光架橋性高分子液晶を用いた種々の異方性回折格子の形成を行い、理論的に解析することによって、光配向技術による異方性格子デザインに関する多くの知見を得ることができた。特に複雑な多重格子からの回折現象やその理論的取り扱いにおいて、実験的・理論的実証がなされたことによって、今後、機能的な格子をデザインする際の基礎的なデータになると考えられる。
本論文は、光架橋性高分子液晶中での偏光回折格子の形成とその回折特性について論じたものである。本論文は5章からなり、第1章(序論)では、異方性回折格子の研究背景や動向について概説すると共に、本研究の意義について述べている。
第2章では理論的背景として、光学異方性、ジョーンズ法、偏光干渉、ホログラフィー、回折現象等について記述している。特に、異方性回折格子(偏光回折格子)のジョーンズ行列表現とその格子からの回折光の計算に関しては本研究の理論解析の最も重要な部分であり詳細に記述している。
第3章では実験に使用した材料、格子形成方法及び評価手順などを明確に記述している。
第4章では実際に格子形成を行い、種々の異方性回折格子の回折特性を実験的に調べ、理論的な解析によって、それらを説明している。まず、光架橋性高分子液晶フィルム中での偏光ホログラム記録を行い、すでに実験的・理論的に明らかにされている回折光の偏光変換特性を観測することで照射偏光に応じた屈折率異方性を誘起できることを明らかにしている。また本題の液晶高分子とは光反応部が異なる高効率の偏光ホログラム記録材料を用いて、高次回折光における偏光変換特性を実験的・理論的に明らかにしている。次に、その偏光ホログラムの重ね書き(クロスグレーティングの記録)を行い、その回折特性を詳細に調べ、複数の回折光において同時に多様な偏光変換機能を得ることに成功している。一方で、偏光マスク露光法による簡便な手法を用いて大面積の異方性回折格子の形成にも成功している。更に、3光束干渉計を用いた2次元異方性回折格子についても多くの実験結果を得ている。互いに偏光状態の等しい3光束を用いて、六方最密状の表面レリーフ構造と照射偏光に一致した屈折率異方性を有する2次元異方性回折格子を作製し、その回折特性を実験的・理論的に明らかにしている。また、干渉条件を調整し、正方形状や三角形状などの表面レリーフ構造を有する異方性回折格子の作製にも成功しており、それらの回折特性も実験的・理論的に明らかにしている。
第5章では結果をまとめ、研究成果を明確に示している。以上のように光架橋性高分子液晶を用いて様々な偏光回折格子に関して調査を行っており多様な異方性分布からの偏光回折特性に関する多くの有用な知見を得ている。よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。