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圧力処理により誘引される形質転換の効果と食品産業への応用

氏名 笹川 秋彦
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第369号
学位授与の日付 平成18年3月24日
学位論文題目 圧力処理により誘引される形質転換の効果と食品産業への応用
論文審査委員
主査 教授 山田 明文
副査 教授 野坂 芳雄
副査 助教授 小林 高臣
副査 助教授 梅田 実
副査 長岡工業高等専門学校名誉教授 中澤 章

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目次

第1章 序論 p.6
 1.1 火(熱)と圧力の歴史 p.7
 1.2 圧力の働き p.14
 1.3 水の加圧 p.17
 1.4 圧力処理の食品への利用 p.20
 1.5 非加熱殺菌 p.22
 1.6 食品への圧力処理に関する利用方法の遷移 p.26
 1.7 本研究の目的と意義 p.27
 1.8 本研究の概要 p.29
 1.9 本論文で用いる圧力について p.33
 1.10 参考文献 p.35

第2章 低アレルゲン米の有用性について(CAST法を用いての検討) p.37
 2.1 緒言 p.38
 2.2 実験方法 p.38
 2.3 実験結果 p.39
 2.4 考察 p.48
 2.6 要約 p.53
 2.7 参考文献 p.53

第3章 圧力を利用したGABA富化玄米の製造とその特徴 p.56
 3.1 緒言 p.57
 3.2 実験方法 p.58
 3.3 実験結果及び考察 p.62
 3.4 要約 p.77
 3.5 参考文献 p.78

第4章 圧力処理を施した8種類の穀物を麹の原料とする味噌の製造 p.81
 4.1 緒言 p.82
 4.2 実験方法 p.83
 4.3 実験結果及び考察 p.88
 4.4 要約 p.100
 4.5 参考文献 p.101

第5章 圧力処理によるキムチの発酵制御とその特徴 p.104
 5.1 緒言 p.105
 5.2 実験方法 p.106
 5.3 実験結果及び考察 p.112
 5.4 要約 p.131
 5.5 参考文献 p.132

第6章 圧力処理とパルス電解処理とを併用したBacillus sutilis芽胞の不活性に関する研究 p.136
 6.1 緒言 p.137
 6.2 実験方法 p.138
 6.3 実験結論及び考察 p.143
 6.4 要約 p.152
 6.5 参考文献 p.153

第7章 加圧食品の開発と産業化への諸問題 p.157
 7.1 緒言 p.158
 7.2 産業化への道程 p.159
 7.3 市場の洞察と社会的要請・生活者ニーズの把握 p.160
 7.4 実験的検証(再現性の確認) p.165
 7.5 理論的検証(評価の確立) p.168
 7.6 実生産の可能性(実用化技術の評価) p.168
 7.7 経済的採算性 p.174
 7.8 設備・機械の検討 (生産に関する知的所有権の調査・新技術の特許申請) p.178
 7.9 工場設計(原価計算) p.180
 7.10 設備・機械設置(設備・機械の組立) p.180
 7.11 生産方式の決定(HACCP・ISOの認証等) p.181
 7.12 生産機械の試運転 p.182
 7.13 デザイン・意匠(価格・表示の決定)から市場占有率の上昇(製品の成熟化)までの工程 p.185
 7.14 おわりに p.186
 7.15 参考文献 p.186

第8章 総括 p.188
 8.1 まとめ p.189
 8.2 今後の展望 p.194
 8.3 参考文献 p.197

本研究に係る公表資料 p.198

謝辞 p.202

 本研究は、熱と同様に独立した物質の状態変換因子である「圧力」を被処理物(食品など)に施し、圧力処理により誘引される組織破壊や微生物の不活化といった事象によって、新しい形質に転換する効果(High-Pressure Induced Transformation :Hi-Pit)を利用して、他の物理的・生物的・生化学的な処理とを組み合わせ、種々の食品産業への応用を工学的な観点から試みたものである。
 本論文は全8章から構成されており、各章の概要は以下の通りである。
 第1章は、序論であり、導入として火と圧力の科学史を引用し、食品への圧力処理に関する利用方法の遷移について体系化を図った。また、本研究の背景と新規性および必要性について述べ、本研究の意義を明らかにした。
 第2章では、圧力処理により、米の組織破壊を誘引し、米のタンパク質が容易に抽出できる形質に転換させ、その後に抽出操作を行うことにより、米アレルゲンタンパク質を除去した低アレルゲン米(アルブミン・グロブリンを95%除去した無菌米飯)を製造し、その有用性について臨床試験を介して検討した。対象は米アレルギー患者7名で、米RASTスコア1またはそれ以上の患者を用いた。低アレルゲン米を4週間摂取、前後に末梢血より得たbuffy coatを米アルブミン、グロブリンを用いて刺激し、sLT遊離の刺激指数をCAST法により求め,低下率を測定した。その結果、米アルブミン刺激では、平均71%の低下が認められた。米グロブリン刺激では平均73%の低下が認められた。全例において、皮膚症状の改善を認めた。
 第3章では、圧力処理により、米の組織破壊を誘引し、米の内在酵素と内在基質が容易に会合できる形質に転換させ、その後に静置操作を行うことにより、酵素反応を促進させ、その薬理活性成分の消長について検討した。発芽処理を圧力処理に代替し、γ‐アミノ酪酸(GABA)の蓄積量を増強することのできる、GABA富化加工法の確立を試みた。玄米の表面を1%研削した玄米に、25℃で200MPaの圧力処理を5分間施し、継続して1時間浸漬後に水切りし、25℃の飽和湿度下で18時間静置させることにより、原料玄米の蓄積量(6.0mg)と比べて3倍以上のGABAを富化することができた。作製したGABA富化玄米は、市販の発芽玄米よりもGABAを多く含み、総フェルラ酸やオリザノールなどの機能性成分も保たれていた。 また、玄米よりもGABA富化玄米のほうが、消化の速度が速いことから、GABA富化玄米は咀嚼後の澱粉分解酵素が働きやすい玄米飯であることが示唆された。
 第4章では、圧力処理により、穀物の組織破壊を誘引し、穀物の表面粗度を高くして、麹菌が着床しやすい形質に転換させ、その後に味噌の製麹を行う、機能性味噌の醸造方法について検討した。常法では製麹が困難な玄米などの8種類の穀物に圧力処理を施し、八穀麹を試作した。その麹を使用した八穀麹味噌を試作し、試作した味噌の遊離アミノ酸含量やSOD様活性等を測定した。圧力処理を施し、吸水させた後に蒸した8種類の穀物を原料とした八穀麹は、製麹により麹菌糸の良好な伸延が見られた。また、八穀麹味噌の熟成において、酸度Iの上昇、pHの低下、Y値の低下、エチルアルコールの生成が見られた。さらに、八穀麹味噌は市販の淡色系および赤色系の米麹味噌に比べ、アミノ酸、食物繊維、カルシウム、鉄、ビタミンB1を多く含み、高いSOD様活性を示した。
 第5章では、圧力処理により、発酵食品中の微生物の不活化を誘引し、微生物の種類によって選択的に殺菌することにより、発酵が制御し易い形質に転換させ、その後に定法の発酵を行っても長期保存の可能な発酵食品の製造方法について検討した。
 発酵食品としてキムチを選択し、微生物の種類による圧力耐性の違いを利用して発酵過程を制御し、密封包装での流通過程におけるガス発生による包装袋の膨化を防止すると共に、酸味などの品質を保ちながら賞味期限の延長が可能であることを確認した。圧力処理によって甘味と旨味が増加し、特に発酵中期に圧力処理を施したキムチは、香り、食感ともに無処理キムチに比較して高い評価であった。
 第6章では、圧力処理により、液体飲料中の耐熱性芽胞菌の不活化を誘引し、殺菌されやすい形質に転換させ、その後に他の物理エネルギーを印加することで、微生物の殺菌効果を向上させる方法について検討した。種々の溶液に約108個/mlの濃度となるようにB. subtilis の芽胞を縣濁させて,圧力処理とパルス電界処理とを併用した複合処理が芽胞の不活化に及ぼす影響を調べた。芽胞の不活化は,パルス電界処理後に圧力処理を施した場合,各単独処理に比べて顕著な相乗効果が認められ,複合処理によって最大7.1オーダーの生菌数の減少が見られた。処理溶液を低温保存すると,発芽数が減少し,3日後からは完全に不活化された。複合処理を施した芽胞は,位相差顕微鏡で観察すると,暗色化が起きず,発芽が阻止されていた。
 第7章では、製品開発をイノベーションサイクルと位置付け、圧力処理米飯の実用化について検討した。価格に厳しい主食の分野で「高圧処理米飯」が実現したことは、圧力処理が経済的に生活者から支持を得たことに他ならない。今後、さらに麺類、パン、惣菜、酒、野菜、果物そして冷凍食品の分野まで、広い範囲で圧力処理が実用化されることを確信できた。
 圧力処理が食品へ与える諸変化を総合的に解明することは、食品加工において有用であり、機能性を付与した食品として、家庭での利用のほか、外食産業においても貢献できると期待された。
 第8章では、以上の内容を総括し、結論とした。

 本論文は「圧力処理により誘引される形質転換の効果と食品産業への応用」と題し、圧力処理により誘引される形質転換の効果を食品産業に応用し、実証的に種々の製品開発を試みた結果をまとめたものであり、第1章の「序論」に始まり、第8章の「総括」までの内容で構成されている。
 第2章「低アレルゲン米の有用性について(CAST法を用いての検討)」では、圧力処理により米の組織破壊を誘引し、米のタンパク質が容易に抽出できる形質に転換させ、その後に抽出操作を行う方法を試みた。米アレルゲンタンパク質を除去した低アレルゲン米を製造し、その有用性について臨床試験を介して検討したところ、全例において皮膚症状の改善が認められた。
 第3章「圧力処理を利用したGABA富化玄米の製造とその特徴」では、圧力処理で組織を破壊し米の内在酵素と内在基質が容易に会合できる形質に転換させ、その後に静置操作を行うことで酵素反応を促進させ、その薬理活性成分を消長させることを試みた。γ-アミノ酪酸(GABA)の蓄積量を3倍に増強することのできる富化加工法を確立した。
 第4章「圧力処理を施した8種類の穀物を麹の原料とする味噌の製造」では、圧力処理により穀物の組織破壊を誘引し、穀物の表面粗度を高くして麹菌が着床しやすい形質に転換させ、その後に味噌の製麹を行う機能性味噌の醸造方法を開発した。常法では製麹が困難な玄米などの8種類の穀物に圧力処理を施した八穀麹の試作に成功した。
 第5章「圧力処理によるキムチの発酵制御とその特性」では、発酵食品としてキムチを選択し、微生物の種類による圧力耐性の違いを利用して発酵過程を制御し、密封包装での流通過程におけるガス発生による梱包袋の膨化を防止するとともに、酸味などの品質を保ちながら賞味期限を延長することに成功した。
 第6章「圧力処理とパルス電界処理とを併用したBacillus subtilis芽胞の不活性化に関する研究」では、圧力処理により液体飲料中の耐熱性芽胞菌の不活性化を誘引し、殺菌されやすい形質に転換させ、その後にパルス電界処理を併用した複合処理法を開発した。複合処理を施した芽胞は、位相差顕微鏡で観察すると暗色化が起きず発芽が阻止されていた。
 第7章「加圧食品の開発と産業化への諸問題」では、製品開発をイノベーションサイクルと位置づけ圧力処理米飯の実用化について検討した。価格に厳しい主食の分野で「高圧処理米飯」が実現したことは意義深い。
 このように、本研究は圧力を物質の形質転換因子として産業化に資する新しい方法Hi-Pit(High-Pressure Induced Transformation)を生み出し、現在、越後製菓株式会社においてそのいくつかが量産化され生産販売中である。
 よって本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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