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スピーカ・ヘッドフォン併用型音響再生法に関する研究

氏名 木下 郁一朗
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第241号
学位授与の日付 平成17年8月24日
学位論文題目 スピーカ・ヘッドフォン併用型音響再生法に関する研究
論文審査委員
 主査 教授 島田 正治
 副査 教授 神林 紀嘉
 副査 教授 荻原 春生
 副査 教授 吉川 敏則
 副査 東京工業芸大学 工学部教授 杉山 精

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目次

第1章 序論 p.1
 1.1 本研究の背景 p.1
 (1) 空間音響再生技術の目的 p.1
 (2) 空間音響再生技術の歩み p.2
 1.2 空間音響再生技術の原理と問題点 p.4
 (1) 空間知覚の手がかり p.4
 (2) ヘッドフォン再生 p.5
 (3) スピーカ再生 p.7
 (4) ステレオ信号再生の問題 p.9
 1.3 本研究の目的 p.10
 (1) 頭部伝達関数の受聴者依存性の克服 p.11
 (2) 受聴位置の制約解消 p.11
 (3) 再生環境によらない音像低位実現 p.11
 1.4 本論分の構成 p.12

第2章 方向情報の蓄積・伝送 p.14
 2.1 目的及び課題 p.14
 2.2 方向情報の量子化時間間隔 p.15
 (1) 連続移動の知覚 p.15
 (2) 量子化時間間隔の決定要件 p.17
 2.3 刺激提示時間間隔の上限値の測定 p.18
 (1) 従来の知見 p.18
 (2) 検証項目 p.19
 (3) 試験方法 p.20
 2.4 結果及び考察 p.23
 (1) 振幅変調の影響 p.23
 (2) 周波数依存性 p.27
 (3) 帯域幅依存性 p.29
 (4) 聴覚上の考察 p.31
 (5) フレーム長の考察 p.32
 2.5 第2章のまとめ p.34

第3章 頭部伝達関数のインパルス応答の代表値選択 p.36
 3.1 目的 p.36
 3.2 仮説 p.37
 3.3 代表値の決定 p.37
 (1) 頭部伝達関数のインパルス応答の測定 p.38
 (2) 頭部伝達関数の主成分分析 p.41
 (3) 代表値の選択方法 p.42
 3.4 結果 p.43
 (1) 主成分重みのベクトルの要素数 p.43
 (2) 代表値の統計的位置づけ p.43
 (3) 受聴試験 p.46
 3.5 第3章のまとめ p.55

第4章 スピーカ・ヘッドフォン併用型音響再生系 p.57
 4.1 目的 p.57
 (1) 課題 p.57
 (2) 用途と応用 p.58
 4.2 提案方式の概要 p.60
 (1) 基本原理 p.60
 (2) 実現に必要な機能 p.63
 4.3 左右知覚制御 p.64
 (1) 使用するヘッドフォン p.64
 (2) スピーカ・各耳間インパルス応答の推定 p.65
 (3) 両耳間差制御 p.67
 (4) 検証 p.70
 4.4 ステレオ信号の再生 p.79
 (1) 両耳間差の補償 p.80
 (2) 動作確認 p.83
 (3) 受聴試験 p.102
 4.5 第4章のまとめ p.105

第5章 結論 p.108
 2.1 本研究の総括 p.108
 (1) 方向情報の蓄積・伝送 p.108
 (2) 頭部伝達関数のインパルス応答の代表値選択 p.109
 (3) スピーカ・ヘッドフォン併用型音響再生系 p.110
 2.2 今後の課題 p.112
 (1) 受聴者による音声の除去 p.112
 (2) 全平面の音像制御 p.113

付録 両耳間レベル差、両耳間時間差の算出 p.115

謝辞 p.117

参考文献 p.119

本研究に関する著者の論文 p.127

著者の参考文献 p.127

本研究に関する著者の参考文献 p.128

 本研究は受聴者に対し目標方向への音像定位を確実に実現することを目的とし、全5章で構成する。
 第1章では従来方式の概要とその課題に触れる。代表的な方式の一つとして、目標方向から各耳までの頭部伝達関数のインパルス応答を音源信号に畳み込みヘッドホンで再生する方式が挙げられる。受聴者による頭部伝達関数に差異があるためにこの方式では目標方向への音像定位が保証されない。かかる問題を解消することを本研究の第一の目的とする。
 スピーカで再生する場合には、位置の異なるスピーカ間で音量比を変化させることにより音像が定位される方向を制御する方式が挙げられる。この制御はスピーカから等距離となる所定位置から受聴者が離れると実現できなくなる。そこで音像定位の制御を可能とする受聴位置の制約を解消することを本研究の第二の目的とする。
 また、音像定位を目的に予め制作された音響信号を蓄積・伝送し、再生することを想定すると、ヘッドホン再生に用いる頭部伝達関数のインパルス応答やスピーカ再生における受聴位置などの再生環境は制作時の想定とは一般に異なる。これも目標方向への音像定位を阻む要因となるため、再生環境によらず目標方向への音像定位を実現することを本研究の第三の目的とする。
 第2章では第三の目的を実現するために、音声信号と方向情報を各々蓄積・伝送し再生時に方向情報を参照して音像定位を目的とした音声信号処理を行うことを提案する。ここで離散的に配置された音源を逐次に提示したときに知覚される連続運動に着目し、方向情報を時間的に量子化するための条件を考察した。受聴試験においては、連続運動をもたらす提示時間の上限値Tthを振幅変調広帯域雑音、純音、帯域雑音を各々用いて測定した。振幅変調広帯域雑音の場合、Tthは振幅変調率が増加するほど増加し振幅変調周波数が高くなるほど減少する。純音の場合、Tthは周波数3.0 kHzで最小となる。帯域雑音の場合、帯域幅が広がるほどTthが減少する。これらの結果より振幅変調がTthの増加要因となり、振幅変調のない広帯域雑音や3.0kHzの純音の場合にTthが最小(約70ms)となることが明らかになった。サンプリング周波数16kHz以上の代表的な音声符号化方式での音声フレーム長の範囲は10-50 msとなることから、方向情報を音声フレームと同期して量子化すればよいことが判明した。
 第3章では、第一の目的を解決するために、主成分分析に基づいて頭部伝達関数のインパルス応答の代表値を選択する方法を提案した。この方法では被験者間平均値に最も近接する主成分重み係数を与える頭部伝達関数のインパルス応答を代表値として選択する。
 代表値の有効性を評価するために、頭部伝達関数の主成分重み係数の分布を検証した。これによれば平均値付近の分布が密となること、従来から代表値として利用された擬似頭を用いて測定されたものよりも提案方式による頭部伝達関数の主成分重み係数の方が平均値付近に近似することが明らかとなった。
 さらに、受聴試験を行い被験者個人の頭部伝達関数のインパルス応答と代表値を用いた場合の前後誤判定率を考察した。多くの目標方向について前後誤判定率は被験者個人の頭部伝達関数と代表値を用いた場合とで同等となることで代表値の有効性が示された。目標方向が前方の場合には代表値の使用によって前後誤判定率が増加し、この増加の度合いが代表値と被験者個人の頭部伝達関数の主成分重み係数間の距離により増加することが明らかになった。
 第4章ではヘッドホン再生では完全に解決できない第一の目的を達するために、前方知覚の手がかりを与えるスピーカと左右知覚制御のためのヘッドホンを併用した再生系を提案した。この再生系はスピーカから受聴者各耳までのインパルス応答を推定する適応フィルタを備え、推定した伝達関数を用いて合成した音をヘッドホンから提示してスピーカからの音を一方の耳で相殺する。ヘッドホンで提示する音にスピーカからの音を遅延及び減衰させて加算すれば、その成分が残留する。他方の耳ではスピーカからの音がそのまま到達するので、この遅延や減衰は両耳間差として左右知覚制御の手がかりとなる。
 動作検証により受聴者が0.8秒以上静止すればインパルス応答の推定精度を確保できること、受聴試験により実音源使用時と同等な距離感をもって前半平面にわたる左右方向制御を実現できることを確かめた。
 第三の問題を解決するために、提案システムの別用途として方向情報の蓄積・伝送を適用できないステレオ音源を再生する方式を示す。ここではスピーカから提示された成分の左右時間差から推定した受聴者の方向を基に、ヘッドホンからの再生信号に与える遅延及び利得を制御して両耳間差を補償する。この補償機能により受聴者によらず左右方向制御を実現するという点で第二の問題の解決も目指す。
 検証においては頭部運動のパターンとして主運動、往復振動を仮定して、受聴者両耳に提示される信号を模擬した。その両耳間差の誤差を解析した結果、主運動、往復運動ともに運動範囲が広がるほど、往復運動では運動速度が速くなるほど大きくなる傾向が認められる。主運動後0.8秒以上静止する場合や振幅角15度以下の往復運動では両耳間差の誤差が人間の方向分解能の範囲内となる。これはステレオ信号について受聴者が移動しても前方知覚を維持しながら左右知覚を補償できることを示す。受聴試験により受聴者の方向が変化しても音像定位方向が維持されることが確認できた。
 第5章では第2~4章の結果を総括するとともに、スピーカ・ヘッドホン併用型音響再生法の課題としてインパルス応答の推定に必要な受聴者各耳の近傍で収録した音声から受聴者自身の発話音声を除去すること、全平面にわたる音像定位を実現することが残されていることに触れた。
(以上)

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