微生物の視覚的検出技術 Fluorescence In Situ Hybridization 法の高感度化と応用
氏名 久保田 健吾
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第372号
学位授与の日付 平成18年3月24日
学位論文題目 微生物の視覚的検出技術 Fluorescence In Situ Hybridization 法の高感度化と応用
論文審査委員
主査 助教授 大橋 晶良
副査 教授 原田 秀樹
副査 教授 解良 芳夫
副査 助教授 政井 英司
副査 早稲田大学 理工学部助教授 常田 聡
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目次
第1章 序論 p.1
第1節 研究の背景 p.2
第2節 研究の目的と構成 p.4
第3節 既往の知見 p.5
1. FISH法の幕開け p.5
2. FISH法の問題点 p.5
2.1 標的分子の量 p.5
2.2 プローブの浸透性 p.6
2.3 プローブの交雑効率 p.8
2.4 蛍光の消光 p.9
3. 高感度FISH法 p.9
3.1 TSAを用いた検出(TSA-FISH 法, CARD-FISH 法) p.9
3.2 マルチラベルドポリヌクレオチドプローブ p.11
[参考文献] p.13
第2章 メタン生成古細菌にTSA-FISH法を適用するための細胞壁処理 p.18
第1節 はじめに p.19
第2節 実験方法 p.20
1. メタン生成古細菌とUASBグラニュール汚泥およびその固定 p.20
2. サンプルのスライドへの包理固定 p.20
3. 細胞壁処理 p.21
4. FISH法 p.22
5. TSA-FISH法 p.22
6. 全菌数計測のための菌体染色 p.23
7. 蛍光顕微鏡と菌数カウント p.23
第3節 実験結果および考察 p.23
1. メタン生成古細菌純菌を用いた細胞壁処理方法の検討 p.23
1.1 Sレイヤー p.25
1.2 シース p.26
1.3 メタノコンドロイチン p.26
1.4 シュードムレイン p.27
2. UASBグラニュール汚泥を用いたPeiW処理とTSA-FISH法の適用性評価 p.27
3. まとめ p.29
[参考文献] p.30
[補足情報]-メタン生成古細菌の細胞壁構造- p.32
第3章 Two-pass TSA-FISH法によるmRNAの検出 p.34
第1節 はじめに p.35
第2節 実験方法 p.36
1. 使用微生物、培養、固定 p.36
2. Clone-FISH法のためのサンプル調整 p.37
3. FISH法 p.38
4. TSA-FISH法 p.38
5. Two-pass TSA-FISH法 p.39
6. 蛍光顕微鏡観察 p.39
7. RNase処理 p.39
第3節 実験結果および考察 p.40
1. Two-pass TSA-FISH法の有効性 p.40
2. mRNA標的プローブのためのClone-FISH法 p.41
3. Two-pass TSA-FISH法によるmcr mRNAのin situ検出 p.42
4. Two-pass TSA-FISH法の特異性評価 p.44
5. オリゴプローブとtwo-pass TSA-FISH法による検出手法の展望 p.44
6. まとめ p.45
[参考文献] p.45
第4章 LNA/DNAプローブを用いた交雑効率の改善 p.48
第1節 はじめに p.49
第2節 実験方法 p.51
1. 使用微生物とその固定 p.51
2. プローブの選択 p.51
3. LNA/RNAプローブの設計 p.52
4. FISH法 p.53
5. 蛍光顕微鏡観察と蛍光強度の測定 p.54
第3節 実験結果 p.54
1. DNAプローブを用いたFISH法 p.54
2. LNA/DNAプローブを用いたFISH法 p.54
3. LNA置換のプローブ親和性への影響 p.56
第4節 考察 p.57
[参考文献] p.60
第5章 総括 p.62
第1節 本研究で行った事 p.63
第2節 本研究の位置づけ p.64
プロトコル p.66
[参考文献] p.69
本論文の基礎となる学術論文
謝辞
本研究はFluorescence in situ hybridization (FISH) 法を高感度化することで、rRNAだけでなく様々な機能に基づいた解析をオリゴヌクレオチドプローブ (18-25塩基) を用いてwhole-cellかつin situで行う事を可能にするために行った。本研究開始前のオリゴヌクレオチドプローブを用いた高感度FISH技術は、シグナルを増幅する方法としてTSA (tyramide signal amplification)-FISH法、HNPP/Fast Red TR-FISH法などが報告されていた。そしてそれらを適用するための細胞壁処理方法として、様々な固定方法やリゾチーム、プロテアーゼK、アクロモペプチダーゼといった酵素が用いられてきた。その他に、高い交雑効率を得るためにヘルパープローブやPNAプローブ、ΔG°に基づくプローブ設計法などが、より強い蛍光物質としてCyanine系やAlexa系、Q-dot系などが報告されていた。そして本研究結果はこの中にtwo-pass TSA-FISH法 (シグナル増幅, 第3章)、シュードムレイン加水分解酵素処理 (細胞壁処理, 第2章)、そしてLNA (locked nucleic acid) / DNAプローブ (高交雑効率, 第4章) という技術を付加した。そしてオリゴヌクレオチドプローブを用いてmRNAを信頼のあるシグナルで検出可能な事を示した。
本研究では大きく2つのアプローチを採用した。1つはシグナルを増幅する方法、もう1つは標的分子を効率的に利用する方法である。シグナルを増幅する方法については、TSA法に着目した。TSA法を適用するには分子量の大きいhorseradish peroxidaseを菌体内に浸透させる必要があり、その適用には適切な細胞壁処理方法に関する知見が必要不可欠である。本論文の第2章では、嫌気環境における炭素の物質循環の鍵となる微生物の一つであるメタン生成古細菌に着目し、このメタン生成古細菌をTSA-FISH法を用いて検出するための細胞壁処理方法について検討を行った。メタン生成古細菌の代表的な細胞壁構造 (Sレイヤー、シース、メタノコンドロイチン、シュードムレイン) を持つ純菌12種を用いて、酵素的な処理方法を主体として、細胞壁処理方法について検討した。そして、シュードムレイン加水分解酵素を1つの処理方法として提案した。しかしながらシュードムレイン加水分解酵素処理ではメタン生成古細菌を網羅的に検出する事ができないため、他の処理方法、特にメタノコンドロイチンやシースを持つメタン生成古細菌を検出可能にする処理方法が必要である。
また本論文第3章では、TSA-FISH法を更に高感度化するtwo-pass TSA-FISH法を原核生物に初めて適用した。Two-pass TSA-FISH法は標的分子の数が多いときはTSA-FISH法とほとんど得られる輝度が変わらないが、少ないときには著しくシグナルを増幅することを明らかにした。またTSA反応液中にdextran sulphateを加えると、シグナル増幅が促進されることを明らかにした。そしてtwo-pass TSA-FISH法を用いる事で、mRNAをオリゴヌクレオチドプローブを用いて信頼性のある強いシグナルで検出する事に成功した。Two-pass TSA-FISH法では1塩基ミスマッチを識別する事は困難だが、競合プローブを用いる事で識別可能となった。なお2塩基ミスマッチについては検討した範囲内では識別可能であった。またmRNA FISHに用いるオリゴヌクレオチドプローブをClone-FISH法を用いて評価可能であることも示した。
2つめのアプローチである標的分子を効率的に利用する方法では、人工核酸LNAに着目し検討を行った (第4章)。FISH法を高感度化するためには、プローブを標的分子に効率的かつ特異的に交雑させることも重要である。本研究では近年報告されたプローブの交雑効率に関する包括的モデルを軸にして検討を行った。その結果LNAを2-4箇所導入する事で、ほとんどシグナルが得られなかったプローブでも非常に強いシグナルを得る事に成功した。そして更にプローブのTdと輝度に相関関係があることを見いだし、プローブが標的配列と高効率で交雑するためには、そのプローブのTdがホルムアミド濃度換算で35%以上になるように設計する必要があることを明らかにした。
本論文は「微生物の視覚的検出技術 Fluorescence In Situ Hybridization法の高感度化と応用」と題し、5章より構成されている。
第1章「序論」では、FISH (fluorescence in situ hybridization) 法の現状および研究目的を述べている。
第2章「メタン生成古細菌にTSA-FISH法を適用するための細胞壁処理」では、嫌気環境における炭素の物質循環の鍵となる微生物の一つであるメタン生成古細菌に着目し、このメタン生成古細菌をTSA (tyramide signal amplification) -FISH法を用いて検出するための細胞壁処理方法について検討を行っている。そして、シュードムレイン加水分解酵素PeiWを1つの処理方法として提案している。その一方でPeiW処理だけではメタン生成古細菌を網羅的に検出する事ができない事にも言及しており、他の処理方法の開発の必要性も報告している。
第3章「Two-pass TSA-FISH法によるmRNAの検出」では、TSA-FISH法を更に高感度化するtwo-pass TSA-FISH法を原核生物に初めて適用している。そしてスタンダードtwo-pass TSA-FISH法よりも強いシグナルが得られ、かつ非特異的なシグナル増幅を抑制する方法を開発することで、mRNAを信頼性のある強いシグナルで検出する事に成功している。更には手法の特異性についても検討を行い、本手法が1塩基ミスマッチを識別する事は困難だが、競合プローブを用いる事で識別可能となること、2塩基ミスマッチについては識別可能であることを明らかにしている。
第4章「LNA/DNAプローブを用いた交雑効率の改善」では、人工核酸LNA (locked nucleic acid) に着目し検討を行っている。そして18塩基前後のDNAプローブにLNAを2-4箇所導入する事で、ほとんどシグナルが得られなかったプローブでも非常に強いシグナルを得る事に成功している。そして高交雑プローブを設計するための指針を提示している。
第5章「総括」では、本研究で得られた成果を総括している。
以上のように本論文ではFISH法を高感度化するための様々な技術が報告され、視覚的な微生物解析に有用な知見が得られている。加えて、今後FISH法を更に高感度化する上での基盤情報を多く含んでいる。これら本論文で提案されている技術は、排水処理プロセスを効率化する上で重要な微生物群集解析を行う上で不可欠であり、工学上及び工業上貢献するところが大きい。よって本論文は博士 (工学) の学位論文として十分な価値を有するものと認められる。