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単発放電における微細軸形成現象の高速時間分解観察による研究

氏名 田辺 里枝
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第373号
学位授与の日付 平成18年3月24日
学位論文題目 単発放電における微細軸形成現象の高速時間分解観察による研究
論文審査委員
 主査 教授 伊藤 義郎
 副査 教授 宮田 保教
 副査 教授 福沢 康
 副査 教授 古口 日出男
 副査 東京大学大学院工学系研究科教授 毛利 尚武

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第1章 序論 p.1
 1.1 はじめに p.1
 1.1.1 放電加工法 p.1
 1.1.2 放電加工現象の一般的見解 p.3
 1.2 本研究の目的 p.6
 1.2.1 一般的年微細電極の作製法 p.6
 1.2.2 本研究に関連する過去の研究 p.10
 1.2.3 本研究の目的および特徴 p.11
 1.3 本論文の構成 p.13

第2章 細線電極を用いた単発放電による電極形状の動的観察 p.16
 2.1 イメージングシステム p.18
 2.2 放電回路の構成 p.20
 2.3 実験方法 p.25
 2.4 油膜放電による極間観察 p.33
 2.4.1 W(-)極性における微細軸の形成過程 p.35
 2.4.2 W(+)極性の電極形状変化 p.37
 2.4.3 電極材質の影響 p.38
 2.5 気中放電の極間観察 p.43
 2.5.1 W電極 p.43
 2.5.2 Cu電極 p.43
 2.5.3 Mo電極 p.46
 2.6 電極長さ消耗量の時間変化 p.47
 2.7 最終消耗量とその標準偏差 p.47
 2.8 電極形状の多様性 p.51
 2.9 電極の溶融体積 p.54
 2.10 電極配置の影響 p.55
 2.11 微細軸の電極断面組織観察 p.56
 2.12 第2章のまとめ p.59

第3章 細線電極を用いた単発放電現象の超高速度連続撮影 p.61
 3.1 連続撮影システム p.62
 3.2 油膜放電におけるW(-)極性の微細軸形成過程 p.65
 3.3 電極の振動 p.69
 3.4 油滴の挙動 p.71
 3.5 溶融部の挙動 p.73
 3.6 極間のジュリーレン撮影 p.76
 3.7 油膜放電におけるW(+)極性の電極形状変化 p.80
 3.8 油膜放電におけるCu電極の電極形状変化 p.82
 3.9 油膜放電におけるMo電極の電極形状変化 p.85
 3.10 気中放電におけるW極性の電極形状変化 p.87
 3.11 気中放電におけるCu電極の電極形状変化 p.89
 3.12 水膜放電におけるW(-)極性の微細軸形成過程 p.91
 3.13 液中放電における気泡の挙動 p.94
 3.14 第3章のまとめ p.100

第4章 微細軸形成に関する統計的な検討 p.102
 4.1 放電パルス時間の影響 p.102
 4.1.1 放電電流一定の場合 p.103
 4.1.2 放電電流を変化させた場合 p.105
 4.2 加工雰囲気を変えた場合の電極形状 p.108
 4.2.1 油中放電 p.108
 4.2.2 水中放電 p.108
 4.2.3 油膜放電 p.110
 4.2.4 水膜放電 p.112
 4.2.5 気中放電 p.114
 4.3 微細軸の成形精度 p.115
 4.3.1 微細軸の直径 p.115
 4.3.2 微細軸の先端半径 p.119
 4.4 微細軸径のばらつきの検討 p.123
 4.4.1 電極端面形状の影響 p.124
 4.4.2 電極突き出し長さの影響 p.125
 4.4.3 放電の揺らぎの影響 p.126
 4.5 ガス雰囲気が電極表面に及ぼす影響 p.128
 4.6 電極断面組織観察 p.131
 4.7 4章のまとめ p.138

第5章 単発放電における微細軸形成機構の検討 p.140
 5.1 溶融部の運動と極間に働く力 p.141
 5.1.1 電磁力 p.141
 5.1.2 衝撃力および気流 p.142
 5.1.3 重力 p.143
 5.1.4 表面張力 p.145
 5.2 微細軸形成のための入熱分布の検討 p.154
 5.3 微細軸の形成モデル p.159
 5.4 第5章のまとめ p.163

第6章 結論 p.164
 6.1 本論文のまとめ p.164
 6.2 今後の展望 p.167

謝辞 p.172

参考資料 p.175

I 公表論文リスト p.180

II 参考論文 p.180

III 本人口頭発表の査読付国際学会論文リスト p.181

IV 本人口承発表論文リスト p.181

V 本人連名口頭発表論文リスト p.183

VI 本論文に関連した受賞 p.183

 直径100μm程度のタングステン細線電極を用いて単発放電を行うと,電極先端に直径20μm程度の微細軸が,数百μsで形成される現象が知られている.この単発放電による微細化現象によって形成された微細軸は,微細穴あけ放電加工用の電極や,形状測定用のプローブ等へ応用が可能であることが示されている.しかし,実際への応用のためには,微細軸の成形精度の向上が必要である.

本研究では,この微細軸形状の制御を目的として,単発放電による微細軸形成現象の高速時間分解観察と微細軸形状の統計的な分析の2方向から,微細軸の形成メカニズムの解明を行った.

1. 微細軸形成現象の高速時間分解観察による検討単発放電による微細化現象によって形成される軸の形状を制御するためには、微細軸の形成メカニズムを明らかにすることが重要である.このメカニズムを放電後の形状のみから考察するのは困難であり,実際に単発放電による電極微細化現象を直接観察する必要がある.そこで,パルスレーザー光をカメラの照明光として用いる観察システムを構築し、微細軸形成現象の高速時間分解観察を行った.通常の撮影手法では,プラズマの強い発光が白く撮影されるだけであり,対象物の加工状態を観察することができない.一方,構築した撮影手法では,高速,かつ,プラズマを伴う現象でも,電極形状を撮影することが可能である.

この手法を用いて、放電開始から放電終了後にわたる電極形状の時間変化を撮影することにより,微細軸の形成過程が明らかとなった.放電が開始すると電極先端から溶融が始まり,放電中の溶融部は電極先端で丸く,時間の経過に伴い溶融体積が増加し,極間距離が広がっていった.放電終了後も溶融部は,数百μs間,電極に沿って後退した.この溶融部の移動に伴い,電極の軸中心から針状の微細軸が現れた.したがって,時間が経過しても放電終了後の電極先端位置は変わらず,極間距離は広がらない.

16μs間隔での超高速度連続撮影により得た画像から,溶融部の上端位置を各観察時間に対して読み取り,その移動速度を求めたところ,溶融部は,放電中および放電終了後数百μsの間,等速度で移動していた.また,溶融部上端位置までの電極が完全に溶融し,表面張力により球体になって電極先端にあると仮定し,その重心位置の移動速度を求めると,この移動速度と、実際の溶融部の上端位置の移動速度はほぼ等しく,放電中から放電終了後約百μsの間,等速度で移動していることがわかった.これらの結果は,溶融した電極は,放電中に表面張力により,球体に変化しつつ上方へ移動し,その慣性により,放電終了後も電極表面を後退移動したことを示している.

これらの結果から,放電中,放電終了後の溶融部の移動メカニズムについて考察した.溶融部に働く力として,放電により発生する衝撃力(気流),電磁力,重力,表面(界面)張力などが挙げられる.シュリーレン撮影法により連続撮影したところ,溶融部が移動している全時間帯にわたって溶融部を押し上げるような密度差の影(気流)は観察されなかった.また,微細軸は放電終了後に形成されるので,放電中の電磁力による作用によって形成されるわけではない.放電終了時の撮影画像から,電極先端の溶融部の質量mを求め,それが全て液体であると仮定し,それに対する重力gの影響(mg)と電極の円周lに渡る表面張力γの影響(lγ)をそれぞれ求めると,表面張力のほうが3桁大きくなった.したがって,重力の影響はほとんど無視でき,以上の4つのうちでは表面張力が溶融部に作用する主な力であると結論される.

2. 微細軸形状の統計的な分析微細軸の大きさの制御,および,成形精度の向上のためには,放電電流や放電時間等の電気条件や加工雰囲気が電極形状に及ぼす影響を詳細にし,ばらつきの要因を特定する必要がある.そこで,放電雰囲気を油中,油膜,水中,水膜,大気中と変化させた場合の,放電電流と放電時間のさまざまな組み合わせに対して,形成された微細軸の直径および先端半径を詳細に調べた.

微細軸が毎回形成される加工雰囲気は,油中,油膜の場合のみであり,各放電エネルギーに対して同じ程度の微細軸を得るためには,放電電流値に応じた適切な放電パルス時間の設定が必要であった.これは,エネルギーに加えて入熱時間が最終形状に大きく影響することを示している.油中放電,油膜放電において,各電流値に対して直径20μm程度の微細軸が得られる最適条件を選定した。それらの条件における微細軸の平均軸径からの変動(標準偏差)は±2~5μmであった.得られた軸径にばらつきが生じた原因としては,放電前の電極端面形状,電極突き出し長さや,1回1回の放電の揺らぎなどが考えられる.電極端面形状や電極突き出し長さを変えて微細軸直径を調べたところ,あまり大きな違いは見られなかった.一方,同一の投入エネルギーで単発放電を行っても,微細軸が溶け残る場合や,溶けてなくなる場合があり,1回1回の放電の揺らぎが電極形状のばらつきの主な要因であると判断される.

以上から,微細軸の形成メカニズムは以下のようであると結論した.
(1)放電により,電極先端部で長さ方向,軸中心方向に溶融が進行する.
(2)放電中の電極先端部は溶融し球状となるが,その内部では,放電時間が短い場合,軸中心に未溶融部が細長い針状に残る.
(3)周囲の溶融部は,放電終了後も放電中の運動の慣性により電極に沿って移動する.
(4)この移動により溶融内部から未溶融部が露出し,微細軸となる.

これにより,放電エネルギーと放電パルス時間の適切な選択により,軸形状を制御する可能性が示された.ただし,単発放電による微細軸形成手法では,現状では平均軸径±5μm程度のばらつきが生じてしまう.

微細軸形成手法および微細軸電極の実用化に向けて,一層の成形精度の向上を図る必要があり,銅被覆電極を用いた単発放電,あるいは,単発放電を繰り返し2回行う方法による微細軸成形法を提案した.

 本論文は、「単発放電における微細軸形成現象の高速時間分解観察による研究」と題し、6章より構成されている。直径100μm程度のタングステンの細線電極を用いて、大電流で数百μsの間放電を行うと、電極の先端部に直径20μm程度で長さが150から250μmの微細な軸が形成される現象が最近見出された。この単発放電により形成された微細軸の工業的な応用が検討されているが、その形成メカニズムについては知られていなかった。本論文は、このメカニズムを、高速の時間分解観察手法を開発して直接観察することにより、明らかにしたものである。

第1章「緒論」では、放電加工による一般的な微細電極の作製方法と、近年見出された単発放電により微細軸を瞬時形成する方法とを示し、それぞれの作製方法の特徴と問題点を示している。さらに、微細軸形成現象を直接観察することの重要性を述べ、本研究の目的および特徴を示している。

第2章「細線電極を用いた単発放電による電極形状の動的観察」では、撮影対象が100μm以下と小さく、かつ、プラズマが伴う数百μsの高速現象を直接撮影するために、パルスレーザー光をCCDカメラの照明光とするイメージングシステムを構築している。このシステムは、用いたレーザーとカメラの仕様により、1回の単発放電において1枚の撮影画像のみ得られる。そのため、撮影タイミングを変えて何度も撮影を繰り返し、得られた画像を時系列に並べることで、一連の形状変化を推察している。その結果、放電中ではなく、放電終了後に電極先端の溶融部が電極に沿って後退移動することにより、針状に溶け残った電極軸中心が露出したものが微細軸であることを明らかにしている。

第3章「細線電極を用いた単発放電現象の超高速度連続撮影」では、高速ビデオカメラと高繰り返しのレーザーを駆使して1回の単発放電において16μs間隔で連続撮影できるシステムを開発し、現象の観察を行っている。連続撮影を成功させることにより、2章の結果を再確認し、さらに微細軸形成に重要な溶融部の移動の詳細を明らかにしている。

第4章「微細軸形成に関する統計的な検討」では、放電エネルギーと放電加工雰囲気が電極形状に及ぼす影響について、電極形状を観察し、特に微細軸径や軸先端半径を詳細に調べ、現状で形成される微細軸の大きさと形状精度について検討している。

第5章「単発放電における微細軸形成機構の検討」では、溶融部の運動と極間に働く力や、電極が針状に溶け残るための条件について検討し、微細軸の形成機構を示している。

第6章「結論」では、本論文で得られた結果と考察を要約し、今後の展望を述べている。よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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