α-置換スチレン誘導体を用いた新規な末端反応性高分子の合成に関する研究
氏名 大畑 正敏
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第237号
学位授与の日付 平成17年6月22日
学位論文題目 α-置換スチレン誘導体を用いた新規な末端反応性高分子の合成に関する研究
論文審査委員
主査 教授 五十野 善信
副査 教授 塩見 友雄
副査 助教授 竹中 克彦
副査 助教授 河原 成元
副査 助教授 前川 博史
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目次
第1章 序論 p.1
1.1 緒論 p.1
1.2 従来の研究と問題点 p.3
1.3 本研究の目的と概論 p.4
引用文献 p.17
第2章 tert-ブチルジメチルシリル基で保護された水酸基を持つα-メチルスチレン誘導体の重合反応における熱力学特性
2.1 緒言 p.21
2.2 実験 p.22
2.2.1 4-[2-(tert-ブチルジメチルシロキシ)エチル]-α-メチルスチレンの合成 p.23
2.2.2 1H-NMRによる平衡モノマー濃度の測定 p.25
2.2.3 α-メチルスチレンの重合 p.25
2.2.4 その他の測定 p.29
2.3 結果と考察 p.29
2.3.1 熱力学的パラメータの測定 p.39
2.3.2 α-メチルスチレンの重合結果 p.33
2.2.3 1官能開始剤の合成条件 p.35
2.4 結論 p.36
引用文献 p.37
第3章 保護された水素基を持つ1官能性開始剤を用いた非対称テレケリックポリチメチルメタクリレートの合成
3.1 緒言 p.39
3.2 実験 p.40
3.2.1 試料と試薬 p.40
3.2.2 開始剤の調整とメチルメタクリレートの重合 p.41
3.2.3 酸性化と保護基の脱離 p.42
3.2.4 各種キャラクタリゼーション p.42
3.3 結果と考察 p.45
3.3.1 開始剤と嵩高さの影響 p.45
3.3.2 開始剤中のα-メチルスチレン誘導体の個数制御 p.48
3.3.3 非対称テレケリックポリメチルメタクリレート p.51
3.4 結論 p.53
引用文献 p.53
第4章 省工程化、および低コスト化された非対称テレケリックポリメチルメタクリレートの合成
4.1 緒言 p.55
4.2 実験 p.56
4.2.1 試料と試薬 p.56
4.2.2 保護された水素基を持つジフェニルエチレン誘導体の合成 p.56
4.2.3 メチルメタクリレートの重合 p.58
4.2.4 酸性化と保護基の脱離 p.59
4.2.5 各種キャラクタリゼーション p.61
4.3 結果と考察 p.62
4.3.1 トリメチルシリル基で水素基を保護した開始剤によるメチルメタクリレートの重合 p.62
3.3.2 tert-ブチルジメチルシリル基もしくはtert-ブチル基で水酸基を保護した開始剤によるメチルメタクリレートの重合 p.66
4.4 結論 p.73
引用文献 p.74
第5章 保護された水素基を持つ2官能性開始剤を用いた多官能テレケリックポリメチルメタクリレートの合成
5.1 緒言 p.75
5.2 実験 p.76
5.2.1 試料と試薬 p.76
5.2.2 2官能性開始剤の調整と重合反応 p.76
5.2.3 酸性化と保護基の脱離 p.77
5.2.4 各種キャラクタリゼーション p.77
5.3 結果と考察 p.78
5.3.1 α-メチルスチレンの重合 p.78
5.3.2 メチルメタクリレートの重合 p.82
5.4 結論 p.88
引用文献 p.89
第6章 末端に複数個のアルコキシシリル基を持つポリスチレンの合成
6.1 緒言 p.91
6.2 実験 p.92
6.2.1 試料と試薬 p.92
6.2.2 イソプロポキシジメチルシリル-α-メチルスチレンの合成 p.92
6.2.3 トリエトキシシリル-α-メチルスチレンの合成 p.93
6.2.4 リビングオリゴ-α-メチルスチレン誘導体によるスチレンの重合 p.94
6.2.5 リビングポリスチレンとα-メチルスチレン遊惰応対の反応 p.94
6.2.6 末端アルコキシシリル基の加水分解 p.94
6.2.7 各種キャラクタリゼーション p.95
6.3 結果と考察 p.96
6.3.1 アルコキシシリル基末端ポリスチレンの合成 p.96
6.3.2 端末のキャラクタリゼーション p.102
6.3.3 末端アルコキシ基の加水分解性 p.105
6.4 結論 p.106
引用文献 p.107
第7章 アルコキシシリル基末端ポリスチレンの無機粒子へのグラフト挙動とその処理物の分散性
7.1 緒言 p.109
7.2 実験 p.109
7.2.1 試料と試薬 p.109
7.2.2 グラフト反応 p.109
7.2.3 分散性評価 p.110
7.2.4 各種キャラクタリゼーション p.110
7.3 結果と考察 p.111
7.3.1 イソプロポキシシリル基末端ポリスチレンのグラフト挙動 p.111
7.3.2 トリエトキシシリル基端末ポリスチレンのグラフト挙動 p.114
7.3.3 グラフト処理無機粒子の分散性 p.122
7.4 結論 p.124
引用文献 p.124
第8章 総括 p.125
謝辞 p.129
発表論文 p.131
関連特許 p.132
その他の論文 p.133
その他の口頭発表 p.134
近年、VOC(揮発性有機化合物)のさらなる削減を目指してハイソリッド塗料や水性塗料、粉体塗料などの研究開発がますます活発化し、これら塗料を構成する高分子化合物に対してより高度で多様な機能が求められている。ここで、構造が精密に制御された末端反応性高分子はこのような機能要求に応えることのできる有力な材料となりうる。たとえば、互いに異なる官能基を両端に持つ反応性高分子、いわゆる「非対称」テレケリックポリマーは、それを前駆体として末端反応性分岐型高分子を効率的に合成できる。この高分子は架橋反応性と低粘度化が両立できる点でハイソリッド塗料や粉体塗料が抱える最大の難題を解決しうる。また、片末端に適度な数の官能基を持った高分子は、末端に一つしか官能基を持たない従来の末端反応性高分子に比べると、不均一系となる顔料との反応において高い反応効率が期待できる点で優れた顔料分散用高分子となりうる。しかし、このような末端反応性高分子材料の合成に関する研究例はほとんど見あたらない。これまで用いられてきた「末端官能基化プロセス」ではこれらの高分子を合成できないことが大きな原因であると考えられる。そこで、筆者は新たな「末端官能基化プロセス」の構築において、平衡重合反応や二量化抑止など α-置換スチレン誘導体が示す特異な重合挙動に着目した。また、末端反応性高分子の合成について研究するには、狙い通りの構造を得るための合成上の工夫に加えて、末端基のファンクショナリティーなど構造を精度よく分析できるように考慮しなくてはならない。したがって、分析精度に影響を与える分子量分布を可能な限り狭くする必要がある。本学位論文ではこれらの考えに基づき、保護された官能基を持つα-メチルスチレン誘導体やジフェニルエチレン誘導体を官能基保護型開始剤や重合性停止剤として用いて、一端に水酸基と他端にカルボキシシリル基を持つ「非対称」テレケリックポリ(メチルメタクリレート(MMA))や片末端に数個のアルコキシシリル基を持つポリスチレンを合成することを目的とした。また、これらの合成には狭い分子量分布を達成できるリビングアニオン重合法を用いた。
第1章では序論として、本研究の背景、意義および目的について述べるとともに、これまでの末端反応性高分子の研究を概観して α-置換スチレン誘導体を利用した「末端官能基化プロセス」の基本的な考え方について論じた。
第2章では、新規に合成した4-(2-tert-ブチルジメチルシロキシエチル)-α-メチルスチレンの平衡重合挙動を1H-NMRで解析し、その熱力学的パラメータを求めた。つぎに、n-ブチルリチウム(n-BuLi)とこのα-メチルスチレン(α-MeSt)誘導体から保護された水酸基を持つ1官能性開始剤を調製した後にα-MeStを重合させることにより、カルバニオンに対する保護基の安定性を検証した。さらに、熱力学的パラメータに基づきα-MeSt誘導体ユニット数を制御できる定量的な開始剤の設計指針を提案した。
第3章では、前章の開始剤に1,1-ジフェニルエチレン(DPE)を反応させた後、MMAの重合、二酸化炭素による成長末端の官能基化ならびに保護基の脱離を経て、一端に水酸基を、他端にカルボキシル基を持つ「非対称」テレケリックポリMMAが狭い分子量分布で得られることを述べた。また、前章で提案した開始剤の設計指針の妥当性が実験的に確かめられた。
第4章では、tert-ブチルジメチルシリル基、tert-ブチル基もしくはトリメチルシリル基で保護された水酸基を持つDPE誘導体とn-BuLiから調製した1官能性開始剤を用いて「非対称」テレケリックポリMMAの合成を試みた。tert-ブチルジメチルシリル基やtert-ブチル基を保護基に用いると、トリメチルシリル基の場合のように副反応を起こさず、目的通りの「非対称」テレケリックポリMMAが得られた。プロセスの簡素化や安価な保護基の利用など工業的に有利な手法を開発することができた。
第5章では、両末端にカルボキシル基を、鎖中心部に水酸基を持つ多官能テレケリックポリMMAの合成について記した。前出の α-MeSt誘導体とナトリウムナフタレンから調製した2官能性の開始剤は、それを用いた α-MeStの重合結果から、一端が失活した1官能性開始剤を含むことが明らかとなった。この開始剤を用いてMMAを重合した後に成長末端を二酸化炭素で停止させて得たポリMMAは、末端カルボキシル基と開始剤のファンクショナリティーとが概ね一致したことから、目的の多官能テレケリックポリMMAのほかに不純物として片末端に水酸基を、他端にカルボキシル基を持つ「非対称」テレケリックポリMMAを含むことがわかった。また、この手法はファンクショナリティーの保証が最重要視される末端反応性高分子の合成において「フェールセーフ」という新しい概念を適用できる点で工業的にたいへん意義深い。
第6章では、新たに合成したイソプロポキシジメチルシリル(IPS)基もしくはトリエトキシシリル(TES)基を持つ α-MeSt誘導体をリビングポリスチレンに反応させることにより、末端に数個のアルコキシシリル基を持つポリスチレンが合成できることを述べた。また、薄層クロマトグラフィーにより生成高分子中に未反応のホモポリスチレンが含まれていないことが確かめられ、高分子末端に複数個の官能基を導入する手法として α-MeSt誘導体の有効性が明らかとなった。
第7章では、前章で得られたアルコキシシリル基末端ポリスチレンのシリカ、アルミナおよびチタニアに対するグラフト挙動およびその処理物の分散性について述べた。本研究のアルコキシシリル基末端ポリスチレンは末端に1個のアルコキシシリル基を持つ従来型の高分子に比べるとグラフト量が桁違いに多く、顔料表面との反応において末端に複数個の官能基を持つ高分子の有効性が確認された。また、顔料種と触媒の組み合わせに依存してグラフト量が増減し、その現象は顔料表面の酸性および塩基性点量の多少に起因することを明らかにした。また、有機媒体中における処理物の優れた分散性が確かめられた。
本研究では、 α-置換スチレン誘導体が示す平衡重合挙動や二量化しない現象を利用することにより新規な「末端官能基化プロセス」を提案し、これまでに例を見ない「非対称」テレケリックポリMMAおよび片末端に数個のアルコキシシリル基を持つポリスチレンを合成することに成功した。その結果、新しい「末端官能基化プロセス」の有効性を実験的に立証することができた。