難削材加工のための工具温度対策に関する研究
氏名 Hoang Thang Binh
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第518号
学位授与の日付 平成21年8月31日
学位論文題目 難削材加工のための工具温度対策に関する研究
論文審査委員
主査 教授 田辺 郁男
副査 教授 柳 和久
副査 教授 青木 和夫
副査 准教授 井原 郁夫
副査 准教授 磯部 浩已
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目次
1章 緒論 p.1
1.1 難削材の定義 p.1
1.2 難削材加工に生じる諸問題 p.1
1.3 高まる難削材への需要と加工の課題 p.2
1.4 従来の難削材加工方法と研究状態 p.3
1.5 本研究の目的と論文構成 p.6
2章 切削発熱削減と熱影響軽減のための工具技術の定量的な考察 p.10
2.1 緒論 p.10
2.2 工具温度上昇で生じる問題 p.10
2.3 切削発熱削減のための考察 p.12
2.3.1 せん断面での大きな塑性変形による発熱 p.12
2.3.2 すくい面の摩擦発熱(固体潤滑材の効果) p.16
2.4 工具への熱影響軽減のための考察 p.21
2.4.1 コーティング材の断熱効果の影響 p.21
2.4.2 工具材種による熱的影響の違い p.22
2.5 実用性の評価の考察 p.25
2.6 結言 p.26
3章 工具温度上昇の簡易発把握とそれを用いた難削材切削条件の決定 p.27
3.1 緒言 p.27
3.2 加工点の工具温度シミュレーションによる難削材の考察 p.28
3.2.1 工作物・工具材種組み合わせと解析条件 p.28
3.2.2 切削シミュレーション解析結果 p.31
3.2.3 難削性の考察 p.31
3.3 工具温度上昇の簡易把握のツールとそれによる最適加工条件の決定 p.36
3.3.1 最適加工条件推定ツールの説明 p.37
3.3.2 最適加工条件推定ツールによる工具先端温度の推定 p.39
3.3.3 最適加工条件の推定 p.42
3.4 推定した最適加工条件の評価実験 p.44
3.4.1 実験方法 p.44
3.4.2 評価実験結果 p.46
3.5 結言 p.53
4章 工具局部冷却と工作物局部加熱を併用した超硬の加工 p.55
4.1 緒言 p.55
4.2 工作物加熱装置と工具冷却装置の概要 p.56
4.2.1 使用した工作物 p.56
4.2.2 応用した原理 p.59
4.2.3 工作物加熱装置の説明 p.61
4.2.4 工具冷却装置の説明 p.63
4.3 工作物局部加熱と工具局部冷却の効果 p.67
4.3.1 工具寿命の評価方法 p.67
4.3.2 2つの対策の効果 p.70
4.3.3 最適工作物温度 p.71
4.4 本システム利用による硬度、表面粗さ、色の変化 p.72
4.4.1 硬度の変化 p.72
4.4.2 表面粗さの変化 p.72
4.4.3 加工表面の変色 p.74
4.5 結言 p.77
5章 新しいダイヤモンド電着工具と気化熱冷却を用いた低熱伝導材(Ti合金、Ni基合金)の加工 p.78
5.1 緒言 p.78
5.2 新しいダイヤモンド電着工具とその強制冷却システムの開発 p.79
5.2.1 従来のヒートパイプ内臓ダイヤモンド電着工具の問題点 p.79
5.2.2 冷却効率を考慮したダイヤモンド電着工具の開発 p.80
5.2.3 内部気化熱冷却システムの開発 p.84
5.3 チタン合金とニッケル基合金を加工による開発システムの評価 p.86
5.3.1 最適な加工条件 p.87
5.3.2 工具寿命の評価方法 p.91
5.3.3 温度測定の結果 p.92
5.3.4 工具寿命の結果 p.94
5.3.5 表面粗さ p.95
5.4 結言 p.96
6章 結論 p.97
参考文献 p.100
謝辞 p.104
付録 p.105
近年,グローバル化により製造・加工の拠点が海外移転されつつあり,その対策として,日本国内のものづくり競争力を高めるため,一般の工業用・産業用製品においても高強度・高品質な材料を用いて付加価値の高い製品を作ろうとする傾向になってきている.また,工業製品の短寿命化とコスト削減の要求にともなって,それを製作する金型の個数を少なくするために高硬度材料の使用による金型の長寿命化がよく行われ,金型材料としてSKD材のみならず超硬(V10,V30等)などのきわめて高硬度材が使用されることもよくあるようになってきた.この金型加工では放電加工が一般的であり,電極製作の必要性,加工時間の長期化,クラックの発生にともなう金型の欠損などが大きな問題となっている.一方,耐食性や耐酸化性に優れ,高温下でも安定強度が得られることから,これまで航空宇宙機器材料として特殊な用途にしか使わないチタン合金やニッケル基超合金も一般民生用に使用する動きが加速している.しかし,これらの材料は低熱伝導特性から切削で生じる熱的負荷の多くを工具のみに負担させ,その結果,工具はきわめて多大な熱影響を受け,寿命がきわめて短命になることが,大きな問題として挙げられる.そのため,これらの難削材を切削加工するために効率的な工具温度対策することが望まれている.
本研究では,まずは切削論理を出発点とし,これまでチタン合金やニッケル基超合金を加工する際,選定に困難する最適加工条件の迅速な決定方法を構築した.つぎに,超硬,チタン合金,ニッケル基超合金のそれぞれ難削材料を加工するための新しいダイヤモンド電着工具を開発し,さらにヒートパイプや気化熱の原理を応用することにより環境に優しく工具内部冷却方法を用いた乾式高速加工に提案し,工業的な有効性を評価した.その後,定性的な熱効果を知られている工具に対して,定量的な熱効果を解明し,切削発熱低減と発熱影響軽減対策の2つを提案し,その有効性を定性的かつ定量的に明らかにした.
本論文の内容に関して,各章ごとに以下に説明する.
第1章「緒論」では,本研究の背景,目的,従来研究との関係を説明し,難削材加工の必要性について述べた.
第2章「工具温度上昇の簡易把握とそれを用いた難削材切削条件の決定」では,最初,動的陽解法FEMの切削シミュレーションを行い,工作物材質,工具仕様,加工条件をパラメーターとして,実験では直接リアルタイムで計測できない加工点の温度を計算し,チタン合金やニッケル基超合金の難削性を定量的に考察した.次に,加工点の温度を高速で計算するために,切削理論を用いて切削発熱,その分配比率,工具温度を計算するプログラムを作成し,そのプログラムを用いて実経験から快削が評価されている加工条件のときの工具温度を基準として,計算した工具温度の大小関係を比較することで最適な加工条件を考慮する手法を提案した.その手法を実験で評価した.その結果として,(1)熱伝導率及び比熱の温度依存性を考慮することで,この最適加工条件推定方法は,動的陽解法FEMの工具温度結果に対して74%~116%の精度で工具温度の推定が可能であった.(2)最適加工条件推定方法は,切削シミュレーションに比べて,容易さ,コスト,計算時間の点から考えて,現場的,実用的に有効な方法であると考えられる.(3)Ti-6Al-4Vの旋削において,切削速度を37.8m/minまで引き下げることで,S45Cの中仕上げ加工と同程度まで工具温度が引き下げ可能であることが確認でき,簡易的に加工条件を検討する際に,自作の最適加工条件推定方法は有効であった.
第3章「工具局部冷却と工作物局部加熱を併用した超硬の加工」では,高硬度材料の金型加工のために,工作物たけを加熱して軟化させ,同時に工具だけ局部冷却する切削加工技術を構築した.具体的には,工作物局部加熱を赤外線加熱炉付きバイスで行い,ボールエンドミル形状のダイヤモンド電着工具の内部にヒートパイプを構成して工具内部を連続的に強制冷却することによって,超硬の乾式加工を行うシステムを開発,評価した.工具寿命延命効果,工作物の表面粗さと硬度への影響も実験によって評価した.その結果として,(1)工作物局部加熱と工具局部冷却を併用した超硬の切削は,2つの効果が有効に発揮された.(2)本方法の工具寿命延命効果,工作物の表面粗さ改善が確認された.(3)工作物加熱(573 K)による,硬度の変化しなく,熱影響によるクラックも発生していなかった.
第4章「新しいダイヤモンド電着工具と気化熱冷却を用いた低熱伝導材(Ti合金、Ni基超合金)の加工」では,チタン合金やニッケル基超合金などの難削材を効率よく加工するために,冷却効率のよいダイヤモンド電着工具を開発し,また,先のヒートパイプ型工具よりも効率よく強制冷却するための内部気化熱冷却システムを開発した.その後,開発した工具と強制冷却システムを用いて,加工時の工具温度測定と工具寿命測定を行い,工業的な有効性を評価した.その結果として,(1)提案した電着工具は強制冷却能力が優れていた.(2)提案した方法で電着工具の工具寿命が延命化でき,チタン合金やニッケル基超合金の高速研削が可能であった.(3)新しい電着工具と強制冷却システムは環境に優しく,経済的な研削のツールであった.
第5章「切削発熱削減と熱影響軽減のための工具技術の定量的な考察」では,すでに商用的に販売され,その定性的な熱的効果が知られている旋削用工具に関して,定量的な熱的な効果を明らかにし,(1)切削発熱を低減させる対策と(2)その発熱影響を極力受領しにくくする対策の2つを分類した後に,それを工業的に有効利用するために,各対策間の熱的効果の比較,考察を行った.また,すくい面に多種の固体潤滑剤のコーティングを施し,その熱的効果も解明した.さらに,すくい面上に施したDLC膜を有効利用するための水冷機構の採用も検討した.最後に,熱対策を行った工具の実用性の評価を行った.その結果として,(1)工具すくい角によって間接的に,また,DLCやTiAlNなどの固体潤滑剤を工具にコーティングすることによって直接的にそれぞれ工具温度上昇を低減させることが可能であった.(2)コーティングを断熱材として使用することは,有効な厚さを確保することが困難であり,その断熱効果が発揮できなかった.(3)熱的影響を受けにくい工具材種の選択では,切削時の工具先端温度のみでなく,切削時の工具温度における工具硬度を考慮する必要がある.(4)TiAlNコーティング工具は,工具寿命とコーティング寿命が長かった.
第6章「結論」では,本研究で得られた結果をまとめた.
本論文は,「難削材加工のための工具温度対策に関する研究」と題し,6章より構成されている.第1章「緒論」では,研究の背景,目的,関連する従来の研究について説明し,難削材加工のための工具温度対策の必要性,有効性について述べている.第2章「切削発熱削減と熱影響軽減のための工具技術の定量的な考察」では,旋削用工具を用いて難削材加工時の熱的な問題を定量的に明らかにし,さらに,(1)切削発熱を低減させる対策と,(2)工具がその発熱影響を極力受けにくくする対策の2つに分類し,各対策の熱的な効果を実験により評価した.第3章「工具温度上昇の簡易把握とそれを用いた難削材切削条件の決定」では,切削論理をベースにして,その中で工作物の物性値の温度依存性を考慮した工具温度簡易計算ソフトウエアーを開発し,難削材の最適加工条件を推定する新しい手法を提案し,それが工業的にきわめて有効であると評価した.第4章「工具局部冷却と工作物局部加熱を併用した超硬の加工」では,高硬度材料の金型加工のために,工作物だけを赤外線加熱炉付きバイスで局部加熱して軟化させ,同時にボールエンドミル形状のダイヤモンド電着工具の内部にヒートパイプを構成して局部冷却して硬度,機械的性質を維持する切削加工技術を構築し,工具寿命延命効果,工作物の表面粗さの影響と実験によって評価し,従来比6倍の工具寿命向上と,表面粗さの改善を確認した.第5章「新しいダイヤモンド電着工具と気化熱冷却を用いた低熱伝導材(Ti合金,Ni基合金)の加工」では,チタン合金やニッケル基合金などの低熱伝導の難削材を効率よく加工するために,冷却効率のよいダイヤモンド電着工具と冷却効率の高い内部気化熱冷却システムを開発し,加工時の工具温度測定と工具寿命測定を行い,従来比150倍の工具寿命向上を可能にし,その工業的な有効性を評価した.第6章「結論」では,本研究で得られた結果をまとめ,難削材加工のための工具温度対策を活用することにより,難削材のための最適加工条件決定,高硬度材料を加工するための工作物と工具の温度対策技術の開発,低熱伝導材料を加工するための新しい工具とその冷却方法の開発を行い,これらの方法・対策が最適生産管理に寄与できることを明らかにした.
よって,本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく,博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める.