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グルタミン酸作動性シナプス形成における神経認識分子N B - 3 の関与

氏名 桜井 都衣
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第544号
学位授与の日付 平成22年3月25日
学位論文題目 グルタミン酸作動性シナプス形成における神経認識分子N B - 3 の関与
論文審査委員
 主査 教授 渡邉 和忠
 副査 教授 古川 清
 副査 教授 三木 徹
 副査 教授 滝本 浩一
 副査 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科准教授 武田 泰生

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第1章 序論 p.4
第2章 抗NB-3モノクローナル抗体の作製
 2.1 緒言 p.10
 2.2 材料・方法
 2.2.1 マウスへの免疫注射,抗体価上昇の評価 p.12
 2.2.2 ハイブリドーマの作製と選別 p.16
 2.2.3 抗 NB-3 モノクローナル抗体のアイソタイプ解析 p.20
 2.3 結果
 2.3.1 抗NB-3抗体作製用マウスの抗体価の評価 p.22
 2.3.2 ハイブリドーマのスクリーニング p.22
 2.3.3 抗NB-3モノクローナル抗体腹水の採取とアイソタイプの解析及びエピトープの解析 p.23
 2.3.4 抗NB-3抗体2F7の特異性 p.24
 2.4 考察 p.31
第3章 発達過程の小脳における神経認識分子NB-3の役割の解析
 3.1 緒言 p.32
 3.2 材料・方法
 3.2.1 免疫染色 p.34
 3.2.2 画像解析及びデータの定量化 p.35
 3.2.3 統計解析 p.36
 3.2.4 SDS-PAGE と Western Blotting解析 p.36
 3.2.5 シンプトソームの単離 p.36
 3.3 結果
 3.3.1 マウス小脳におけるNB-3の発現パターン解析 p.38
 3.3.2 マウス発達過程の小脳におけるNB-3の局在解析 p.38
 3.3.3 発達過程の小脳顆粒細胞におけるNB-3の局在解析 p.39
 3.3.4 NB-3KOマウスの小脳で観察された顆粒細胞の異常 p.41
 3.3.5 NB-3KOマウス小脳での平行線維-Purkinje細胞シナプス形成の異常 p.42
 3.3.6 NB-3KOマウス小脳内顆粒細胞層で観察される細胞死の増加 p.43
 3.4 考察
 3.4.1 小脳におけるNB-3の発現の発達に伴う変化の解析 p.57
 3.4.2 NB-3 KOマウスの内顆粒細胞層で観察されたL1シグナルの異常 p.58
 3.4.3 NB-3 KOマウスで観察されたシナプス形成異常 p.58
 3.4.4 小脳におけるContactinサブグループ分子の機能の重複 p.60
第4章 発達過程の海馬体における神経認識分子NB-3の役割の解析
 4.1 緒言 p.62
 4.2 材料・方法
 4.2.1 免疫染色 p.64
 4.2.2 統計解析 p.64
 4.3 結果
 4.3.1 大脳におけるNB-3の発現の発達にともなつ変化の解析 p.65
 4.3.2 マウス脳サジタル及びコロナル切片でのNB-3の局在解析 p.65
 4.3.3 発達期のマウス海馬におけるNB-3の局在解析 p.65
 4.3.4 発達過程海馬体におけるNB-3とシナプスマーカーの局在解析 p.66
 4.3.5 NB-3 KOマウス海馬で観察されたシナプス密度の減少 p.67
 4.3.6 NB-3欠損による扁桃体での死細胞の増加 p.68
 4.4 考察
 4.4.1 大脳皮質におけるNB-3の発現パターン及び局在部位 p.79
 4.4.2 P5のマウス海馬体におけるNB-3の局在解析 p.80
 4.4.3 NB-3 KOマウス海馬体におけるシナプス形成密度の減少 p.81
第5章 総合討論 p.82
参考文献 p.86
謝辞 p.95

 脳の発生及び発達には細胞の分裂、移動、分化など、様々なイベントが起きる。脳が正常に機能するためには、その過程に起こるイベント全てが正確に行われ、複雑かつ機能的な神経回路が形成される必要がある。神経回路の形成には神経細胞同士のコミュニケーション、および神経細胞の働きを支えるグリア細胞と神経細胞間のコミュニケーションが必須であり、発生・発達のほとんど全ての過程で、細胞膜表面に存在する細胞認識分子や細胞外基質などが重要な役割を担っていることが知られている。中でも神経認識分子と総称される分子群は神経系の発生過程で特異的に発現し、同種あるいは異種分子の結合を介して、細胞間の相互認識、接着/解離、相互誘導といった神経発生・分化の進行を制御していることが明らかになっている。私が研究を行っているNB-3は免疫グロブリン・スーパーファミリーのcontactinサブグループに属する神経認識分子で、当研究室で単離・同定された。これまでの報告で、NB-3は主に中枢神経系において発現しており、そのmRNAの発現ピークは大脳では生後7日目に対して、小脳では成体である生後3カ月で迎えることが明らかにされている。また、NB-3遺伝子欠損マウス(NB-3 KOマウス)を用いた行動解析の結果、運動協調性に異常がみられた。これらのことからNB-3は小脳の形態の形成あるいは機能維持に重要な役割を果たしていると考えられるが、その分子機能はまだほとんど明らかにされていない。
 NB-3 KOマウスで観察された運動協調性の異常が何に起因するものなのかを解析するためには、脳におけるNB-3のタンパク質としての発現パターンや局在などを詳細に解析し、機能の解明の手がかりを得る必要がある。そこで、本研究では主に免疫組織学的な手法を用いて局在解析を行うこととした。そのツールとしてNB-3を特異的に認識する抗NB-3モノクローナル抗体の作製を行った。抗NB-3モノクローナルの作製では、NB-3とヒトの抗体のFc領域との融合タンパク質を作製し抗原とした。3回の免疫注射後に抗体価の上昇を解析したところ、十分な上昇を得られたため、免疫マウスの脾臓細胞とミエローマ細胞の細胞融合を行った。その後、ELISA法、ウエスタン・ブロット法及び免疫染色法を用いて、抗NB-3モノクローナル抗体産生ハイブリドーマの選別を行った。その結果、ウエスタン・ブロット法、免疫染色法、免疫沈降法に使用可能な2種類の抗NB-3モノクローナル抗体、2A9及び2F7を作製することができた。本研究で作製したこれらの抗体はNB-3の異なる領域をエピトープとしており、今後の研究における有用性が期待できた。
 次に、抗NB-3モノクローナル抗体を用いて、発達過程における小脳でのNB-3の局在を解析した。まずこれまでの報告で、NB-3は小脳において形態の形成あるいは機能維持に関与している可能性が示唆された。そこで、ウエスタン・ブロット法を用いて、マウス小脳での経時的なNB-3タンパク質の発現レベルの解析を行った結果、NB-3は出生後1日での発現ピークを迎えることが明らかになった。そこで、免疫染色を用いてNB-3の局在解析を行った結果、NB-3のシグナルは平行線維及び顆粒細胞で見られた。興奮性シナプスマーカーを用いた免疫2重染色では、平行線維-Purkinje細胞シナプス部位においても検出され、興奮性前シナプスに局在していることが明らかになった。そこでNB-3 KOマウスと野生型マウスで、顆粒細胞の発達やシナプス形成過程を比較したところ、NB-3 KOマウスの顆粒細胞の発達に異常を示し、更に平行線維-Purkinje細胞シナプス数が野生型マウスに比べ減少していた。これらのことからNB-3は小脳においては、顆粒細胞の発達及びシナプス形成に関与することが明らかになった。
 発達過程のマウス小脳においてはNB-3が興奮性シナプス形成に関与することが明らかになったが、脳において普遍的な役割であるのかを明らかにすることが重要である。そこで、組織構造及びシナプスの結合がよく調べられている領域である海馬での解析を行った。発達過程である出生後5日のマウス海馬では、NB-3はCA1領域の網状分子層、歯状回多形細胞層、及び海馬支脚に強く局在していた。そこで、出生後5日の野生型マウスとNB-3 KOマウスの海馬CA1領域網状分子層、海馬支脚において、興奮性シナプス、及び抑制性シナプスマーカーによる組織染色を行い、それぞれ得られたドット状シグナルの計数を行った。その結果、NB-3 KOマウスで観察された興奮性シナプスの数は、野生型マウスに比べ有意に減少していた。一方、両マウスの海馬で観察された抑制性シナプス数に差は見られなかった。これらのことから、発達過程の海馬においても、小脳と同様にNB-3は興奮性シナプス形成に関与することが明らかになった。
 本研究によって、神経認識分子NB-3は脳の発達期に最も多く発現し、興奮性シナプス形成に関与することを明らかにした。この結果より、NB-3が時間空間的に正しく発現・機能することは、脳の正常な発達及び高次機能の発現における重要性が示唆される。

本論文は、「グルタミン酸シナプス形成における神経認識分子NB-3の関与」と題し、発達過程の脳における神経認識分子NB-3の機能の一端を明らかにするために行った研究をまとめたものであり、全5章で構成されている。第1章では、序論として本研究の背景及び現在までに知られている神経認識分子NB-3の機能における知見をまとめ、本研究を行う意義を述べている。第2章では、本研究を行うにあたって重要なツールとなる、抗NB-3モノクローナル抗体の必要性及び作製について述べている。第3章では、免疫組織学的手法を用いて発達過程の小脳においてNB-3遺伝子欠損マウスに異常があることを述べている。また第4章では、発達過程の海馬体におけるNB-3の局在解析、遺伝子欠損による影響について述べている。第5章では、本研究で得られた結果の総合討論を行っている。
NB-3の機能解析を行うため、2A9及び2F7という2種類の抗NB-3モノクローナル抗体を作製し、それらの抗体はどちらもWestern Blotting、免疫組織染色及び免疫沈降法に利用可能な抗体であること、更に、これらの抗体はNB-3の異なる領域をエピトープとすることを明らかにしている。2F7抗体を用いた詳細な免疫組織学的解析によって、NB-3は発達期である生後15日のマウス脳においてタンパク質発現のピークを迎え、その時期に嗅球、大脳皮質、海馬体、視床、下丘及び小脳などの様々な領域で発現することを明らかにしている。発達過程の小脳では、NB-3は顆粒細胞及びその軸索である平行線維に局在し、更に小脳で形成される様々な種類のシナプスの中でも、グルタミン酸作動性である平行線維-Purkinje細胞間プレシナプスにおいて特異的に発現することを明らかにしている。また、生後初期のNB-3遺伝子欠損マウスの小脳では顆粒細胞の発達に異常が見られ、それに加え平行線維-Purkinje細胞間シナプス数が野生型マウスに比べ減少することを明らかにしている。また発達過程の海馬体では、CA1領域の網状分子層、歯状回多形細胞層、及び海馬支脚においてNB-3が強く局在すること、発達期のNB-3遺伝子欠損マウスの海馬CA1領域の網状分子層と海馬支脚では、グルタミン酸作動性シナプス数が野生型マウスに比べ減少することを明らかにしている。これらのことから、NB-3が、少なくとも発達期の小脳及び海馬体において、一部のグルタミン酸作動性シナプス形成に関与していることを明らかにし、発達期に発現する様々な領域においてもNB-3が脳の発達に重要な役割を果たしていることを強く示唆している。本論文に述べられた結果から、神経認識分子NB-3の機能についての新たな知見が得られた。
よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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