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生体情報計測を目的とした光音響分光装置の小型化、高感度化に関する研究

氏名 和田森 直
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙272号
学位授与の日付 平成21年9月9日
学位論文題目 生体情報計測を目的とした光音響分光装置の小型化、高感度化に関する研究
論文審査委員
 主査 准教授 石原 康利
 副査 教授 三宅 仁
 副査 教授 和田 安弘
 副査 准教授 中川 匡弘
 副査 明治大学理工学部教授 加藤 和夫

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目次
第1章 緒論 p.1
 1.1 研究の背景 p.1
 1.2 血糖値測定法 p.2
 1.3 本研究の目的と概要 p.7
第2章 光音響分光法の原理と装置 p.13
 2.1 まえがき p.13
 2.2 光音響信号の発生機序 p.13
 2.3 光音響信号に含まれる物性情報 p.15
 2.4 光音響分光装置 p.25
 2.5 まとめ p.29
第3章 適応雑音除去処理の導入による装置の小型化の検討 p.31
 3.1 まえがき p.31
 3.2 適応フィルタによる雑音除去の原理 p.32
 3.3 適応雑音除去処理による有色雑音の除去 p.44
 3.4 結果及び考察 p.50
 3.5 まとめ p.56
第4章 FEM練成解析に基づく光音響セルの設計 p.61
 4.1 まえがき p.61
 4.2 解析モデル及び解析方法 p.62
 4.3 評価実験 p.67
 4.4 結果及び考察 p.69
 4.5 まとめ p.74
第5章 生体計測における光音響分光法による測定可能深さ p.75
 5.1 まえがき p.75
 5.2 深さ方向の分析原理 p.76
 5.3 生体計測におけるPASの測定可能深さ p.80
 5.4 二層皮膚モデルを用いたPASの測定可能深さ p.81
 5.5 結果および考察 p.86
 5.6 まとめ p.91
第6章 結論 p.93
謝辞 p.97
参考文献 p.99
著者発表論文 p.107

 予防医学の観点から非侵襲に生体機能を検査、診断する方法の確立が強く望まれている。例えば、深刻な国民病とされる糖尿病の予防、治療の基本は、血糖値測定による血糖値管理である。しかし、市販されている多くの簡易自己血糖測定器は、採血時に痛みを伴う侵襲な方法であり、利用者は針を刺す痛みと操作手順の煩わしさなどから、一日に四~六回必要とされる測定を一回程度しか行わないのが実状である。加えて、日常生活での採血には衛生面の問題をはらんでいる。その一方で、最近、医療関係者からは連続的な血糖値測定の要望が高まりつつある。これらの背景から、採血を必要とせず、連続的な測定が可能な非侵襲血糖値測定方法、測定機器に関する研究の取り組みが国内外で様々に行われている。しかし、現段階では信頼性、携帯性に優れた測定器の実用化に至っていない。
 そこで、我々は固体試料などの微量化学分析法として広く用いられている光音響分光法を生体計測に応用し、非侵襲な血糖値測定器の可能性について検討してきた。これまでに、経口糖負荷試験による生体計測を実施し、簡易血糖自己測定器で測定された血糖値と光音響信号との間に比較的良い相関(約0.9)があることを確認している。しかし、糖尿病患者などの日常生活において光音響分光法による血糖値測定を実現するには、ロックインアンプなどの汎用機器から構成される従来の装置系の大きさに問題がある。将来的に、糖尿病患者などが一日に四~六回の測定を可能とする血糖値測定器を実用化するためには、糖尿病患者などが携帯できるように、これまでの装置系を小型化する必要がある。また、日常生活での使用を想定すると、様々な環境雑音の混入による測定精度の低下が懸念される。そのため、様々な雑音環境に適応する雑音除去が必要である。
 以上のことから本論文では、小型かつ高感度な光音響分光装置の実現を目指し、信号処理装置、信号検出装置、励起光源装置から構成される光音響分光装置において、信号処理装置、信号検出装置について小型化、高感度化を図った。以下に本論文の構成と概要を述べる。
 第一章では、非侵襲血糖値測定の現状を概説し、本研究の目的とその内容を概括した。

 第二章では、光音響分光法の原理と装置について説明した。まず、光音響信号の発生機序に続いて、その光音響信号に含まれる物理的な情報について説明した。次に、生体における光音響信号の発生および伝播機序を単純な理論表現を用いて説明した。最後に、生体情報計測を目的とした光音響分光装置について説明し、装置系に必要な条件および問題点について示した。

 第三章では、信号処理装置に関して、ロックインアンプを用いた雑音除去処理をDSP(digital signal processor)化が可能な適応雑音除去処理に置き換えることにより、装置の小型化の可能性について検討した。まず、適応フィルタによる雑音除去処理の概要について説明し、次に、数値シミュレーションによる適応雑音除去効果の評価結果およびファントムを対象とした適応雑音除去効果の評価結果について説明した。
 これらの結果から、従来装置の中で比較的大型な装置であるロックインアンプを用いずに、適応雑音処理の導入により人体に対するMPE(maximum permissible exposure)約10mW以下の照射光強度で、生体計測に必要とされる装置系全体のダイナミックレンジ50dB以上(62dB)を達成できることを確認し、信号処理装置の小型化および高感度化の可能性を示した。

 第四章では、信号検出装置に関して、光音響信号の熱的、弾性的および音響的な要因を定量的に評価することにより、小型かつ高感度な信号検出装置の最適設計が可能となると考え、FEM(Finite Element Method)連成解析に基づいて信号検出装置の設計を行った。まず、FEM連成解析に基づく光音響現象を模擬した解析モデルおよび光音響信号の解析方法について説明した。そして、本数値解析の妥当性を評価するために、単純な形状での共鳴効果について過去より十分に検討されている音響等価回路解析法との比較を行い、共鳴効果を評価する指標である共鳴周波数の一致を確認し、同じくQ(quality factor)値を誤差約5%で評価することが可能であることを示した。さらに、本数値解析の有効性を明らかにするために、共鳴効果を利用した信号検出装置(共鳴型セル)の周波数特性および共鳴型セルの形状(直径)を変化させた場合の光音響信号強度の変化の関係について基礎実験結果と数値解析結果とを比較した。その結果、共鳴型セルの共鳴周波数を誤差約1%で推定できることが示された。また、実験結果のQ値について音波減衰による低下が確認され、共鳴型セルの設計において音響減衰を考慮する必要性が示された。次に、共鳴型セルの直径を7mmと9mmに変化させた場合の光音響信号強度比を誤差2%程度で模擬できたことから、
 共鳴型セルの形状(寸法)を変化させた条件での光音響信号強度の変化を数値解析により評価できることを確認した。これらのことから、本数値解析の妥当性が示され、様々な条件で厳密な信号検出装置の評価が十分可能であり、複雑な形状の信号検出装置の設計や光音響信号の物理的要因を総合的に解析できる可能性が示された。

 第五章では、光学的測定手法に基づく血糖値測定法において、測定部位の特定により測定精度の向上が期待できることから、二層皮膚モデルを用いて光音響分光法による測定可能深さの推定を行った。まず、光音響分光法による深さ方向分析の原理について述べ、光音響信号強度と光変調周波数との関係から測定可能深さを推定できることを示した。そして、二層皮膚モデルに対する光音響信号強度の変化から光変調周波数と測定可能深さとの関係について明らかにした。その結果、光変調周波数を1~2kHzの範囲で調整し、深さ2?3mmに存在している微小血管網から発生する光音響信号を選択的に検出することで、血糖濃度の測定精度向上が期待できることを示した。加えて、二層皮膚モデルにおける光音響信号の伝播について理論的に考察した。そして、生体計測において、光音響分光法による測定可能深さは、熱拡散長にほとんど影響されず、音波透過長に依存することを実験的に確認し、生体計測において音波透過長が測定可能深さの目安となることを示した。さらに、測定可能深さは、音波透過長と弾性波に基づく光音響信号の関係から推定できることを示し、微小血管網が発達した真皮層を測定部位として特定できることから、測定精度の向上の可能性を示唆した。

 第六章では、各章を総括し、本研究で得られた知見をまとめるとともに、今後の課題を示した。

 本論文は「生体情報計測を目的とした光音響分光装置の小型化、高感度化に関する研究」と題し、6章より構成されている。

 第1章「緒論」では、非侵襲血糖値測定の現状について概説し、本研究の目的と意義を述べている。

 第2章「光音響分光法の原理と装置」では、光音響分光法の原理について説明するとともに、生体情報計測を目的とした場合に光音響分光装置を構成する励起光源部・信号検出部・信号処理部に課せられる条件、問題点について述べている。

 第3章「適応雑音除去処理の導入による装置の小型化の検討」では、信号処理部における雑音除去にディジタル信号プロセッサ(digital signal processor: DSP)化が可能な適応雑音除去処理を導入することで、装置の小型化を図るとともに、人体に対する最大露光許容量(maximum permissible exposure: MPE)約10mW以下で生体計測に必要とされる装置系全体のダイナミックレンジ50dB以上(62dB)を達成できることを示している。

 第4章「FEM連成解析に基づく光音響セルの設計手法」では、光音響信号の熱的、弾性的、および、音響的な要因を定量的に解析することにより、小型・高感度な信号検出部(光音響セル)の最適設計が可能になるとの考えに基づき、有限要素法(finite element method: FEM)連成解析を用いた共鳴型光音響セルの解析・設計手法を提案している。そして、提案手法により設計された共鳴型光音響セルの周波数特性・Q値を基礎実験結果と比較することで、提案した解析・設計手法の有効性を明らかにし、複雑な形状の光音響セルの設計や光音響信号の物理的要因を総合的に解析できる可能性に言及している。

 第5章「生体計測における光音響分光法による測定可能深さ」では、光音響分光法に基づく血糖値測定法において、測定部位を選択的に特定することにより測定精度の向上が期待されることを説明し、二層皮膚モデルを用いた測定可能深さの推定を行っている。その結果、光変調周波数を1~2kHzの範囲で調整することで深さ2~3mmに存在している微小血管網から発生する光音響信号を選択的に検出できることを実験的に明らかにし、血糖値の測定精度を向上できる可能性を示している。

 第6章「結論」では、各章を総括し、本研究で得られた知見・成果が非侵襲血糖測定装置の実現に大きく寄与することを示すとともに、今後の課題・予定を述べている。

 よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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