Comamonas sp.E6株のフタル酸類分解システム
氏名 福原 優樹
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第546号
学位授与の日付 平成22年3月25日
学位論文題目 Comamonas sp.E6株のフタル酸類分解システム
論文審査委員
主査 教授 福田 雅夫
副査 教授 解良 芳夫
副査 准教授 岡田 宏文
副査 産学融合特任准教授 小笠原 渉
副査 准教授 正井 英司
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目次
序章 p.1
1 研究背景 p.1
2 生分解性材料 p.1
3 2-ピロン-4,6-ジカルボン酸 p.1
4 PDC含有高機能性ポリマー p.2
5 フタル酸類からのPDC生産 p.3
6 微生物によるフタル酸類の代謝 p.4
6-1 フタル酸類 p.4
6-2 フタル酸類の分解経路 p.4
6-2-1 o-フタル酸の分解経路 p.4
6-2-2 テレフタル酸の分解経路 p.5
6-2-3 イソフタル酸の分解経路 p.5
6-3 フタル酸分解に関与する酵素系と代謝遺伝子 p.6
6-3-1 芳香還水酸化ジオキシゲナーゼ p.6
6-3-2 OPA分解酵素と代謝系遺伝子 p.8
6-3-3 TPA分解酵素と代謝系遺伝子 p.9
6-3-4 IPA分解酵素と代謝系遺伝子 p.11
6-3-5 フタル酸類の細胞内への取り込み p.11
6-3-6 フタル酸類分解遺伝子の転写制御 p.12
7 Comamonas sp. E6株 p.12
8 本研究の目的 p.13
第1章 テレフタル酸ジオキシゲナーゼの精製と解析 p.14
1-1 緒言 p.14
1-2 材料と方法 p.14
1-3 結果 p.19
His-tag融合tphA1IIの大腸菌における発現 p.19
His-tag融合tphA2IIA3IIの大腸菌における発現 p.19
His-tag融合TphA1IIの精製 p.20
His-tag融合TphA2IIA3IIの精製 p.20
TPADO活性の再構成 p.20
ht-TphA1IIの分子量 p.21
ht-TphA1IIのUV-ViSスペクトル p.21
ht-TphA1IIの補欠分子族の同定 p.22
ht-TphA1II補因子要求性 p.23
ht-TphA1II動力学的性質 p.23
ht-TphA2IIA3IIの分子量 p.23
ht-TphA2IIA3IIのUV-VISスペクトル p.24
ht-TphA2IIA3IIとht-TphA1IIの最適混合化 p.24
TPADOの至適温度 p.25
TPADOの至適pH p.25
TPADOの基質特異性 p.25
TPADOの金属イオン依存性 p.26
TPADOの動力学的性質 p.27
1-4 考察 p.28
ht-TohA1IIの諸性質 p.28
ht-TphA2IIA3IIの諸性質 p.30
TPADOの諸性質 p.32
第2章 イソフタル酸分解遺伝子群の単離と機能解析 p.34
2-1 緒言 p.34
2-2 材料と方法 p.34
2-3 結果 p.44
推定IPAジオキシゲナーゼ遺伝子のPCR増幅 p.44
465-bp PCR断片をプローブとしたサザンハイブリダイゼーション解析 p.44
推定IPADOオキシゲナーゼ成分遺伝子を含むDNA断片の単離 p.44
推定IPADOオキシゲナーゼ成分遺伝子を含むDNA断片の塩基配列 p.45
iph遺伝子群のオペロン構造 p.47
iphAおよびiphDの大腸菌における発現 p.47
IPADO反応産物の同定 p.49
IPADOの基質特異性 p.50
iphBの大腸菌における発現 p.50
iph遺伝子破壊株の作製 p.51
iphA破壊株のIPAでの生育能 p.54
iphD破壊株のIPAでの生育能 p.54
iphB破壊株のIPAでの生育能 p.55
iphC破壊株のIPAでの生育能 p.55
iphR破壊株のIPAでの生育能 p.57
iph破壊株のOPAおよびTPAでの生育能 p.57
iphオペロンのプロモーター活性 p.57
iphオペロンの誘導物質 p.58
2-4 考察 p.59
iph遺伝子群 p.59
iphA p.60
iphD p.62
IPADOはIphAとIphDにより構成される p.63
iphB p.64
iphC p.64
iphR p.65
総括 p.66
公表論文 p.68
参考文献 p.68
フタル酸類およびそれたエステル化合物を原料としたポリエステル樹脂や繊維は、耐熱性、耐寒性、耐薬品性に優れ、産業および生活になくてはならない物となっている。しかし、これら石油系ポリマーは高い安定性等の優れた物性が仇となり、その処理に問題を来している。そのような背景から環境に負荷の少ない生分解性有機材料の開発が注目されている。
リグニン由来化合物分解菌であるSphingobium sp. SYK-6 株の研究において、プロトカテク酸(PCA)4,5-開裂経路の中間代謝物である2-ピロン-4,6-ジカルボン酸(PDC)が、生分解性プラスチックや強力な接着剤等の機能性有機材料の原料化合物として有用であることが見いだされ、PDCを経由した未利用バイオマスであるリグニンの有効利用が期待されている。一方で、フタル酸類の微生物分解はPCAを経由することが知られており、フタル酸類からのPDC生産も可能である。将来的にはリグニンからのPDC生産系を確立することが重要であるが、現時点においてPDCを工業的に大量生産し、PDCの用途開発を進めていくには、安価で入手が容易なフタル酸類からPDCを生産するのが現実的である。しかしそのためには、フタル酸類からのPDC生産系を開発するのに必要な、フタル酸類分解系遺伝子群とそれらの機能を明らかにしなければならない。
これまでにo-フタル酸(OPA)については、Burkholderia属細菌やArthrobacter属細菌等でPCAへの分解に関与する遺伝子群および酵素系が詳細に解析されている。またテレフタル酸(TPA)のPCAへの分解系についてはComamonas sp. E6株で分解遺伝子群の機能の概要が明らかにされ、Comamonas testosterone T-2株およびDelftia tsuruhatensis T7株においてTPA1,2-ジオキシゲナーゼ(TPADO)のオキシゲナーゼ成分が精製されている。しかし、TPADOのレダクターゼ成分については報告されておらず、TPADOを構成する成分は未だ明らかにされていない。またイソフタル酸(IPA)分解については、分解遺伝子と推定されるiph遺伝子群がC. testosteroni YZW-D株より単離され、遺伝子の塩基配列が推定の機能とともにデータベース上に登録されている。しかしながら、iph遺伝子の機能解析はなされておらず、これら遺伝子が真にIPA分解に関与しているのかを明らかにする必要がある。
本研究では、TPADOおよびIPA分解に関与する酵素遺伝子群を明らかにすることを目的とし、第1章において、E6株のTPADOのオキシゲナーゼ成分とレダクターゼ成分をそれぞれコードすると推定されるtphA2¥_II_A3¥_II_およびtphA1¥_II_を大腸菌で発現させ、精製酵素を用いて酵素学的諸性質と動力学的性質を調べた。TPADO活性がtphA2¥_II_A3¥_II_およびtphA1¥_II_の遺伝子産物によって再構成されたことから、E6株のTPADOはオキシゲナーゼ成分TphA2¥_II_A3¥_II_ およびレダクターゼ成分TphA1¥_II_で構成される2成分酵素であることが明らかとなった。ゲル濾過クロマトグラフィーおよびnative-PAGEの解析からTphA2¥_II_A3¥_II_はヘテロテトラマー、TphA1¥_II_はモノマーであることが示唆された。また、TphA1¥_II_が補欠分子族としてFADを含んでいたことから、TPADOは芳香環水酸化ジオキシゲナーゼ・クラスIBに属することが示された。TphA1¥_II_は、NADHと比較してNADPHに対する親和性が高く、反応効率も高かったことから、TPADOの生理的な電子供与体はNADPHであることが示唆された。またTPADOはその活性にFe¥^2+^を要求し、TPAに高い基質特異性を示した。しかしOPAおよびIPAに対しては活性を示さず、E6株のOPAおよびIPAの分解にはTPADOとは異なる酵素が関与することが示唆された。
第2章では、IPA分解関与すると推定される遺伝子クラスターiphACBDRを単離し、E6株のiph遺伝子群の構造、機能、および転写制御の概要を明らかにした。
各iph遺伝子の推定アミノ酸配列は、YZW-D株の同遺伝子群と90%以上の同一性を示した。Reverse transcription-PCR解析から、iphACBDRはオペロンを形成しており、これら遺伝子の発現はIPAの培養時に誘導されることが示された。iphAおよびiphDの推定アミノ酸配列は、それぞれフタル酸ファミリーに属する芳香還水酸化ジオキシゲナーゼのオキシゲナーゼ成分とレダクターゼ成分に相同性を示した。IPAジオキシゲナーゼ(IPADO)活性は、iphAおよびiphDの遺伝子産物より再構成されたことから、E6株のIPADOは、オキシゲナーゼ成分IphAとレダクターゼ成分IphDより構成されることが強く示唆された。さらに、IPAのIPADO反応産物の構造解析の結果とIPAのIPADO反応産物がshort-chainデヒドロゲナーゼと相同性を示すIphBによりPCAに変換されたことから、IPAはIPADOによって1,2-ジヒドロキシ-3,5-シクロヘキサジエン-1,5-ジカルボン酸に変換され、その後、IphBによってPCAに代謝されることが示された。遺伝子破壊株の解析から、iphA、iphD、およびiphBはIPA分解に必須であることが示された。iphCの推定アミノ酸配列は、Tripartite tricarboxylate transporterのペリプラズム基質結合レセプターと相同性を示し、iphC破壊株の解析から、本遺伝子がIPAの取り込みに関与することが示唆された。IclR型転写制御因子と相同性を示すiphRの破壊株では、IPAでの生育が野生株よりも早くなることから、IphRがiphオペロンのリプレッサーであることが示唆され、プロモーター解析からもこの結果が支持された。
本論文は、「Comamonas sp. E6 株のフタル酸類分解システム」と題し、微生物酵素系によるフタル酸類からの生分解性有機材料の生産をめざして、フタル酸類分解性細菌Comamonas sp. E6株のフタル酸類分解酵素系の解析をおこなったものである。E6株はフタル酸(o-フタル酸)、テレフタル酸(p-フタル酸)、イソフタル酸(m-フタル酸)を代謝して生育するが、その分解酵素系は一部しか明らかになっておらず、本論文ではテレフタル酸とイソフタル酸の分解酵素系とその遺伝子にかかわる一連の研究結果を2章にまとめている。
第1章では、E6株のテレフタル酸1,2-ジオキシゲナーゼのオキシナーゼ成分とレダクターゼ成分をコードすると推定される遺伝子を大腸菌で発現させ、精製酵素を用いて酵素学的諸性質と動力学的性質を調べた。まず、tphA2A3およびtphA1遺伝子によって酵素活性を再構成し、同オキシゲナーゼがオキシゲナーゼ成分とレダクターゼ成分で構成されるに成分酵素であることを明らかにした。また、ゲル濾過クロマトグラフィーなどからオキシゲナーゼ成分がヘテロテトラマー、レダクターゼ成分がモノマーであることを、オキシゲナーゼ成分が補欠分子族としてFADを含むことからクラスIBの芳香環水酸化ジオキシゲナーゼに属することを明らかにした。さらに、二価鉄を要求してNADPHを生理的な電子供与体とすることを示し、フタル酸やイソフタル酸には活性がないことからこれらの分解には関与しないことを明らかにした。
第2章では、イソフタル酸分解に関与すると推定されるiphACBDR遺伝子群を単離し、その遺伝子構造、機能、および転写制御の概要を明らかにした。逆転写PCR解析から、この遺伝子群がオペロンを構成し、イソフタル酸で誘導されることを明らかにした。iphAおよびiphD遺伝子によりイソフタル酸ジオキシゲナーゼ活性を再構成し、同酵素がオキシゲナーゼ成分とレダクターゼ成分で構成される2成分酵素であることを示した。さらに、同酵素とiphB遺伝子産物による代謝産物の解析から、イソフタル酸が同酵素によって1,2-ジヒドロキシ-3,5-シクロヘキサジエン-1,5-ジカルボン酸に変換された後、iphB遺伝子産物によってプロトカテク酸に代謝されることを明らかにした。また、遺伝子破壊株の解析から、iphA、iphD、iphBがイソフタル酸分解に必須であること、iphCがイソフタル酸の取り込みに関与すること、iphRがオペロンのリプレッサーであることを明らかにした。
以上、本論文ではComamonas sp. E6 株におけるテレフタル酸とイソフタル酸の分解にかかわる酵素系とその遺伝子を明らかにし、その成果はフタル酸類から生分解性有機材料を工業的に生産するシステムの開発に大きく寄与すると期待される。よって本論文は、工学上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。