太陽照明光変動および観測角に由来する分光計測ノイズの低減に関する研究
氏名 洲濱 智幸
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第525号
学位授与の日付 平成21年12月31日
学位論文題目 太陽照明光変動および観測角に由来する分光計測ノイズの低減に関する研究
論文審査委員
主査 教授 力丸 厚
副査 教授 陸 旻皎
副査 准教授 熊倉 俊郎
副査 本学名誉教授 向井 幸男
副査 東北大学大学院農学研究科教授 斉藤 元也
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目次
第1章 研究の背景および目的 p.1
1.1 背景 p.1
1.2 目的 p.2
1.3 本論文の構成 p.3
(参考文献) p.7
第2章 航空機および地上リモートセンシングにおける分光計測ノイズ低減 p.8
2.1 はじめに p.8
2.2 航空機および地上リモートセンシングにおける分光計測ノイズ p.9
2.3 航空機リモートセンシング p.11
2.3.1 航空機リモートセンシングにおける照明光ノイズ p.11
2.3.2 航空機リモートセンシングにおける観測角ノイズ p.19
2.3.3 航空機リモートセンシングにおける分光計測ノイズ低減 p.23
2.4 地上リモートセンシング p.23
2.4.1 地上リモートセンシングにおける照明光ノイズ p.23
2.4.2 地上リモートセンシングにおける観測角ノイズ p.25
2.4.3 地上リモートセンシングにおける分光計測ノイズ低減 p.33
2.5 第2章のまとめ p.33
(参考文献) p.36
第3章 航空機リモートセンシング p.40
3.1 はじめに p.40
3.2 航空機リモートセンシングにおける照明光ノイズ低減手法 p.41
3.3 航空機リモートセンシングにおける観測角ノイズ低減手法 p.42
3.4 航空機リモートセンシング実証実験 p.46
3.4.1 対象領域 p.46
3.4.2 観測計画 p.46
3.4.3 観測角の整理 p.50
3.4.4 航空機リモートセンシングにおける照明光ノイズ低減効果 p.50
3.4.5 航空機リモートセンシングにおける観測角ノイズ低減効果 p.62
3.5 第3章のまとめ p.72
(参考文献) p.74
第4章 地上リモートセンシング p.76
4.1 はじめに p.76
4.2 地上リモートセンシングにおける照明光ノイズ低減手法 p.77
4.3 地上リモートセンシングにおける観測角ノイズ低減手法 p.81
4.3.1 二色性反射モデル p.81
4.3.2 特異値分解 p.82
4.3.3 最適解推定 p.84
4.4 可搬型ライン分光放射計の開発 p.85
4.4.1 要件 p.85
4.4.2 仕様 p.87
4.4.3 波長較正および放射量較正 p.88
4.4.4 SN比 p.92
4.5 地上リモートセンシング実証実験 p.112
4.5.1 実験方法 p.112
4.5.2 観測結果 p.112
4.5.3 地上リモートセンシングにおける観測角ノイズ低減効果 p.113
4.5.4 提案手法の適用範囲 p.113
4.6 第4章のまとめ p.127
(参考文献) p.129
第5章 結論 p.132
5.1 はじめに p.132
5.2 各章の要旨 p.132
5.3 本研究の工学的有用性 p.136
(参考文献) p.142
謝辞 p.143
関連発表論文 p.144
近年,航空機搭載型分光画像センサに関する技術が進歩し,航空機をセンサプラットフォームとした航空機リモートセンシング(以下RSという)が普及しつつある。航空機RSは地上RS(グランドトゥルース)と同期させることが比較的容易であることから,地上RSによって計測された対象物の分光画像データを航空機RSの教師データとして利用する研究が行われている。しかし,両方で計測された分光画像データを相互に参照しあうためには,それぞれに含まれているノイズをあらかじめ補正しておくことが必要である。
特に光学RSは太陽照明光を光源として対象物の反射光を計測するため,計測中の太陽照明光変動が分光計測ノイズに占める割合は大きいものといえる。
また,自然物の多くは対象物のある点における照明光源入射角と観測角の幾何学的関係によって反射光が変化する双方向性反射特性(以下BRDFという)という性質を持っている。航空機RSの一般的な分光画像センサの視野角は大きいため,分光画像データにおけるコース中心と縁辺部で観測角が大きく変化する。そのため,分光画像データはBRDFの影響を受けやすい。また,地上RSによる分光画像データは,観測角によって対象物表面の鏡面反射の影響を強く受ける。これらのことから,観測角による影響も分光計測ノイズとして無視することはできない要因であるといえる。
そこで,本論文は航空機および地上RSを対象に,太陽照明光変動および観測角に由来する分光計測ノイズを低減する手法について,実際の調査への活用を目的として提案し,実証した。
一般的な航空機搭載型ハイパースペクトルセンサでは,地表面からの分光放射量を計測した全天日射量によって正規化することによって,太陽照明光変動を補正することが行われている。太陽照明光は航空機屋根に設置された拡散板を通して分光画像センサに導かれるが,そのとき飛行中の航空機動揺は拡散板への太陽照明光入射角を変化させ,全天日射量計測値は航空機動揺に従って変動する。そこで本論文は,(1)GPS/IMU計測情報を用いた太陽照明光変動の正規化に関する高精度化手法を提案した。2005年7月28日と29日に航空機搭載型ハイパースペクトルセンサによって計測した水田の分光放射量画像データに本手法を適用し,撮影コース中心線における分光反射係数の空間プロファイルを比較した。両日の空間プロファイルをベクトルとして相関係数を計算した結果,波長447.2nmにおいて原分光放射輝度が0.73,通常の太陽照明光変動補正による見かけ分光反射係数が0.89,そして提案手法による見かけ分光反射係数が0.90と大きくなり,提案手法の有効性が実証された。
つぎに,航空機RSにおける観測角補正について,(2)撮影コース間の差分画像情報を用いたパラメータ推定が容易なBRDFモデル式を提案した。一般的に,BRDFモデル式のパラメータは,観測角と分光反射係数で構成される観測データセットを用いた回帰分析によって推定される。提案手法は,隣なったコース間の差分画素値を用いることにより,解の推定に必要なデータセットの数を従来手法よりも少なくし,より実用的に観測角補正ができるようにしたものである。2005年8月31日の見かけ分光反射係数画像データに本手法を適用し,隣り合ったコース間のサイドラップ部分における見かけ分光反射係数の差を計算した結果,波長438.7nmにおいて未補正の見かけ分光反射係数が0.2%,観測角補正済みの見かけ分光反射係数が0.1%,波長846.8nmにおいて未補正の見かけ分光反射係数が1.8%,観測角補正済みの見かけ分光反射係数が0.9%となり,提案手法によって観測角の影響が補正されていることが実証された。
つぎに地上RSについて述べる。
地上RSにおける観測角補正として,対象物表面の分光放射量を拡散反射成分と鏡面反射成分の線型結合で表せるとし,(3)多重観測角計測情報を用いて拡散反射成分を推定することを提案した。
しかし,既存の分光放射計は野外での多重観測角計測に適当でないことから, (4)野外で多重観測角計測情報を取得できる可搬型分光放射計を新たに試作した。試作した可搬型ライン分光放射計の計測性能をSN比によって評価した結果,波長1000nmを除いて350:1よりも高い数値を示し,航空機搭載型ハイパースペクトセンサAISAのSN比(公称350:1~1400:1)と比較して,十分に実用的であることを実証した。
可搬型ライン分光放射計を用いてカラーチャートを計測した結果,分光反射係数に観測角によって変動し,鏡面反射成分の影響が見られた。これに対して(3)を適用した結果,対象物に固有の拡散反射成分を抽出することができ,提案手法の有効性を実証することができた。また,観測角に関する提案手法の適用範囲を検討した結果,対象物表面の法線に対して45°の角度で光源が入射したとき,法線よりも前方散乱方向から観測する場合は提案手法が有効であることを実証した。
航空機RSと地上RSでは,分光計測ノイズを低減するためのアプローチは異なっている。特に,観測角に由来する分光計測ノイズは,航空機RSにおいては地表面のBRDF特性が主な要因であり,地上RSにおいては対象物表面の鏡面反射が主な要因である。両者の要因に関するモデルやその補正方法は異なっているが,いずれも航空機および地上リモートセンシングによって計測された分光画像データを相互に参照し,より高度な解析手法を確立するために必要とされるものである。本論文によって提案された手法は,そのような研究開発プロジェクトにおいて実用的に活用できる技術である。
本論文は「太陽光照明変動および観測角に由来する分光計測ノイズの低減に関する研究」と題し,5章から構成されている。最近の利用拡大とともに,可視・近赤外光領域における航空機および地上リモートセンシングを組み合わせた高度な分光画像データ解析技術の開発に期待が寄せられている。一方,それぞれの手段で計測された分光画像データを相互に参照するためには,それらに含まれている分光計測ノイズをあらかじめ低減しておくことが必要である。そこで本論文は,航空機および地上リモートセンシングを対象に,太陽照明光の変動影響および観測角に由来する分光計測ノイズ低減手法について研究したものである。
第1章「研究の背景および目的」では航空機および地上リモートセンシングを取り巻く背景について述べ,本研究の意義と目的を示した。
第2章「航空機および地上リモートセンシングにおける分光計測ノイズ補正」では,太陽照明光の変動影響および観測角に由来する分光計測ノイズについて整理するとともに,既往研究における分光計測ノイズ低減手法と本研究の方向性について述べた。
第3章「航空機リモートセンシングにおける分光計測ノイズ補正」では,GPS/IMU(慣性航法ユニット)の3軸姿勢計測データによる全天日射量計測値補正を組み合わせた新たな太陽照明光変動正規化手法を提案した。また,観測角に由来する分光計測ノイズにおいては,重複撮影コース間の較差を用いた双方向性反射モデルによる分光計測ノイズ低減手法を提案した。
航空機搭載型ハイパースペクトルセンサによって計測された分光画像データへ提案手法を適用した結果,同じ地域で連続する2日間に計測された見かけ分光反射係数画像データ間の相関性が向上し,太陽照明光変動に由来する分光計測ノイズの低減効果が実証された。また,隣り合う2コースの重複領域における平均見かけ分光反射係数の差が1/2に半減し,観測角に由来する分光計測ノイズの低減効果が実証された。
第4章「地上リモートセンシングにおける分光計測ノイズ補正」では,対象物表面の反射光を二色性反射モデルにより定義し,散乱光成分と観測角に由来する鏡面反射光成分を数値解法によって推定する手法を提案した。また,野外における多重観測角での計測を可能にするため,ライン分光放射計を試作した。そして,提案手法による分光計測ノイズ低減効果を,観測実験によって実証した。
第5章「結論」では,各章の要旨ならびに本研究全体の結論を述べて締めくくった。
これらの成果は工学のみならず実用的にも役立つ多くの知見を得ている。よって,本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく,博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。