金属または電極からの電子移動型反応による有機機能性物質の創成に関する研究
氏名 峯山 健治
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第521号
学位授与の日付 平成21年8月31日
学位論文題目 金属または電極からの電子移動型反応による有機機能性物質の創成に関する研究
論文審査委員
主査 准教授 前川 博史
副査 教授 塩見 友雄
副査 教授 五十野 善信
副査 准教授 竹中 克彦
副査 准教授 河原 成元
副査 理事・副学長 西口 郁三
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目次
序論 p.1
第一章 陽極酸化反応によるポリフルオロベンゾキノン類の新規合成法 p.14
1.1 序論 p.14
1.2 結果および考察 p.19
1.2.1 ヘキサフルオベンゼンの陽極酸化反応 p.19
1.2.1.1 反応条件の最適化 p.20
1.2.1.2 後処理方法の検討 p.23
1.2.2 一置換ポリフルオロベンゼン誘導体の陽極酸化反応 p.25
1.2.3 その他のポリフルオロ芳香族化合物の陽極酸化反応 p.27
1.2.3.1 オクタフルオロナフタレンの陽極酸化反応 p.27
1.2.3.2 テトラフルオロベンゼン類および1,2,4トリフルオロベンゼンの陽極酸化反応 p.27
1.2.4 TCNQF4の合成についての検討 p.29
1.3 反応機構 p.31
1.3.1 ポリフルオロベンゼン類の陽極酸化反応の反応機構 p.31
1.3.2 トリフルオロアセトキン誘導体とアセトキン誘導体の陽極酸化反応の反応機構 p.33
1.4 実験 p.35
1.4.1 試料 p.35
1.4.2 機器分析 p.35
1.4.3 反応装置 p.36
1.4.4 実験操作 p.36
1.5 参考文献 p.42
第二章 亜鉛を用いるビニルピリジン類、ヨウ化アルキル類およびニトリル類あるいはカルボニル化合物の位置および反応順序選択的ワンポット三成分結合形成反応 p.44
2.1 序論 p.44
2.2 結果および考察 p.48
2.2.1 反応条件の最適化 p.48
2.2.2 三成分合形成反応の一般性 p.52
2.3 反応機構 p.55
2.4 実験 p.59
2.4.1 試料 p.59
2.4.2 機器分析 p.59
2.4.3 実験操作 p.60
2.5 参考文献 p.72
第三章 金属マグネシウムからの電子移動型反応によるアナフチレンの二重炭素ーシリル化反応およびシリル化ーホルミル化反応 p.74
3.1 序論 p.74
3.2 結果および考察 p.76
3.2.1 金属マグネシウムを用いたアセナフチレンの二重炭素ーシリル化反応 p.76
3.2.1.1 反応条件の最適化 p.77
3.2.1.2 アセナフチレンの二重炭素シリル化反応の一般性 p.80
3.2.2 金属マグネシウムを用いたアセナフチレンの連続的シリルホルミ化反応 p.84
3.2.2.1 反応条件の最適化 p.84
3.2.2.2 アセナフチレンのシリルホルミ化反応の一般性 p.86
3.3 実験 p.89
3.3.1 試料 p.89
3.3.2 機器分析 p.89
3.3.3 実験操作 p.90
3.4 参考文献 p.95
総括 p.97
謝辞 p.99
主要論文目録 p.101
学会発表リスト p.102
今日までに報告されてきた有機合成反応の大半は、アニオンもしくはカチオン中間体を経由するイオン反応と不安定なラジカル中間体を経由するラジカル反応に分類される。一般的に不安定かつ高活性な中間体を経由するラジカル反応は、複雑で困難な反応制御を必要とするが、目的部位にアニオンやカチオンのような電子の偏りを発生させて反応を進行させるイオン反応は反応活性種が比較的安定であるため、反応制御が容易であり、簡便で有用な反応手段とされている。
電子移動型反応における反応活性種は、通常一電子ずつの移動によって生成するため、従来の有機化学における手法とは異なり、ラジカルイオンという特異な電子状態や反応性を示す活性種の生成が期待できる。この活性種を制御して有機合成に組み込んだものが有機電極反応である。その活性種の生成は、ほとんどの場合、常温常圧下での電子移動によって行われる。また、基本的には酸化、還元反応が電子移動によって簡便に起こるため、高温高圧などの過激な反応条件、あるいは有害で取扱いに注意を要する重金属酸化剤や金属還元剤を用いる必要がない。有機電極反応は電子という非常に清浄な試薬を用いており、かつアクリロニトリルの電解二量化反応によるアジポニトリルの工業生産が長期間行われているので、大量合成にも適している。環境保全が要望される現在において、目的物をいかにして無公害かつ簡便な工程で合成するかという点で、有機電極反応は大変優位である。
一方、還元力の高い金属を電子源として利用することにより、同様の反応活性種を生成させることも可能である。しかしながら、これらの活性な金属からの電子移動型反応は取扱いに特別の注意を要するアルカリ金属を使用することが多く、また、反応性が極めて高いために、完全禁水、低温条件での反応を余儀なくされる。このような問題点を克服して穏和な条件下、簡便な操作で電子移動型還元反応を行うことができる電子源として、安価で安全かつ取扱いが容易な金属マグネシウムを著者の所属研究室では見出している。
本論文では、有機電極酸化反応によって生成したカチオン性反応活性種や、金属亜鉛もしくは金属マグネシウムを電子供給源とした反応によって生成したアニオン性反応活性種を利用した新規合成法の開発に関する研究を行った。その結果、従来の手法では非常に困難もしくは不可能であった新規の有機合成反応を見出した。
第一章では、電極酸化反応によるポリフルオロベンゾキノン類の新規合成法について検討した。ポリフルオロベンゾキノン類は有機導電体の優れた電子受容体分子の重要中間体であるが、C-F結合の反応性の低さや位置選択的なフッ素官能基の導入が困難なことから合成が容易ではない。しかし、トリフルオロ酢酸とジクロロメタンの混合溶媒中、陽陰極に白金を用いた隔膜付き電解セル中での電極酸化反応により、ワンポットにて種々のポリフッ化芳香族の1,4位にあるフッ素が脱離し、容易にかつ選択的にポリフッ化ベンゾキノン類が生成することを見出した。
第二章では、亜鉛を用いるビニルピリジン類、ヨウ化アルキル類およびニトリル類あるいはカルボニル化合物の位置および反応順序選択的ワンポット3成分結合形成反応について検討した。通常炭素-炭素二重結合に異なる二成分の有機化合物を結合させる場合、人為的に順を追って反応試薬の添加を行うが、単一反応系内で位置および反応順序選択的に反応させ、効率的に炭素骨格を形成させることは有機合成上非常に興味深い。そこで本章では、生理活性天然物や医薬・農薬・機能性高分子材料に多く含まれているピリジン骨格を有するビニルピリジン類を基質として使用し、β-炭素へのMichael型の付加反応によるアルキル化に続いてα-炭素へのニトリル類あるいはカルボニル化合物の求電子攻撃とその後の加水分解により、ワンポットで位置および反応順序選択的に対応する3成分結合形成物が簡便にかつ効率的に得られることを見出した。
第三章では、マグネシウムを用いるアセナフチレン類の1,2-ビシナル炭素原子へのシリルホルミル化反応およびジシリル化反応と生成物の立体化学について検討した。本章では、種々のトリアルキルシリル化合物を用いて二重結合部位をシリル化する際に、溶媒として、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)を使用すると高選択的にシリルホルミル化物が得られることを見出した。これまで溶媒であるN,N-ジメチルホルムアミドがこのような簡便な操作で活性オレフィンの炭素原子にホルミル化反応を起こした報告はなく、有機合成上非常に興味深い。この反応では、中間体のカルバニオンが、溶媒のDMFと塩化トリアルキルシリルから生成すると思われるVilsmeier型試薬に求核攻撃してホルミル化物が得られるものと推測される。また、溶媒としてアセトニトリルを使用して同様の操作で反応を行った結果、ジシリル化が進行し、そのX線結晶構造解析によりvicinal位の2個のシリル基がトランス位に立体選択的に導入されていることを見出した。
本論文は、「金属または電極からの電子移動型反応による有機機能性物質の創成に関する研究」と題し、3章より構成されている。電子移動型反応における反応活性種は通常一電子ずつの移動によって生成するため、従来の有機化学における手法とは異なり、ラジカルイオンという特異な電子状態や反応性を示す活性種の生成が期待できる。本論文では、電極酸化反応によって生成したカチオン性反応活性種や金属亜鉛もしくは金属マグネシウムを電子供給源とした反応によって生成したアニオン性反応活性種を利用した新規有機合成反応の開発に関する研究を行い、その結果、従来の手法では非常に困難もしくは不可能であった新しい有機機能性物質の合成に成功した。
第1章では、電極酸化反応によるポリフルオロベンゾキノン類の新規合成法について検討した。ポリフルオロベンゾキノン類は有機導電体の優れた電子受容体分子の重要中間体であるが、炭素ーフッ素結合の反応性の低さや位置選択的なフッ素官能基の導入が困難なことから合成が容易ではない。しかし、トリフルオロ酢酸とジクロロメタンの混合溶媒中、陽陰極に白金を用いた隔膜付き電解セル中での電極酸化反応により、ワンポットにて種々のポリフッ化芳香族化合物の1,4位にあるフッ素が脱離し、容易にかつ選択的にポリフッ化ベンゾキノン類が生成することを見出した。
第2章では、亜鉛を用いるビニルピリジン類、ヨウ化アルキル類およびニトリル類あるいはカルボニル化合物の位置および反応順序選択的ワンポット3成分結合形成反応について検討した。通常炭素ー炭素二重結合に異なる二成分の有機化合物を結合させる場合、人為的に順を追って反応試薬の添加を行うが、本反応では単一反応系内で生理活性天然物や医薬・農薬・機能性高分子材料に多く含まれているピリジン骨格を有するビニルピリジン類を基質として使用し、β-炭素へのマイケル型の付加反応によるアルキル化に続いてα-炭素へのニトリル類あるいはカルボニル化合物の求電子攻撃とその後の加水分解により、ワンポットで位置および反応順序選択的に対応する3成分結合形成物が簡便にかつ効率的に得られることを見出した。
第3章では、マグネシウムを用いるアセナフチレン類の1,2-ビシナル炭素原子へのシリルホルミル化反応およびジシリル化反応と生成物の立体化学について検討した。溶媒として、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)を使用すると高選択的にシリルホルミル化物が得られることを見出した。これまで溶媒であるDMFがこのような簡便な操作で活性オレフィンの炭素原子にホルミル化反応を起こした報告はなく、有機合成上非常に興味深い。また、溶媒としてアセトニトリルを使用して同様の操作で反応を行った結果、ジシリル化が進行し、そのX線結晶構造解析によりビシナル位の2個のシリル基がトランス位に立体選択的に導入されていることを見出した。
よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。