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大気圧誘電体バリア放電プラズマと応用に関する研究

氏名 中村 翼
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第523号
学位授与の日付 平成21年8月31日
学位論文題目 大気圧誘電体バリア放電プラズマと応用に関する研究
論文審査委員
 主査 教授 原田 信弘
 副査 教授 江 偉華
 副査 准教授 伊東 淳一
 副査 准教授 中山 忠親
 副査 准教授 菊池 崇志

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目次
第1章 序論 p.1
 1.1 研究の背景 p.1
 1.2 大気圧プラズマを用いた手法 p.2
 1.2.1 熱平衡プラズマと非平衡プラズマ p.2
 1.2.2 熱非平衡プラズマの特徴 p.4
 1.3 プラズマの性質 p.5
 1.3.1 ラジカルの性質 p.5
 1.3.2 オゾンの性質 p.6
 1.4 本研究の目的と概要 p.7
第2章 大気圧誘電体バリア放電によるプラズマ生成 p.10
 2.1 大気圧誘電体バリア放電によるプラズマの生成方法 p.10
 2.2 大気圧誘電体バリア放電生 p.13
 2.2.1 実験装置 p.13
 2.2.2 大気圧プラズマ発生用高周波電源 p.13
 2.2.3 リアクタ形状 p.14
 2.2.4 印加電圧・電流波形 p.16
第3章 樹脂フィルムの付着性強度向上 p.18
 3.1 背景 p.18
 3.2 評価方法 p.19
 3.2.1 表面洗浄効果 p.21
 3.2.2 接着強さの評価方法 p.22
 3.2.3 接着破壊 p.22
 3.3 実験パラメータ p.23
 3.3.1 試験材料 p.23
 3.3.2 リアクタ形状 p.23
 3.3.3 樹脂材料における水漏れ性評価 p.23
 3.3.4 付着強度測定 p.24
 3.4 実験結果・考察 p.25
 3.4.1 ポリイミドフィルムの水漏れ性評価 p.25
 3.4.2 ポリイミドフィルムの接着強度測定 p.27
 3.5 結論 p.29
第4章 プラズマアニーリング p.31
 4.1 背景 p.31
 4.2 評価方法 p.32
 4.2.1 表面洗浄効果 p.32
 4.2.2 アニーリング効果 p.33
 4.3 実験パラメータ p.35
 4.3.1 リアクタ形状 p.35
 4.3.2 表面洗浄効果 p.35
 4.3.3 アニーリング効果 p.36
 4.4 実験結果・考察 p.36
 4.4.1 表面洗浄効果 p.36
 4.4.2 表面洗浄による銅線表面の組成分析 p.40
 4.4.3 アニーリング効果 p.41
 4.5 銅線のジュール加熱効果 p.44
 4.5.1 軸方向への温度分布 p.44
 4.5.2 銅線のジュール加熱に対する試算 p.45
 4.6 結論 p.47
第5章 海水処理 p.50
 5.1 背景 p.50
 5.2 評価方法ならびに実験パラメータ p.51
 5.2.1 評価方法 p.51
 5.2.2 実験パラメータ p.52
 5.3 実験結果・考察 p.54
 5.3.1 印加電圧を変化させた時のpH値変動 p.54
 5.3.2 海水採取場所の違いによるpH値変動 p.55
 5.3.3 pH低下による海洋生物への検討 p.55
 5.3.4 pH低下のメカニズムの検討 p.56
 5.3.5 人工海水との比較、ならびに海水深度の違いによるpH変動の影響 p.58
 5.4 結論 p.60
第6章 総括・結論 p.62
第7章 付録 p.64
 7.1 接着の基礎 p.64
 7.1.1 接着技術の利用の背景 p.64
 7.1.2 接着技術の応用 p.65
 7.1.3 電子機器・部品への応用例 p.66
 7.1.4 電子機器への適応例 p.69
 7.1.5 接着の技法 p.70
 7.1.6 接着接合の利点と欠点 p.71
 7.1.7 接着強さの発現する要因 p.71
 7.1.8 漏れ p.72
 7.2 接着材および合成樹脂の種類と特徴 p.74
 7.2.1 一般工業用接着剤 p.74
 7.2.2 構造接着用接着剤 p.75
 7.2.3 特殊用途向接着剤 p.75
 7.2.4 接着剤の選択 p.76
 7.2.5 合成樹脂(プラスチック)の概要 p.77
 7.3 金属細線製造工程 p.80
 7.3.1 延伸工程 p.80
 7.3.2 アニーリング(焼鈍し) p.80
 7.3.3 銅線の焼鈍し工程と金線の焼鈍し工程 p.81
 7.3.4 表面洗浄工程 p.82
 7.4 EPMAについて p.84
 7.4.1 EPMAとは p.84
 7.4.2 測定原理と特徴 p.85
 7.4.3 EPMAによる定性分析と定量分析 p.86
 7.5 各種パラメータに対してのアニーリング効果 p.87
 7.5.1 誘電体の材質の違いによるアニーリング効果 p.87
 7.5.2 動作ガスの種類の違いによるアニーリング効果 p.92
 7.5.3 誘電体厚さの違いによるアニーリング効果 p.94
 7.5.4 印加電圧の違いによるアニーリング効果 p.96
 7.5.5 ギャップ長の違いによるアニーリング効果 p.97
 7.5.6 動作ガス流量の違いによるアニーリング効果 p.99
 7.6 浸漬した鉄板の経過観察 p.101
謝辞・研究業績 p.103

 気体放電を利用した大気圧プラズマは、電子温度とイオン温度やガス温度が等しい熱平衡プラズマと、電子温度のみが数万度以上に対し、イオン・ガス温度が数百度程度の熱非平衡プラズマとに大別できる。本研究では、真空装置を必要とせず、原料としてのガス密度が高いために反応速度が速い等といった特徴を有する、後者の熱非平衡プラズマを採用して研究を行った。大気圧下において、熱非平衡プラズマを安定に生成する方法として、電極間に誘電体を挿入する、誘電体バリア放電という手法がある。この手法の特徴として、誘電体の存在により、電極の損傷が避けられる一方で、誘電体の効果によって、ギャップに比較的均一でかつ強い磁界が生じ、効率的な放電が行える。また印加電圧にパルス成分を含むことでエネルギー効率の良い熱非平衡プラズマを生成することができる。生成されたプラズマ中では、電子が空気中のガス分子を励起、電離することで反応性の高いラジカル(OやO2-、水分からOHなど)やオゾンが多く生成され、ガス状汚染物質や悪臭成分などの除去反応を起こすことができる。この誘電体バリア放電で生成したオゾンやラジカルが、表面処理や改質、医療用機器の滅菌等に応用されている。本研究では、最大出力10 kV、2 A、出力周波数(パルス成分を含む)35-45 kHzのインバータ電源を用いて、大気圧プラズマを生成した。この反応性の高いラジカルやオゾンを生成できる大気圧プラズマの応用として、1)船舶の喫水を保つのに用いられるバラスト水が海洋環境の生態系を破壊するという報告があるため、そのバラスト水の処理、2)液晶ディスプレイに実装されている異方導電フィルムとポリイミドフィルムの接着強度が不十分であるという報告があることを受け、樹脂フィルムの接着強度の向上、3)近年急速に発達しているIC内部に使用される極細の金属細線製造工程への応用の研究を行ってきた。その結果、生成した高反応性のプラズマを海水表面に照射することで、プラズマ中のラジカル・オゾンと海水の成分が反応することにより、海水のpH値が減少することがわかった。ノリ養殖における害藻である珪藻はpHが6程度になると、その増殖量は著しく低下するという報告がある。これを例にとると、海水のpHは約8.3であり、本実験結果から、約15分間プラズマを海水表面に照射すると、pHが6程度になると推測される。珪藻に限らず、すべての海洋微生物には生息できるpH範囲というものがあるため、大気圧放電プラズマを海水表面に照射することで、船舶の喫水を保つために用いられるバラスト水中の微生物や雑菌の処理が可能で、環境への影響の少ない方法が確立できる。処理対象面の親水性を評価する簡便な方法として、水滴の接触角を測定する方法がある。処理対象であるポリイミドフィルムの表面にプラズマを照射し、接触角を測定した結果、55.2度から7.6度と著しく親水性を改善することができた。改善できた要因として、プラズマ洗浄メカニズムが影響していると考えられる。このプラズマの洗浄メカニズムには、物理的洗浄効果のRIE(Reactive Ion Etching)法と化学的洗浄効果のPE(Plasma Etching)法の2種類がある。また、接着強度測定においても、大気圧プラズマによって表面処理した試料は未処理の物と比べて接着強度がおよそ3.4倍向上しており、大きな接着性の改善が達成された。剥離に関する破壊様式も未処理物では表面処理の不適さにより接着が悪いとされる界面破壊、大気圧プラズマ処理においては被着剤表面と接着剤との良好ななじみから接着層の中で破壊の起きる凝集破壊という違いが見られた。これにより、大気圧プラズマの表面洗浄効果を応用して、フィルム表面に存在していた汚染物を除去できたことにより、樹脂フィルムの接着強度を向上させることが可能である。そして、金属細線製造工程への応用では、金属細線の表面洗浄効果を確認するのに従来の液適法が使用できないので、電子線プローブ微小部分析装置(EPMA)の反射電子像、二次電子像による比較評価を行った。それらの結果から、プラズマを照射する前に付着していた付着物が、プラズマを照射することで除去できているのを確認した。これは2つのプラズマ洗浄メカニズムによるものと考えられる。また、プラズマを銅線に照射することの付加価値として、アニーリング(焼鈍し)効果が得られることがわかった。その効果は、JIS規格の伸び率(15%)のみならず、金属細線を購入する顧客・企業が要望する伸び率(20%)をも満足していた。これにより、金属細線のアニーリング(焼鈍し)に適用して、アニーリングと表面洗浄とを同時にでき、金属細線の製造プロセスの簡略化に大きく貢献できることを示した。以上の結果より、本研究によって大気圧放電プラズマの殺菌や微生物処理効果、表面洗浄・改質効果、さらに熱処理効果が産業の様々な分野へ応用可能であることを明らかにした。

 本論文は、「大気圧誘電体バリア放電の表面処理機構とその応用」と題して、全7章から構成されている。

 第1章「序論」では、本研究の背景として近年注目されているプラズマの応用として比較的簡単に利用できる大気圧で生成できる誘電体バリア放電を取り上げることを提案している。さらにその特徴を明らかにして、本研究の目的と論文構成について述べている。

 第2章「大気圧誘電体バリア放電によるプラズマ生成」では、誘電体バリア放電によってプラズマが生成されるメカニズムとその特徴、電源、リアクタの詳細や直接型、間接型といった処理方法の相違等の実験装置および計測について述べている。

 第3章「応用例――樹脂フィルムの付着性強度向上」では、本誘電体バリア放電を樹脂フィルムを接着する前段階としての表面処理に応用し、表面洗浄効果を水滴の接触角測定によって明らかにしている。その洗浄機構としてラジカル反応による化学的洗浄と電子やイオン衝突による物理的洗浄が可能であることを考察している。実際に接着した樹脂フィルムの接着強度をJIS規格に準じたT形剥離試験により定量化し、接着強度が3.4倍程度向上し、界面破壊から凝集破壊へと破壊機構が変化することを明らかにしている。

 第4章「応用例――プラズマアニーリング」では、本誘電体バリア放電を金属細線のアニーリング工程に応用し、金属細線の表面洗浄効果を2次電子像および反射電子像によって観測し、また引っ張り試験による伸び率の計測からアニーリング効果を検証している。これらの結果から、誘電体バリア放電によるアニーリングでは、アニーリングの効果と同時に表面洗浄効果が明らかになり、従来2工程であった細線製造工程の簡略化、効率化が可能であることを明らかにしている。

 第5章「応用例――海水処理」では、本誘電体バリア放電を船舶のバラスト水中の微生物や雑菌の処理に応用することを提案し、放電によって海水のpH値が変化すること、また実験条件とpH値の変化の関係とその機構を考察し、微生物や雑菌の処理への応用の可能性を示唆している。

 第6章「総括・結論」では、各章の結論を総括し、大気圧誘電体バリア放電の表面処理機構を考察し、さらにその応用として表面洗浄効果、接着強度の向上、海水処理の可能性を明らかにした。

 第7章「付録」では、本論文中で用いた接着技術やその評価、金属細線製造工程とアニーリングについて、電子顕微鏡による表面観測手法等について詳細に述べている。

 以上のように、本論文は大気圧誘電体バリア放電の表面処理機構を考察し、さらにその応用の可能性を明らかにしており、工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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