AVFサイクロトロンにおける高品位ビーム加速とその迅速切換に関する研究
氏名 倉島 俊
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙281号
学位授与の日付 平成22年3月25日
学位論文題目 AVFサイクロトロンにおける高品位ビーム加速とその迅速切換に関する研究
論文審査委員
主査 教授 江 偉華
副査 教授 伊藤 義郎
副査 教授 原田 信弘
副査 准教授 菊池 崇志
副査 新潟大学教授 小椋 一夫
副査 大阪大学准教授 福田 光宏
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目次
第1章 序論 p.1
1.1 荷電粒子の加速 p.1
1.2 サイクロトロンについて p.4
1.2.1 サイクロトロンの加速原理 p.4
1.2.2 ビームの収束 p.6
1.3 サイクロトロンビームの利用 p.8
1.3.1 核物理、核化学、素粒子物理における利用 p.8
1.3.2 医療分野における利用 p.8
1.3.3 バイオ技術、材料開発分野における利用 p.9
1.4 本研究の目的および内容 p.10
第1章の参考文献 p.12
第2章 AVFサイクロトロンビームの高品位化に必要な技術開発 p.13
2.1 まえがき p.13
2.2 930型AVFサイクロトロンの諸元・構成 p.14
2.3 マイクロビーム形成装置 p.16
2.4 AVFサイクロトロンで高品位ビームを加速するための課題 p.18
2.4.1 フラットトップ加速によるエネルギーゲインの均一化 p.18
2.4.2 加速位相、ビーム位相幅の制御 p.21
2.4.3 加速電圧・位相の高安定化対策 p.21
2.4.4 サイクロトロン磁場の高安定化対策 p.23
2.4.5 高効率ビームバンチャ―の開発 p.26
2.5 まとめ p.28
第2章の参考文献 p.29
第3章 加速位相の短時間制御技術の開発 p.31
3.1 まえがき p.31
3.2 加速位相・ビーム位相幅の測定原理 p.34
3.3 磁場形成の不完全性が加速位相の算出に及ぼす影響 p.37
3.4 加速位相の測定 p.39
3.5 加速位相の短時間制御 p.41
3.6 ビーム位相幅の測定 p.45
3.7 ビームアッテネータがビーム位相幅に及ぼす影響 p.46
3.8 まとめ p.48
第3章の参考文献 p.50
第4章 第5高調波用共振器のい開発 p.51
4.1 まえがき p.51
4.2 理研テストモデルを用いた予備的なローレベルテスト p.53
4.3 電磁界解析コードMAFIAによる共振器の詳細設計 p.57
4.3.1 基本波用共振器のメッシュ作成 p.57
4.3.2 第5高調波用共振器の設計 p.59
4.3.3 加速ギャップに沿った電圧分布 p.63
4.4 ローレベルテストによる静特性の評価 p.65
4.5 ハイパワーテストにおける基本波と第5高調波の同時励振 p.69
4.6 まとめ p.71
第4章の参考文献 p.72
第5章 フラットトップ加速によるビーム加速実験 p.73
5.1 はじめに p.73
5.2 フラットトップ加速に必要な高調波電圧の評価 p.73
5.3 シート型デフレクタプローブの開発 p.75
5.4 フラットトップ加速システムを用いたビーム加速 p.77
5.4.1 260MeV20Ne7+ p.77
5.4.2 220MeV12C5+ p.80
5.4.3 45MeV H+ p.81
5.5 エネルギー分析電磁石によるエネルギー幅の計測 p.83
5.6 シングルターン取り出しの条件 p.86
5.7 まとめ p.91
第5章の参考文献 p.92
第6章 重イオンマイクロビーム形成とイオン種の迅速切換 p.93
6.1 まえがき p.93
6.2 260MeV20Ne7+のマイクロビーム形成 p.93
6.3 カクテルビーム加速によるイオン種の迅速切換 p.96
6.4 M/Q=2.8 高品位ビームの迅速切換 p.98
6.4.1 イオン種の選出 p.98
6.4.2 基本波電圧による加速 p.100
6.4.3 高品位ビームのイオン種の迅速切換 p.103
6.5 マイクロビームのイオン種の迅速切換 p.105
6.6 まとめ p.107
第6章の参考文献 p.108
第7章 総括 p.109
7.1 加速位相の短時間計測と制御 p.109
7.2 第5高調波用共振器の開発 p.110
7.3 フラットトップ加速によるビームエネルギー幅の縮小化 p.110
7.4 マイクロビーム形成とイオン種の迅速切換 p.111
7.5 今後の展望 p.112
付録 p.113
付録1 弱収束の原理 p.113
付録2 AVF (Azimuthally Varying Fieid) による収束 p.116
付録3 AVFサイクロトロンの共振器 p.119
付録4 ビーム位相幅の圧縮・拡大 p.121
参考文献 p.124
AVF サイクロトロンは,大電流の高エネルギーイオンビームを発生できる事から,放射性同位体の製造,核物理研究など様々な分野で利用されている。これまでは,大電流化,エネルギーの増加に開発の主眼が置かれてきたが,サイクロトロンビームがバイオ技術や材料開発の分野においても積極的に利用されるようになり,エネルギー幅やエミッタンスなど,ビームの質の向上が求められている。バイオ技術の分野では,イオンビームで生体細胞の核を狙い撃ち,低線量放射線に対する応答を調べる研究が盛んに行われているが,小さな標的を狙い打つためにはスポット径が1ミクロン程度のマイクロビームが必要になる。しかし,サイクロトロンビームのエネルギー幅ΔE/E は一般的に 10-3 台であるために,集束レンズにおける色収差の影響が顕著になり,ビームを1ミクロンまで絞る事はできなかった。マイクロビームを形成するためには,エネルギー幅を10-4 台まで縮小する必要がある。サイクロトロンビームのエネルギー幅が 10-3 台になる主な原因は,1) 加速位相を簡便に測定する手段が無いために制御できない,2) 高周波加速であるため電圧値が常に変化する,の2点にある。そこで,筆者はこれらの問題を解決してビームのエネルギー幅を 10-4 台まで縮小化し,さらにはこの高品位ビームのイオン種を迅速に切り換える事を目的として本研究を行った。
サイクロトロンは±30度程度の広い加速範囲(アクセプタンス)を有するため,そのまま加速した場合,ビームはパーセントオーダーのエネルギー幅を持つ。通常は,加速の初期段階で位相スリットによりビームの時間幅を制限するため,約10度のビーム幅を得る。ビームの幅は10度であっても,加速のタイミング(加速位相)は±30度のアクセプタンス内を移動可能なため,加速位相を正確に計測し,制御しない限りエネルギー幅の縮小は不可能である。そこで,加速位相およびビームの時間幅を簡便に計測する手法を開発した。この手法では,等時性磁場を調整した後に加速周波数をわずかな範囲内(Δf/f = ±5 × 10-4 程度)でスキャンして,加速位相を積極的にシフトさせてサイクロトロン内部のビーム電流を計測する。加速位相が最適な位置(正弦波の頂点)にあれば,周波数を高低どちらに変更してもビームバンチが加速から減速に変わる時(ビーム電流が減少し始める時)の Δf/f の絶対値は等しい。逆に言えば,Δf/f の絶対値が異なる場合,加速位相は正弦波の頂点からずれている事になる。この現象を物理的に解析し,加速位相およびビームの幅を求める式を導出した。さらに,この式により求まる加速位相を元に,サイクロトロン中心バンプの磁場強度を調整して加速位相を制御できる事をビーム加速実験において明らかにした。
加速位相を最適化してビームの幅を10度まで制限した場合,それでもまだ約 4 × 10-3 のエネルギー幅が生じる。この問題を解決するために,基本となる高周波に高調波を重畳して台形のような加速電圧を形成し,電圧の揃った平坦な領域のみを加速に用いるフラットトップ加速の研究を行った。第5高調波によるフラットトップ加速では,加速位相が最適化された場合,ビームの幅を14度まで広げてもエネルギー幅は 2 × 10-4 である。基本波用共振器にカップリングコンデンサを介して高調波用共振器を取り付け,同一の加速電極に二つの高周波電圧を発生させる手法を取り入れて共振器の開発を行った。三次元電磁場解析コードにより詳細設計を行い,基本波周波数範囲 11 ~ 22 MHz の5倍の領域をカバーする 55 ~ 110 MHz の共振範囲を持つ共振器デザインを得た。実機を製作して共振周波数を測定したところ,仕様通りの周波数範囲を確認し,ハイパワーテストにおいて基本波と高調波を同時に励振する事に成功した。
第5高調波は短波長のため,加速ギャップに沿って最大で 50% の電圧低下が明らかになった。そこで,引き出し直前で基本波と高調波のエネルギーゲインの積分値がフラットトップ加速の条件を満たす高調波電圧の設定値を全周波数領域について求めた。260 MeV 20Ne7+ ビームについて加速位相の最適化を行い,第5高調波の電圧値を上記により求めた値に設定してフラットトップ加速を実施した結果,ビームのエネルギー幅は 5 × 10-4 まで縮小した。この高品位ビームを用いてマイクロビームを形成したところ,0.7ミクロンのスポット径を得る事ができた。しかし,このマイクロビームを得るためには,サイクロトロンの立ち上げから約8時間必要になるため,イオン種を次々に変えて照射実験を行う事は不可能である。そこで,サイクロトロン特有のイオン種短時間切り換え技術であるカクテルビーム加速技術とフラットトップ加速を組み合わせて,高品位ビームの迅速切換を実現させた。その結果,260 MeV 20Ne7+ マイクロビームを30分で520 MeV 40Ar14+ マイクロビームに切り換える事に成功した。
加速位相の制御技術は,エネルギー幅の縮小や,デフレクタにおける取り出し効率を上げて機器の放射化を低下させるために非常に重要な役割を果たすが,筆者の研究成果により,他の AVF サイクロトロンにおいても,研究者ではない一般のオペレータによって加速位相の迅速制御が可能になった。加速位相を最適化できることで,フラットトップ加速の効果を最大限に活かせるようになり,静電加速器に匹敵する 10-4 台のビームエネルギー幅を高周波加速器においても達成可能である事が証明された。
本論文は「AVFサイクロトロンにおける高品位ビーム加速とその迅速切換に関する研究」と題し,全7章から構成されている。
第1章「序論」では,研究背景としてサイクロトロンの加速原理とビームの利用分野を述べている。バイオ技術や材料開発における利用が近年活発になり,従来からの利用分野である核物理研究では必要とされなかった技術開発が行われている現状を説明し,表題が示す本研究の目的について述べている。
第2章「AVFサイクロトロンビームの高品位化に必要な技術開発」では,開発対象としたAVFサイクロトロンの諸元,ビームエネルギー幅 ΔE/E の小さい(10-4台)高品位ビームを必要とするマイクロビーム形成装置の概要を述べている。次に,高品位ビームを加速するために必要な技術開発として,フラットトップ(FT)加速によるエネルギーゲインの均一化,加速位相の制御,加速電圧・位相の高安定化などについて説明し,要求される仕様を明らかにしている。
第3章「加速位相の短時間制御技術の開発」では,新たに考案した加速位相を簡便に計測する技術の原理を述べている。ビーム加速実験を行い,この手法による加速位相測定結果の信頼性を明らかにしている。測定結果を元に,加速位相を最適化するためのプロセスを構築し,短時間で加速位相を計測,最適化する事に成功したと述べている。
第4章「第5高調波用共振器の開発」では,エネルギーゲインを均一化するために必要な高調波電圧を発生する共振器開発について述べている。パワーテストの結果,第5高調波の発生に成功したが,実ビーム加速においては,加速ギャップの電圧分布を考慮した上で高調波電圧をイオン種毎に設定する必要があると述べている。
第5章「フラットトップ加速によるビーム加速実験」では,実際にビーム加速テストを行い,マイクロビーム形成に使用される 260 MeV 20Ne7+ のエネルギー幅を ΔE/E = 5 × 10-4 まで縮小する事に成功したと述べている。大型サイクロトロンにおいても,加速位相の最適化と FT 加速によりシングルターン取り出しが可能であるとの結論を得ている。
第6章「重イオンマイクロビーム形成とイオン種の迅速切換」では,高品位化された 260 MeV 20Ne7+ ビームを用いて世界最高エネルギーの1ミクロン級マイクロビーム形成に成功したと述べている。イオン種迅速切換技術であるカクテルビーム加速技術を導入して高品位ビームのイオン種を520 MeV 40Ar14+ へ迅速に切り換える事に成功し,付随する結果として,マイクロビームのイオン種も30分と従来の8時間に比べて短時間で切り換える事に成功したと述べている。
第7章では,本研究で得られた成果を総括し,サイクロトロンにおいても静電加速器に匹敵するエネルギー幅を得る事ができるとの結論を得ている。本研究の成果により,従来は数十 MeV 級が主であった重イオンマイクロビームのエネルギー領域は数百 MeV 級まで拡がり,同一のビーム利用時間内において異なるイオン種を利用できる事から,実験効率の改善や多くデータ収集が可能になる。よって,本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく,博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。