立方晶窒化ホウ素薄膜における残留応力緩和のための第三元素添加とその質量低減効果
氏名 大堀 鉄太郎
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第538号
学位授与の日付 平成22年3月25日
学位論文題目 立方晶窒化ホウ素薄膜における残留応力緩和のための第三元素添加とその質量低減効果
論文審査委員
主査 教授 末松 久幸
副査 教授 江 偉華
副査 教授 齋藤 秀俊
副査 教授 福澤 康
副査 物質・材料研究機構ナノ計測センター先端電子顕微鏡グループリーダー 松井 良夫
副査 大阪大学名誉教授 新原 晧一
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目次
第1章 序論 p.1
1-1 はじめに p.1
1-2 切削工具 p.2
1-2-1 切削工具の歴史 p.2
1-2-2 工具使用量の動向 p.3
1-2-3 工具材料の特性と開発動向 p.5
1-3 研究指針 p.7
1-4 本論文の構成 p.8
参考文献 p.10
第2章 立方晶窒化ホウ素および薄膜化技術 p.11
2-1 立方晶窒化ホウ素 p.11
2-1-1 窒化ホウ素 p.11
2-1-2 窒化ホウ素の歴史 p.12
2-1-3 立方晶窒化ホウ素の物性 p.13
2-1-4 窒化ホウ素の用途 p.14
2-2 立方晶窒化ホウ素薄膜 p.15
2-2-1 立方晶窒化ホウ素の薄膜化の歴史 p.15
2-2-2 立方晶窒化ホウ素への相変態に必要な条件と原理 p.17
2-2-3 応力緩和手法と厚膜化 p.21
2-3 立方晶窒化ホウ素薄膜成膜における問題点と本研究の目的 p.25
参考文献 p.28
第3章 実験方法及び評価方法 p.35
3-1 実験方法 p.35
3-1-1 成膜装置 p.35
3-1-2 成膜パラメータ p.37
3-2 評価方法 p.38
3-2-1 相の同定 p.38
3-2-2 内部応力評価 p.39
3-2-3 硬さ測定 p.41
3-2-4 組成分析 p.42
3-2-5 構造・微構造観察 p.43
参考文献 p.44
第4章 立方晶窒化ホウ素薄膜の合成 p.45
4-1 立方晶窒化ホウ素薄膜の合成条件 p.45
4-1-1 ガス流量の変化による合成相と平均自由工程の影響 p.45
4-1-2 基板バイアス電圧の変化による合成相の変化 p.49
4-1-3 成膜時間の変化による合成相の変化 p.51
4-1-4 面方向への分布 p.52
4-2 薄膜の剥離と残留応力 p.54
4-2-1 薄膜の剥離 p.54
4-2-2 剥離によるFT-IRスペクトル変化 p.55
4-2-3 薄膜の残留応力 p.56
4-3 相の同定及び組成 p.58
4-3-1 XRDによる相同定 p.58
4-3-2 TEMによる微構造観察と相同定 p.58
4-3-3 断面方向の微構造と電子状態観察 p.60
4-3-4 RBSによる薄膜の元素定量 p.63
4-4 まとめ p.65
参考文献 p.66
第5章 金属元素添加による立方晶窒化ホウ素薄膜の合成 p.67
5-1 金属元素の添加方法と実験条件 p.67
5-1-1 コンビナトリアル手法 p.67
5-1-2 コンビナトリアル用ターゲット p.68
5-2 Ni添加立方晶窒化ホウ素薄膜の合成 p.69
5-2-1 実験条件 p.69
5-2-2 sp3結合相の含有比とNi含有量 p.70
5-2-3 XRDによる相同定 p.73
5-2-4 TEMによる微構造観察 p.73
5-2-5 Ni添加効果の検証 p.74
5-3 Si添加立方晶窒化ホウ素薄膜の合成 p.76
5-3-1 実験条件 p.76
5-3-2 sp3結合相の含有比とSi含有量 p.77
5-3-3 相変態原理の変化と厚膜化 p.79
5-3-4 硬さ試験 p.83
5-3-5 経年による剥離 p.84
5-3-6 Si添加による化合物生成と添加効果の検証 p.86
5-4 まとめ p.88
参考文献 p.89
第6章 希ガス添加による立方晶窒化ホウ素薄膜の応力変化 p.93
6-1 希ガス添加による成膜挙動 p.93
6-1-1 実験条件 p.94
6-1-2 希ガス添加によるsp3結合相の含有比率変化 p.95
6-1-3 希ガス添加による残留応力変化 p.96
6-1-4 希ガスによる窒化ホウ素薄膜の成膜挙動 p.99
6-2 He添加による応力緩和効果 p.101
6-2-1 Heによる厚膜化 p.101
6-2-2 硬さ試験 p.103
6-3 He含有量と微構造変化 p.105
6-3-1 SISMによるHe含有量の定量 p.105
6-3-2 TEM・EELSによるsp3およびsp3結合相の分布 p.107
6-4 He添加による応力緩和原理予測 p.112
6-4-1 プラズマ分光 p.112
6-4-2 モンテカルロほうによるイオンの飛程シミュレーション p.114
6-4-3 衝突粒子の運動エネルギーおよび局所的上昇温度計算 p.116
6-4-4 応力緩和機構予測 p.120
6-5 まとめ p.121
参考文献 p.122
第7章 第1周期元素添加による応力緩和効果 p.125
7-1 水素・重水素による応力緩和の検証 p.125
7-1-1 水素・重水素添加による薄膜合成と化合物の形成 p.126
7-1-2 sp3結合相の含有比および残留応力 p.128
7-1-3 ERDAによる水素量分析 p.130
7-1-4 H2添加による薄膜の厚膜化と剥離 p.132
7-1-5 H2添加による微構造変化 p.133
7-2 ガス添加による応力緩和に関する総合的な考察 p.135
7-2-1 残留応力緩和効果 p.135
7-2-2 応力緩和によるFT-IRのピークシフト p.137
7-2-3 軽元素粒子照射による熱量および打ち込みシミュレーション p.139
7-2-4 ガス添加による残留応力変化の予測 p.142
7-2-5 過去の文献も含めた総合的な予測と研究指針 p.147
7-3 まとめ p.150
参考文献 p.151
第8章 複合添加によるc-BN薄膜の厚膜化の検証 p.153
8-1 SiおよびHe、H2を添加したBN p.153
8-1-1 p.154
8-1-2 p.156
8-1-3 p.159
8-1-4 p.161
8-2 まとめおよびc-BN薄膜に関する今後の研究指針 p.162
参考文献 p.163
第9章 総括 p.167
研究業績 p.171
謝辞
近年、材料表面を改質し、表面1原子層~数μmに様々な特性付与を行うことができる表面改質技術に関心が高まっている。このような表面改質技術は多岐にわたり、現在では、機械、電気、化学、医療、食品、自動車、光学他様々な分野で用いられている。これら技術の研究・開発は加速度的に進められている。この中で、特に幅広い分野で多く用いられている技術の一つに成膜技術がある。これは表面に数nm~数十μmの薄膜を形成することで、材料表面に新たな特性を付与できる特徴を持つ。これは高い硬さが必要な切削工具においても適用されている。現在、寿命・加工速度・高温耐熱性などさらなる特性の改善が要求され、さらに切油使用量削減など、環境負荷低減においても付加的な特性が求められている。
立方晶窒化ホウ素(c-BN)はダイヤモンドに次いで硬く、耐熱性・耐酸化性が高いことから、切削工具用薄膜として期待されてきた。しかし、研究開始から30年程度経過した現在においても、実用化されていないのが現状である。これは、成膜初期に生成する、密着性の低いsp2結合相からなる層(sp2層)の生成、および、sp3結合相生成時に生じる高い残留応力から、100~300nm程度の膜厚で剥離することが主な要因である。初期成長するsp2層の成長は、これまでの研究から不可避であると考えられており、薄膜化するには、まず残留応力を緩和する技術の確立が望ましいと考えられる。
一方、1μm以上の膜厚のc-BN薄膜を形成した例がいくつかのグループにより報告されている。これら薄膜では、元素を添加したことで厚膜化が可能となった。しかし、これら手法での応力緩和機構はまだ明らかにされていない。そこで、本研究では、成膜がプラズマプロセスであることに着目し、添加元素の粒子の持つエネルギーが応力緩和に影響を与えていると考えた。そこで、系統的に添加元素を変化させ、応力緩和について知見を得ることを目的とした。様々な元素を添加した結果、H2、D2およびHeの軽元素を添加することで、残留応力が緩和可能であることを見出した。これは、シミュレーションにより得られたイオンの薄膜内部の飛程と相関をもつ傾向を示した。これらイオンが薄膜内部で局部的な加熱が生じ熱緩和により残留応力が緩和すると予測した。
本論文は「立方晶窒化ホウ素薄膜における残留応力緩和のための第三元素添加とその質量低減効果」と題し、以下の9章より構成されている。
第1章「序論」では、切削工具における硬質薄膜の必要性について述べた。
第2章「立方晶窒化ホウ素およびその薄膜化技術」では、c-BNの材料的特徴およびその薄膜化技術について述べた。ここでは、これまでの報告をまとめ、c-BNの薄膜化が実用化できない理由と改善すべきアプローチ方法を検討し、本論文の詳細な目的を記述した。
第3章「実験方法および評価方法」では、本研究で用いた成膜装置、薄膜の作製方法および作製した薄膜の評価方法・評価装置について述べた。ここでは基本的な成膜プロセスおよび薄膜の評価方法について記述した。
第4章「立方晶窒化ホウ素薄膜の合成」では、c-BN薄膜の作製条件の最適化や問題点について述べた。ここでは基本的なc-BN薄膜の作製条件を選定した。この結果、高いsp3結合相の体積分率を有する薄膜の合成条件を見出した。このときの条件には、雰囲気圧力や印加電圧、成膜安定範囲など、以降の章において基準とする成膜条件を記述した。
第5章「金属元素添加による立方晶窒化ホウ素薄膜の合成」では、金属を添加して作製したc-BN薄膜について述べた。添加した金属にはNiやSiなど、BやNと反応しにくい元素に注目し、添加量に対する化学結合状態の変化や剥離を防ぐための応力緩和効果について検討した。その結果、金属元素の添加において、残留応力緩和は得られなかったものの、Siの添加において、薄膜と基板の密着性が向上した結果が得られた。
第6章「希ガス添加による立方晶窒化ホウ素薄膜の応力変化」では、希ガス添加によるc-BN薄膜の作製について述べた。第4章で選定したArのみで作製するc-BN薄膜の条件に対し、He、Ne、Ar、Krの4種類のガス添加および添加量を変化させることで、残留応力緩和が可能か検討した。この結果、Heにおいて残留応力が緩和できることを見出した。
第7章「第1周期元素添加による応力緩和効果」では、H2およびD2の添加による残留応力緩和効果について述べた。第6章で得られたHe添加による応力緩和効果および原理予測より、質量の軽い元素による応力緩和の証明について検討した。この結果、応力緩和の予測と同様、H2およびD2においても残留応力が緩和できることを見出した。また、本研究および過去の報告を考慮し、残留応力緩和の可能性のある元素を予測した。
第8章「複合添加によるc-BN薄膜の厚膜化の検証」では、複合添加によるc-BN薄膜の厚膜化について検討した。第5章で得られた密着性の向上元素であるSiの添加、および第6章、第7章で得られた応力緩和手法である第1周期元素の添加を合わせた、複合的な手法について、厚膜化の可能性を含め検討した。その結果、SiおよびH2を添加した薄膜において経年剥離が少なく、35GPaという比較的高い硬度が得られた。また、新たにHe添加の問題点についても見出し、再考察を行った。
第9章「総括」では、本研究において得られた成果をまとめ、総括とした。
本論文は「立方晶窒化ホウ素薄膜における残留応力緩和のための第三元素添加とその質量低減効果」と題し、以下の9章より構成されている。
第1章「序論」では、切削工具における硬質薄膜の必要性を示している。
第2章「立方晶窒化ホウ素およびその薄膜化技術」では、c-BNの材料的特徴およびその薄膜化技術について示されており、これまでの報告のまとめ、c-BNの薄膜化が実用化できない理由と改善すべきアプローチ方法の検討を行い、本論文の詳細な目的を示している。
第3章「実験方法および評価方法」では、本研究で用いた成膜装置、薄膜の作製方法および作製した薄膜の評価方法・評価装置について記述され、基本的な成膜プロセスについて示している。
第4章「立方晶窒化ホウ素薄膜の合成」では、c-BN薄膜の作製条件の最適化や問題点について示されており、基本的なc-BN薄膜の作製条件を選定し、高いsp3結合相の体積分率を有する薄膜の作製条件を見出している。
第5章「金属元素添加による立方晶窒化ホウ素薄膜の合成」では、金属を添加して作製したc-BN薄膜について記述されている。添加した金属にはNiやSiなど、BやNと反応しにくい元素に注目し、添加量に対する化学結合状態の変化や剥離を防ぐための応力緩和効果について検討されている。金属元素の添加において、残留応力緩和効果は得られなかったものの、Siの添加において、薄膜と基板の密着性が向上した結果が得られている。
第6章「希ガス添加による立方晶窒化ホウ素薄膜の応力変化」では、希ガス添加によるc-BN薄膜の作製について記述されている。第4章で得られたArのみで作製するc-BN薄膜の条件に対し、He、Ne、Ar、Krの4種類のガスの添加量を変化させることで、残留応力緩和が可能か検討され、Heにおいて残留応力が緩和できることを見出している。
第7章「第1周期元素添加による応力緩和効果」では、H2およびD2の添加による残留応力緩和効果について記述されている。第6章で得られたHe添加による応力緩和効果および原理予測より、質量の軽い元素による応力緩和について検討しており、応力緩和の予測と同様、H2およびD2においても残留応力が緩和できることを見出している。
第8章「複合添加によるc-BN薄膜の厚膜化の検証」では、複合添加によるc-BN薄膜の厚膜化について検討されている。第5章で得られた密着性の向上元素であるSiの添加、および第6章、第7章で得られた応力緩和手法である第1周期元素の添加を合わせた、複合的な手法について、厚膜化の可能性を含め検討しており、SiおよびH2を添加した薄膜において経年剥離が少なく、38GPaという比較的高い硬度が得られている。
第9章「総括」では、本研究において得られた成果をまとめ、総括としている。
本論文で示されたこれらの知見は、PVD法による立方晶窒化ホウ素薄膜の作製において残留応力の制御が可能であることを示している。よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。