頭外音像定位における外耳道伝達関数の影響と補償に関する研究
氏名 吉田 正尭
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第529号
学位授与の日付 平成22年3月25日
学位論文題目 頭外音像定位における外耳道伝達関数の影響と補償に関する研究
論文審査委員
主査 教授 島田 正治
副査 教授 荻原 春生
副査 教授 吉川 敏則
副査 准教授 中川 健治
副査 富山県立大学教授 平原 達也
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目次
第1章 序論 p.1
1.1 本研究の背景 p.1
1.2 頭外音像定位技術 p.6
1.3 頭外音像定位の実用化 p.20
1.4 本研究の目的 p.29
1.5 本論文の構成 p.30
第2章 ECTFに関する先行研究 p.33
2.1 ECTF特性の構成要因 p.34
2.2 ECTFと音像定位知覚に関する先行研究 p.36
2.3 ECTF補償法に関する先行研究 p.41
2.4 まとめ p.45
第3章 ECTF補償と音像定位精度の検討 p.47
3.1 受聴試験に用いるイヤホンの選定 p.48
3.2 受聴試験 p.58
3.3 試験結果 p.73
3.4 考察 p.80
3.5 まとめ p.84
第4章 ECTF補償と信号帯域幅の検討 p.85
4.1 信号帯域幅の検討 p.86
4.2 受聴試験 p.94
4.3 試験結果 p.104
4.4 考察 p.106
4.5 まとめ p.111
第5章 ECTF実時間補償システムの実現法 p.113
5.1 ECTF実時間補償システム p.114
5.2 逆フィルタ推定アルゴリズム p.116
5.3 システムの構築方法 p.121
5.4 適応逆フィルタ係数の推定実験 p.126
5.5 受聴試験 p.132
5.6 試験結果および考察 p.138
5.7 まとめ p.141
第6章 適応逆フィルタアルゴリズムの改良 p.143
6.1 従来手法 p.143
6.2 提案手法 p.145
6.3 提案手法の評価 p.146
6.4 まとめ p.151
第7章 結論 p.153
付録 p.157
付録A インパルス応答の測定方法 p.159
A.1 直接法 p.160
A.2 スイープパルス法 p.162
A.3 相互相関法 p.164
A.4 本論文におけるインパルス応答の測定方法 p.165
付録B 逆フィルタと所望伝達係数 p.167
B.1 逆フィルタの定義 p.168
B.2 所望伝達係数の導入 p.169
B.3 逆フィルタの算出方法 p.170
付録C ECTF実時間補償システムの構築に用いたDSP p.173
C.1 DSPの歴史 p.174
C.2 DSPの概要 p.175
C.3 C6713DSKの概要 p.176
C.4 DSPとAD/DA Codec間のデータ転送方式 p.178
C.5 AD/DAのスルー特性 p.180
謝辞 p.183
参考文献 p.185
研究業績 p.197
臨場感のある音響空間を実現する仮想音源再生技術において、イヤホン受聴で実現する頭外音像定位技術は、空間の所望の位置に音像を定位させることができる。これは、次世代サウンド通信において期待されている技術である。本論文では、頭外音像定位に必要な伝達関数の一つである外耳道伝達関数(Ear Canal Transfer Function:ECTF)に着目し、受聴者毎に異なるECTFの周波数振幅特性を平坦化する補償法が音像定位精度に与える影響を明らかにするとともに、受聴者の負担にならないECTFの補償方法の確立を目指した。
第1章では、次世代臨場感サウンド通信技術の課題について述べ、頭外音像定位技術の歴史と実現方法、実用化に向けた課題や、これまでの研究動向について説明した。そして、ECTFに着目した理由と本論文の位置付け及び目的について述べた。
第2章では、ECTF特性が受聴者毎の耳介・外耳道構造、イヤホンの種類、イヤホン装着位置、の3要因で決定されることを示すとともに、ECTFと頭外音像定位知覚の関係や、ECTF補償方法について述べた。先行研究では、ECTF補償により音色や頭外定位感の劣化を防ぐことは明らかにされている一方で、ECTFの左右差が音像定位精度に与える影響については十分に検討されていない点を指摘した。また、ECTF補償には固定逆フィルタもしくは適応逆フィルタを用いる2種類の方法があるが、ECTF特性がイヤホンの装着状態により変化することから、イヤホンの装着後に適応逆フィルタを用いてECTF補償を行う方法が望ましいことを述べた。そして、先行研究ではECTF補償を目的とした適応逆フィルタアルゴリズムの検討までしか行われておらず、システムの構築や頭外音像定位への有効性は明らかにされていないことを指摘した。
第3章では、6種類のイヤホンを用いて測定したECTF特性から装着による変動の少ない3種類のイヤホンを選定し、ECTF補償条件の異なる試験音を作成して頭外音像定位精度に与える影響について検討した。その結果、高い精度での頭外音像定位実現には受聴者本人のECTFを用いた補償が有効であること、ECTF補償条件の違いによる音像定位精度の差は、補償に伴う両耳間レベル差の変動に強く関係することを明らかにした。そして、ECTFが音像定位精度に与える影響は、使用するイヤホンの種類により異なることを示した。
第4章では、頭外音像定位におけるECTF補償帯域について検討を行った。3種類のイヤホンを用いて受聴者毎に測定したECTFから変動量を算出した結果、7.1~11kHz の間で大きく変化していることを示した。そして、1/3oct. band を考慮して、0.1~3.5kHz(電話帯域)、0.1~7.1kHz(高品質音声帯域)、0.1~11kHz(ECTF変動が大きい帯域)、0.1~15kHz(オーディオ帯域)を信号帯域幅のパラメータとして決定した。これらの信号帯域幅とECTF補償の有無の試験音を作成し、3種類の中で最も変動量が大きい1種類のイヤホンを用いてECTF補償が有効な帯域を検討した。その結果、0.1~11kHz を含む信号帯域幅でECTF補償の効果が高くなること、ECTF補償の有無の違いは仰角方向に依存しないことを示した。これらのことから、0.1~11kHz を含む信号帯域幅において、使用したイヤホンではECTF補償が有効であることを明らかにした。
第5章では、頭外音像定位に有効なECTF逆フィルタを、適応信号処理により推定するECTF実時間補償システムの構築及び評価を行った。オーディオ帯域である 15kHz までのECTF逆フィルタを適応的に推定することを目的とし、サンプリング周波数 44.1kHz で実時間処理可能なシステムをDSPにより構築した。そして受聴試験の結果、頭外音像定位に有効な適応逆フィルタ推定誤差は約-11dB 以下であること、その収束時間は約 0.3 秒以上であることを明らかにした。
第6章では、ECTF補償のための適応逆フィルタ推定アルゴリズムの改良を試みた。従来の適応逆フィルタ推定アルゴリズムの問題点を指摘し、これらを解決するため、適応推定回路と誤差検出回路、及び切替回路を特徴とするアルゴリズムを提案した。計算機シミュレーションにより提案手法を検証した結果、従来手法よりも高速に逆フィルタ推定が可能であることを確認した。これらのことから、ECTF補償を目的とした適応逆フィルタ推定システムの改良に向け、一つの可能性を示すことができた。
第7章では、これまでの結果を整理し、本論文の総括を行った。
本論文は、「頭外音像定位における外耳道伝達関数の影響と補償に関する研究」と題し、7章より構成されている。
第1章「序論」では、次世代臨場感サウンド通信技術に高い付加価値を与える頭外音像定位技術の概要と、これまでの研究動向や実用化に向けた課題について説明するとともに、外耳道伝達関数(ECTF)に着目した理由と本研究の目的を述べている。
第2章「ECTFに関する先行研究」では、ECTF特性の構成要因や、ECTFが頭外音像定位に与える影響とその補償方法について説明するとともに、頭外音像定位における先行研究と本研究の位置付けの違いについて述べている。
第3章「ECTF補償と音像定位精度の検討」では、ECTFが音像定位精度に与える影響を受聴試験により検討しており、高い精度での頭外音像定位実現には受聴者本人のECTFを用いた補償が有効であること、ECTF補償条件の違いによる音像定位精度の差は、補償に伴う両耳間レベル差の変動に強く関係することを明らかにしている。
第4章「ECTF補償と信号帯域幅の検討」では、頭外音像定位においてECTF補償が有効な帯域を4種類の信号帯域幅をパラメータとした受聴試験により検討した結果、使用したイヤホンでは0.1~11kHzを含む信号帯域幅でECTF補償の効果が高くなること、ECTF補償の有無の違いは仰角方向に依存しないことを明らかにしている。
第5章「ECTF実時間補償システムの実現法」では、イヤホンの装着後にECTF逆フィルタを推定するECTF実時間補償システムをDSPにより構築し、頭外音像定位に有効な適応逆フィルタ推定誤差は約一11dB以下であること、その収束時間は約0.3秒以上であることを明らかにしており、受聴者の負担にならないECTF補償を行っている。
第6章「適応逆フィルタアルゴリズムの改良」では、従来の適応逆フィルタ推定アルゴリズムの問題点を指摘し、適応推定回路と誤差検出回路、及び切替回路を特徴とするアルゴリズムを提案し、従来手法よりも高速に逆フィルタ推定が可能であることを示している。
第7章「結論」では、各章から得た結果を要約し、本論文で構築したECTF実時間補償システムが頭外音像定位技術の実用化に寄与することを結論付けている。
よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。