聴覚系神経回路形成に関わる神経認識分子N B - 2 の機能解析
氏名 豊島 学
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第545号
学位授与の日付 平成22年3月25日
学位論文題目 聴覚系神経回路形成に関わる神経認識分子N B - 2 の機能解析
論文審査委員
主査 教授 渡邉 和忠
副査 教授 古川 清
副査 教授 三木 徹
副査 教授 滝本 浩一
副査 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科准教授 武田 泰生
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目次
第1章 序論 p.1
1.1 神経回路形成に関与する分子群 p.1
1.2 神経認識分子NB-2 p.7
1.3 聴覚系認識回路と発達 p.9
1.4 目的 p.10
第2章 抗体作製 p.16
2.1 緒言 p.16
2.2 実験方法 p.18
2.2.1 実験動物 p.18
2.2.2 SDS-PAGE p.18
2.2.3 Western blotting p.18
2.2.4 ELISA p.19
2.2.5 マウス脾臓法による抗体の作製 p.19
2.2.5.1 ラットNB-2 Fcの回収及び精製 p.19
2.2.5.2 マウスへの免疫 p.20
2.2.5.3 細胞融合 p.20
2.2.6 ラットリンパ節法による抗体の作製 p.21
2.2.6.1 マウスNB-2 Fcの回収及び精製 p.21
2.2.6.2 ラットへの免疫 p.22
2.2.6.3 腸骨リンパ節の取り出し p.22
2.2.6.4 リンパ節細胞の調整 p.23
2.2.6.5 ミエローマ細胞-リンパ節細胞沈渣の調整 p.23
2.2.6.6 細胞融合 p.23
2.2.7 クローニング p.24
2.2.8 抗体の吸収実験 p.24
2.2.9 免疫沈降法 p.24
2.2.10 灌流固定 p.25
2.2.11 組織の切片化 p.25
2.2.12 抗NB-2抗体を用いた組織染色 p.25
2.2.13 免疫蛍光染色 p.26
2.3 結果 p.28
2.3.1 マウス脾臓法による抗NB-2抗体の作製 p.28
2.3.1.1 マウスへのラットNB-2Fcの免疫 p.28
2.3.1.2 細胞融合 p.28
2.3.1.3 ハイブリドーマの選別とクローニング p.28
2.3.1.4 抗NB-2抗体を用いた免疫沈降 p.29
2.3.1.5 3G12B6の特異性の解析 p.29
2.3.2 ラットリンパ節法による抗NB-2抗体の作製(1回目) p.30
2.3.2.1 ラットへの免疫 p.30
2.3.2.2 細胞融合 p.30
2.3.2.3 ハイブリドーマの選別とクローニング p.31
2.3.2.4 Western blottingによる1B10-1G7の特異性の解析 p.31
2.3.2.5 1B10-1G7を用いた免疫沈降 p.31
2.3.3 ラットリンパ節法による抗NB-2抗体の作製(2回目) p.32
2.3.3.1 ラットへの免疫 p.32
2.3.3.2 細胞融合 p.32
2.3.3.3 ハイブリドーマの選別とクローニング p.32
2.3.3.4 免疫染色による1C4G5の特異性の解析 p.33
2.3.4 ラットリンパ節法による抗NB-2抗体の作製(3回目) p.33
2.3.4.1 ラットへの免疫 p.33
2.3.4.2 細胞融合 p.33
2.3.4.3 ハイブリドーマの選別とクローニング p.34
2.3.4.4 1A6H5を用いた免疫蛍光染色 p.34
2.3.4.5 Western blottingによる1A6H5の特異性の解析 p.34
2.4 考察 p.36
第3章 聴覚系におけるNB-2の局在解析 p.49
3.1 緒言 p.49
3.2 実験方法 p.52
3.2.1 実験動物 p.52
3.2.2 能切片の作製 p.52
3.2.3 蛍光免疫染色 p.52
3.2.4 in situハイブリダイゼーション p.53
3.2.4.1 RNA probeの合成 p.53
3.2.4.2 in situハイブリダイゼーション p.53
3.2.4.3 in situハイブリダイゼーションと免疫蛍光染色の二重染色 p.55
3.3 結果 p.56
3.3.1 聴覚経路におけるNB-2の局在解析 p.56
3.3.2 聴性脳幹におけるNB-2発現細胞の同定 p.57
3.3.3 発達時期の聴性脳幹におけるNB-2、VGLUT1の発現様式の変化 p.59
3.4 考察 p.61
第4章 NB-2の欠損による聴覚系神経回路形成への影響 p.78
4.1 緒言 p.78
4.2 実験方法 p.81
4.2.1 実験動物 p.81
4.2.2 灌流固定 p.81
4.2.3 脳切片の作製 p.81
4.2.4 蛍光免疫染色 p.81
4.2.5 in situハイブリダイゼーション p.83
4.2.5.1 RNA probeの合成 p.83
4.2.5.2 in situハイブリダイゼーション p.83
4.2.5.3 in situハイブリダイゼーションと免疫蛍光染色の二重染色 p.84
4.2.6 ABRの測定 p.84
4.2.7 統計処理 p.85
4.3 結果 p.86
4.3.1 マウス聴覚系におけるNB-2の局在解析 p.86
4.3.2 マウス蝸牛神経核におけるNB-2発現神経細胞の同定 p.86
4.3.3 NB-2欠損型マウスにおけるグルタミン酸作動性ニューロンの変化 p.87
4.3.4 NB-2欠損型マウスの聴覚系にいおけるアポトーシスの比較解析 p.90
4.3.5 NB-2欠損型マウスのABR解析 p.92
4.4 考察 p.93
第5章 まとめ p.110
謝辞 p.112
参考文献 p.113
公表論文 p.123
神経回路は、発生初期に分化誘導された神経細胞が、誘引と反発,接着と解離を繰り返しながら目的の場所へと移動し、軸索を伸張して標的細胞とシナプスを形成することによって機能的なネットワークを形成している。この神経回路の形成や発達には多くの接着分子が関与している。接着分子のひとつであるNB-2は出生後のシナプス形成やミエリン鞘形成時期に発現が急激に高くなり、その後、減少することから、神経回路の形成や発達に関与している可能性が考えられる。これまでの本研究室の研究によって、NB-2は生後初期の聴覚系で強く発現しており、NB-2欠損マウスでは聴覚系に異常があることが明らかになっている。生後の聴覚系では、音刺激が神経回路の発達に重要であると考えられているが、そのメカニズムは明らかにされていない。NB-2の発現は、この聴覚系神経回路の発達が起こる時期に強いこと、NB-2が欠損することで聴覚系の機能に異常が起こることから、NB-2は聴覚系神経回路の形成や発達に関与していることが考えられる。そこで本研究では、聴覚系神経回路の形成や発達におけるNB-2の機能解明を目的として進めた。
先ず初めにNB-2の機能を解析するために必要な抗NB-2モノクローナル抗体の作製を行った。マウス脾臓法とラットリンパ節法によって、6種類の抗体を作製することが出来た。これら6種類の抗体は、使用できる実験方法が異なっており、すべての実験に使用可能な万能な抗体を作製することができなかった。しかし、この6種類の抗体を使い分けることで、本研究を進めることができた。
発達時期の聴覚系におけるNB-2の発現部位や発現細胞を明らかにすることによって、聴覚系神経回路の発達過程とNB-2の発現・局在を比較することが可能になり、NB-2の聴覚系での役割について手がかりを得ることができる。そこで、作製した抗NB-2モノクローナル抗体を用いた免疫染色法により、NB-2の局在部位、発現時期、および発現細胞を明らかにした。その結果、NB-2は聴覚系のすべての部位で発現し、特に聴性脳幹(auditory brainstem)である腹側蝸牛神経核(VCN)、上オリーブ核(SOC)、外側毛帯核(LL)、下丘(IC)の部位で発現が強く、VCNやICでは、高周波の音に反応する部位でNB-2の発現が強かった。また、ラットの聴性脳幹の神経核では、NB-2の発現は生後7日に最大であった。NB-2はグルタミン酸作動性ニューロンの軸索やシナプス部位に局在しており、特にVCNではspherical bushy neuronと globular bushy neuronがNB-2を発現していた。これらの結果より、NB-2はグルタミン酸作動性ニューロンのシナプス形成やその成熟に重要な働きをしており、聴覚系の神経回路形成に関与していることが強く示唆された。
そこで、NB-2欠損型マウスの聴覚系の構造と機能を解析してNB-2の欠損が聴覚系神経回路形成に与える影響を評価することによって、聴覚系の神経回路形成におけるNB-2の働きを明らかにすることを考えた。NB-2は、生後初期の聴性脳幹のグルタミン酸作動性ニューロンに強く発現していたため、グルタミン酸作動性ニューロンであるspherical bushy neuronと globular bushy neuronに注目してNB-2欠損型マウスの解析を行った。その結果、NB-2欠損型マウスでは、spherical bushy neuronやglobular bushy neuronが形成するグルタミン酸作動性シナプスの数が減少し、spherical bushy neuronやglobular bushy neuronだけではなく、投射先であるMNTBのprincipal neuronがアポトーシスを起こしていることが明らかとなった。更に、NB-2欠損型マウスの聴性脳幹の機能を解析する目的で、聴性脳幹反応(ABR)を測定した。その結果、spherical bushy neuronやglobular bushy neuronなどから構成される蝸牛核由来のABRが遅れて検出され、この部分の神経回路の働きに異常があることが明らかとなった。
以上のことから、本研究によりNB-2は聴覚系おいてグルタミン酸作動性ニューロンのシナプス形成や成熟に関与し、聴覚系神経回路の構築に重要であることが明らかとなった。
本論文は、「聴覚系神経回路形成に関わる神経認識分子NB-2の機能解析」と題し、神経認識分子NB-2が聴覚系の神経回路の形成や発達にどのように関与しているのか分子レベルで明らかにすることを目的として行われた一連の研究をまとめたものである。本論文は5章で構成され、以下の通りである。第1章は本研究の背景および現在まで得られている神経認識分子NB-2についての知見をまとめ、本研究を行う意義をまとめている。第2章ではNB-2の解析に必要な抗NB-2モノクローナル抗体の作製について述べている。第3章では作製した抗体を用いて行ったNB-2の発現解析について述べている。第4章では、NB-2遺伝子欠損型マウスを用いて行った形態学的、行動学的解析について述べている。最後に第5章で総括を述べている。
抗NB-2モノクローナル抗体の作製では、マウス脾臓法とラットリンパ節法によって、6種類の抗体を作製している。作製した抗NB-2モノクローナル抗体を用いて聴覚系におけるNB-2の局在部位、発現時期、発現細胞の解析を行い、NB-2の発現が発達時期の聴性脳幹の部位で強いことや、NB-2はグルタミン酸作動性ニューロンで発現し軸索やシナプス部位に局在していることを明らかにしている。これらの結果は、NB-2はグルタミン酸作動性ニューロンのシナプス形成やその成熟に重要な働きをしていることを強く示唆している。次に、これらの結果に基づき、NB-2の欠損がグルタミン酸作動性ニューロンのシナプス形成やその成熟に与える影響を明らかにするために、グルタミン酸作動性ニューロンであるglobular bushy neuronのシナプスに注目してNB-2遺伝子欠損型マウスの形態学的解析を行っている。その結果、NB-2欠損型マウスではglobular bushy neuronのシナプスの形成や成熟に異常があること、及びシナプスの形成の異常によって蝸牛神経核や台形体核の神経細胞がアポトーシスを引き起こすことを明らかにしている。更にNB-2遺伝子欠損型マウスの行動学的解析を行い、聴性脳幹の聴覚機能に異常があることを明らかにしている。本研究で得られた知見は、聴覚系の神経回路形成やその発達における神経認識分子の重要性を明らかにしており、聴覚系の神経回路形成のメカニズムの解明に繋がるものと考えられる。 よって、本論文は学術的にも工学的にも貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。