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アクトミオシン相互作用における調節蛋白質の動的構造

氏名 水野 裕昭
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第391号
学位授与の日付 平成19年3月26日
学位論文題目 アクトミオシン相互作用における調節蛋白質の動的構造
論文審査委員
 主査 助教授 本多 元
 副査 教授 渡邉 和忠
 副査 教授 古川 清
 副査 長岡技術科学大学名誉教授 松野 孝一郎
 副査 日本福祉大学教授 御橋 廣眞

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第1章 序論 p.1
 1.骨格筋の構成 p.1
 1-1 サルコメア構造 p.1
 1-2 細い繊維の構成 p.1
 1-2-1 アクチン p.4
 1-2-2 トロポミオシン p.4
 1-2-3 トロポニン p.6
 2.立体障害による筋収縮調節機構 p.8
 3.構造変化による筋収縮調節機構 p.11
 4.細い繊維のin vitroでの知見 p.13
 5.本研究の目的と意義 p.14

第2章 トロポニンの構造変化の伝播 p.15
 1.試薬・方法 p.15
 1-1 試薬 p.15
 1-2 試料蛋白質の精製 p.16
 1-2-1 アクチンの精製 p.16
 1-2-2 ミオシンの精製とヘビーメロミオシンの調製 p.16
 1-2-3 トロポニンの精製 p.17
 1-3 アクチン繊維の蛍光標識 p.19
 1-4 トロポミオシンを除いた細い繊維の調製 p.19
 1-5 共沈殿実験とデンシトメトリー p.20
 1-5-1 共沈殿実験 p.20
 1-5-2 電気泳動 p.22
 1-6 In vitro motility assay p.24
 2.結果 p.27
 2-1 トロポニンとアクチン分子の結合量 p.27
 2-2 トロポニンのアクチン繊維の滑り運動への影響 p.29
 2-3 TN-アクチン繊維の滑り運動 p.32
 2-4 アクチンとミオシンの結合に与えるトロポニンの影響 p.34
 3.考察 p.36
 3-1 アクチン繊維の運動性におけるトロポニンの影響 p.36
 3-2 アクトミオシンの結合におけるトロポニンの影響 p.38
 3-3 トロポニンがアクトミオシン相互作用に与える影響 p.39

第3章 細い繊維におけるトロポミオシンの機能 p.40
 1.トロポミオシンの機能 p.40
 1-1 細い繊維とトロポニン-アクチン繊維の相違 p.40
 1-2 蛋白質の機能と構造変化 p.41
 1-3 トロポミオシンの構造変化 p.42
 2.試薬・方法 p.44
 2-1 試薬 p.44
 2-2 トロポミオシンの精製 p.45
 2-3 架橋トロポミオシンと架橋開裂トロポミオシンの調製 p.47
 2-4 トロポミオシン-アクチン繊維の調製 p.49
 2-5 ATPase活性測定 p.50
 3.結果 p.51
 3-1 トロポミオシンの架橋と開裂 p.51
 3-2 架橋トロポミオシンの滑り速度に与える影響 p.53
 3-3 開裂トロポミオシンの滑り速度への影響 p.55
 3-4 アクトミオシンATPase活性における架橋トロポミオシンの影響 p.58
 4.考察 p.60
 4-1 アクチン繊維の滑り速度における架橋トロポミオシンの影響 p.60
 4-2 トロポミオシン二重螺旋間の架橋とアクチン繊維の運動性 p.61
 4-3 アクトミオシンATPase活性における二重螺旋間の架橋の影響 p.62

第4章 結論 p.63

参考文献 p.64

謝辞

 脊椎動物は生命を維持するために生物個体の移動や、内臓の蠕動運動など、様々な運動を筋肉組織によって行っている。この筋肉組織はアクチンを主成分とする細い繊維とミオシンからなる太い繊維から構成され、これら2つの繊維が互いに滑り込むことで筋肉は収縮している。また筋肉は収縮と弛緩の切り替えをカルシウムイオン濃度に依存して行っており、骨格筋において収縮・弛緩の切り替えは細い繊維上に存在するトロポミオシンとトロポニンと呼ばれる蛋白質が行っている。しかし、これらアクチン-ミオシン間(アクトミオシン)の相互作用の調節機構は未だ不明な点が多い。
 本研究では細い繊維内において、カルシウムイオン濃度に依存してトロポニンが構造変化したという情報(トロポニンの構造情報)が、アクチン繊維に伝達される分子機構を知ることを目的とした。
 第1章では骨格筋と細い繊維の構成、トロポミオシンとトロポニンの機能、筋収縮の調節機構、in vitroでの細い繊維の知見をまとめ、本研究の目的と意義を述べた。
 第2章ではトロポニンがアクトミオシン相互作用に直接与える影響を調べた。生理的条件下において、トロポニンはトロポミオシンが無ければ、アクチン繊維と結合できないことが知られている。しかしアクトミオシンのATP加水分解活性を抑制するトロポニンサブユニットが単体でもアクチンと結合する報告もあることから、トロポミオシンを介さずにトロポニンをアクチンと直接結合させることで、その機能を発揮できると私は考えた。本章では、トロポニンとアクチン分子を直接結合させた繊維の調製に初めて成功し、この繊維における蛋白質の結合能や運動性を観察した。その結果、1)トロポニンはアクチンと等モル比で直接結合できること。2)トロポニンが結合したアクチン繊維の滑り運動は、カルシウムイオン濃度に依存して調節されること。3)アクトミオシンの結合もカルシウムイオン濃度に依存して調節されることがわかった。これらのことからトロポニンはアクトミオシン相互作用を、トロポミオシンを介さないで直接調節できることを明らかにした。しかしこのトロポニンの調節機能は、アクチン分子とトロポニンが等モル比で結合しなければ見られず、これ以下しか結合していない場合は機能が十分に発揮されなかった。生体中の細い繊維ではトロポニンはトロポミオシンと結合し、7分子のアクチンに跨って結合している。このことから、トロポミオシンはトロポニンの構造情報をアクチンに伝達し、アクチン繊維の運動を制御する機能を潜在的に持っていることが予想される。
 第3章では第2章で予想した、トロポミオシンによるアクチン繊維の運動制御機能について調べた。トロポミオシンの構造状態を変化させることで、そのトロポミオシンが結合したアクチン繊維の運動も変化すると考えられる。トロポミオシンはサブユニットが二重螺旋を形成した単純な構造をとっている。この二重螺旋間を2種類の化学架橋剤、Dimetyl suberimidate(DMS)とDimethyl 3, 3'-dithiobispropionimidate(DTBP)を用いて架橋し、2本の螺旋間の"動きやすさ"の制限を試みた。DMSとDTBPは共にアミノ基に反応し、約11Åの長さの架橋剤であるが、DTBPは分子の中央にS-S結合を含み、その部分は還元剤で開裂することができる。この2つの架橋剤によって処理したトロポミオシンを結合させたアクチン繊維の運動性を観察した。その結果、1)DMS、DTBPはともに二重螺旋を完全に架橋し、2)架橋されたトロポミオシン分子をアクチン繊維と混合することで、繊維の運動性は阻害され、4)架橋を開裂したトロポミオシンでは、アクチン繊維の運動性は抑制されなかった。これらのことから、この抑制の原因はアミノ酸残基の化学修飾ではなく、二重螺旋間の動きやすさが変化したことにあると考えられる。つまり螺旋間架橋により"動きやすさ"が制限されたトロポミオシンがアクチンと結合する事で、繊維の滑り運動が抑制されることが明らかになった。
 第4章では今回、明らかになったトロポニンとトロポミオシンの機能についてまとめた。
 即ち本論文においては、1)トロポミオシンを介さずに、トロポニンの構造変化はアクチン繊維に伝達し、繊維の滑り運動を直接調節したこと。2)トロポミオシン分子の動的構造の制限でアクチン繊維の運動が制御された事がわかった。この2つの結果は、アクチンヘ直接伝わるトロポニンの構造変化と、トロポミオシンの単純な二重螺旋という構造の動的構造が細い繊維の滑り運動調節の主要な因子であることを示しており、本研究は蛋白質の動的構造とその機能が深く関係していることを示した最初の研究である。

 本論文は、「アクトミオシン相互作用における調節タンパク質の動的構造」と題し、4章より構成されている。第1章「序論」では、骨格筋の構造から始まり筋肉タンパク質の網羅的な説明に始まり、分子レベルの収縮機構やそれらの分子モデル説について述べるとともに、筋収縮の調節に関して未解決の点を明確に示し本研究の位置づけと重要性について述べている。
 第2章では、細胞内で収縮情報を受け取る「トロポニン」というタンパク質に注目して研究を行っている。申請者はトロポニンが単独で収縮調節を行えると想定し、収縮をつかさどるアクトミオシンに結合させることを試み、1対1で直接させることに成功した。さらにこの結合が生体内でのトロポニンと同様の調節を受けることを示し、この結果の生理的意義について議論している。
 第3章では、トロポニンと並んで調節にかかわる主要なタンパク質である「トロポミオシン」に着目している。このタンパク質は98%以上α―へリックス構造をしており、その構造の単純さゆえに構造機能相関の点からのアプローチがなされていなかった。申請者は、トロポミオシン中の二本のへリックスに注目し、これらの間の結合の柔軟性に調節機構の鍵があると言う仮説を立てた。この仮説を検証するために、二本のへリックスを化学的な架橋反応により結合し柔軟性を失わせせる研究を行った。柔軟性を失った分子はアクトミオシンの相互作用を失い運動性を示さなかった。また、化学開裂反応により柔軟性を回復させることで活性が回復することも示した。
 第4章では前章まで出述べた実験結果に基づき、筋肉収縮調節の分子機構に関して独自の分子モデルを示している。このモデルには大きな特徴が二つある。一つ目は、調節にかかわる二つのタンパク質(トロポニンとトロポミオシン)がそれぞれ独自の役割を担っていることで、第二章で述べたトロポニンの機能と第3章で述べたトロポミオシンの機能がそれぞれ独立に活性を発言できることに根拠がある。二つ目は、トロポミオシンの柔軟性がアクトミオシンの運動活性に直接かかわっているという点である。柔軟性を変化させることでアクトミオシンの運動活性を可逆的に変化させることができたことに基づいている。
 第3章で述べた研究は、タンパク質の化学修飾や、遺伝子組み換えなどによる研究では決して示すことのできない結果であり、実験技術上も有意義である。
 さらに、論文題目にあるように、トロポミオシンという単純なタンパク質の(静的な立体構造ではなく)動的構造がその生理的機能と直結していることを具体的に示した、世界初の実験結果である。よって、本論文は学術的及び工学上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。

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