NMR法による加硫天然ゴムの構造解析
氏名 宇川 仁太
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第426号
学位授与の日付 平成19年3月26日
学位論文題目 NMR法による加硫天然ゴムの構造解析
論文審査委員
主査 助教授 河原 成元
副査 教授 西口 郁三
副査 教授 塩見 友雄
副査 教授 五十野 善信
副査 助教授 竹中 克彦
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第1章 総合序論
1-1 各種のNMR測定法の原理および加硫ゴム測定への適用 p.1
1-1-1 溶液および固体NMR法
1-1-2 ラテックスNMR法
1-1-3 ラテックスNMR法に関する研究
1-1-4 各種NMR法による加硫ゴムの測定
1-2 加硫ゴムの架橋構造 p.5
1-2-1 加硫反応機構からの架橋構造の推定
1-2-2 NMR法による架橋点の構造解析
1-3 架橋構造と力学物性 p.7
1-4 本研究の目的と概要 p.7
1-5 参考文献 p.9
第2章 ラテックスNMR法による加硫NRの架橋点の構造解析
2-1 緒言 p.27
2-2 実験 p.27
2-2-1 試料
2-2-2 測定
2-3 結果と考察 p.29
2-3-1 加硫NRのラテックスNMRスペクトル
2-3-2 定量的測定のためのラテックスNMR測定条件
2-3-3 加硫により現れるシグナルのキャラクタリゼーション
2-4 結論 p.32
2-5 参考文献 p.32
第3章 加硫NRのモデル化合物の架橋点の構造解析
3-1 緒言 p.45
3-2 実験 p.45
3-2-1 試料
3-2-2 測定
3-3 結果と考察 p.46
3-3-1 未加硫および加硫液状cis-1,4-ポリイソプレンのNMRスペクトル
3-3-2 加硫液状cis-1,4-ポリイソプレンのDEPTおよびAPT測定による構造解析
3-3-3 加硫液状cis-1,4-ポリイソプレンの2次元NMR測定による構造解析
3-3-4 加硫反応の機構
3-4 結論 p.48
3-5 参考文献 p.49
第4章 加硫trans-1,4-ポリイソプレンの構造解析
4-1 緒言 p.58
4-2 実験 p.58
4-2-1 試料
4-2-2 測定
4-3 結果と考察 p.59
4-3-1 加硫trans-1,4-ポリイソプレンと加硫NRの比較
4-3-2 加硫スクアレンのNMRスペクトル
4-3-3 サイズ排除クロマトグラフィーによる加硫スクアレン生成の確認
4-3-4 加硫スクアレンのDEPTおよびAPT測定による構造解析
4-3-5 加硫スクアレンの2次元NMR測定による構造解析
4-4 結論 p.62
4-5 参考文献 p.63
第5章 加硫NRの架橋構造と力学物性との関係
5-1 緒言 p.75
5-2 実験 p.75
5-2-1 試料
5-2-2 測定
5-3 結果と考察 p.76
5-3-1 配合量とシグナル強度比との関係
5-3-2 架橋密度とシグナル強度比との関係
5-3-3 力学物性とシグナル強度比との関係
5-4 結論 p.78
5-5 参考文献 p.79
第6章 総括 p.95
謝辞 p.97
加硫ゴムの架橋点はエラストマーの力学物性を支配する重要な因子であり,精緻に構造解析する必要がある。架橋点は硫黄に結合している炭素原子であり,架橋点の構造はこの炭素原子の置換基の数および構造により特徴づけられる。このような原子オーダーでの構造解析には核磁気共鳴(NMR)法が有効である。とりわけ,加硫ゴムは三次元網目構造を有しており溶媒に溶解することができないため,架橋点の構造解析には主に固体NMR法が用いられている。しかしながら,固体NMR法は溶液NMR法と比較して分解能が低く,構造解析に有効な種々のパルス系列を適用することが困難である。それゆえ,固体NMR法による架橋点の構造解析は,加硫反応機構より推定された生成物の構造に基づいて行われているだけである。したがって,適切な測定法により架橋点の構造を正確に解析し,その構造が力学物性に果たす役割を解明することが望まれる。そこで,本研究ではラテックスNMR法をはじめとする各種のNMR法を用いて加硫天然ゴム(NR)の架橋点の構造を明らかにすることを目的とした。
ラテックスNMR法はラテックス状態にある高分子を溶液NMR法と同じ条件で測定する方法である。ラテックスNMR法では,分散質が回転運動や併進運動を行うことにより双極子-双極子相互作用や化学シフト異方性が相殺および平均化されると考えられる。すなわち,加硫ゴムにラテックスNMR法を適用した場合,分散質の運動により架橋による不均一性に起因する問題が解決され,高分解能スペクトルを得ることができると考えられる。さらに,ラテックスNMR法は溶液NMR法と同じ条件で測定できるため,溶液NMR法と同じパルス系列を適用することができる。したがって,加硫ゴムの構造解析にラテックスNMR法を用いることにより,固体NMR法では適用が困難であるDistortionless Enhancement by Polarization Transfer (DEPT)およびAttached Proton Test (APT)などのパルス系列が適用可能となるため,架橋点における炭素原子の置換基数などを実証的に解析することができると考えられる。
本研究では、加硫NRの構造解析を行うために,加硫NRにラテックスNMR法を適用した。加硫NRのラテックス13C-NMR測定において定量的なシグナルの積分強度比を得るための条件を検討し,最適なパルス繰り返し時間が3秒であることを示した。次に、この条件で測定を行った加硫NRのラテックス13C-NMRスペクトルには未加硫NRには現れないシグナルが示されることを見いだした。これらのシグナルはDEPT測定やAPT測定により,架橋点の2級,3級および4級炭素に帰属された。この帰属を裏付けるため,NRのモデル化合物として液状cis-1,4-ポリイソプレンを用いた。液状cis-1,4-ポリイソプレンを加硫し、溶液NMR法によりその架橋点の構造解析を試みた。液状cis-1,4-ポリイソプレンの加硫により溶液13C-NMRスペクトルに示されたシグナルは,NRの加硫により示されたシグナルの化学シフトとほぼ同じであることを見いだした。これらのシグナルはDEPT測定およびAPT測定により2級,3級および4級炭素であると帰属され,加硫NRの架橋点の置換基数と同じであることが示された。さらに、加硫液状cis-1,4-ポリイソプレンにHeteronuclear Correlation (HETCOR)およびHeteronuclear Multiple Bond Correlation (HMBC)測定を適用することにより,架橋点がC1,C2,C3およびC5が硫黄に結合した構造および分子鎖切断により生成するC1が硫黄に結合した構造であることを明らかにした。
NRの架橋点のイソプレン単位がtrans体であることを証明するため,モデル化合物としてtrans-1,4-ポリイソプレンおよびスクアレンを用いて架橋点の構造解析を行った。trans-1,4-ポリイソプレンの加硫により示されたシグナルは,NRの加硫により示されたシグナルの化学シフトとほぼ同じであることを見いだした。さらに,加硫スクアレンについて溶液NMR法により種々のパルス系列を用いて構造解析を行い,これまで得られた知見と総合することにより,NRの架橋点のイソプレン単位がtrans体であることを示した。
これまでの知見に基づき、加硫NRの架橋点の構造と力学物性との相関について検討を行った。NRに配合した硫黄および加硫促進剤の配合量を増量するにしたがって、13C-NMRスペクトルに現れる架橋点のシグナル強度が高くなることを見いだした。さらに,加硫NRの架橋密度および応力と架橋点のシグナル強度の相関について検討を行い,架橋点の構造が力学物性に与える影響を明らかにした。
本研究により加硫NRの架橋点は, C1,C2,C3およびC5が硫黄に結合した構造および分子鎖切断により生成するC1が硫黄に結合した構造であり,これらの架橋点をもつイソプレン単位はtrans体であることが明らかとなった。この知見に基づき,加硫NRの架橋点の構造に力学物性が依存することを示した。
本論文は、「NMR法による加硫天然ゴムの構造解析」と題し、6章より構成されている。
第1章「総合序論」では、加硫天然ゴムの架橋点の構造解析に関する従来の研究概要、加硫天然ゴムという三次元架橋物の構造解析にラテックスNMR法を適用することの意義、架橋点の構造を実証的に決定する方法を確立することの重要性が論述され、本研究の目的と範囲が述べられている。
第2章「ラテックスNMR法による加硫NRの架橋点の構造解析」では、ラテックスNMR法により加硫天然ゴムの架橋点の構造が解析されている。加硫天然ゴムのラテックス13C-NMRスペクトルには未加硫天然ゴムには現れないシグナルが示されることが見いだされ、これらのシグナルについて種々のパルス系列が適用され、架橋点の炭素原子の置換基の数が実証的に解析されている。
第3章「加硫NRのモデル化合物の架橋点の構造解析」では、天然ゴムの低分子量モデル化合物として液状cis-1,4-ポリイソプレンが用いられ、溶液NMR法によりその加硫物の架橋点の構造解析が行なわれている。液状cis-1,4-ポリイソプレンを加硫後に溶液13C-NMRスペクトルに示されたシグナルは、天然ゴムの加硫により示されたシグナルの化学シフトとほぼ同じであることが見いだされ、二次元NMR測定を行うことによりこれらのシグナルが実証的に帰属されている。
第4章「加硫trans-1,4-ポリイソプレンの構造解析」では、天然ゴムの架橋点のイソプレン単位がtrans-1,4-単位であることを証明するため、モデル化合物としてtrans-1,4-ポリイソプレンおよびスクアレンが用いられ、架橋点の構造解析が行なわれている。trans-1,4-ポリイソプレンを加硫後に固体13C-NMRスペクトルに示されたシグナルは、天然ゴムの加硫により示されたシグナルの化学シフトとほぼ同じであることが示されている。さらに、加硫スクアレンについて溶液NMR法により種々のパルス系列を用いて構造解析を行い、第2章および第3章で得られた知見と併せて、天然ゴムの架橋点のイソプレン単位はcis-1,4-単位が異性化したtrans-1,4-単位であることが明らかにされている。
第5章「加硫NRの架橋構造と力学物性との関係」では、第2章から第4章までの研究により明らかになった加硫天然ゴムの架橋点の構造と、力学物性との相関に関する検討が行なわれている。まず、天然ゴムに配合した硫黄および加硫促進剤の配合量が13C-NMRスペクトルに現れる架橋点のシグナル強度比と相関づけられている。さらに、加硫天然ゴムの架橋密度および応力が13C-NMRスペクトルに現れる架橋点のシグナル強度比と相関づけられ、架橋点の構造が力学物性に影響を及ぼすことが明らかにされている。
第6章「総括」では、加硫天然ゴムの架橋点の構造および架橋点の構造が力学物性と相関することが結論付けられている。以上述べたように、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認められる。