バクテリアによるリグニン由来化合物の脱メチル機構
氏名 阿部 友邦
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第392号
学位授与の日付 平成19年3月26日
学位論文題目 バクテリアによるリグニン由来化合物の脱メチル機構
論文審査委員
主査 教授 福田 雅夫
副査 教授 大橋 晶良
副査 助教授 岡田 宏文
副査 助教授 高橋 祥司
副査 助教授 政井 英司
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序章 p.1
第1章 シリンガ酸脱メチル酵素遺伝子(desA)の単離と機能解析 p.8
1.1. 緒言 p.8
1.2. 材料と方法 p.8
1.3. 結果 p.17
1.3.1. シリンガ酸資化能欠損株の単離 p.17
1.3.2. シリンガ酸脱メチル酵素遺伝子の単離 p.19
1.3.3. desA遺伝子の塩基配列 p.21
1.3.4. desA遺伝子の大腸菌による発現とdesA遺伝子産物のシリンガ酸脱メチル活性 p.26
1.3.5. DesAのN末端アミノ酸配列 p.26
1.3.6. DesAの至適反応条件 p.28
1.3.7. C1-H4folateの同定 p.28
1.3.8. 基質特異性 p.30
1.3.9. SYK-6株におけるシリンガ酸脱メチル活性の誘導性 p.30
1.3.10. desA及びligH遺伝子破壊株の作製 p.33
1.3.11. desA及びligH遺伝子破壊株の解析 p.33
1.3.12. Methylobacterium chloromethanicum CM4株のC1遺伝子によるmetF及びligH破壊株のバニリン酸生育能の相補 p.33
1.4. 考察 p.37
第2章 バニリン酸/3MGA脱メチル酵素遺伝子(ligM)の単離と機能解析 p.39
2.1. 緒言 p.39
2.2. 材料と方法 p.39
2.3. 結果 p.47
2.3.1. バニリン酸脱メチル酵素遺伝子の単離 p.47
2.3.2. ligM遺伝子の塩基配列 p.47
2.3.3. ligM遺伝子の大腸菌による発現 p.54
2.3.4. LigMのN末端アミノ酸配列 p.55
2.3.5. LigMの至適反応条件 p.55
2.3.6. 基質特異性 p.56
2.3.7. LigMとバニリン酸及び3MGAとの反応で生成する産物の同定 p.56
2.3.8. C1-H4folateの同定 p.57
2.3.9. ligM-metF-ligH遺伝子クラスターのRT-PCR解析 p.58
2.3.10. ligMオペロンの転写開始点 p.59
2.3.11. SYK-6株におけるバニリン酸脱メチル活性の誘導性 p.60
2.3.12. ligM遺伝子破壊株の作製 p.60
2.3.13. ligM破壊株及びligM desA二重破壊株のバニリン酸とシリンガ酸における生育能 p.61
2.3.14. ligM遺伝子によるDDAM株のバニリン酸生育能の相補 p.62
2.3.15. ligM破壊株のバニリン酸、シリンガ酸、3MGA変換能 p.62
2.3.16. ligM破壊株におけるシリンガ酸脱メチル活性 p.63
2.4. 考察 p.65
総括 p.67
謝辞 p.69
公表論文 p.70
引用文献 p.71
樹木成分であるリグニンは、植物体細胞壁成分の約30%を占める地球上で最も多量に存在する芳香族化合物であり、リグニンをセルロースとともにバイオマス資源として有効に利用することが期待されている。しかし、リグニンの難分解で複雑な構造から有効な利用法が見出されておらず、そのほとんどが廃棄されるか熱源として利用されているに過ぎない。
リグニン有効利用の一方策として、微生物の酵素機能を利用してリグニンから特定の有用な代謝産物を生産することが提案されている。パルプ廃液処理槽から単離されたSphingomonas paucimobilis SYK-6株は、リグニンに由来する低分子の芳香族化合物を唯一の炭素源、エネルギー源として生育し、これら化合物を多様で特異的な酵素系によって代謝することから、本株のリグニン代謝系遺伝子群を利用してリグニンから有用物質を生産する組換え微生物を創製することが可能と考えられる。SYK-6株により、グアイアシルプロパン構造及びシリンギルプロパン構造を基本骨格とするリグニン二量体化合物は、それぞれバニリン酸及びシリンガ酸に分解され、これら化合物は脱メチルを受けプロトカテク酸(PCA)と3-O-メチルガリック酸 (3MGA)に変換される。その後、PCAはPCA 4,5-開裂経路を経由して最終的にピルビン酸とオキサロ酢酸に分解され、TCA回路へ導入される。
一方、3MGAはさらなる脱メチルを受けてガリック酸に変換されるか、もしくはジオキシゲナーゼによる芳香環開裂を受けてPCA 4,5-開裂経路に合流して代謝されることが推定されている。以上のようにPCA及び3MGAの代謝経路の概要についてはほぼ解明されてきたが、シリンガ酸、バニリン酸、及び3MGAの脱メチルに関与する酵素系については明らかにされていなかった。本研究では、リグニン由来化合物に特有なメトキシル基を水酸基へと変換し、芳香環開裂ジオキシゲナーゼの基質となるジオール構造を生成するために必須な反応段階である脱メチルに関与する酵素系について解析を行った。
第1章では、シリンガ酸生育能を欠損したSYK-6株変異体を単離し、変異体のシリンガ酸生育能を相補するdesA遺伝子をクローニングした。desAは大腸菌のグリシン開裂に関与するアミノメチルトランスフェラーゼと22%の同一性を示したが、既知のバニリン酸脱メチル酵素との相同性は認められなかった。desA遺伝子産物の機能解析より、DesAはシリンガ酸のメトキシル基のメチル部分をテトラヒドロ葉酸(H4folate)に転移する反応を触媒し、反応産物として3MGAと5-methyl-H4folateが生じることが明らかとなった。これまでにH4folate依存性のバニリン酸脱メチル酵素は嫌気性細菌で報告されているが、この酵素系では2種のメチルトランスフェラーゼの働きによりメトキシル基のメチル部分がコリノイドタンパク質を経由してH4folateに転移されることから、DesAはこれとは異なる新規の脱メチル酵素であることが示された。
第2章では、宿主であるS. paucimobilis IAM12578株にバニリン酸脱メチル活性を与えるligM遺伝子をクローニングした。ligMはdesAとアミノ酸レベルで49%の同一性を示し、ligM遺伝子産物がDesAと同様の反応機構によってバニリン酸及び3MGAのメトキシル基のメチル部分をH4folateに転移することが示され、本遺伝子がバニリン酸/3MGA脱メチル酵素をコードすることが明らかとなった。遺伝子破壊株の解析により、ligMはSYK-6株におけるバニリン酸代謝に主要な役割を担うとともに、3MGAの脱メチルに必須の遺伝子であることが示された。また、ligMは、H4folateを介したCl代謝に関与すると考えられる5,10-methylene-H4folate reductase遺伝子metF及び10-formyl-H4folate変換酵素遺伝子ligHとオペロンを形成しており、バニリン酸の脱メチル酵素遺伝子とCl代謝系遺伝子が同一の転写制御を受けていることが示された。
また本研究では、SYK-6株がPCAを唯一の炭素源、エネルギー源として生育する際にメチオニン要求性を示すことを見出した。SYK-6株がPCAにメチルが付加されたバニリン酸で生育する場合にはメチオニン要求性を示さず、バニリン酸の脱メチルで生成する5-methyl-H4folateがメチオニンの生合成に要求されるという事実から、SYK-6株のリグニン由来化合物の脱メチルは、これら化合物の分解に必須であるだけでなく、メチオニン生合成に要求される5-methyl-H4folateを供給する上でも不可欠な反応過程であることが強く示唆された。
本論文は、樹木成分である微生物の分解酵素系を用いたリグニンの有用物質への変換システムの確立を目指し、リグニン分解細菌スフィンゴモナス属SYK-6株のシリンガ酸およびバニリン酸代謝系の全体像を明らかにすることを目的として、両化合物の代謝に関与する脱メチルシステムについて遺伝学的、生化学的解析を行った一連の研究結果をまとめている。
本論文では、まず、シリンガ酸生育能を欠損したSYK-6株変異体を単離し、変異体のシリンガ酸生育能を相補するdesA遺伝子をクローニングした。そしてDesAが既知のバニリン酸脱メチル酵素とは相同性を示さないこと、シリンガ酸メトキシル基のメチル部分をテトラヒドロ葉酸に直接転移する反応を触媒すること、反応産物として3-O-メチルガリック酸と5-メチルテトラヒドロ葉酸が生じることを明らかにした。また、遺伝子破壊株の解析により、desA遺伝子はSYK-6株におけるシリンガ酸代謝に必須であることを示した。次に、バニリン酸変換能を持たない宿主にバニリン酸脱メチル活性を付与するligM遺伝子をクローニングした。そしてligMがdesAとアミノ酸レベルで49%の同一性を示すこと、ligM遺伝子産物がDesAと同様の反応機構によってバニリン酸および3-O-メチルガリック酸メトキシル基のメチル部分をテトラヒドロ葉酸に転移することを明らかにした。この結果、本遺伝子がバニリン酸および3-O-メチルガリック酸脱メチル酵素をコードすることが判明した。遺伝子破壊株の解析により、ligMはSYK-6株におけるバニリン酸代謝に主要な役割を担うとともに、3-O-メチルガリック酸の脱メチルに必須の遺伝子であることが示された。またligMは、テトラヒドロ葉酸を介したC1代謝に関与すると考えられるmetF遺伝子およびligH遺伝子とオペロンを形成しており、バニリン酸の脱メチル酵素遺伝子とC1代謝系遺伝子が同一の転写制御を受けていることが示された。
本論文では2つの新規脱メチル酵素遺伝子について解析を行い、リグニン由来化合物に特有なメトキシル基を水酸基に変換して、続く芳香環開裂反応の基質を生成するために必須な脱メチル機構を明らかにした。本研究で得られた知見は、微生物によるリグニン代謝系を理解する上で重要であるだけでなく、工業的に有用な代謝産物をリグニン化合物であるシリンガ酸およびバニリン酸から効率的に生産するシステムの基盤を提供するものと考えられる。よって本論文は、工学上および工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。