Ti-Fe-OおよびNi-Fe-O系における気相分子吸蔵・吸着材料
氏名 鈴木 俊太郎
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第421号
学位授与の日付 平成19年3月26日
学位論文題目 Ti-Fe-OおよびNi-Fe-O系における気相分子吸蔵・吸着材料
論文審査委員
主査 助教授 末松 久幸
副査 教授 新原 晧一
副査 助教授 江 偉華
副査 助教授 内富 直隆
副査 助教授 南口 誠
[平成18(2006)年度博士論文題名一覧] [博士論文題名一覧]に戻る.
第1章 序論 p.1
1.1 はじめに p.1
1.2 研究の背景と目的 p.3
1.3 本論文の構成 p.4
第2章 ニッケルフェライト(NiFe2O4) p.6
2.1 Ni-Fe-O系の電気伝導 p.6
2.1.1 酸化物の電気伝導 p.6
2.1.2 NiFe2O4およびNiOの電気伝導機構 p.9
2.2 NiFe2O4の諸特性 p.11
第3章 実験方法 p.14
3.1 焼結体の作製方法 p.14
3.2 薄膜の作製方法 p.15
3.3 評価方法 p.17
3.3.1 結晶相の同定 p.17
3.3.2 組成分析 p.18
3.3.3 電気伝導特性の評価 p.18
3.3.4 相対密度の評価 p.19
第4章 Ni-Fe-O焼結体の電気抵抗率-温度依存性 p.21
4.1 はじめに p.21
4.2 市販品粉末を用いたNiFe2O4+1vol.%NiO焼結体の電気抵抗率-温度依存性 p.22
4.2.1 実験条件 p.23
4.2.2 結晶相の同定 p.23
4.2.3 NiFe2O4+1vol.% NiO焼結体の電気抵抗率-温度依存性 p.25
4.2.4 NiFe2O4+1vol.% NiO焼結体の活性化エネルギー p.26
4.3 NiFe2O4+0~100vol.% NiO焼結体の電気抵抗率-温度依存性 p.29
4.3.1 実験条件 p.29
4.3.2 結晶相の同定 p.30
4.3.3 NiFe2O4+1~100vol.% NiOの焼結体の電気抵抗率-温度依存性 p.31
4.3.4 Ni-Fe-O焼結体の活性化エネルギー p.32
4.4 NiFe2O4相の高温での安定性 p.34
4.4.1 高温X線回折装置によるNiFe2O4相の安定性評価 p.34
4.4.2 TG-DTAを用いたNiFe2O4相の安定性評価 p.36
4.5 電気抵抗率-温度依存性に対する焼結密度の影響 p.37
4.5.1 実験条件 p.37
4.5.2 結晶相の同定 p.38
4.5.3 NiFe2O4焼結体の焼結密度-焼結温度依存性 p.39
4.5.4 NiFe2O4焼結体における電気抵抗率-温度依存性の焼結温度依存性 p.40
4.6 小括 p.43
第5章 NiFe2O4焼結体の電気抵抗率-温度依存性の有機物吸着の影響 p.46
5.1 はじめに p.46
5.2 有機物塗布に伴うNiFe2O4焼結体の電気抵抗率-温度依存性の影響 p.47
5.2.1 実験条件 p.47
5.2.2 有機混合物を塗布したNiFe2O4焼結体の電気抵抗率-温度依存性 p.47
5.2.3 有機混合物を塗布したNiFe2O4焼結体の活性化エネルギー p.48
5.3 NiFe2O4焼結体の電気抵抗率-温度依存性の各種有機物付着の影響 p.50
5.3.1 実験条件 p.51
5.3.2 NiFe2O4焼結体の電気抵抗率-温度依存性に与える種々の有機物塗布の影響 p.51
5.4 Ti-Fe-O焼結体の電気抵抗率-温度依存性 p.53
5.4.1 実験条件 p.54
5.4.2 結晶相の同定 p.54
5.4.3 有機混合物の影響 p.55
5.5 酢酸ブチルを塗布したNiFe2O4焼結体の電気伝導機構 p.58
5.6 小括 p.61
第6章 有機物吸着による抵抗率変化の応用にむけて p.63
6.1 はじめに p.63
6.2 Ni-Fe-OおよびTi-Fe-O薄膜の作製 p.63
6.2.1 Ni-Fe-O薄膜の作製 p.63
6.2.2 TiFe2O5薄膜の作製に向けた予備実験 p.65
6.2.3 TiFe2O5薄膜の作製 p.69
6.3 作製したNiFe2O4薄膜の電気抵抗率-温度依存性の測定 p.71
6.4 小括 p.73
第7章 総括 p.75
業績目録 p.77
謝辞 p.80
近年の科学技術・産業技術の進展に伴い、民生用および産業用機器の性能向上、安定性の向上および省エネルギーに向け、様々なセンサ材料の重要性が拡大している。このようなセンサの一つに、サーミスタ(Thermally Sensitive Resister)がある。サーミスタは、温度を感知して電気抵抗が変化するセラミックス半導体であり、以前はエアコンの市況に左右され、冷夏になると市場が暴落するなど季節的要因も多かったが、現状では市場が広がり350億円程度の市場規模となっている(2005年、経済産業省生産動態統計より)。また、従来は温度を測定していなかった安全面や快適性などの分野でも搭載され始めており、今後もさらなる市場の拡大が見込まれるとともに、その性能の向上が望まれている。
このようなサーミスタには、負の温度係数を持つNTC(Negative Temperature Coefficient)サーミスタ、正の温度係数を持つPTC(Positive Temperature Coefficient)サーミスタおよび、ある温度で急激に抵抗率が減少するCTR(Critical Temperature Resistor)サーミスタの3種類があり、PTCおよびCTRサーミスタにおいては、ある温度で急激に抵抗率が変化するといった特徴を利用して、多くの発熱体や電気機器の過熱保護や過電流保護に使用されている。CTRサーミスタは、酸化バナジウムが転移温度付近で、構造変化を伴って抵抗率が急激に減少する事を利用したもので、種々の元素の添加や焼結条件を変える事で、その諸特性を制御する研究・開発が行われており、すでに実用化されている。しかし、CTRサーミスタは、その転移温度が数十℃と低いため使用範囲が限定されており、高温で使用する加熱保護や過電流保護には、PTCサーミスタが使用されてきた。
近年、Suematsuらは、より高温(200℃付近)で使用可能なNi-Fe-O系のCTRサーミスタを報告している。これは、パルス細線放電法を用いて作製したNi-Fe-O超微粒子を焼結した試料の電気抵抗率-温度依存性を測定した結果、200℃付近で電気抵抗率が急激に1桁以上減少し、超微粒子の作製条件を変化させることで、転移温度が変化すると報告している。Ni-Fe-O系において、このような抵抗率変化を示した例は無く、その電気伝導機構は不明のままである。
本論文では、以上を背景に、Suematsuらの報告にあったNi-Fe-O系焼結体の電気抵抗率-温度依存性に現れた急激な変化を示す要因を究明するとともに、その電気伝導機構を明らかにする事を目的とする。
第1章は、序論として研究背景を述べた。
第2章では、本研究の目標であるNi-Fe-O系焼結体の電気抵抗率-温度依存性に表れた急激な抵抗率変化の機構を解明するにあたって、金属酸化物の電気伝導について、これまでに報告されている事をまとめた。
第3章では、実験方法であり、焼結体および薄膜の作製方法および作製した試料の評価方法をまとめた。
第4章では、Suematsuらの報告にあった、パルス細線放電法で作製されたNi-Fe-O超微粒子を用いた焼結体の電気抵抗率-温度依存性で現れた急激な抵抗率変化を、市販品粉末を用いたNiFe2O4焼結体においても再現でき、示唆されていたNi-Fe-O焼結体中に含まれるNiO相に誘起された抵抗率変化ではない事、および、その焼結体の相対密度が50%程度の場合に限り発現する事を明らかとした。また、100~300℃の温度範囲において、NiFe2O4相が安定である事から、その抵抗率変化は、キャリア密度の変化等によって引き起こされた事が示唆された。
第5章では、第4章で示唆された、キャリア密度変化に伴う抵抗率変化の検証を行うため、NiFe2O4焼結体に種々の有機物を塗布し、有機物が電気抵抗率-温度依存性に与える影響について調査した。その結果、電極接地時に使用した有機混合物を塗布することで、先の急激な抵抗率変化が現れる事が明らかとなり、有機混合物中に含まれている酢酸ブチルが主な要因の一つである事が明らかとなった。また、同様にTi-Fe-O焼結体に有機物を付着させ、その電気抵抗率-温度依存性に与える影響について調査した結果、有機混合物を塗布することで、先の抵抗率変化が現れた。これにより、有機物吸着による急激な抵抗率変化は、NiFe2O4焼結体特有の現象ではない事が明らかとなった。
第6章では、第5章で明らかとなった、Ni-Fe-OおよびTi-Fe-O焼結体の有機物吸着による抵抗率変化を応用するための基盤技術開発行った。まず、抵抗率変化の増大および表面積の制御を行うため、NiFe2O4およびTiFe2O5の薄膜化を試みた。薄膜化には、パルスレーザー堆積法を用い、Au基板上へのNiFe2O4薄膜の作製に成功した。しかし、Ti-Fe-O薄膜においては、酸素量の多い薄膜は非晶質に、酸素量の少ない薄膜では、金属間化合物であるTiFe薄膜が作製された。また、先のパルスレーザー堆積法で作製した非晶質Ti-Fe-O薄膜を熱処理した結果、Fe2O3(hematite)を主相とする薄膜が作製された。
また、Au基板上に作製したNiFe2O4薄膜の電気抵抗率-温度依存性を測定した結果、先の急激な抵抗率変化は現れなかったものの、温度上昇に伴い小さなステップ状に抵抗率が減少した。これは、先の4章で述べた相対密度が約60%程度のNiFe2O4焼結体で得られた挙動とほぼ等しく、膜厚の減少および薄膜の大面積化により改善できる物であり、今後の応用に向けた基盤技術の一つになる物と考えられる。
第7章は結論であり、本研究の結果をまとめ、本論文の総括とした。
本論文は、「Ti-Fe-OおよびNi-Fe-O系における気相分子吸蔵・吸着材料」と題し、全7章から構成されている。
第1章「序論」では、これまでのサーミスタおよび新たに発見されたサーミスタについて述べてあり、新たに発見されたサーミスタの優位性を述べると共に、本研究の目的および本論文の構成を示している。
第2章「ニッケルフェライト」では、目的とするNi-Fe-O系CTRサーミスタの電気伝導機構を解明するにあたって必要となる酸化物半導体の電気伝導機構をまとめると共に、主要材料となるニッケルフェライトの諸特性を記述している。
第3章「実験方法」では、本研究を遂行するにあたり必要となった実験手法およびその評価方法について記述している。
第4章「Ni-Fe-O焼結体の電気抵抗率-温度依存性」では、先に報告のあった、Ni-Fe-O焼結体の昇温時に見られる急激な抵抗率変化の機構解明を目的とし、ニッケルフェライト焼結体の電気的特性評価を行い、この急激な抵抗率変化の機構が気相分子の吸着脱離反応により引き起こされている事を示唆している。
第5章「NiFe2O4焼結体の電気抵抗率-温度依存性の有機物吸着の影響」では、先の4章より得られた結果をもとに、Ni-Fe-O焼結体に吸着させた各種有機物の電気抵抗率-温度依存性に与える影響を調査し、Ni-Fe-O系焼結体の昇温時に見られる急激な抵抗率変化が酢酸ブチルの脱離反応により引き起こされている事を明らかにしている。
第6章「有機物吸着による抵抗率変化の応用にむけて、」では、NiFe2O4焼結体とTiFe2O5焼結体が優れた有機物センサとして使用可能である事を見出し、このデバイス化に向け、各々の焼結体の薄膜化を試みている。
第7章「総括」では、先の報告にあったNi-Fe-O系焼結体に見られた急激な抵抗率変化の機構を解明し、その応用技術として有機物センサの可能性を述べている。
以上のように本論文は、未知であったNi-Fe-O焼結体の昇温時に見られる急激な抵抗率変化の機構を解明すると共に、そのデバイス化要素技術の基礎を確立している。これにより、新たな有機物センサの開発が可能となり、センサ材料の分野に貢献しているところが大きく博士(工学)の学位論文として十分な内容を有するものと認める。