本文ここから

酸素を強制置換固溶させた窒化クロム薄膜の創製

氏名 井上 淳
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第415号
学位授与の日付 平成19年3月26日
学位論文題目 酸素を強制置換固溶させた窒化クロム薄膜の創製
論文審査委員
 主査 助教授 末松 久幸
 副査 教授 新原 晧一
 副査 助教授 江 偉華
 副査 助教授 内富 直隆
 副査 助教授 南口 誠

平成18(2006)年度博士論文題名一覧] [博士論文題名一覧]に戻る.

第1章 序論 p.1
 1.1 はじめに p.1
 1.2 遷移金属窒化物 p.2
 1.3 第三元素の添加による特性改善 p.5
 1.4 高硬度材料の探索 p.7
 1.5 酸窒化クロム p.11
 1.6 本研究の目的 p.13
 1.7 本論文の構成 p.14
 参考文献 p.15

第2章 成膜装置および評価装置 p.20
 2.1 はじめに p.20
 2.2 パルスレーザー堆積装置の構成および成膜手順 p.21
 2.3 評価装置 p.24
 参考文献 p.28

第3章 酸窒化クロム薄膜の作製と固溶限探索 p.29
 3.1 はじめに p.29
 3.2 実験結果 p.30
 3.2.1 組成分析 p.30
 3.2.2 結晶相同定 p.34
 3.2.3 化学結合性評価 p.36
 3.3 まとめ p.39
 参考文献 p.40

第4章 酸窒化クロム薄膜の機械的特性の評価 p.41
 4.1 はじめに p.41
 4.2 実験結果 p.42
 4.2.1 摩擦係数測定 p.42
 4.2.2 硬度測定 p.44
 4.3 高硬度化の要因 p.45
 4.3.1 固溶硬化 p.45
 4.3.2 内部応力測定 p.45
 4.3.3 結晶子サイズ評価 p.46
 4.3.4 組織観察 p.48
 4.3.5 硬度および弾性率測定 p.49
 4.4 まとめ p.51
 参考文献 p.52

第5章 酸窒化クロム薄膜の酸化挙動の評価 p.53
 5.1 はじめに p.53
 5.2 実験方法 p.54
 5.3 実験結果 p.55
 5.3.1 結晶相同定 p.55
 5.3.2 化学結合性評価 p.58
 5.3.3 表面状態観察 p.61
 5.3.4 断面組織観察 p.63
 5.3.5 硬度測定 p.66
 5.4 酸窒化クロム薄膜の酸化モデル p.67
 5.5 まとめ p.70
 参考文献 p.71

第6章 酸窒化クロム薄膜の結晶構造解析および電子状態観察 p.72
 6.1 はじめに p.72
 6.2 結晶構造解析 p.74
 6.2.1 逆格子マッピング p.74
 6.2.2 実験結果 p.75
 6.2.3 酸素の添加による正方晶化の要因 p.79
 6.3 電子状態観察 p.80
 6.3.1 X線吸収微細構造解析 p.80
 6.3.2 転換電子収量法 p.82
 6.3.3 窒化クロムの化学結合 p.83
 6.3.4 実験結果 p.87
 6.4 結合状態と硬度 p.94
 6.5 まとめ p.95
 参考文献 p.97

第7章 総括 p.100

研究業績 p.103
謝辞 p.111

 現在、切削工具のコーティングには窒化チタン(TiN)や窒化クロム(CrN)等の遷移金属窒化物が広く用いられている。しかし、更なる高硬度材料の切削やドライ加工化といった要求を満たすためには、既存の材料よりも硬度、耐酸化性等に優れた材料の開発が必須である。これまでに既存の材料に第3元素を添加することにより、その硬度や耐酸化性などの特性を向上させる試みが数多くなされているが、そのほとんどは金属元素を添加したものであり、非金属元素の添加例は少ない。本論文は、CrNに第3元素として酸素を強制的に置換固溶した酸窒化クロム(Cr(N,O))薄膜をパルスレーザー堆積(PLD)法により作製し、その諸特性について評価したものであり、全7章から構成されている。
 第1章「序論」では、切削工具の歴史と既存のハードコーティング材の種類および特徴について述べるとともに、物質の硬さとよい相関のある体積弾性率について記述した。さらに、現在の切削加工における問題点とその改善のためのハードコーティング材開発の必要性と材料設計指針について説明し、本研究の重要性、目的および本論文の構成を示した。
 第2章「成膜装置および評価装置」では、成膜に用いたPLD法の原理、PLD装置の構成および薄膜作製手順について述べた。また、薄膜の諸特性を評価した種々の装置について記述した。
 第3章「酸窒化クロム薄膜の作製と固溶限探索」では、パルスレーザー堆積法によるCr(N,O)薄膜の作製について述べた。作製した薄膜の組成、結晶構造、化学結合性について評価を行い、窒素・酸素量が細かく変化したCr(N,O)薄膜の作製に初めて成功した、と結論付けた。また、酸素の固溶限は酸素量(x)が 40 at. %程度であることを示した。
 第4章「酸窒化クロム薄膜の機械的特性の評価」では、作製したCr(N,O)薄膜の機械特性を測定した結果について、また、酸素の置換固溶による薄膜硬度の増加理由について調査した結果について述べた。ボールオンディスク型摩擦磨耗試験機による測定の結果、Cr(N,O)薄膜の摩擦係数はxに依存せず、約0.5で一定であった。また、薄膜の硬度はxの増加に伴い次第に増加し、固溶限付近で最大となった。その硬度は、ビッカース硬度3200であることが確認された。また、酸素を添加することによる硬度増加要因について調査し、薄膜硬度増加の要因は内部応力の増加や結晶子サイズの減少ではなく、固溶硬化およびヤング率の上昇によるものであると結論付けた。
 第5章「酸窒化クロム薄膜の酸化挙動の評価」では、Cr(N,O)薄膜の酸化挙動を評価した結果について述べた。本実験ではxの異なる2種類の薄膜試料について酸化試験を行うことで、酸素量の違いによる酸化挙動の変化を明らかとしている。その結果、x = 30 at. %の薄膜はx = 3 at. %の薄膜よりも高温まで岩塩型結晶構造を維持できる事がわかった。また、酸化試験後の薄膜の表面状態、硬度等を評価した結果について述べた。さらに、得られた結果を基にCr(N,O)薄膜の酸化モデルを構築し説明した。
 第6章「酸窒化クロム薄膜の結晶構造解析および電子状態観察」では、第3章で作製したCr(N,O)薄膜の格子定数変化の傾きがx = 20 at. %付近において変化していることから、この組成において構造相転位が起こっていると考え、逆格子マッピング測定による結晶構造の解析を行った結果について述べた。x = 8 at. %のCr(N,O)薄膜は、立方晶であったが、x = 28 at. %のCr(N,O)薄膜は正方晶であることを示した。またその軸比はc/a = 1.01であった。これより、CrNに酸素を置換固溶させることによりその結晶構造が立方晶から正方晶へ転移することが初めて明らかとなった。この要因としては、残留応力や磁歪によるものではなく、Jahn-Teller効果によるものではないかと説明した。
 また、酸素の添加によるJahn-Teller効果の発現の可能性について、X線吸収微細構造解析を行うことによりCr(N,O)薄膜の電子状態の観察を調査した結果について述べた。全てのCr(N,O)薄膜のCr-K吸収端スペクトルに明確な差は確認されないことから、Cr原子はNまたはOが頂点をなす八面体の中心に存在していると解釈した。また、pre-peakの強度は、xの増加に従い次第に減少した。これは、酸素が置換型に固溶することにより結合に寄与する電子数が増加し、d-dバンドの空きが減少することでpre-peakの強度が減少したと解釈した。さらに、吸収端のエネルギーがxの増加により高エネルギー側にシフトした。これは、xの増加によりCrの価数が増加し、Cr2.0+に近づいていると予想した。Cr2.0+は六配位環境下でJahn-Teller効果を引き起こすイオン種であることから、CrNへの酸素の添加によりJahn-Teller効果が引き起こされる可能性があると結論付けた。
 第7章「総括」では、本研究で得られた結果をまとめるとともに、CrNへの酸素の置換添加が優れたコーティング材を作製する上で有効な手法であることを示した。

 本論文は、「酸素を強制置換固溶させた窒化クロム薄膜の創製」と題し、全7章から構成されている。
 第1章「序論」では、切削工具の歴史と既存のハードコーティング材の種類および特徴について述べるとともに、現在の切削加工における問題点とその改善のためのハードコーティング材開発の必要性について説明し、本研究の重要性、目的および本論文の構成を示している。
 第2章「成膜装置および評価装置」では、成膜に用いたPLD装置の構成および薄膜作製手順について述べるとともに、薄膜の諸特性を評価した種々の装置について記述している。
 第3章「酸窒化クロム薄膜の作製と固溶限探索」では、Cr(N,O)薄膜を作製し、その組成、結晶構造、化学結合性について評価している。また、酸素の固溶限についても記述している。
 第4章「酸窒化クロム薄膜の機械特性の測定」では、作製したCr(N,O)薄膜の機械特性を測定しており、薄膜の硬度は酸素量(x)の増加に伴い次第に増加することを明らかにしている。また、薄膜硬度増加の要因について考察している。
 第5章「酸窒化クロム薄膜の酸化挙動の評価」では、Cr(N,O)薄膜の酸化挙動を評価しており、x = 30 at. %の薄膜はx = 3 at. %の薄膜よりも高温まで岩塩型結晶構造を維持できる事を明らかにしている。さらに、得られた結果を基にCr(N,O)薄膜の酸化モデルを構築し説明している。
 第6章「酸窒化クロム薄膜の結晶構造解析および電子状態観察」では、酸素の置換固溶によりその結晶構造が立方晶から正方晶へ転位することについて述べており、これはJahn-Teller効果によるものではないかと説明している。また、X線吸収微細構造解析を行うことによりCr(N,O)薄膜の電子状態の観察を調査しCrNへの酸素の添加によりJahn-Teller効果が引き起こされる可能性が十分にあることを確認している。
 第7章「総括」では、CrNへの酸素の置換添加が優れたコーティング材を作製する上で有効な手法であることを示し、研究結果を総括している。
 以上のように本論文はCr(N,O)薄膜の機械特性、酸化挙動および電子状態を理解している。また、酸素の置換固溶が優れたコーティング材を作製する上で有用な手法の一つであると提案するものであり、コーティング分野に貢献する所が大きく、博士(工学)の学位論文として十分な内容を有するものと認める。

平成18(2006)年度博士論文題名一覧

お気に入り

マイメニューの機能は、JavaScriptが無効なため使用できません。ご利用になるには、JavaScriptを有効にしてください。

ページの先頭へ戻る