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ひも状ミセルを形成する界面活性剤水溶液の流動誘起構造変化と流動不安定性

氏名 大内 真由美
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第417号
学位授与の日付 平成19年3月26日
学位論文題目 ひも状ミセルを形成する界面活性剤水溶液の流動誘起構造変化と流動不安定性
論文審査委員
 主査 助教授 高橋 勉
 副査 教授 白樫 正高
 副査 教授 増田 渉
 副査 教授 五十野 善信
 副査 教授 古口 日出男

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目次 p.i
主な記号 p.iv

第1章 序論 p.1
 1.1 緒言 p.1
 1.2 界面活性剤水溶液の性質と基本的な流動特性 p.3
 1.2.1 界面活性剤の定義および構造による分類 p.3
 1.2.2 臨界ミセル濃度とミセルの形成 p.5
 1.2.3 ひも状ミセル溶液の流動特性 p.8
 1.3 流動誘起構造変化および流動不安定性に関する従来の研究 p.10
 1.4 界面活性剤水溶液 p.15
 1.5 本研究の目的 p.18
 1.6 本論文の概要 p.18

第2章 単純な流れ場:現象の観察と発生条件 p.20
 2.1 緒言 p.20
 2.2 実験装置および試料 p.21
 2.2.1 流動複屈折測定装置 p.21
 2.2.1.1 同心二重円筒流路 p.21
 2.2.1.2 測定システム p.21
 2.2.2 流れの可視化およびせん断応力測定装置 p.24
 2.2.3 試料 p.24
 2.3 実験結果および考察 p.26
 2.3.1 流動複屈折測定による不安定流動発生条件の評価 p.26
 2.3.2 流れの可視化による流れ場の観察 p.31
 2.3.2.1 トレーサ法による流れ場の観察 p.31
 2.3.2.2 白濁化の観察 p.37
 2.3.3 せん断応力測定による評価 p.43
 2.3.4 スタートアップ流れにおける流動状態の変化 p.45
 2.4 結論 p.47

第3章 単純な流れ場:溶液の力学的物性の過渡的変化 p.48
 3.1 緒言 p.48
 3.2 実験装置および試料 p.49
 3.2.1 実験装置 p.49
 3.2.2 試料 p.50
 3.3 実験結果及び考察 p.53
 3.3.1 スタートアップ流れにおける粘度および第一法線応力差係数の挙動 p.53
 3.3.2 流動誘起構造変化発生に及ぼす流路形状の影響 p.67
 3.4 結論 p.74

第4章 単純な流れ場:溶液の濃度・濃度比と流動挙動の関係 p.75
 4・1 緒言 p.75
 4.2 実験装置および試料 p.77
 4.2.1 実験装置 p.77
 4.2.2 試料 p.77
 4.3 実験結果および考察 p.112
 4.3.1 ゼロずり粘度による最大粘度および構造変化発生条件の評価 p.112
 4.3.2 複素粘度による最大粘度および構造変化発生条件の評価 p.118
 4.3.3 モル濃度比による構造変化および不安定性発生条件の評価 p.125
 4.4 結論 p.129

第5章 複雑な流れ場:二次元急縮小流れに及ぼす構造変化の影響 p.130
 5.1 緒言 p.130
 5.2 実験装置および試料 p.131
 5.2.1 実験装置 p.131
 5.2.2 試料 p.132
 5.3 実験結果および考察 p.136
 5.3.1 流量の立ち上がり挙動 p.136
 5.3.2 流れ場の観察 p.140
 5.4 結論 p.151

第6章 複雑な流れ場:構造変化・流動不安定性による三次元的な流れ場
 6.1 緒言 p.152
 6.2 実験装置および試料 p.153
 6.2.1 平行平板二次元流路 p.153
 6.2.2 試料 p.153
 6.3 実験結果および考察 p.156
 6.3.1 平板間の透過画像による流れ場の観察 p.156
 6.3.2 平板すき間内の流れ場の観察 p.167
 6.4 結論 p.174

第7章 結論 p.166

参考文献 p.179

謝辞 p.182

 ひも状のミセルを形成する界面活性剤水溶液ではミセルが鎖状高分子溶液と同様に絡み合い構造を形成し,高粘度で強い弾性力を発生する.ミセルは化学平衡により形成されるため,流動により機械的に破壊されても放置すればもとの構造に戻る.高分子では分子鎖が切断されると流動特性が顕著に変化し回復不能となることから,劣化に強い粘弾性流体材料として工業的利用が検討されている.たとえばセメント用の増粘剤や乱流抗力低減効果誘発用の添加剤として実用化されつつある.
 ひも状ミセルが変形する場合,高分子材料とは異なり絡み合い点において二本のミセルが融合し,さらにそのまますり抜ける現象が発生する.これによりある程度以上に大きな変形を加えると非常に複雑な流動特性を示すようになる.さらに,この溶液に強いせん断流動を与えると粘度や弾性力といった流動特性が急激に変化するようになる.この現象はミセル構造の変化に起因するため流動誘起構造変化現象とよばれている.また,ひも状ミセル溶液はレイノルズ数1以下の流れにおいても不安定な流れ挙動を示すことが知られており流動誘起構造変化と密接に関係すると考えられている.これまでひも状ミセル溶液の流動誘起構造変化に関しては,変形によるミセル構造の変化の解明を目的とした分子論的な研究が中心であり流体力学的観点から行われた研究は少なく,流動不安定に関してはほとんど研究がなされていない.このような状況より,ひも状ミセル溶液を作動流体として有効に利用するためには流動誘起構造変化および流動不安定性に対する流体力学的な検討が急務である.
 本研究ではひも状ミセルを形成する界面活性剤水溶液において発生する流動誘起構造変化および流動不安定性の解明と構造変化が流れ場に及ぼす影響の解明を目的とする.流動誘起構造変化と流動不安定性の発生条件,発生時のミクロ的・マクロ的変化の観察,および粘度や弾性力といった流動特性の変化を明確にするために,クエット流れのスタートアップ挙動を観察する.静止状態から定常流動に達するまでの過渡的な状況では流路全体にわたって試料が均一な条件で実験を行えることから構造変化や不安定性発生の過程が明確に観察できるという利点がある.また,実際によく見られる複雑な流れ場の中でこれらの現象が流動状態に及ぼす影響を観察するために,二次元急縮小部を有する流路内の流れ場に注目する.急縮小部ではオイラー的には定常な流れであってもラグランジュ的には非定常な流れ場となるため構造変化や不安定性の影響が現れやすいと考えられる.この流路におけるひも状ミセル溶液のスタートアップ挙動を二次元的あるいは三次元的に詳細に観察し,流量の変化と構造変化の関係を明らかにする.以下に各章の内容を要約する.
 第1章「緒言」では界面活性剤水溶液の基本的な性質と本研究に関する従来の研究報告を述べるとともに,本研究の目的と論文の概要を示した.
 第2章「単純な流れ場:現象の観察と発生条件」では,クエット流れを形成し,かつ,流路全体でずり速度が一様となる同心二重円筒流路を使用してスタートアップ流れにおける溶液の過渡的な変化を観察した.透明なガラスにより流路を製作し,トレーサ法により流れの経路線を可視化するとともに構造変化による白濁の発生を観察した.これと同時にせん断応力の測定を行なった.さらにミセル構造に関係する微視的変化を観察するために流動複屈折および透過光強度の測定を行った.これらの結果より流動誘起構造変化および流動不安定性の発生がずり速度および流動開始からのひずみ量により予測できることを見いだした.さらに,流動誘起構造変化の発生により溶液が白濁するとき,せん断応力(すなわち粘度)が急激に上昇することが明らかとなった.
 第3章「単純な流れ場:溶液の力学特性の過渡的変化」では,構造変化が発生した場合の溶液の粘度と弾性力の変化を定量的に明らかにするために,レオメータを用いて粘度および第一法線応力差の変化を観察した.この結果,構造変化による粘度の増加は流動開始からのひずみ量に依存し,最大粘度に達するまでのひずみ量はずり速度の関数として与えられることが明らかとなった.また,せん断応力と第一法線応力差の比であるワイセンベルグ数は構造変化よりも遅れて急激に増加し,このとき不安定性が発生することが明らかとなった.また,同心二重円筒型流路の他に円錐円板型と平行円板型の流路を用いた測定から流動誘起構造変化の発生には溶液の厚さも影響を与えることを示した.
 第4章「単純な流れ場:溶液の濃度・濃度比と流動挙動の関係」では,第3章と同様の実験を界面活性剤および対イオンの濃度およびそれらのモル濃度比を変化させた溶液に対して行い,構造変化発生に及ぼす影響を調べた.この結果,ある濃度比の溶液では構造変化の発生により増加する粘度の大きさが,構造変化が発生していない場合の粘度に比べて最大で約170倍にも達することが見いだされた.また,静止溶液中のミセル構造はモル濃度比により3つの状態に分類できることが知られているが,構造変化による粘度の変化の特性もこの状態に密接に関係することが見いだされた.
 第5章「複雑な流れ場:二次元急縮小流れに及ぼす構造変化の影響」では,実用的な流れ場の代表例として二次元急縮小流れに注目し,静止状態から圧力一定の条件で溶液を流動させ流れ場の変化を観察した.この結果,流量の増加曲線において構造変化の生じない流体では見られない不連続な流量の急増現象が観察された.流動開始直後から急縮小部下流の壁面近傍に構造変化発生を意味する白濁領域が形成され,時間とともにその領域が大きくなることがわかった.ある瞬間にこの領域には流動不安定性が発生して構造が一気に消滅し,これと同時に流量が急激に増加することが明らかとなった.
 第6章「複雑な流れ場:構造変化・流動不安定性による三次元的な流れ場」では,二次元急縮小流路における下流側の平行平板流路における流れ場を三次元的に観察した.この結果,流動開始から定常流動に達するまでの間に流れ場は3段階に変化することが明らかとなった.流動開始直後は流れ方向全体にわたり流路壁面近傍に白濁の薄い層が発生する.これは流路内で静止していた流体が急にせん断流動を始めたことに起因する.次に,流入部近傍に他の部分より強く白濁した均一な幅を持つバンド状の領域が形成される.これは第5章において観察された白濁領域に相当し,このときの流れ場は二次元的であることがわかった.最後に,バンド状の白濁領域が後流側に流出し局所的で,かつ,非定常的に白濁領域が発生と消滅を繰り返す三次元的な不安定流動状態が現れることを明らかにした.
 第7章「結論」では本研究において得られた結論を総括して述べる.
 以上に示した結論から界面活性剤水溶液の流動誘起構造変化および流動不安定性に伴う流動状態の発生状況と,これらの現象が流れ場に及ぼす影響が明らかとなった.

 本論文は「ひも状ミセルを形成する界面活性剤水溶液の流動誘起構造変化と流動不安定性」と題し,7章から構成されている.界面活性剤は洗浄や界面特性の改質以外に乱流抗力低減効果用添加剤や増粘剤としての利用が検討されている.ひも状ミセルは溶液の化学平衡により形成されるため強いせん断流動により切断されても放置すればもとの形状に回復する特性があり劣化に強い.一方で,強いせん断を加えるとミセル構造が変化し流動特性が急変し低流速で不安定流動を発生することも知られている.本研究は流動誘起構造変化および流動不安定性の発生に関して流体力学的観点から実験的研究を行ない,面活性剤水溶液の基本的な流動特性を解明するとともに,これらの発生が工業的によく見られる複雑な流れ場に対して与える影響を明らかにしたものである.
 第1章「序論」では界面活性剤水溶液の基本的な性質と,本研究に関する従来の研究報告を述べるとともに本研究の目的と概要を示した.
 第2章「単純な流れ場:現象の観察と発生条件」ではスタートアップ流動において構造変化の発生により試料の白濁化と粘度の急増が同時に発生することを示した.さらに,粘度・流動複屈折・白濁観察,流れの可視化の測定結果からずり速度と流動開始からのひずみ量により流動誘起構造変化と流動不安定性の発生条件が整理されることを示した.
 第3章「単純な流れ場:溶液の力学特性の過渡的変化」ではスタートアップ流れにおける粘度および弾性力の変化を測定し,構造変化により形成された粘度の変化がずり速度により3つのパターンに分けられることを示した.また,ワイセンベルグ数があるひずみ量において急激な増加を示し,このとき不安定流動が発生することを明らかにした.
 第4章「単純な流れ場:溶液の濃度・濃度比と流動挙動の関係」では界面活性剤および対イオンの濃度比を変えた30種類の溶液に対して構造変化による最大到達粘度がゼロずり粘度あるいは複素粘度で正規化することにより整理できることを示した.さらに,構造変化により最大で複素粘度の180倍まで粘度が増加することを明らかにした.
 第5章「複雑な流れ場:二次元急縮小流れに及ぼす構造変化の影響」では二次元流路に一定圧力で流れを発生させた場合にある圧力以上で流量が突然増加する現象を見出し,急縮小部近傍の構造変化によるくさび形白濁領域の形成が原因であることを明らかにした.
 第6章「複雑な流れ場:構造変化・流動不安定性による三次元的な流れ場」では急縮小部の下流の二次元流路部における流れ場の発達挙動を観察し,構造変化の発生から流動不安定性による流れ場の三次元化に至るまでの過程を明らかにした.
 第7章「結論」では本論文で得られた結果と考察を要約した.
 よって,本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく,博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める.

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