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下水処理施設におけるリン資源回収についての研究

氏名 加藤 薫
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第254号
学位授与の日付 平成18年6月21日
学位論文題目 下水処理施設におけるリン資源回収についての研究
論文審査委員
 主査 助教授 大橋 晶良
 副査 教授 原田 秀樹
 副査 教授 松下 和正
 副査 助教授 小松 俊哉
 副査 株式会社東京設計事務所 特任理事 藤田 昌一

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第1章 序論 p.1
 1.1 研究の目的 p.1
 1.2 本論文の構成 p.2

第2章 研究の背景と既往の研究 p.4
 2.1 富栄養化の現状 p.4
 2.1.1 窒素とリンの環境基準 p.4
 2.1.2 富栄養化現象がもたらす被害 p.4
 (1) 赤潮や青潮による沿岸海域での漁業被害や生活環境の悪化 p.4
 (2) 藻類の毒性物質による水道水源汚染と生活環境の悪化 p.5
 2.1.3 環境基準の達成状況 p.6
 2.2 リン除去方法 p.6
 2.2.1 物理化学的リン除去方法 p.6
 (1) 凝集剤添加法 p.6
 (2) 晶析法 p.8
 (3) 電解法 p.10
 (4) 吸着法 p.11
 2.2.2 生物学的リン除去法 p.12
 2.2.3 物理化学的方法と生物学的方法の組み合わせ p.13
 (1) 嫌気好気法と凝集剤添加法の組み合わせ p.13
 (2) フォストリップ法 p.13
 2.3 リン除去施設の導入実績 p.14
 2.4 リン資源枯渇問題 p.15
 2.5 リンの回収と資源化 p.16
 2.5.1 下水処理からのリン回収方法 p.16
 (1) 生物的リン除去、フォストリップ法および晶析法の組み合わせの導入ケース p.16
 (2) MAP法の導入ケース p.17
 (3) 研究段階のリン回収方法 p.18
 1) 吸着法を用いた汚泥加水分解液からのリン回収 p.18
 2) 加熱による余剰汚泥からのリン回収 p.19
 3) 水熱反応を利用した汚泥からのリン回収 p.19
 4) 汚泥からのオゾン処理とアルカリ処理を利用したリン回収 p.19
 5) 鉄系凝集汚泥からのアルカリ処理を利用したリン回収 p.19
 6) 生物処理汚泥および化学処理汚泥からのリン回収 p.20
 7) 鉄系凝集汚泥からのリン回収 p.21
 8) 塩化第二鉄を用いた前凝集沈殿汚泥からのリンおよび塩化第二鉄の回収 p.21
 9) 3次元処理へのイオン交換法の適用とMAPによるリン回収 p.21
 10) 嫌気性メンブレンバイオリアクターと吸着法によるリン回収 p.21
 2.5.2 下水汚泥焼却灰からのリン回収 p.22
 (1) 還元溶融によるリン回収 p.22
 (2) 溶媒溶出によるリン回収 p.23
 (3) 熔融急冷によるリン回収 p.24

第3章 下水処理へのリン除去法の適用と処理方式の特性比較 p.28
 3.1 はじめに p.28
 3.2 実験項目と実験方法 p.28
 3.2.1 同時凝集法 p.28
 (1) 凝集剤注入量の検討 p.28
 (2) 返送汚泥のリン除去効果 p.28
 3.2.2 嫌気好気法 p.29
 (1) 有機物負荷増加によるリン除去能力の向上 p.29
 (2) 嫌気好気法へのPAC添加 p.29
 3.2.3 汚泥中のリンの挙動 p.30
 (1) 各汚泥からのリン溶出量 p.30
 (2) 嫌気性消化槽内のリン挙動 p.30
 3.2.4 分析法 p.30
 3.3 実験結果 p.30
 3.3.1 同時凝集法 p.30
 (1) 運転処理結果 p.30
 (2) Al注入率 p.32
 3.3.2 嫌気好気法 p.33
 3.3.3 汚泥中のリンの挙動 p.34
 (1) 各汚泥からのリンの溶出量 p.34
 (2) 嫌気性消化槽中のリン挙動 p.35
 3.4 考察 p.36
 3.4.1 同時凝集法 p.36
 (1) エアレーションタンク流下方向のリン濃度 p.36
 (2) 返送汚泥リン除去効果 p.36
 3.4.2 嫌気好気法 p.37
 (1) リン放出速度とリン摂取速度 p.37
 (2) SRTの影響 p.37
 3.4.3 各方式でのリン除去要因 p.37
 3.5 小括 p.39

第4章 下水処理におけるリンの挙動 p.41
 4.1 はじめに p.41
 4.2 クリーンレイク諏訪の設備 p.41
 4.3 調査方法 p.47
 4.4 調査結果および考察 p.47
 4.4.1 第1回調査 p.47
 (1) 水処理工程 p.47
 (2) 濃縮槽 p.47
 (3) 遠心濃縮機 p.49
 (4) 汚泥消化槽 p.49
 (5) 汚泥洗浄槽 p.50
 (6) 汚泥脱水機 p.50
 (7) 汚泥焼却炉 p.50
 (8) 返流水 p.50
 4.4.2 第2回調査 p.51
 (1) 水処理工程 p.51
 (2) 濃縮槽 p.51
 (3) 遠心濃縮機 p.51
 (4) 汚泥脱水機 p.53
 (5) 汚泥焼却炉 p.53
 (6) 返流水 p.54
 4.4.3 リン物質収支 p.54
 (1) 第1回調査 p.54
 (2) 第2回調査 p.55
 4.5 リン回収の提言 p.55
 4.5.1 返流水からのリン回収の問題点 p.55
 4.5.2 余剰汚泥からの回収の提言 p.56
 4.6 小括 p.57

第5章 同時凝集法における凝集剤の注入方法とリン除去効果 p.58
 5.1 はじめに p.58
 5.2 実験方法 p.59
 5.3 実験結果 p.63
 5.3.1 T-P負荷 p.64
 5.3.2 PAC注入量 p.64
 5.3.3 PAC注入量当たりのリン除去量 p.66
 5.3.4 処理水T-P濃度 p.66
 5.3.5 処理水リン濃度の変動 p.66
 5.3.6 目標処理水リン濃度達成率 p.66
 5.4 考察 p.67
 5.4.1 目標処理水リン濃度達成率が等しい場合の凝集剤注入量 p.67
 5.4.2 凝集注入量が等しい場合の目標処理水リン濃度達成率 p.70
 5.5 小括 p.71

第6章 下水処理における凝集汚泥からのリン回収 p.73
 6.1 はじめに p.73
 6.2 リン回収システム p.73
 6.2.1 システムフロー p.73
 6.2.2 リン回収システムの主要工程 p.73
 (1) アルカリ溶解工程 Alkaline dissolution process p.73
 (2) リン回収工程 Phosphorus recovery process p.75
 (3) pH調製工程 pH control process p.75
 6.3 リン回収システムの検証 p.75
 6.3.1 アルカリ溶解工程 Alkaline dissolution process p.75
 6.3.2 リン回収工程 Phosphorus recovery process p.78
 6.3.3 pH調製工程の検証 pH control process p.79
 6.4 ケーススタディ p.80
 6.4.1 ケーススタディの条件 p.80
 6.4.2 計算結果 p.80
 (1) リン回収 p.80
 (2) 汚泥発生量 p.82
 (3) 凝集剤の消費 p.82
 (4) 運転費 p.83
 6.5 小括 p.83

第7章 総括 p.84
 7.1 下水処理施設におけるリン資源回収についての研究の総括 p.84
 7.2 リン資源回収についての提言 p.85

参考文献 p.87

論文リスト p.96
 本論文の基礎となる学術論文 p.96
 参考文献 p.96

謝辞 p.97

 近年、水質環境基準達成や富栄養化防止のため、下水処理施設において窒素やリンの栄養塩類の排水規制が行われている。リンは窒素にくらべ富栄養化で増殖する微生物の栄養制限物質となる場合が多く、リン除去は重要である。また同時にリンは枯渇資源であり、日本はリンの全量輸入国であることから、下水からリンを回収し、再利用する動きが活発になってきている。下水中に存在するリンは、国内へ輸入する肥料用途のリンの約15%を占める。消費され、流出するリンは農耕地へ土壌蓄積する量が圧倒的に多い。土壌蓄積するリンは土壌中の金属成分と結びつき、容易には植物に吸収されず、肥料として機能させることはできない。その他の消費、流出するリンは河川や海域などへ拡散することから、リンの回収は不可能に近い。従って、比較的リンが集中している下水からのリン回収がキーポイントとなる。
 下水からのリン回収方法の確立に先立ち、実際のリン除去施設でのリン挙動を明らかにした。代表的なリン除去方法のひとつである凝集剤添加法では、リン除去要因として、返送汚泥中に含まれる凝集剤成分によるリン除去が、合計81%のリン除去率のうちの36%を占め、凝集剤注入点でのリン除去率11%よりも大きく、返送汚泥による効果が支配的であることが判明した。また、もうひとつの代表的なリン除去法である嫌気好気法では、リン除去のために不足していた有機物を最初沈殿池の生汚泥で補うことにより、標準活性汚泥法のリン除去率38%の約2倍に相当する79%までリン除去率が向上することを明らかにした。さらに、嫌気好気法汚泥からはリン溶出が生じやすく、返流水として水処理工程に戻り、リン負荷が増加して目標とする放流水リン濃度を維持できなくなる恐れがあったが、水処理設備への凝集剤添加法の導入が嫌気好気法汚泥からのリン溶出を抑制し、返流水リン負荷を抑制する効果的方策のひとつであることを明らかにした。
 下水処理施設の汚泥処理工程には消化工程のほか、濃縮、脱水、焼却といった工程を有し、熱作用など、リンの挙動に影響を及ぼす状態がある。効率的にリン回収を行うには、適切なリン回収ポイントを探る必要があり、このためには下水処理施設内でのリン挙動を全工程に渡って網羅することが重要である。実際の下水処理施設での調査の結果、消費する凝集剤添加量を変えず、水処理工程の凝集剤添加法系列を拡張することで、凝集剤のリンとの反応効率が向上し、リン除去率が39%から78%へと向上すること、汚泥消化槽で凝集剤添加法汚泥が他の汚泥と混合接触し、リンの溶出が抑制され、返流水リン日量が減少すること、その結果、汚泥と焼却灰へのリン移行率が高まることなどが明らかになった。このため、凝集剤添加法が導入されている下水処理施設からのリン回収ポイントとしては、返流水よりも汚泥や焼却灰が有望であることを明らかにした。
 凝集剤添加法はリン除去方法として確実性があり、その汚泥は下水処理施設内の各工程でリン溶出を抑制する働きがあるので、結果的にリン除去量が多くなる。凝集剤添加法を下水からのリンの捕獲手段として積極的に位置づけ、その汚泥からリンを回収できれば、枯渇資源であるリンが有効に利用できる。一方、凝集剤添加法は凝集剤の薬品費と発生汚泥量増加による汚泥処理のための経費が増加する問題を有している。これを解決するため、ファジィ推論による凝集剤注入量制御を取り入れ、下水中のリンを効率的に除去することで凝集剤使用量を極力抑えることを検討した。実験は実際の下水処理施設を使用した。凝集剤注入方式として、流入リン負荷に応じた凝集剤注入量を添加するモル比制御方式へ、処理水リン濃度を安定化させるフィードバック制御により凝集剤注入量を補正する方式を組み合わせた、モル比制御+フィードバック制御方式を考案した。処理水リン濃度を安定化させるための要因には処理水リン濃度のほか流入リン負荷などいくつかあるため、複数の入力条件で妥当な判断を下すことのできるファジィ推論をフィードバック制御に応用した。従来の定量注入方式およびモル比制御方式と比較した結果、凝集剤注入量当たりのリン除去量は、(除去リン量)/(注入Al量)のモル比として示すと、定量注入方式で0.83、モル比制御方式で0.88、モル比制御+フィードバック制御方式で1.02となり、モル比制御+フィードバック制御方式が最も効率よく凝集剤を消費し、凝集剤注入量削減効果に寄与できることを明らかにした。
 凝集剤添加法はリンと不溶性の化学結合をつくる凝集剤により、リンは凝集汚泥に固定され、回収することは困難である。これまで活性汚泥処理後に薬注する場合に発生する凝集汚泥からのリン回収についての研究は数例あるが、活性汚泥反応槽内に直接薬注するいわゆる同時凝集法汚泥からのリン回収についての研究はない。同時凝集法汚泥は薬注で発生する無機物だけでなく多量の有機物を含み、この汚泥からのリン回収への影響についての知見はないことから、同時凝集法汚泥からのリン回収について基礎実験でその技術的有効性を検討した。また、その結果に基づきフィージビリティスタディを行い、従来の同時凝集法と比較評価した。この結果、汚泥のアルカリ溶解とアルカリ溶解後の上澄み液へカルシウム薬注を適用したリン回収システムの、下水からのリン回収率は約50%に達すること、リン回収システムの汚泥発生量はアルカリ処理による汚泥可溶化により、従来の同時凝集法よりも50%削減できること、さらに、リン回収システムのリン回収工程後の上澄み液をpH4未満に調節することで凝集剤として再利用できること、そして、主要運転費である薬品費と汚泥処分費は、リン回収システムは従来の同時凝集法に比較して約20%の運転費を削減できることを明らかにした。

 本論文は「下水処理施設におけるリン資源回収についての研究」と題し、7章より構成されている。
 第1章は、序論で、研究の意義と目的について記述している。
 第2章は、研究の背景と既往の研究について記述している。リン除去の背景となる現状の水質環境を整理するとともに、従来のリン除去方法の技術概略と普及状況について整理している。また、世界のリン埋蔵量と国内リン収支について触れている。さらに、下水からのリン回収方法について、実用化段階のものと研究段階にあるものを整理している。
 第3章は、リン除去方法によって採用すべきリン回収方法が左右されることから、代表的なリン除去方法である同時凝集法と嫌気好気法のリン除去性能の把握、返流水リン負荷の増加原因となる場合がある消化工程でのふたつのリン除去方式の比率によるリン溶出量の比較、それぞれのリン除去方式のリン除去要因分析を行い、リン除去方式の特性把握について記述している。
 第4章は、下水処理施設での最適なリン回収ポイントを把握することを目的とし、下水処理施設全工程を通したマクロ的な視点からリン挙動を把握するため、水処理工程と汚泥処理工程の全工程のリン日量を測定した結果についてまとめている。
 第5章では、凝集汚泥からのリン回収を前提にリン除去方法として同時凝集法に焦点を合わせている。同時凝集法は薬品費の負担と汚泥発生量増加による汚泥処分費の負担がデメリットであり、凝集剤消費量の抑制が重要となるため、凝集剤注入量制御方式の検討結果について記述している。
 第6章では、同時凝集法の余剰汚泥をアルカリ溶解してリン回収する方法について、基礎実験と実験結果に基づく物質収支計算によるフィージビリティスタディを行い、その技術的可能性について記述している。
 第7章は、第3章から第6章までの総括を記述し、今後のリン資源回収への提言を示している。
 以上のように本論文では、下水中の枯渇資源リンを回収するために不可欠な下水処理施設全工程を網羅したリンフローの解析を行い、リン回収についての有用な知見を得ている。さらに、リン回収の安定化を実現するための工夫と下水からのリン回収システムを考案している。これら本論文で提案されている技術は、下水処理施設におけるリン資源回収について有用な技術を提供しており、工学上および工業上貢献するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認められる。

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