アクチン繊維一方向運動の人工的再現
氏名 川口 友彰
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第393号
学位授与の日付 平成19年3月26日
学位論文題目 アクチン繊維一方向運動の人工的再現
論文審査委員
主査 助教授 本多 元
副査 助教授 高原 美規
副査 教授 渡邉 和忠
副査 教授 野中 孝昌
副査 長岡技術科学大学名誉教授 松野孝一郎
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第1章 序論
1.1) 筋収縮系におけるエネルギー変換 p.1
1.1.1) レバーアーム説 p.2
1.1.2) 熱ラチェット説 p.2
1.1.3) 相転移説 p.3
1.1.4) 問題点と解決策、研究背景 p.3
1.2) 熱エネルギーによるアクチン繊維の一方向運動 p.5
1.3) 本論文の概要 p.7
第1章の図 p.10
第2章 実験材料調製法及び実験系の構成
2.1) 試薬 p.16
2.2) タンパク質 p.16
2.3) アクチンへのナノゴールド修飾 p.17
2.3.1) アクチン-Cys374残基へのナノゴールド修飾 p.17
2.3.2) アクチン-Gln41残基へのナノゴールド修飾 p.18
2.3.3) アクチン-Lys336残基へのナノゴールド修飾 p.18
2.4) 蛍光標識とアクチン繊維の極性ラベル p.19
2.4.1) 蛍光標識アクチン繊維の調製 p.19
2.4.2) 極性ラベルアクチン繊維の調製 p.20
2.4.3) マイナス端側ナノゴールド局在極性ラベルアクチン繊維の調製 p.21
2.4.4) プラス端側ナノゴールド局在極性ラベルアクチン繊維の調製 p.21
2.5) アクトミオシン滑り運動アッセイ p.22
2.6) 熱エネルギー供給・蛍光観察形の構築 p.22
2.7) ブラウン運動の抑制及び熱励起アッセイ p.24
2.8) 位置座標取得法 p.24
第2章の図 p.26
第3章 アクチン繊維の局所熱励起法開発
3.1) 背景 p.31
3.2) 結果 p.31
3.2.1) 熱エネルギー供給蛍光顕微観察系の開発 p.31
3.2.2) 熱エネルギー受容アクチン繊維の調製 p.33
第3章の図 p.35
第4章 アクチン繊維のブラウン運動抑制法の開発
4.1) 背景 p.41
4.2) 結果 p.42
第4章の図 p.45
第5章 熱励起によるアクチン繊維の運動
5.1) 背景 p.48
5.2) 結果 p.48
5.2.1) 一方向運動を誘起する熱励起点の同定 p.50
5.2.2) 熱励起によるゆらぎ運動の発生と転移 p.50
5.2.3) アクチン分子内二点同時熱励起による分子間協同作用 p.52
第5章の図 p.54
第6章 考察
6.1) 一方向運動を誘起する熱励起点の同定 p.61
6.2) 熱励起によるゆらぎ運動の発生と転移 p.62
6.3) アクチン分子内二点同時熱励起による分子間協同作用 p.63
6.4) 他のモデルとの比較 p.63
6.5) 熱機関説 p.66
第6章の図 p.68
第7章 結論
7.1) アクチン繊維の局所熱励起法、および緩和過程観察法の確立 p.72
7.2) アクチン繊維の運動発生機構 p.72
【参考文献】
【謝辞】
本論文は、観察対象のアクチン繊維のみを熱励起可能な熱エネルギー供給系、熱エネルギー受容系を用いて、単一のアクチン繊維の熱励起から緩和過程をリアルタイムで観察することにより、アクチン繊維を熱エネルギーによって一方向運動させる方法を確立し、さらにその運動発生について詳細に調べたものである。
この研究により、生体内におけるATP駆動型アクトミオシン滑り運動系のエネルギー変換を人工的に再現し、両運動とも温度勾配の緩和に伴う分子運動のゆらぎ発生・変調によって説明可能であることを見出した。また、アクチン繊維一方向運動の人工的制御、工学的応用の可能性を示したものである。
本論文は以下の7章から構成されている。
第1章では、本論文の背景、概要を述べる。研究対象であるアクチン-ミオシンによる滑り運動(化学-機械エネルギー変換)に関して、現在提唱されている諸説を解説し、それらの問題点と本研究の位置付けをしめす。
第2章では、実験に用いた装置の構築とタンパク質調製について述べる。
第3章では、熱エネルギー供給系及び熱エネルギー受容系構築について述べる。視野中のアクチン繊維を選択的に熱励起するために、アクチンに熱エネルギー受容体としてナノゴールドを結合させた。ローダミンファロイジンの蛍光標識によりアクチン繊維を蛍光顕微鏡で観察可能とするとともに、蛍光強度の差によってアクチン繊維の極性を識別できるようにした。熱受容体を繊維上の任意の場所に局在させる手法を確立し、赤外レーザーによる均一な熱エネルギー供給下で単一のアクチン繊維を選択的かつ局所的に熱励起可能な系を構築した。
第4章では、アクチン繊維のブラウン運動抑制法について述べる。メチルセルロース溶液とアルカリ処理ガラスを用いることにより、アクチン繊維のブラウン運動をガラス表面の二次元平面上で長軸方向に制限することが可能である。このようにして、タンパク質間相互作用を考える必要のないアクチン繊維のブラウン運動抑制法を確立し、長時間同一焦点面で観察可能となった。
本論文は、「アクチン繊維一方向運動の人工的再現」と題し、7章より構成されている。第1章「緒論」では、工学表面の凹凸形状測定や評価技術に関する従来の研究の概要を示すとともに、本研究の目的と範囲を述べている。
第1章と第2章で、タンパク質の運動に関する従来の知見と問題点をまとめ、その解決に向けた実験の方法と、必要なタンパク質の精製について述べている。
第3章では、タンパク質運動を実現するためのエネルギー供給の方法について、妥当性の理論的及び実験的評価を行っている。運動の主体となるアクチンと呼ばれるタンパク質に1.4ナノメートルの金粒子を結合させ、溶液中の金粒子に赤外線レーザーを照射することにより遠隔操作でエネルギーを供給するシステムを開発している。さらに、タンパク質の構造異方性をその自己集積特性を利用して識別する方法についても述べている。ナノメートルサイズの金属粒子が赤外線のエネルギーを吸収できるかどうかについて理論的な考察が不可能なため、実験的に測定検証を行っている。
第4章では、アクチン繊維の熱的な三次元運動を観察に適するように抑制する方法について述べている。この方法により蛍光顕微鏡下で長時間同一焦点面での観察が可能となった。
第5章では、実際にアクチン繊維を熱励起した結果について述べている。生体内で機能を発揮していると考えられる部位に熱受容体を結合させたアクチン繊維は間歇的ではあるが一方向の運動を実現した。このことは世界で始めてタンパク質の生体運動を人工的に実現したものであると考えられる。この運動は生体内と同等の速さをもち、運動の方向はタンパク質分子の構造異方性に基づいており生体内と同じであった。また、アクチン分子のさまざまな部位を熱励起したが、機能部位以外の励起では生体運動は実現できなかった。さらに、この運動は赤外線レーザーによりエネルギーを与えている時ではなくて、供給を停止するときにのみ実現されることが分かり、温度差の緩和過程で運動が発生することを強く示している。
第6章、第7章では、得られた結果をもとに、現在提唱されているアクトミオシン滑り運動機構の諸説と比べ考察し、従来の運動機構の諸説と一致する点相違点について述べている。
本論文で述べられた実験結果は世界的に議論の多い化学力学エネルギー変換機構に対して、きわめて重要な知見を与えるばかりでなく、史上初めて生体運動を人工的に実現していることは、その応用面についても大きく発展する可能性を数多く持っている。よって、本論文は学術的にきわめて重要で工学上貢献するところも大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。