カルシウム化合物を用いたアスベストの低温分解
氏名 藤重 昌生
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博乙第263号
学位授与の日付 平成19年3月26日
学位論文題目 カルシウム化合物を用いたアスベストの低温分解
論文審査委員
主査 教授 小松 高行
副査 教授 松下 和正
副査 教授 植松 敬三
副査 教授 齋藤 秀俊
副査 助教授 松原 浩
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第1章 緒論
1.1 本研究の目的 p.1
1.2 本研究の概要 p.4
1.3 本研究の社会的意義
アスベストの種類と特定 p.6
アスベストの病原特性 p.9
アスベストの用途と使用量 p.11
日本のアスベストに関する法規 p.12
アスベストの測定方法 p.14
アスベスト製品の生産量と廃棄物の排出予測 p.16
処理に関する試行技術と現行アスベスト処理方法 p.18
アスベスト含有廃棄物処理の現状と問題点 p.24
[参考文献] p.29
第2章 フロン分解物を用いたアスベストの熱分解
2.1 緒言 p.34
2.2 アスベストの熱分解
2.2.1 実験方法 p.37
2.2.2 実験結果と考察 p.41
2.3 アスベストの分解確認と混合比
2.3.1 実験方法 p.42
2.3.2 実験結果と考察 p.42
2.4 加熱温度による影響
2.4.1 実験方法 p.42
2.4.2 実験結果と考察 p.45
2.5 アスベストとフロン分解物およびそれぞれの熱分析
2.5.1 実験方法 p.49
2.5.2 実験結果と考察 p.49
2.6 フロン分解物組成比の試薬によるアスベストの熱分解
2.6.1 実験方法 p.51
2.6.2 実験結果と考察 p.51
2.7 フロン分解物を用いたアスベスト分解条件の最適化
2.7.1 実験方法 p.55
2.7.2 実験結果と考察 p.56
2.8 結論 p.62
[参考文献] p.63
第3章 塩を用いた吹付けアスベスト中のクリソタイルの低温分解
3.1 緒言 p.64
3.2 実験方法 p.65
3.3 実験結果と考察 p.67
3.4 結論 p.74
[参考文献] p.75
第4章 アスベストの熱分解温度の低温化
4.1 緒言 p.76
4.2 実験方法 p.77
4.3 実験結果と考察 p.79
4.4 結論 p.93
[参考文献] p.94
第5章 廃棄吹付けアスベストの低温分解
5.1 緒言 p.95
5.2 吹付けアスベストの分解
5.2.1 実験方法 p.96
5.2.2 実験結果と考察 p.99
5.3 クロシドライトおよびアモサイトへの展開
5.3.1 実験方法 p.107
5.3.2 実験結果と考察 p.108
5.4 結論 p.125
[参考文献] p.126
第6章 総括
総括 p.127
論文目録 p.129
特許目録 p.130
謝辞 p.131
軽く,強いアスベストは,建築材料,断熱材,絶縁材等多くの分野で利用されてきた.アスベストの毒性は以前から知られていたが,飛散による暴露を管理によって防ぐことで危険を回避できるとして,最近まで利用されていた.最も飛散が危惧される吹き付けアスベストの公共施設,学校からの撤去が進んでいる.回収された飛散性アスベストで,溶融固化処理される量はわずかで,大部分は管理型処分場でビニールの袋のまま埋設,あるいは遮断型施設で保管される.埋設あるいは保管される飛散性のアスベストは分解することなく累積されるため,低コスト・省エネルギーの分解処理方法が待たれている.
本研究は,アスベストの省エネルギー,低コストな無害化技術の開発という社会的要請に沿った研究で,従来技術の分解温度と比較して低温で,省エネルギー型のアスベスト無害化研究について行った.本研究でいうアスベストの無害化とは,非繊維化,非アスベスト化を指し,以下に結果をまとめる.
フロンのプラズマ分解法生成物はHF,HCl,CO2であり,Ca(OH)2スラリーによる中和,濾過を経てCaF2,CaCO3からなるフロン分解物得た.クリソタイルは最も一般的なアスベストで,500℃ほどでフォルステライト(Mg2SiO4)を生成するが,繊維状でアスベストの有害性を持つ.このフロン分解物をクリソタイル(アスベスト)と混合,600℃に加熱することで,繊維の劣化が認められ,700℃で粉化することが分かった.これは,フォルステライト中のSiO2がフロン分解物中のCaO,CaF2と結合し,カスピディン(Ca4Si2O7F2)を形成,繊維がカスピディンとMgOに分離するため粉化した.この反応は従来のアスベスト-セメント複合材を1200℃程度に加熱し,Ca2SiO4を生成,アスベストを分解する技術と類似していた.
フロン分解物を用いたクリソタイルの分解スキームを作り,クリソタイル,フロン分解物,CaCO3の調製により,生成物中に残るCaF2を除くことで,溶融した形跡の見られる生成物を得た.このことで,分解生成物中の過剰CaF2によるF-溶出の懸念と,分解物であっても飛散するという負の形態を取り除いた.
フロン分解物中に極少量(0.8mass%)存在するCaCl2が分解温度の低下に寄与していることを見出し,その現象について検討した.CaCO3に1, 5mass%のCaCl2を添加した熱分析により,低い温度で融体が生成し,その融体がアスベストを包むように広がっていることから,クリソタイルとCaO間の固体―固体反応では接触面の反応速度を上げる必要性から1000℃以上の高温を必要としたが,CaCl2の添加により融体相が生成するため反応界面が広がり,結果として低温でも分解反応が進行したことを明らかにした.
熱力学データベースを用い本反応の熱力学計算を行い,クリソタイル,CaCO3の系における分解生成物がCa2SiO4であり,その分解開始温度が500℃付近であることを得た.平衡計算結果であるため速度的な問題が含まれるが,700℃でクリソタイル(フォルステライト)が消滅することの説明を行った.
吹き付けアスベストはクリソタイルとセメントであるため,セメントをCaO供給源と見なし,CaCl2のみを少量添加した.廃棄物重量を添加物により増加することなく,試薬を用いた調製吹き付けアスベスト,実際に廃棄された吹き付けアスベストが分解可能であることを証明した.
アスベストの大部分はクリソタイルであるが,30年ほど前まではクロシドライト,アモサイトが使用されていた.廃棄物を分別することなく分解処理するため,クロシドライト,アモサイトの熱分解挙動を観察した.また,クロシドライトの吹き付けアスベストにCaCl2を添加し,クロシドライト繊維が分解消滅することを確認し,塩を用いたアスベストの低温分解がアスベスト廃棄物に広く応用可能であることを示した.
以上のように,吹き付けアスベストを始め,アスベスト-セメント複合材料にCaCl2を添加することによって,700℃前後の温度域でアスベストを非アスベスト化・非繊維化が可能であることを証明した.
本論文は、「カルシウム化合物を用いたアスベストの低温分解」と題し、6章より構成されている。
第1章「緒論」では、アスベストの生産、使用、処理状況の歴史的経緯とその特徴を明らかにすると共に、特に処理技術における問題点を明らかにしている。本研究は、アスベストの省エネルギー、低コストな無害化技術の開発という社会的要請に沿ったものであり、研究の社会的重要性を述べている。
第2章「フロン分解物を用いたアスベストの熱分解」では、フロン分解物(CaF2,CaCO3)と最も一般的なアスベストであるクリソタイルとの混合物の加熱挙動を詳細に調べ、600℃でアスベスト繊維の劣化が観察され、700℃で粉化することを見出している。フロン分解物を用いたクリソタイルの分解スキームを明らかにし、CaF2やCaCO3のカルシウム化合物がクリソタイルの分解に極めて重要な役割を演じていることを発見している。
第3章「塩を用いた吹付けアスベスト中のクリソタイルの低温分解」では、第2章で得られた知見を下に、カルシウム化合物としてCaCl2に焦点を絞り、クリソタイルの分解挙動を調べている。極少量(0.8 mass%)のCaCl2の存在でクリソタイルが低温で効率的に分解することを見出している。また、低温で融体が生成し、反応界面の広がりにより分解反応の速度が速くなっていることを突き止めている。
第4章「アスベストの熱分解温度の低温化」では、クリソタイルとCaCO3の反応によるクリソタイルの分解挙動を熱力学的データを用いて解析し、分解生成物はCa2SiO4であり、その分解開始温度が500℃付近であることを見出している。これらの結果から、速度論的な観点からの考察が必要であるが、少なくとも700℃でクリソタイルが分解するという実験結果を説明できることを提案している。
第5章「廃棄吹付けアスベストの低温分解」では、実際の廃棄吹付けアスベストがクリソタイルとセメントの混合物であることに着目し、これらの混合物とCaCl2との反応を調べた結果、廃棄吹付けアスベストの低温分解に対してもCaCl2は有効に働くことを証明している。また、クロシドライトやアモサイトのアスベストに対してもCaCl2の添加による分解反応は低温で進むことを証明し、アスベスト廃棄物に広く応用が可能であることを提案している。
第6章「総括」では、各章の結論を総括している。
本論文は以上のように、吹付けアスベストやアスベストーセメント複合材料にCaCl2等のカルシウム化合物を添加することによって、700℃前後の低温温度域でアスベストを非アスベスト化・非繊維化することが可能であることを提案している。よって、本論文は工学上及び工業上貢献するところが大きく、博士(工学)の学位論文として十分な価値を有するものと認める。