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無脊椎動物におけるD-アミノ酸代謝に関する研究

氏名 柴田 公彦
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第244号
学位授与の日付 平成14年3月25日
学位論文題目 無脊椎動物におけるD-アミノ酸代謝に関する研究
論文審査委員
 主査 教授 山田 良平
 副査 教授 松野 孝一郎
 副査 教授 森川 康
 副査 教授 福田 雅夫
 副査 助教授 解良 芳夫

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序章 p.1
第1章 アカガイにおけるD-アスパラギン酸およびアスパラギン酸ラセマーゼ活性の発見 p.6
1-1 緒言 p.6
1-2 材料と方法 p.7
1-2-1 材料 p.7
1-2-2 組織からのアミノ酸の抽出 p.7
1-2-3 酵素活性測定 p.7
1-2-4 HPLC分析 p.9
1-3 結果 p.9
1-3-1 HPLC分析 p.9
1-3-2 アカガイ組織における高濃度D-アスパラギン酸の存在 p.9
1-3-3 アスパラギン酸ラセマーゼ活性の発見 p.12
1-3-4 基質および生成物の経時変化 p.14
1-4 考察 p.16
第2章 アカガイ由来アスパラギン酸ラセマーゼの精製と特性解析 p.17
2-1 緒言 p.17
2-2 材料と方法 p.17
2-2-1 材料 p.17
2-2-2 酵素活性測定 p.18
2-2-3 タンパク質定量 p.19
2-2-4 アカガイS.broughtonii足筋肉からのアスパラギン酸ラセマーゼの精製 p.19
2-2-5 SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動 p.20
2-2-6 N末端アミノ酸配列の解析 p.21
2-3 結果 p.22
2-3-1 酵素の精製と分子質量 p.22
2-3-2 N末端アミノ酸配列 p.22
2-3-3 温度およびpHが活性に与える影響 p.22
2-3-4 基質特異性 p.22
2-3-5 補酵素 p.22
2-3-6 ヌクレオチドが活性に与える影響 p.30
2-3-7 基質濃度と反応速度の関係およびそれに対するAMP、ATPの影響 p.34
2-3-8 AMPによる活性化の解析 p.39
2-3-9 ATPによる阻害の解析 p.43
2-4 考察 p.47
第3章 アメリカザリガニ由来アラニンラセマーゼの精製と特性解析 p.50
3-1 緒言 p.50
3-2 材料と方法 p.51
3-2-1 材料 p.51
3-2-2 酵素活性測定 p.51
3-2-3 タンパク質定量 p.52
3-2-4 アメリカザリガニ筋肉からのアラニンラセマーゼの精製 p.52
3-2-5 SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動 p.54
3-2-6 N末端アミノ酸配列の解析 p.54
3-3 結果 p.55
3-3-1 酵素の精製と分子質量およびN末端アミノ酸配列 p.55
3-3-2 pHが活性に与える影響 p.55
3-3-3 温度が活性に与える影響 p.55
3-3-4 基質特異性 p.55
3-3-5 キネティックパラメータ p.62
3-3-6 補酵素 p.62
3-3-7 塩類の影響 p.68
3-4 考察 p.73
第4章 N-メチルアスパラギン酸エナンチオマーの微量分離定量法の確立と動物組織におけるN-メチル-L-アスパラギン酸の発見 p.76
4-1 緒言 p.76
4-2 材料と方法 p.77
4-2-1 動物 p.77
4-2-2 試薬 p.78
4-2-3 酵素 p.78
4-2-4 組織からのアミノ酸の抽出 p.78
4-2-5 (+)-および(-)-FLECを用いたN-メチルアスパラギン酸とアミノ酸の誘導体化 p.79
4-2-6 アミノ酸をOPAで処理した後の(+)-および(-)-FLECを用いたN-メチルアスパラギン酸の誘導体化 p.79
4-2-7 N-メチルアスパラギン酸とアミノ酸の(+)-および(-)-FLEC誘導体のHPLC分析 p.80
4-2-8 L-グルタミン酸およびL-アスパラギン酸のOPAとの反応生成物の薄層クロマトグラフィー(TLC) p.80
4-2-9 D-アスパラギン酸オキシダーゼ処理した組織抽出液の調製 p.80
4-2-10 組織抽出液のTLC p.81
4-2-11 D,L-アスパラギン酸の定量 p.81
4-3 結果 p.83
4-3-1 N-メチルアスパラギン酸エナンチオマーの微量分離定量法の確立 p.83
4-3-2 二枚貝組織におけるNMLAの存在 p.89
4-3-3 二枚貝およびその他の無脊椎動物組織におけるNMLAおよびNMDAの分布 p.92
4-3-4 二枚貝およびその他の無香椎動物組織における遊離D-およびL-アスパラギン酸の分布 p.92
4-4 考察 p.96
総括 p.98
謝辞 p.100
参考文献 p.101
論文目録 p.109

 かつて生物体のアミノ酸は全てL-アミノ酸であり、その鏡像体であるD-アミノ酸は非天然物であると考えられたが、近年は動物組織にもD-アミノ酸が発見されはじめた。しかしながら、その分布に関する知見は乏しく、生合成経路については全く未解明である。本研究は、動物におけるD-アミノ酸およびその関連化合物の分布および代謝を解明すること、中でもD-アミノ酸の生合成を可能にする酵素の存在を明らかにすることを目的とした。
 アカガイはN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)の存在が唯一知られている動物であるにもかかわらず、それと構造的に似ているD-アスパラギン酸が存在するのかどうか知られていない。この点に着目し、まずD-アスパラギン酸がアカガイにも存在するのか、さらにD-アスパラギン酸の生合成に関与するアスパラギン酸ラセマーゼ活性の存在について検証した。アカガイには多量のD-アスパラギン酸が、L体とほぼ等量に存在していた。これに関連してアスパラギン酸に特異的なラセマーゼ活性もアカガイ抽出液に発見した。アカガイ抽出液によるD体からL体の生成速度は、L体からのD体の生成速度より見かけ上遅かったが、これはL-アスパラギン酸をすみやかにL-アラニンに変換する酵素活性も存在するためと考えられた。高い無酸素耐性を有するアカガイにおいて、多量に存在するD-アスパラギン酸が嫌気的代謝の際の貯蔵エネルギー源としての役割を担う可能性を提唱した。
 次ぎにアカガイに発見したアスパラギン酸ラセマーゼを、動物由来としては初めて均一に精製した。精製酵素の諸特性を調べた結果、この酵素がpyridoxal 5'-phosphate(PLP)を補酵素としていることが明らかとなり、酸性アミノ酸に特異的なPLP依存性ラセマーゼの存在を示す最初の例ともなった。本酵素はアスパラギン酸に対して高い特異性を有し、調べた他のアミノ酸に対して活性を示さなかった。先に述べたD-アスパラギン酸が嫌気的エネルギー代謝系に関与する可能性を考慮し、ヌクレオチドが本酵素に与える影響を調べた。本酵素はAMPなどプリン塩基を含むヌクレオシドーリン酸により活性化され、ATPなどプリン塩基を含むヌクレオシド三リン酸によって阻害されることを明らかにした。さらに反応速度論的な解析から、本酵素上には基質結合部位に加え、AMPの結合に関与する部位とATPの結合に関与する部位が存在することを示した。本酵素が嫌気的エネルギー獲得経路における初発酵素かつ調節酵素として重要な役割を担っている可能性を提唱した。
 続いて、やはり生物の環境適応メカニズムに関与していることが示唆されているアメリカザリガニのアラニンラセマーゼを、動物由来としては初めて均一に精製する事に成功した。ザリガニ由来の本酵素はアラニンに対して高い特異性を有し、調べた他のアミノ酸に対して全く活性を示さなかった。幾つかの実験結果から、本酵素がPLP酵素である可能性が示されたが決定的な証拠を得ることは出来なかった。ザリガニ由来本酵素は、アミノ酸配列、4次構造、pH依存性およびキネティクスパラメータのいずれにおいても微生物由来アラニンラセマーゼとは類似性が乏しかった。本酵素はアカガイ由来アスパラギン酸ラセマーゼとは異なりヌクレオチドの影響を受けなかったが、その一方でNaClなどの塩類により阻害されることが明らかとなった。
 上述のようにアカガイは、D-アスパラギン酸と構造的に似ているNMDAを含有するが、その体内分布や他の生物における分布は知られていない。その原因の一つは、本化合物の簡便で高感度な定量法がないことにあると考え、まずN-メチルアスパラギン酸エナンチオマーの微量分離定量法を開発した。生体組織の抽出液から陰イオン交換クロマトグラフィーにより中性および塩基性化合物を除き、さらにOPAを用いて酸性1級アミノ酸を除いた後、誘導体化試薬として(+)-FLECあるいはそのエナンチオマーである(-)-FLECを用いて蛍光誘導体化を行い、適切な条件下でHPLCを行うことにより分離・定量が可能となった。また、(+)-FLECを用いた場合と(-)-FLECを用いた場合では、NMDAとN-メチル-L-アスパラギン酸(NMLA)のHPLCにおける溶出ピークの位置が正確に逆転したことから、両FLECの使用はピークの同定に利用できることを示した。この方法を用いて種々の生体組織を調べ、アカガイだけでなくD-アスパラギン酸を含む他の二枚貝にもNMDAが存在することを示した。検出したNMDAについてはD-アスパラギン酸オキシダーゼ処理による消失によりさらに確認した。NMDAを特に多量に含んでいたのはアカガイとサルボウガイであったが、これらの二枚貝には多量のD-アスパラギン酸も含まれていたことからD-アスパラギン酸とNMDA間の代謝的な関連が推察された。なお、この方法によりNMLAがアサリとシジミの組織から検出されたので、さらに薄層クロマトグラフィーなどを用いて検討し、確認した。これは動物組織におけるNMLAの存在を示す初めての報告となった。種々の貝を比較すると、NMDAとNMLAの含有はいずれか一方だけに限られ、両方を含むものは今のところ見つかっていない。クルマエビ、マボヤを含むその他の無脊椎動物組織にはどちらの化合物も検出されなかった。

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