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神経刺激を用いた老人性痴呆リハビリシステムの基礎研究

氏名 郭 怡
学位の種類 博士(工学)
学位記番号 博甲第288号
学位授与の日付 平成16年3月25日
学位論文題目 神経刺激を用いた老人性痴呆リハビリシステムの基礎研究
論文審査委員
 主査 教授 福本 一朗
 副査 教授 山元 皓二
 副査 教授 渡邉 和忠
 副査 助教授 高原 美規
 副査 岡崎国立共同機構 教授 伊佐 正

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目次

第1章 序論 p.1
1.1 研究の背景
 1.1.1 人口の高齢化
 1.1.2 老人性痴呆の現状
 1.1.3 コンクリート材料としての再資源化
 1.1.4 廃棄物再資源化システムの構築
1.2 研究の目的
1.3 本論文の構成

第2章 神経刺激理論 p.10
2.1 脳の老化
 2.1.1 脳の生理機能
 2.1.2 生理的老化と病的老化
 2.1.3 老化の情報伝達への影響
2.2 神経刺激理論
 2.2.1 脳の構造と神経活動の原理
 2.2.2 脳の可塑性
 2.2.2.1 神経幹細胞の可塑性
 2.2.2.2 シナブスの可塑性
 2.2.3 脳の可塑性の臨床応用-神経刺激理論
 2.2.3.1 動物モデルからの知見
 2.2.3.2 ヒトへの応用-脳活性化効果
 2.2.4 老人痴呆のリハビリテーション

第3章 TENS刺激によるリハビリテーション p.32
3.1 臨床で先行する電気刺激療法
3.2 TENS刺激療法
 3.2.1 TENSの歴史
 3.2.2 TENSの適応症
 3.2.3 疼痛軽減のためのTEN機器の一般的特徴
 3.2.4 TENSの特定の刺激点
3.3 臨床実験
 3.3.1 使用装置
 3.3.2 刺激部位
 3.3.3 眼鏡式刺激電極セットの作成
 3.3.4 被験者
 3.3.5 インフォームド・コンセントについて
 3.3.6 実験方法
 3.3.6.1 刺激方法
 3.3.6.2 評価方法
 3.3.7 実験結果
 3.3.7.1 HDS-Rの結果
 3.3.7.2 SMT-7の結果
 3.3.7.3 対光縮瞳反射の結果
3.4 追跡調査
 3.4.1 被験者と調査方法
 3.4.2 調査結果
 3.4.3 考察
3.5 TENS刺激の長期効果
 3.5.1 実験概要
 3.5.2 被験者
 3.5.3 評価方法
 3.5.4 実験結果
 3.5.4.1 即時変化-対光縮瞳反射の結果
 3.5.4.2 長期変化-知能検査
 3.5.5 考察
3.6 まとめ

第4章 バイオフィードバック(BF)方法の併用によるリハビリテーション p.67
4.1 はじめに
4.2 訓練システムの構成
4.3 被験者
4.4 訓練方法
4.5 評価方法
4.6 実験結果
 4.6.1 即時効果-生理機能に関する変化
 4.6.2 遅延効果-知的機能に関する変化
4.7 考察
4.8 まとめ

第5章 足底叩打刺激によるリハビリテーション p.78
5.1 足裏反射療法
 5.1.1 足裏反射療法の歴史
 5.1.2 足裏反射療
 5.1.3 足裏反射療法の効果
5.2 脳活性化訓練に応用する可能性
5.3 臨床実験
 5.3.1 使用装置
 5.3.2 被験者
 5.3.3 訓練方法及び評価方法
 5.3.4 訓練結果
 5.3.5 考察
5.4 まとめ

第6章 視覚探査課題による認知リハビリテーション p.88
6.1 はじめに
6.2 認知リハビリテーション
 6.2.1 認知リハビリテーションの概念
 6.2.2 神経系回復のメカニズム
 6.2.2.1 再建
 6.2.2.2 再組織化
6.3 視覚探査課題を用いた訓練システムの構築
 6.3.1 訓練システムの構成
 6.3.2 視覚探査課題の作成
 6.3.3 被験者
 6.3.4 訓練方法と評価方法
 6.3.4.1 刺激方法
 6.3.4.2 評価方法
 6.3.5 実験結果
 6.3.5.1 課題遂行能力における結果
 6.3.5.2 知的機能スケールにおける評価
 6.3.5.3 脳血管性痴呆について
 6.3.6 考察
6.4 まとめ

第7章 結論 p.102
7.1 本研究のまとめ
7.2 結論
7.3 今後の展望

謝辞
参考文献
本研究に関する発表業績

本論文は,脳神経組織が持つ,損傷領域に対する自己修復能力(神経の可塑性)に着目し,神経を刺激することによって,脳の活性化を図るという新しい老人性痴呆のリハビリテーション方法を提案し,また,一連の臨床実験を行ない,それらの有用性を確認したものである。
 老人性痴呆は高齢者で最も罹患率の高い神経変性疾患である。しかし,その原因は不明であるため,有効な対策が未だに見出されていない。老人性痴呆の神経生理学的変化には,神経細胞の死亡・脱落,異常たんぱく質の生成などによる情報伝達の低下があげられる。情報伝達が障害される結果,神経活動が低下し,痴呆症状が現れる。しかし,神経細胞の情報伝達機構であるシナプス結合は,刺激を受けると,電気活動の強化や電位の延長を起こし,活性化する性質を持っている。シナプスでの情報伝達の活性化によって,神経活動全体が改善され,痴呆症状の軽減が考えられる。
 老人性痴呆患者を対象に,顔面部に微弱な経皮的電気神経刺激(TENS)を1回30分,週に3回,1ヵ月間与えた。刺激後,軽症患者において,短期記憶を含めた知的機能と痴呆重症度を評価する対光縮瞳反射が改善した。これは,末梢の感覚受容器に与えた電気刺激が神経伝導路を介して,中枢神経へと伝わる際に,シナプスの電気活動の強化によって,神経活動が活性化した結果と考えられる。しかし,刺激を停止した半年後に,追跡調査を行なったところ,ほとんどの改善効果が消失した。持続効果を得るために,TENS刺激を長期間・継続的に行なう必要があると考えられる。また,重症度から見ると,軽中症患者の方の効果が顕著であった。軽中症アルツハイマー型痴呆(ATD)のみを対象とし,刺激頻度を減少し,刺激期間を3ヵ月間に延長したTENS刺激を行なった。被験者が少なく,個人差があったものの,知的機能テストの得点上昇と対光縮瞳反射の改善がみられた。しかし,知的機能テストにおける改善効果は短期間集中刺激以下のものであった。このことから,神経の活性化効果を維持するために,TENS刺激を長時間,高頻度,継続的に行なう必要があると考えられる。
 刺激効果を強化するとともに,被験者の興味を引き出すため,瞳孔画像の変化を生体情報としたバイオフィードバック(BF)訓練をTENS刺激と併用し,軽中症ATD患者を対象に実験を行なった。試行直後,対光縮瞳反射が改善し,知的機能テストのMMSEとSMT-7においても,得点が上昇したケースがほとんどであった。これはTENSとBF訓練の相乗作用によるものであると考えられる。
 さらに,刺激方式を変更し,軽度知能低下を有する高齢者を対象に,足の裏に叩打刺激を与える訓練を行なった。その結果,知的機能の改善が認められたほか,緊張と不安が緩和するなど感情機能も改善を示した。電気刺激と同様に,叩打刺激によりシナプスが強化され,神経伝導路が活性化されたことが考えられる。脳活性化療法として提案された本手法において,今後は老人性痴呆患者も対象とし,症例数を増やしてさらに効果を検証したい。
 物理的刺激を与えることによって,老人性痴呆の知的機能の改善が認められた。しかし,体に直接に刺激を加えるため,対象者は刺激を受動的に受け入れるほかなく,興味を欠いてしまうという問題点があった。そこで,対象者が積極的に参加できるように,コンピュータ画面によって提示された探索課題を遂行する訓練方法を提案した。福島らが開発した眼球運動計測用の装置を利用し,移動視標を見つけ出す課題と異種の文字記号を認識する課題と2種類の課題による訓練を行なった。訓練後,反応時間(視標を見つける時間)は有意に短縮し,正答率(視標を正確に認識する比率)は増加傾向を示した。ゲームのような認知刺激(視覚課題)を能動的に遂行する際に,大脳では一連の知覚過程が行われる。この知覚過程の繰り返しによって,課題への理解と課題処理の効率化が進み,さらに課題は「知的刺激」として与えられる際に,課題を感知・認識・処理することで,被験者がモチベーション高く課題に取り組むなど,脳に能動的な刺激を与え,外界認識能力を向上させたと考えられる。
 以上をまとめると,本研究では,神経の可塑性に基づいた斬新な視点からリハビリテーションの本質を考え直し,新しい工学的な方法を提案し,それらの有用性を検討した。TENSによる電気刺激をはじめ,足底叩打による機械的刺激,バイオフィードバック手法とゲーム性に富んでいる視覚探索課題による認知訓練を提案し,数多くの臨床実験を積み重ねてきた。それぞれの方法が異なっているようであるが,外部から脳に刺激を与えることで共通しており,それらの刺激が大脳へと伝わる際に,シナプス電気活動の強化による,神経情報伝達の活性化が症状の改善に貢献したと考えられる。このことから,本研究で提案した神経刺激によるリハビリテーション方法は老人性痴呆に有用であると言えよう。また,すべての刺激方法は,特別な技能を習得する必要なく,実施簡単という利点から,実用性にも富んでいる。但し,現段階では,神経刺激のメカニズムは推測に過ぎなく,今後は,機能的MRIや血液検査などの客観的な手段を用い,刺激の際に起こった神経生理学的変化を検証したうえで,すべての刺激機能を一体化し,疾患の種類と使用者の主観感覚で刺激方式を選択できるリハビリテーションシステムの開発を期待している。

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